伍拾弐 いつの時代も彼女らは



「今日はこんなところかな」

 浮遊霊回収業務のノルマを無事に終えた朔はポキポキと首を鳴らしながらふうと息をついた。現在時刻は深夜2時。いわゆる丑三つ時というやつだ。明日の予定は夕方にポアロのシフトが入っているのみ。そのため、家に帰るには少し時間がある。そこで近くまで来ていることも相まって、息抜きがてら栞の店へ向かうことにした。

 ぼんやりと明かりの点る見慣れた店が近づき、自然と朔の表情が緩む。
 カランとドアベルが鳴って店の中の彼女が嬉しそうに微笑んだ。

「いらっしゃい朔くん。最近よく来てくれるね」
「そうですか? あんまり意識してなかったや」
「まぁ、売り上げが上がるから私は大歓迎だけどね〜」

 ふふふと栞は口角を上げる。そのちゃっかりとした笑みに朔は思わず苦笑した。
 店内に足を踏み入れながら辺りを見回す。テーブル席がひとつ埋まっているのと、カウンターにひとりの見慣れない女の子がいるくらいでそこまで混みあっていないようだ。

 朔は慣れたようにカウンター席に座ると、ひと席空けた隣に座っている彼女を見る。セーラー服を身に纏った高校生くらいの黒髪の女の子だ。横顔から見る限り、かなりの美形のたぐいに分類されそうである。可愛らしいというよりはミステリアスな美人、と言った感じだろう。未成年の子がこんな時間にどうしたんだろうと朔が思っていると、栞が彼女にそっと話しかけた。

「紅子ちゃん、この人が朔くん。ほら、この間話した……」
「ああ、彼が」

 紅子と呼ばれた少女は栞の言葉を聞いてふっと笑みを浮かべる。だが朔はなんのことだかさっぱりわからない様子だ。栞さんの知り合いだろうか? そう思っていると身体を正面に向けて挨拶をしてきた。

「初めまして、江古田高校2年生の小泉紅子といいます」
「こちらこそはじめまして。俺は望月朔、よろしくね」
「ええ、是非とも仲良くさせていただきたいですわ。地獄の鬼さん?」
「……はえ?」

 不意に正体を言い当てられ、思わず情けない声が漏れる。なんで!?どうして!?と頭の中はすっかりパニック状態だ。対する栞と紅子はそんな朔の様子を見ながらニコニコと楽しそうに笑みを浮かべていた。

「な、なななな、何のことかなー?」
「ふふ、無理に隠さなくてもいいのよ」

 声が裏返るのも構わず苦し紛れに言い逃れをするが、紅子は余裕ありげに微笑む。細められた目が怪しく光っているような気さえしてきた。どうするべきかと必死に頭を回していると、すっかりこの状況を楽しみ終わったらしい栞がニマニマと笑みを浮かべながらさらりと補足をする。

「実は彼女、魔女なんだ」
「……魔女ぉ?」

 朔はだらだらと汗を流しながらあからさまに眉を寄せた。
 聞けば彼女は現世に生きる魔女の数少ない生き残りであり、普段はそれを隠して快斗や青子と同じ高校に通っているのだという。この店は快斗や青子を通じて知り、栞さんの正体を知って以来の常連なんだとか。

「それで朔くんの話もしてたんだよぅ、『この間から仕事で私の知り合いの鬼が米花町に来てるんだ〜』ってねぇ」
「なるほど、そういうことだったのか……」

 すべての謎が解決した朔は納得したようにつぶやいた。その表情はわかりやすくほっとしている。

「あーびっくりした、てっきりどこからバレたのかと思っちゃいましたよ」
「ごめんね朔くん〜 やっぱり君が驚く顔は何度見ても飽きないからさぁ、つい見たくなっちゃうんだよねぇ」
「そんな事のために驚かされる俺の気持ちにもなってくださいよ、まったく」
「ごめんごめん」

 口では謝っているが表情は緩みっぱなしだ。反省してないなこれは、と朔が呆れたように目を細める。

「お詫びに一杯サービスするからさぁ、それでチャラって事で、ね?」
「仕方ないなあ……」

 次はないですからね、と言いながら栞から差し出されたコーヒーを受け取る朔。存外彼もわかりやすくちょろいのだ。

「本当に仲がよろしいんですね」
「まあねぇ。私朔くんが赤ちゃんの頃から知ってるから、もうほとんど親戚みたいなものだよ〜」
「途中会ってない期間もありましたけど、純粋に一番古い知り合いかも」

 懐かしいなあとしみじみするふたりに紅子はティーカップに口を付けながら微笑んだ。すると思い出したかのように朔は尋ねる。

「そういえばもう夜も遅いけど、こんな場所にいて大丈夫なの? 学校とか……」
「明日は休日ですから問題ありませんわ。それと実は私、今日は待ち合わせをしているのよ」
「待ち合わせ?」

 するとタイミングよくカラランとドアベルが鳴る。来ましたわ、と紅子がつぶやいたので反射的にドアの方を見た朔は思わずぎょっとした。

 そこに現れたのは三人の女性だった。
 ひとりは朔の上司の茶吉尼天である。服装はいつもの仕事着だが化粧が普段よりも少々煌びやかだ。残りのふたりは西洋の悪魔のレディ・リリス、中国妖怪の妲己である。

 金髪ショートヘアに赤眼、黒いシルクハットとゴシック調の服、豪華なアクセサリーで着飾ったリリスはEU地獄に住まう女悪魔であり、魔王・サタンの側近であるベルゼブブ長官の妻だ。
 また、黒髪に羽衣のような衣服を身に纏い、そのうえド派手な装飾品でその美しさを引き立たせる妲己は、あらゆる贅と淫楽を極めたという九尾の妖狐である。現在は訳あって集合地獄でぼったくり妓楼のオーナーをしているのだとか。

「お待たせ〜!」
「ごめんなさいね、ちょっとお店の方で色々あって遅れちゃって」
「いえ問題ありませんわ。約束を取り付けたのは私の方ですので」
「あら、話で聞いていた通り本当にいい子ね〜 魔女には見えないわ」

 きゃらきゃらはしゃいでいる女性陣。店全体にかかったフィルターのお陰でそこまでの騒ぎにはなっていないが、店内はそこそこざわついているようだった。だが対する朔はひくひくと口の端を引きつらせていた。この三人と言えば、そう――

「せ、世界悪女の会……!」
「あら、朔くんも来てたのねェ」

 朔のつぶやきに気付いた茶吉尼天が目を丸くする。己の上司であるため挨拶していると、栞が予約席に彼女らを案内した。紅子もそれに続いたのを見て、改めて待ち合わせの人物が彼女らであることを再確認させられたのだった。
 そんな朔を他所に、彼女らは女子トークに花を咲かせている。

「最近いい男捕まえた?」
「うーんアタシはなかなか……やっぱり今のトレンドは現世の男子かしらねえ」
「でもそれハードル高くない?」
「馬鹿ねえ、何時の時代だってハードルは高い方が燃え上がるものでしょ」
「皆さん流石ですわ」
「あら、アタシ的には貴女の話の方が気になるわね」

 一見何ともない女子トークのはずなのにとても不穏な気配がするから不思議だ。心なしか背景に鮮明なクモの巣が見えるような……。
 なんとなく嫌な予感がした朔は速やかにコーヒーを飲み干し、席を立った。

「じゃあ俺はこの辺で……」
「お待ちなさい、朔くん」

 だが一足遅かったようで、リリスに呼び止められてしまった。そっと振り返ると、まるで餌を見つけた野生動物のように目を光らせる女性陣(主にリリスと妲己)が。

「実は前から一度じっくり話をしてみたいと思ってたのよねェ……」

 世にも美しい笑みを浮かべ、妲己がつぶやく。
 逃げられないことを悟った朔は、そっと諦めた表情を浮かべることしか出来なかった。


***


 次の日。げっそりとした様子でポアロを訪れた朔に、安室と梓は目を見合わせた。

「朔くん、どうしたの? 体調悪い?」
「あまり無理をしない方が……」
「いや、体調は大丈夫ッス。全然」

 そしてふたりから視線をスッと逸らしながら、朔はぼそりとつぶやいた。

「怖いッスね、女の人って……」

 その言葉に、ふたりは何かを察したようである。そっと目を合わせ、苦笑いを浮かべた。

「あんまり聞かない方がいいかな」
「……ですね」