肆拾 宴の瀬にて成り下がるは



 途中で知り合いに声を掛けられたりするイベントが発生しつつも、朔はなんとか記録課にたどり着いた。入り口をくぐってから近くの鬼に声を掛ける。

「ごめん。文彦いる?」
「副主任ですか? ちょっと待ってくださいね」

 声をかけられた鬼は副主任ーと声を掛けながら奥に入っていく。朔はそのまま彼の後についていくことにした。
 相変わらず散らかっているなあ……と思いながら年中修羅場の記録課のデスクを見ながら奥へ進むと、ある机にたどり着いた。そこにはひと際山積みの紙束が積みあがっており、そのすぐ傍に黄緑の頭が突っ伏している。ご丁寧に丸眼鏡まで添えられていた。間違いない。

「副主任。お客さんですよ」

 声を掛けられて黄緑の頭がピクリと動いた。数秒のタイムラグの後にもそもそと起き上がり、ボサボサの頭を掻く。その眼はいかにも寝起きと言った風に細められている。

「お客?」
「ほら、眼鏡かけてください」

 ほらと差し出されるままに受け取ったトレードマークの丸眼鏡をかける。すると、細めていた目がみるみる大きくなった。

「朔!? えっなんで!?」

 ここにいるはずないと思っていた人物が目の前に現れたことに気付き、文彦は慌ててガタリと立ち上がる。書類が何枚かばさりと机から滑り落ちたのを横目に、朔は言った。

「報告書出しに行くついでに飲みに行こうって言ってたじゃねーか」
「言ったけど……あれ今日だったっけ?」
「今日だよ」

 その間抜けな顔を見て、思わず苦笑する。その間も文彦は「だったっけ……?」と困惑気味の表情を浮かべていた。

「お前徹夜のし過ぎで時間感覚おかしくなってんじゃねえの?」
「あーそうかも……最近結構忙しかったから」

 やっちまったとばかりにたははと笑う。その様子を見ながら朔は少し心配そうに尋ねた。

「もし難しいならやめとくか?」
「ううん。行くよ。すぐ支度するからちょっと外で待ってて」
「おう」

 言われるままに記録課の外で待つこと数分。文彦はお待たせと言いながら出てきた。ボサボサだった頭は本来のアシンメトリー風に整えられている。着ているのは仕事用の作業服ではなく文彦の私服だ。その服装を見ながら朔は何とも言えない表情を浮かべる。

「お前ほんと服のセンス独特だよなあ」
「失礼だなあ、オシャレと言ってよ」

 ふんと得意げに鼻を鳴らす。
 文彦は朔に『オシャレ番長』と評されるほど独特な服の着こなしをするのだ。因みに本日は暗い藍色の着物の中に赤い長袖のパーカーと黒のスキニーを着こみ、足元はごついショートブーツを履いているスタイルである。シンプルな格好を好む朔とはまた違ったベクトルの服装だ。

「どこ行くの?」
「いつものとこでいいか?」
「おっけー」

 ふたりは慣れたように地獄の飲み屋街へ足を向けた。


***


 衆合地獄の飲み屋街。がやがやと妖怪たちでごった返すその中で、ふたりはある店の暖簾をくぐる。
 すると明るい顔の鬼の大将が景気よく出迎えてくれた。

「らっしゃい! おお、朔に文彦! 久しぶりだなあ」
「ちわっす大将」
「空いてますか?」
「おうよ!」

 二名様ご案内ーという声が店内に響き渡るなり、いらっしゃーせー!とこれまた威勢のいい声が返ってきた。結構にぎわっているみたいだね、なんて会話をしながら案内されるままに店の奥へと進んでいく。通されたのは割と奥の方にある掘りごたつ式の個室だった。靴を脱いで上がり、互いに向かい合って座る。

「とりあえず食べ飲み放題プランの……俺はビール。文彦は?」
「んー、じゃあレモンサワーひとつ」
「お、珍しいな。お前が酒飲むなんて」
「オレだってたまには飲みたくなる日もあるんだよ。まあ一杯しか飲めないけど……。一応ウーロン茶も頼んどこうかな」
「んじゃとりあえずこれで頼む」
「あいよ」

 大将は伝票を手に去っていった。襖越しに聞こえる賑やかな店内の様子に耳を済ませながら、しみじみと朔は言う。

「久しぶりに来たけど何も変わんないな」

 それを聞いた文彦はメニューをパラパラと捲りながら返す。

「そりゃそうだよ、何百年も前からこんな感じだし。現世じゃないんだから、そう数日で変わんないって」
「ま、そんなもんだよな」

 すると個室の襖が開いた。そこには注文した飲み物を持った大将が立っている。

「へい。レモンサワーとウーロン茶とビールおまち」
「お、流石〜。大将相変わらず早いな」
「うちは速さがウリなんでね」
「そのおかげで全然メニュー決まってねえけどな」

 朔がそう言えば、大将はこりゃ失礼と大声で笑った。朔と文彦はテーブルに広げているメニューに目を落とす。

「何にする?」
「あー、とりあえず本日のおすすめの『火吹き鳥の手羽先揚げ』、それから『枝豆の地獄盛り』、後『天にも昇るだし巻き卵』。文彦なんか食いたいもんあるか?」
「じゃあ『この世の終わりチャーハン』と『UMAピザ』で」

 とりあえずこんな感じでと言うと、大将は注文を繰り返して去っていった。メニューを一先ずどかしてから朔はひとつ提案する。

「じゃあ一先ず乾杯するか」
「だね」

 それぞれジョッキとグラスを手にした。だがそこで文彦が少し困ったように言う。

「えっと……何て言って乾杯する?」
「何でもいいんじゃねえ? 『今日も一日お疲れ』とか」
「じゃあそれで行こう」

 すんなりと決まり、文彦は咳ばらいをひとつして喉の調子を整えた。

「お互い、今日も一日お疲れ様。乾杯!」

 かちん。景気よくグラスが鳴る。
 ふたりとも一気に煽り、ぷはーっと息を吐いた。

「やっぱり誰かと飲むお酒は美味しいね」
「おーそうだな」
「ってかもう半分飲んだの!? 早くない?!」

 さっきの一口で一気に寂しくなったグラスを見ながら文彦は驚愕の声を上げる。全く自覚していなかった朔は改めてジョッキを見ながら言った。

「あー、意外とのど乾いてたのかも」
「まあ君はどんなに飲んでも酔わないからいいんだけどさ」

 そんな会話をしているところに枝豆と手羽先が到着した。礼を言って受け取る。そして手羽先をまずは味見してみることになった。ひとつ手に取って頬張る。

「お、結構いけるこれ」
「本当?」

 つられるように文彦も一口。数度咀嚼した後、うんと目をひらいた。

「ちょっと辛いけどそれが癖になりそう」
「だよな」

 朔はもう一度ビールを口につける。グラスはもうほとんど空になっていた。

 それからふたりは実に様々な話をした。
 最近あった出来事、朔の居ない間に地獄で起こったニュース、現世での面白かった出来事……などなど。ふたりの間に話は絶えない。それもそうだろう。(資料を調べてもらうために)ほとんど毎日電話はしていたが、こうして面と向かって話すのは随分久しぶりになるのだから。

 朔の5杯目のジョッキが空になるころ、不意に文彦は言った。

「仕事は順調?」
「まーな。ってかお前は知ってるだろ、ほぼ毎日電話してんだから」
「そりゃそうだけどさ、やっぱ本人の口からきくのとは違うじゃん」

 ウーロン茶を飲みながら文彦は言う。

「毎日犯人捜し大変そうだなーって思いながら資料捜してるよ」
「ほんとにな! 厄介な町だってのは知ってたけど、まさかこんなことになるとは……」

 朔ははーっと盛大なため息をつく。それを見ていた文彦も困ったように笑った。

「あの町にはオレも苦労させられてるよ」
「ほんと、いつもありがとな」
「あーそれもあるんだけど」
「他に何かあるのか?」
「まあ……色々とね」

 文彦はそっと目を逸らしつつ苦笑する。

「記録課ってさ、何人かで班を作ってそこで人口とかを加味しながら、いくつかの町を担当するって形式なんだよね」
「へえ、そんな風に仕事割り振ってんのか記録課って」
「うん。先に終わった人が別の班の仕事を手伝ったりとかもあるけどね。オレはどっちかっていうとそういうピンチヒッター的なことが評価されてこうなったんだけど……って今はその話は置いといて」

 話が逸れたのを強引に戻した。朔は卵焼きを食べながら話を聞いている。

「実は、オレが正式に副主任に任命されたのをきっかけに班替えがあってさ……それでオレ今米花町担当の班に割り振られてんだよね」
「……マジで?」
「うんマジ」

 朔は思わず目を丸くした。たははと文彦は笑う。

「朔からの連絡を受けてるところを上司にちょくちょくみられてたからさー、多分移動させられたんだと思う。『君が米花町を担当すれば、朔くんの仕事もやりやすくなるだろう』って言われたし」
「……なんかごめんな」
「いや、それに関して君を責めるつもりは無いから安心して。……そういうわけで米花町担当になったんだけどさ……」

 そこで文彦は言葉を切る。そして絞り出すように言った。

「えぐい」
「えぐい? 何が?」
「仕事量が」

 その顔は酷く疲れ切っていた。ウーロン茶を飲みつつ、話を続ける。

「毎日毎日毎日毎日どこかしらで殺人だ事故だ取引だ爆発だテロだって……ほんっと記録すること多すぎ! しかもこういうのって死後の裁判にかかわってくるから記録は正確性と詳細さが求められるし、そのせいで文字量はどんどん増える増える……」
「確かに毎日どこかしらで何か起きてるイメージあるかも」

 朔は過去の出来事を思い返しながら言う。流石日本のヨハネスブルグと言ったところだろうか。

「一緒に担当している班の子も仕事の多さに参っちゃってさ、ほんと大変だよ」
「うわー、それは気の毒に……」

 朔はうわあと顔をしかめながらビールを飲む。そうこうしている間に追加で注文していたメニューも次々届いてきた。空いた皿を片付けてもらうついでに、朔はビールをもう一杯オーダーする。文彦も再びウーロン茶を注文した。

「本当に厄介な町だよあそこは」

 ピザをかじりながら文彦はため息を吐く。やはり相当疲れが溜まっているようだ。あのデスクの書類の山を思い出しながら、朔もピザをかじる。

「一番参ってるのが君のとこの先輩だね」
「透先輩か?」
「うん。あの人ショートスリーパーみたいで、一日に一時間と少ししか寝ないんだ」
「一時間と少し!? そんなんで身体大丈夫なのかよ?」
「そういう体質だからね。本人は至って平気みたい。ま、その辺は個人の問題だから別にいいんだけど……彼起きてる間のスケジュールがきっつきつ過ぎるのが問題でさ」
「確かにいつも忙しそうにしてるもんなあの人」

 もぐもぐとチャーハンを頬張りながら朔は安室のことを思い浮かべる。

「本当に困ってるんだよ。喫茶店アルバイトに私立探偵に組織の仕事に公安警察……もー書くこと多くて多くて。個人記録用の巻物一本使いきるの、今のところ日本で一番早いからね、彼。因みに二番目が喫茶店の上に住んでる江戸川少年」
「うへえ……ふたりとも裁判の時、記録の量がすごいことになりそうだな」
「ねー、それはよく考えるよ。台車一台じゃ足りないんじゃないかとか冗談抜きでよく言ったりする」

 文彦は困ったように笑いながらレモンサワーをくいっと飲む。ようやく一杯目の半分が無くなったところである。

「それと色々ひと悶着あったのが、あの大学院生」
「昴さん?」
「うん。彼見た目は日本人でも中身はれっきとしたアメリカ人だろ?」
「確かFBIなんだっけ」

 この間やった鬼灯とのやり取りを思い出しながら朔は言った。

「そうそう。でもさ、偽物とはいえ日本国籍の戸籍はあるから一応記録をとった方がいいんじゃないかってひとりの子が言い始めて……あれも大変だったなあ。アメリカの地獄に確認の電話したりとか。結局大丈夫だってことになったからよかったんだけど」
「……想像しただけで大変そうだってのはわかるよ」

 やっぱ結構苦労してるんだな、と朔はしみじみ思った。文彦はレモンサワーを飲みつつ、少し舌足らずにぼやき始める。

「大体さあ、あの町の人はおかしいんだよ。ちょっとしたことで人を殺そうとするし、しかもその方法が妙に手が込んでるし、それに必ずと言っていいほど探偵は吸い寄せられるし……。ほんっと嫌になる。君たちがそういうことをするたびにオレたちの仕事が増えるんだから、そういうことを考えて行動してほしいよ」

 全く、とつぶやきながらレモンサワーを煽る。ウーロン茶と交互に飲んでいたそれがやっと空になった。その様子を見て朔は少し困ったように笑う。

「文彦お前酔ってるだろ」
「うん、そうかも」

 へらりと眉を下げて言う。その顔はほんのり赤く色づいていた。

「ほんっと酒弱いな、チューハイ一杯でそうなるとか……」
「昔からどうにも酒はねー、鬼なのにって思うけど体質だし。もうしょうがないよ」

 傍にあったお冷を飲む。因みに朔はといえば、飲んでいた7杯目のビールのジョッキが空になろうとしていた。思った以上にポンポン頼んでいたらしい。その割にはけろりとしているが。

「でも今日は疲労のせいもあるんじゃねえの?」
「あー思った以上に疲れてたのかな」
「思った以上に、じゃなくて疲れてたんだよ」

 朔は頬杖をつきながら言う。あの仕事量だ。疲れ切っていても仕方ない。文彦は昔からずっと真面目で頑張り屋なのだ。そういうところが人に好かれる要因でもあるのだろうが……頑張りすぎるのもよくない。
 すると襖をあけて大将が声をかけてきた。

「おふたりさん。ラストオーダーだ」
「うわ、もうそんな時間か?」
「三時間なんてあっという間だね」

 最後にオーダーしたのはビールとお冷だった。シメに頼むのはいつもこれであったためか、ほとんど待つことなく飲み物は出てきた。やっぱり美味いなあなんて思いながらぐびぐびビールを飲んでいると、不意に文彦が言う。

「でもさあ、やっぱりちょっと寂しいんだよね」

 文脈の読めない発言に、朔は自然に聞き返す。

「何が?」
「なんか君が現世に行ってから気軽に遊べなくなっちゃったしさ。前までは仕事終わりとか結構な頻度で遊びに行けたのに。……仕事だから仕方ないってわかってても、やっぱりちょっと寂しいよ」

 少し遠くを見るような眼差しで文彦は言う。ドストレートにそんなことを言われ気恥ずかしくなった朔は、そっと視線を逸らしつつぶっきらぼうに返した。

「……本当に酔ってんなお前」

 ほら水飲め水。俺の分もやるから。そう言って半ば無理やりに水を押し付けた。照れ隠しだとわかっているのかいないのか、ふふと文彦は笑う。

「さ、そろそろ帰るぞ。俺明日鬼灯さんのとこに顔出さなきゃいけねえんだ」
「あれ? 報告書はもう出したんじゃ……」
「それが色々あって明日にズレたんだよ」
「あー、そうだったんだ。じゃあ早めに帰った方がいいかもね」

 席を立とうとしてふらついた文彦を、朔が軽く支えてやる。

「ありがと朔」
「いいよ。それより足元気を付けろ」
「うん」

 会計を済ませて店を出る。華やかな飲み屋街はいつものように鬼や妖怪で溢れていた。だが今日は周りの人が何やらちらちらとある点に視線を向けているようだ。何かあるのかと思い、ふたりも同じように視線を向ける。

「なあダンナ、次は……ック、どこ行くよ」
「んじゃあ、次はあの店にしようかぁ、ヒック、キミ好みのかんわいい〜子がい〜っぱいだよぉ」

 二へ二へと笑い肩を組んでふらつきながら歩く白澤と凩。その顔はふたりとも赤く、酒に酔っていることは一目瞭然だった。
 それを見た文彦は、少し躊躇いがちに、隣を見ずに話しかける。

「……朔」
「何も見てない」

 遮られた。そしてそのまま念を押すように続ける。

「俺たちは、何も、見ていない」
「……うん。そうだね」

 何とも言えない気持ちになりながら、ふたりは飲み屋街を後にした。


***


 翌日。文彦の住む獄卒寮の部屋の前にて。
 荷物をまとめた朔は文彦に告げる。

「んじゃ俺行くわ」
「うん、わかった。気を付けてね」
「お前もしっかり休めよ」

 寝間着姿の文彦が眠そうな目をこすりながら見送ってくれた。ちなみに今日は非番らしい。わかってるよ、と寝ぼけ眼で微笑む。

「今度はオレが現世に行くよ」
「わかった。楽しみにしとく」

 そう言いながら朔は文彦の部屋を後にした。

 昨日と同じく顔見知りの人たちから色々話しかけられつつ、閻魔殿に向かう。執務室をノックしたところ、どうぞとよく通る返事がした。失礼しますと声をかけて中に入る。

「鬼灯さん」
「ああ、朔さん。おはようございます」

 声を聞いて書類から顔を上げる鬼灯。その涼しい顔はいつもと変わらない様子である。

「昨日はすみませんでした。生憎急だったもので事前連絡も出来ず」
「いいんですよ。俺もともと一泊する予定だったし。はい、これが報告書です」

 さっと目的の物を渡す。はい確かに、と鬼灯は受け取った。ぱらぱらとめくりながらその場で軽く確認していると、おやと手を止めた。何かに気付いたらしい。

「朔さん……あなたパソコン音痴克服したんですか?」

 見事なワープロ印字の書類から顔を上げずに言う。ああ、と朔は合点がいったようだ。

「これ手書きです」
「何ですって?」

 驚いたようにはっと顔を上げた。

「本当はパソコンで打ちたかったんですけど、どうしても上手くいかなくて……。結局手書きに落ち着きました。文彦から以前教えてもらった『フォント真似』が役に立ちましたね」
「そうだったんですか。一目見ただけで分からないくらい見事ですね」
「そうでしょう! あいつの特技のひとつなんですよ。パソコンもいつかは使いこなせたらいいなと思ってるんですけどね……哀ちゃんにも見限られちゃったし、どうしたもんかなあ」
「……ちょっと待ってください。あなた、灰原さんにパソコンの操作教わったんですか」

 聞いてないぞとでも言わんばかりに身を乗り出しながら鬼灯が問い詰めてくる。どうしてそうぐいぐい来るんだと思いつつ、困惑気味に返した。

「え? はい。一番上手くできるのは多分あの子かなーって思ったので、阿笠邸にお邪魔して」
「ほう」
「途中で昴さんも加わって色々教わったんですけど、結局駄目でしたねー。ここまでできないのは逆に才能だ、みたいなこと言われちゃいました」
「ほう……彼も……そうですか……」

 後で確認しよう、と鬼灯は小さく呟く。幸いそれは朔に聞こえなかったようだ。不思議そうな顔をして首を傾げている。

「では報告書も受け取りましたので、戻っても構いませんよ。引き続きよろしくお願いしますね」
「あ、いや」

 鬼灯の言葉を朔は遮った。

「? まだ何か」
「何かというか、ここからが本題というか……」

 言いにくそうに朔は言葉を濁す。

「この間連絡いただいた、天国からの脱走者の件なんですが」
「ああ、彼らですか。報告が上がってしばらく立ちますが、未だに誰もつかまって無いんですよね。もう流石にひとりくらいは見つかってもいいかと思っているのですが」
「そのことなんですが、……先日ひとり発見しまして」
「おやそうですか、ならば早くこちらに送り返して……」
「それで、お願いがあるんです」

 朔は意を決したように言う。

「彼を、しばらく俺の部下として預からせてくれませんか」