誰も知る筈の無い
「朔兄ちゃんってさ、幽霊って信じるか?」
そんなことを突然元太に尋ねられ、朔は思わず豆鉄砲を食らったような顔をした。
土曜日のおやつ時。揃って訪れた少年探偵団4人に注文のケーキとジュースを持って行ったところ、そのような質問を投げかけられたのである。どうしてそんなことを急に尋ねたのか聞けば、昨晩テレビでやっていた心霊番組の話題から派生して、「幽霊はいる・いない」という話になったのだという。
「……因みに君たちはどう思う?」
それとなく聞いてみれば、実に意見は様々である。
「僕はいないと思うな。まずありえないし、映像なんていくらでも加工できるしね」
「僕もコナンくんと同意見です」
「歩美はいる……と思うよ。ちょっと怖いけど……」
「俺も歩美と同じだぞ! 俺は幽霊なんて怖くねーけどな!」
見事に真っ二つに割れてしまったというわけか。朔はひとり納得する。今も目の前では子どもたちがああでもないこうでもないなんて、意見をぶつけている。
「朔くんどうしたの?」
「ああ、梓先輩。ちょうどいい所に」
探偵団のテーブルの前に長いこと留まっている朔を不思議に思ったらしい梓が近づいてきた。これ幸いと朔はこれまでの一連の流れを話して聞かせ、意見を尋ねる。
「私はホラーとか怖いの苦手だから、居たら困っちゃうなあ」
昨日のテレビも怖くて見られなかったもん、と少し恥ずかしそうに告白する。先輩らしいな、なんて笑っていた朔であったが、歩美に意見を催促されてしまった。
「それで、朔お兄さんはどっちだと思う?」
「……そうだなぁ」
わずかに目を細めて、朔は考え込む様子を見せる。
(まさか目の前にいる俺が、米花町にいる浮遊霊を回収するためにあの世から来た鬼だなんて思いもしないんだろうなあ、この子たち)
そして実は今も君たちの周りに大量の浮遊霊がいて、同じような話(生前幽霊を信じてたか・信じていなかったか談義)で盛り上がっているなんて言えるわけがない。表情に出さぬようにため息を噛み殺し、あくまでも明るく言う。
「いないとは思うけど、居たら楽しいなって思うよ」
その言葉を聞いて探偵団と梓は顔を見合わせて首を傾げる。
「居たら楽しいって……どういう意味なの、朔くん」
代表して梓が朔に問いかける。朔はいたって何でもなさそうに振舞って言った。
「亡くなったおじいちゃんやおばあちゃんたち家族が天国で見守ってるって考えたら、なんだか心強くないスか?」
「そりゃそうだけど……」
「それに考えても見てくださいよ先輩」
「何を?」
「死んだら霊になるのは何も人間だけじゃない。だとしたら、恐竜の霊なんかもいるかもしれないじゃないスか。そう考えたら面白いでしょ?」
それを聞いて子供たちがわっと楽しそうに騒ぎ始める。恐らく、その発想は無かったのだろう。それなら見てみたいかも!、ロマンがありますねえ、なんてはしゃいでいた。梓も納得したようになるほどと相槌を打つ。
まあ実際恐竜の霊はいて、地獄で元気に働いているのだからあながち嘘でもないんだよなあ。なんて思いながら朔ははしゃぐ子ども達を見ていた。
「随分楽しそうですね」
「透先輩」
不意に声が聞こえる。ぱっと後ろを振り返れば、そこに立っていたのは安室だった。わずかにコナンの表情が強張ったが、それには気づかないふりをする。
「一体何の話をしていたんです?」
「幽霊はいるか、いないかっていう話ッスよ」
「なるほど。昨日心霊特集番組がありましたからね」
ふむふむと納得した様子の安室。探偵団たちは安室にも同じ質問をぶつけているようだ。少し困ったように笑い、そうだなと考える素振りを見せる。
そして、ふっと柔らかい笑みを浮かべた。
「僕自身は信じていないけど……居たらいいなと思ったことなら、あるよ」
その表情を見て、朔は思わず息を飲む。
どこか遠くを見ているかのように焦点の定まらない目は慈しむように細められ、口元はゆるく弧を描く。わずかに俯いたおかげで顔にうっすらと影が入り、今にも消えてしまいそうな儚げな雰囲気を放っていた。
今まで安室のそんな表情を見たことが無かった朔は、心臓をぎゅっと握られるような心地を感じながら戸惑いがちにまばたきを繰り返す。
だがそんな表情を見せたのも一瞬のこと。次の瞬間にはいつも通りの爽やかな笑顔を浮かべていた。
「ほら、死後の世界があるのなら、恐竜の幽霊なんかもいるかもしれないだろう?」
「あー! 朔お兄さんとおんなじこと言ってる!」
「そうなのかい?」
仲良しさんだ!なんて嬉しそうに言う歩美に、安室は目を丸くして朔に視線を向けた。
「気が合うね僕たち」
「そ、そうスね」
楽しそうに微笑む安室に合わせるように、朔も笑って見せる。だが脳裏に過る表情はどんなに忘れようとしても決して離れてくれない。
(なんだったんだろう、今の)
――あの表情の真意は、誰にもわからないままだ。