伍拾 こんな姿初めて見た
とにかくすぐに向かうからと言ってコナンとジョディはたっと駆け出した。その後を追うように残りの面々も追いかけていく。現場と思われる公衆トイレには野次馬がかなり集まっていて人混みをかき分けるのが大変だった。すみませんすみませんと謝りながらようやく抜ける。
するとそこには、頭から血を流しながら壁にもたれかかるように座る、ひとりの女性の姿があった。その顔色は悪く、もう既に息絶えていることが確認せずともわかる。
しかも驚くべきことに、彼女は先ほどスリだと叫んでいた例の女性だった。
「うそ……」
「さっき先生にぶつかったおばちゃんじゃねーか!」
「なんで……」
子どもたちは青ざめた顔で口々につぶやく。彼らを他所にジョディとコナンは冷静に死体の詳しい状況を確認していた。
だがしかし、朔と鬼灯は別のものにすっかり視線を奪われていた。
「一、魂を引き抜きます!」
「魂を引き抜きます!」
「二、身体の機能を停止させます!」
「身体の機能を停止させます!」
「三、肉体を腐らせます!」
「肉体を腐らせます!」
ひとつひとつの作業を声に出しながらテキパキと働く三人の鬼。彼らは皆同じ黒い着物に袴姿であり、その右腕には共通の『お迎え課』の腕章が巻かれている。ご愁傷様です!と揃って声に出すその姿はかなりシュールだ。
そんな光景を見ながら鬼灯は表情を変えずに言う。
「今回は無事に間に合ったようですね」
「無事に……というか、それが本来の形なのでは……?」
「まあそうなんですけどね。この町が特殊すぎるだけで」
「……こう言うのもなんですけど正直俺、彼らが働いてるの初めて見ましたよ」
こんな風に仕事してるんだなあ、なんて思いながら朔は暴れる被害者の霊をテキパキと捕まえる彼らの様子を見守っていた。
すると三人はこちらに気付いたようである。嬉しそうに挨拶をしようと近づくが、鬼灯はそれよりも前に口の前に人差し指を立てた。今ここで会話するのを見られるのは困る。そう思っての行動だろう。それを察したらしい三人はハッとした顔をすると、ぺこりと一礼し被害者の女性の霊を連れて颯爽とその場を後にした。三人を無事に見送った鬼灯がため息交じりに言う。
「早いうちに被害者を連れて行ってくれて助かりました。危うく推理のネタバレをされるところでしたよ」
「ネタバレって……」
なんちゅう不謹慎なことを……。こそこそとふたりで話していると、被害者の懐を漁っていたコナンが何かに気が付いたように声を上げた。
「黒兵衛か!」
「黒兵衛?」
「スリの字名だよ……」
そしてジョディに説明する。なんでも、スッた相手の懐に黒い五円玉を三枚忍ばせていくためにそう呼ばれているらしい。語呂合わせで五・黒・三……つまり、『自分にスられるために稼いでくれてご苦労さん』という語呂合わせなんだとか。
うまいこと洒落が効いてるなあ、なんて思っていると阿笠が呼んだ警官がようやく現場に到着したようだ。先に遺体の傍にいるコナンとジョディを見て、彼はむっと眉を寄せる。
「なんだ君たちは。遺体から離れなさい!」
だがその言葉に臆することなく、ジョディはあるものを警察官に掲げてみせた。
「私はFBIの捜査官、ジョディ・スターリング!」
「え、FBI!?」
「直ちにこの神社の出入り口を封鎖、刑事を呼んできなさい!」
「は、はい!」
ジョディのテキパキとした指示に押されるように、警官は敬礼をしてその場を離れていった。なすがままになってるけど、それでいいのか日本警察……。
朔が密かにそう思っている間にも、ふたりの話は続いていく。その様子を鬼灯は実に真剣そうな様子で見守っていた。ふたりから少し離れているため、普通の人間ならば会話を聞き取るのは少々難しいが、身体能力の優れた鬼ならば比較的容易だ。しかも、念願の生捜査に立ち会えたため一字一句聞き逃すまいと神経をとがらせている鬼灯ならば尚更である。
ふたりは女性の所持品の小銭入れの中にある大量の黒い五円玉を見ながら、彼女がスリの黒兵衛だろうと推理した。続いて財布に入っていた輪ゴムで止められた札の束を開く。中にはGPSの発信機が入っていた。それを見てコナンは真剣な表情で言った。
「恐らく、黒兵衛に財布をスられた被害者が殺人犯だよ」
***
神社の出入り口を封鎖し、程なくして現場に警察が到着した。現場には規制線が張られ、関係者以外の立ち入りが出来なくなっている。そのためか、尚更中の様子を覗こうと野次馬が躍起になっているようだ。辺りがさきほどよりもざわざわと騒がしい。
現場にやってきたのはこの間の事件でお世話になった目暮と高木をはじめとした警視庁の警察官たちである。こちらを見るなり「君がいるなら早期解決も夢じゃないな」なんて言い始めた目暮に朔は困ったように笑うことしか出来なかった。案の定、隣で上司が悔しそうにこちらを睨んでいる。恐らく目暮に顔を覚えられているのが羨ましかったのだろう。苦笑いを浮かべつつその視線をかわした。
「(そういえば、子どもたちの姿が見えないけど一体どこに行ったんだろう)」
先ほどコナンからこそこそ指示されていたのは見ていたが、それと何か関係があるんだろうか。そんなことを考える朔を他所に、高木はそれにしてもとジョディに苦言を呈した。
「困りますよジョディさん。いくらFBIの捜査官だといっても、ここは日本。しかも、あなたは休暇を使って来日しているわけでしょう。勝手に捜査の指示をされちゃ、我々日本の警察の面目が……」
「ごめんなさいね。ついいつもの癖が出ちゃって。でもこの現場は神社の出入り口から遠く、遺体は殺害されてからまだそんなに時間が経ってなかったから神社の出入り口を封鎖したおかげで犯人を封じ込められたはず……。そうよね? コナンくん」
ジョディの傍に居たコナンは神妙な面持ちで頷いた。まあ適切な指示で助かりましたけど……と高木は困ったように笑っていた。
「しかし本当かね? この撲殺された女性が捜査三課が長年追っていた『スリの黒兵衛』だというのは」
「間違いないと思うよ」
コナンはそう確信した理由を目暮に話して聞かせる。小銭入れに黒い五円玉が大量に入っていたことを聞くと、納得したようにううんと高木は唸った。
「それで、この黒兵衛が撲殺されるところを見たというのは本当ですか? 阿笠さん」
「え、ええ」
第一発見者である阿笠はその時の状況を詳しく話し始めた。トイレで用を済ませてここを通りかかった時に見てしまったのだが、木陰で暗くて初めは杭でも打ち付けているんじゃないかと思ったこと。犯人の顔はほとんどシルエットで、帽子を被っていたことと長さ三十センチくらいの細い棒を持っていたことしかわからないこと。立ち去る時に、少々足を引き摺っていたこと。
阿笠の話を一通り聞いた高木は目暮と意見をすり合わせる。
「一刻も早く立ち去りたいその状況で足を引き摺っていたのなら」
「容疑者から外れるための演技ではなさそうだが……それだけでこの神社に来た大勢の花見客の中から殺人犯を割り出すのは……」
「ほとんど不可能に近いですね」
どうしたものかと険しい顔をして呟いたその時、不意にコナンが口を挟んだ。
「もっと絞り込めると思うよ。そのおばさんの札入れに変なものが入ってたし」
「変なもの?」
「お札に包まれたGPS発信機よ」
「な……なんでそんなものが」
予想だにしていなかったのか、目暮は疑問を隠せない。だが至って冷静にジョディは補足した。
「そのスリの黒兵衛が一度もつかまってないなら、スられて黒い五円玉を懐に入れられるまで黒兵衛を特定できないからよ。そうやって発信機入りの財布をわざとすらせて携帯電話で位置を把握し、黒兵衛が人気のない場所に行くのを待って撲殺したんだわ」
「じゃあ、黒兵衛にすられた被害者が殺人を?」
「だがスリは複数犯も多いから、スリ仲間同士の仲間割れという線も捨てきれんが……」
目暮の仮説に、高木は確かにと納得したように相槌を打つ。だがその説をコナンは否定した。
「黒兵衛は単独犯だと思うよ。自分で『スリが居るわよ』って騒いでたし」
「え? どういうこと?」
不思議そうにするジョディにコナンは「スリがよく使う手さ」と言った。
スリがいると聞けば、思わず自分の財布を確認してしまう。スリはそうやってスる相手の財布の場所を知るのだ。もし相棒が居たのなら、その騒ぐ役を相棒にやらせた方が効率的だ。だがそれをしなかったということは、彼女は単独犯だという何よりの証拠になるのである。
「だから多分、ジョディ先生のお財布も……」
「え? ……あ! 私の財布、無くなってる!」
ジャケットの内側を確認したジョディは今になってスられたことに気づいたようだ。恐らく転んだあの人を助け起こした時にスられたのだろう。ジャケットの内側からはちゃっかり黒い五円玉が三枚発見された。
しかしなあ、と遺体の傍に寄りながら目暮は言う。
「スった本人が死んでしまったんじゃ、スリの被害者を見つけようにもどうやって探し出せば」
「それなら多分もうすぐ……」
すると不意にピピピ、と聞きなれない電子音が鳴り始めた。どうやらコナンが持っているバッジから鳴っているようである。ようやく来たかとコナンは得意げにバッジのアンテナを伸ばした。それを皮切りに次々とスピーカー越しに声が聞こえてくる。
『コナンくん! 見つけましたよ! 場所はおみくじを結ぶところの横に置いてあったごみ箱です』
『俺も見つけたぞ! 水飲んだところの傍のごみ箱の中でよ!』
『あー! あったみたいだよ! 鈴を鳴らすところのごみ箱の中に! 今神主さんに取ってもらってるとこ』
『こっちは現場のトイレの先のごみ箱の中。回収されそうだったごみを無理言って探させてもらったわ』
「よし。じゃあ見つけた財布に指紋つけねえように持ってきてくれ」
コナンの一声に子どもたちは元気に返事を返す。その一連の流れを聞いていた高木は合点がいったようにそうか!と口を開いた。
「スリはスった財布をお金だけ抜いて捨てるから、その財布の中身を調べれば」
「財布の持ち主がわかるかもしれんということか!」
それならいけるかもしれないと俄然息まき始める高木と目暮。その様子を傍から見ていた朔はへえ、と感心したようにつぶやいた。
「さっき子どもたちに指示を出していたのはそういうことだったのか」
「ええ。子どもたちを協力させることで捜査の一歩先を行くとは……やはり流石ですね」
生で見られて感激です、と完全にファン目線の感想を述べ始める鬼灯。普段からこんなことを浄玻璃の鏡越しにやっているのかと思うと、なんだか複雑な気持ちになったのは朔だけの秘密だ。
***
程なくして子どもたちの発見した財布が現場に届けられた。
色、大きさ、形、材質……全てがバラバラな四つの財布を見て、ううむと目暮は考え込む。
「ごみ箱から発見された財布はこの四つだけかね?」
「ええ。私が調べたゴミ箱から回収し始めたって業者の人が言ってたから」
腕を組み、つんとした表情で哀は言う。広げられた財布を見て、ジョディはひとつを指さした。
「その青い財布、私のよ」
「じゃあ、あなたも容疑者のひとり?」
「ええ!?」
いきなりの展開にジョディは驚いたように声を上げる。すると傍から見ていた歩美がムッとした顔で口を開いた。
「ジョディ先生は違うもん!」
「あのおばさんとぶつかった後はずっと俺らと一緒に居たからよ!」
「人を殺してる時間はありませんよ!」
子どもたちの擁護に、目暮は面食らったようにそうかね、とつぶやいた。こほんと咳ばらいをひとつして、改めて財布に向き直る。
「となると殺人犯は……」
「残る三つの財布の持ち主に居る可能性が高いですね」
まずはじめにひとつ目の財布……左にあった黒い財布を手に取り、中身を開いた。探っていくとすぐさまあるものを見つける。
「この黒い財布の持ち主はすぐにわかるな。車の免許証が入っている」
すると、写真を確認しようと目暮の後ろから覗き込んだ元太があっと声を上げた。
「このおっさん、さっき見たぞ!」
「え?」
「ジョディ先生に話しかけてきた人です」
「風邪ひいてるってマスクしてたよ」
元太に続くように口々に子どもたちは言う。知っているのならこれで十分かとばかりに、目暮は次の財布を手に取った。茶色の長財布を開くと、ふたの内側の部分に一枚のプリクラが貼り付けてある。女性と子供のツーショットだ。それを見ていた歩美はあーっと大きな声を上げた。
「そのお姉さんも知ってるよ!」
「え?」
「鈴の鳴らし方を教えてもらいました」
「まだその辺にいるんじゃねえか?」
これまた子どもたちは次々に言う。持ち主がわかり、またもや次の財布に移る。最後の赤い財布の中には小吉のおみくじが入っているのみだった。流石にこれは分からんだろう、という目暮の言葉には耳も貸さず、三人は真剣な顔で話し合う。
「あのおじいさんのお財布なんじゃない?」
「いいくじは持って帰れって言ってたしな」
「ええ。それに僕見ました! 僕たちの前であのおじいさんが赤い財布を出してくじを買っているところを!」
光彦の言葉に歩美も見た!と賛同する。元太に至っては「じいさんに似合わねえ派手な財布だと思ったんだよな」なんて感想を述べている。
三人の会話を聞いた目暮は戸惑いがちに言った。
「わ、わかるのかね?」
「うん!」
「んじゃ、探してくっからよ!」
「待っててください!」
「お、おい君たち! 相手は殺人犯なんだぞ!」
目暮の言葉も聞かずに、子どもたちは一目散に駆け出してしまった。仕方なく高木に付き添いを指示する。命じられた高木は慌てて子どもたちの後を追いかけて行った。
高木が去っていったのを見て、目暮はううむと腕を組む。
「その三人の中の誰かが、三十センチくらいの棒を所持していたら決まりなんだが……」
「それを持って無くてもすぐにわかると思うよ」
「え? どういうことかね、コナンくん」
目暮の質問に、コナンは平然と答えた。
犯人はお返しとばかりに遺体の傍に黒い五円玉を三枚置いていっている。だがしかしこんな独特な黒い五円玉はそう簡単に用意できるものではない。そこまで言ったところでジョディが彼のいいたいことに気付いたようである。
「そうか! 三人の中で黒兵衛に入れられたはずの黒い五円玉をもって無い人が犯人って訳ね!」
「そういうこと」
コナンは何かを企むように、口の端を二ッと上げて笑った。
***
「ちょっと何なのよ?」
「刑事さんが急に話を聞かせてくれなんて」
「ワシらが何かやらかしたというのか?」
現場に集められた三人は口々に言う。その表情は誰もあまり納得がいっていないようなものばかりだ。三人の目の前に立つ目暮は真剣な顔で口を開く。
「その話の前にまず、皆さんのポケットあるいはバッグの中に、マジックで黒く塗られた五円玉が入っていないかどうか確認していただけませんかな」
「黒く塗られた五円玉?」
怪訝な顔をしてマスクの男はポケットを漁る。老人や女性も何だそれは、そんな変な物持ってるわけ、と口々に漏らしながらもポケットや鞄の中を確認し始めた。すると。
「なんでこんなもの……あったわよ。黒い五円玉」
女性が黒い五円玉を差し出しながら、困惑した表情を浮かべる。するとマスクの男性と老人も同じように五円玉を差し出した。それを見ていた目暮や高木、コナンは明らかに戸惑いを見せる。
その光景を傍から見守っていた朔と鬼灯は小声で会話した。
「三人とも持ってたみたいですね」
「ええ。どうやら一筋縄ではいかなかったようです」
無表情ながら実に楽しそうに言う鬼灯。今日は徹底して傍観者を決め込むつもりのようだ。ふたりの会話を他所に、女性がこれは一体何なのかと詰め寄る。高木は素直に質問に答えた。
「それは、黒兵衛というスリの置き土産のようなもので……」
「え、ウソ?! じゃあ私、スリにスられてたの!?」
「やっぱり……財布が無いのはさっき気づいて、警察に届けようと思っていたところで」
「まあ中身はたいして入ってなかったからくれてやっても良かったが……そのスリ、捕まえたのか?」
老人の質問に、目暮と高木は気まずそうにいやそれが、と言い淀む。そしてちらりと背後の遺体に視線をやった。
「……先ほど、遺体となって発見されました」
「「「!」」」
目暮の背後に隠されていた遺体を目にするなり、三人は明らかに顔色を変える。目暮は三人に向き直ると、まっすぐに言った。
「我々は、あなた方の中に犯人がいると睨んでいるんですがね」
「わ、ワシらの中に」
「そんな……」
「私たち被害者じゃないの!?」
「とりあえず、あなた方のボディチェックと、所持品と携帯電話を調べさせてもらいましょうか」
任意なので拒否できますが、後々面倒なことになると思うので出来ましたら。高木と目暮がそう言えば、三人は渋々折れるように検査に同意した。