伍拾参 あちこちレポート in 米花町
人通りの落ち着いた平日の昼。
ふたりの女性がカメラに向かって可愛らしくコーナータイトルを読み上げた。
「「マキミキのあちこちレポート!」」
大きく手を広げるようにして景色に注目を向かわせながらツインテールの女性……地獄アイドルのミキが紹介する。
「今日は現世にやってきたにゃ〜ん!」
「鬼だとバレないように、現世の服装でお届けします!」
似合ってますか?なんて言いながらくるりと回って見せるのは同じく地獄アイドルのマキだ。彼女らは地獄でアイドルユニットを結成しており、かなりの人気を誇っているのである。
「そしてここはなんと! 現世の米花町だにゃ〜ん!」
「そう! 日本のヨハネスブルクと名高いあの米花町なんです!」
「今回のロケ中に何か起こらないか不安だけど……早速歩いてみるにゃ〜ん」
景色や町の人にコメントを残しながら、ふたりはテレビクルーをひきつれて道を歩く。流石は手慣れてるというか、道中の人たちには彼女らが人間ではないということは全く気付かれていないようだった。
ある程度取材は進み、ちょうど別の場所に移動している時。ふと聞き馴染みのある声が聞こえたような気がしてマキは周囲を見回した。すると見覚えのある姿を発見する。金髪に色素の薄い瞳の彼だ。
「あれ? 朔さんだ」
「えっどこどこ?」
マキのつぶやきを聞いてミキも辺りを見回す。ほらあそこ、と指さしたのは左手方向にある公園だ。平日ということもあって人も少なく、金髪で背も高い彼は尚目立っている。彼は耳に携帯を当てながら浮遊霊と何やら話をしているようだった。
「なんで霊と話してるんだろう。しかも電話しながら」
「お仕事中かにゃ?」
噂程度の事情を知っているらしいミキは何やら察したようだが、マキはさっぱりのようだった。
すると、電話をポケットにしまった朔と目が合う。朔は嬉しそうに手を振ると、浮遊霊を引き連れてふたりの元へやってくる。
「久しぶりマキちゃんミキちゃん」
「「お久しぶりです!」」
ふたり揃って挨拶をする。一日獄卒の時や金魚草大使の時にちょくちょく顔を合わせているため、互いに面識があるのだ。
「今日は現世取材?」
「はい、マキミキレポートです」
「あーマキミキレポート見てたよー お昼の休憩と被ってると食堂でついてるから見れるんだよね。現世でも見れたらいいのにって思うよ」
すると「朔くん」とひとりの男性が声をかけてきた。この番組のプロデューサーである。
「もしよかったらでいいんだけど、現世での仕事を取材させてもらえないかな?」
「え、俺の仕事を?」
「うん。何せ現世での仕事だろう? 週刊三途の川の時も話題になったし、きっとみんな興味があると思うんだよ〜」
「そ、そうかなあ……」
ちょっと照れながら満更でもなさそうな表情を浮かべる朔。なんてわかりやすいんだろう、とマキミキのふたりはぼんやり思っていた。
「俺的には全然かまわないですけど、一応鬼灯さんに確認とってもいいですか?」
「もちろん!」
失礼します、とプロデューサーに言って朔は電話をかけ始める。だが一言二言話しただけで電話を終わらせてしまった。右手でOKサインを作りながらマキミキに言う。
「オッケーだって」
「早」
「即答ですね」
「この取材をきっかけに、この係に行きたい獄卒が増えればいいなっていう狙いらしいよ」
その言葉を聞いてふたりは一日獄卒をやったことを思い出し、なんとなく納得したようだった。プロデューサーがありがとうとお礼をし、朔はお礼をされるほどの事では、と謙遜する。
「じゃあ早速行ってみようか」
こっちだよ、と朔は自ら歩みを進めた。ずんずんと迷いなく歩く朔に、マキが話を聞く。
「どこに向かってるんですか?」
「地下アイドルのライブハウス」
「「え?」」
思わぬ答えにふたりは固まる。そこでだいぶ内容を端折ってしまったことに気付いた朔は改めて説明した。
「俺の仕事は現世にいる浮遊霊を捕まえてあの世に連れ帰ることなんだけど、連れて行く前になるべくその人の未練を叶えてあげたいんだよね。俺に出来る範囲で、だけど」
「じゃあもしかしてこの亡者の未練って……」
そう言いながらちらりと捉えた浮遊霊を見上げる。大柄な体格、曇りがちな黒縁メガネ、ぱつぱつのTシャツ……あまりにもわかりやすいビジュアルのおかげで、マキにも容易に前世の未練の想像がついた。
「『応援してるアイドルグループのライブをもう一度でいいから見たい』ってさ」
「だからライブハウスなんだニャ〜ン」
「正解」
朔はにっこり笑って言う。気付けば大通りに差し掛かっており、人通りも多少増えてきた。
「大変ですね、ひとりひとり要望を聞くなんて」
「彼は比較的簡単な部類だけどね。殺人犯の匿名通報よりは全然」
「それは……そうですね」
「流石は米花町だニャ〜ン」
どこか遠い目をしながらふたりは言う。
今までにあった亡者の話を(個人情報的な意味で)フェイクを入れつつ話しているうちに目的のライブハウスに到着した。当日券を購入し中へ入る。カメラ撮影もOKだということで撮影クルーも一緒だ。
薄暗い室内はライブ直前ともあってかだいぶ混みあっていて、かなり活気にあふれている。一緒に来た浮遊霊もテンションが上がっているようだ。するとミキがあることに気付く。
「というかここ、亡者の量多くないかニャ〜ン?」
「うわ、ほんとだ」
気付いた朔はげんなりした様子で言う。ライブハウス内には確かに、共にやってきた男以外にも数名の浮遊霊がいたのである。薄暗いせいもあってか観客と紛れてわかりにくくなっていたようだ。
「ライブが終わり次第全員確保だな……」
朔はつぶやく。その顔はどこか呆れ気味だった。
ライブが開始すると会場のボルテージは最高潮になった。飛び交うコール、沸き上がる歓声、生者も亡者も関係なく一体となっている様子はなかなか見れない光景だ。会場の後ろの方で見ていたが現役アイドルである彼女らとしても色々と勉強になるところがあったようで、真剣な目でステージで歌って踊るアイドルたちを見ていた。
ライブが終わり、さて連れて帰ろうとなったところで浮遊霊の男がキラキラと目を輝かせて物販コーナーの『ツーショットチェキ 1000円』を指さす。しばらくふたりで見つめ会った後、渋々朔が折れるような形で物販コーナーへ足を向けていた。その後姿を見ながらマキがつぶやく。
「朔さん優しすぎない……?」
「優しいというか、あれはただ押しに弱いだけだと思うニャ〜ン」
ミキの言葉に納得していると朔が戻ってきた。なんともいえない表情を浮かべている。
「経費で落ちるかなこれ……」
「落ち、ますかね……」
「まあいっか、とりあえず俺とこの人で撮ってくるから、ふたりはテレビクルー連れて先に外出てていいよ」
「はい!」
「了解だニャ〜ン」
言われるがままに外に出て待つこと十数分。「お待たせ」と言いながら朔が戻ってきた。だがその背後に浮遊霊が十人あまりいることにふたりはぎょっとする。
「ふ、増えてる!?」
「スキを見て連れてきちゃった」
はは、と朔は軽い調子で笑う。背後にいる浮遊霊らは皆手首をロープでつながれており、そこから伸びたロープを朔がまとめて握っている。まるでイベントで売られているヘリウム風船のようだな、と不謹慎ながらにミキは思った。不平不満が出るかと思いきや、繋がれたものは全員同じアイドルのファンだったため話に花が咲いているようだった。
「そうだ、撮った写真はどうだったんです?」
「ああ、これね」
はい、と見せてくれた写真をふたりは覗き込む。左側にアイドルの女の子、右側に朔がいるのだが、明らかに間に人の顔らしきものが映り込んでいる。顔つきから察するに、言い出しっぺの浮遊霊の男性だ。
マキミキのふたりはうわあ、とあからさまに顔を歪めた。
「完璧に心霊写真だニャ〜ン……」
「女の子トラウマになりませんか? これ」
「写真撮ってくれた運営の人に『こちらで処分しておきますのでもう一枚サービスさせていただきます』って言われたけど、断ってもらってきたんだ。そもそもこれが狙いだしね」
撮った写真を男性に渡すと、男性は涙を流して喜んでいた。さて、と言いながら朔は電話を取り出す。
「後はこれをあの世に連れて行けば終了って感じだけど……取れ高は大丈夫でした?」
「充分だよ朔くん、ばっちり!」
「そうですか。ならよかった」
ありがとね!と言うプロデューサーに対し、志望者増えるといいなあ、なんて笑う朔。そんなふたりを見ながら、マキとミキは微妙な表情を浮かべる。
「(確かに面白かったけど……)」
「(これで志望者が増えるとは思えないニャ〜ン……)」
それだけは決して口に出さないよう、きゅっと唇を引き結んでいた。
するとプロデューサーからのカンペに気付き、ふたりでカメラに向かって完璧な笑顔を作る。
「「以上、マキミキレポートでした〜!」」
カメラに向かってふたりは手を振る。カット!というプロデューサーの声が辺りに響いた。
***
「あ、朔」
仕事の昼休憩中、食堂でついていたテレビに移った友人に、文彦は思わず声に出してしまった。そういえばこの間『今度テレビ出る』って文章と一緒にマキミキとのスリーショット写真が送られてきてたっけな、と思い出す。
「頑張ってるなあ……」
画面の向こうで仕事をする友人を見ながら最後のエビフライを頬張った。
コーナーが終わったのを見届けてからごちそうさまでした、と手を合わせ食器を片付ける。午後からも頑張るかな、と裁判室の記録書類の積まれたワゴンを回収しに行ったところで鬼灯に出くわした。
「お疲れ様です文彦さん」
「鬼灯様、お疲れ様です。記録はこれで全部ですか」
「はい。……あ、ついでにこれもお願いしていいですか」
「いいですよ」
「助かります」
鬼灯が記録課のワゴンに巻物を追加した。その巻物は随分古いもので、確か現世の裁判には普段使わない記録資料である。
「裁判で使ったんですか?」
「いえ。これは私が個人的に見ていたものです」
「そうなんですか」
それでは、と言って鬼灯は執務室へと戻っていった。
「さて仕事仕事……」
文彦はそうつぶやきながら、ガラガラとワゴンを押して記録課へと足を進めていった。