もしもあの日が終わるなら

 楽し気な音楽。道路に舞い散る紙吹雪。そして溢れんばかりの人、人、人。誰もが幸せそうな表情を浮かべており、歓声を上げている。彼らの視線の先には、白バイに先導されるように走る数台の車があった。その上にはサッカーのユニフォームを着用した選手たちが手を振っている。
 そう、今日は東京スピリッツの優勝パレードの日なのだ。

 そんな人々が押し合いへし合いしている中で、ひと際背の低い少年探偵団の面々は選手を一目見ようと必死に背伸びしている。選手の車を見ながら元太は声を上げた。

「あ! あれヒデじゃねえか!?」
「どこどこ? 見えなーい!」
「違いますよ! ヒデは一番後ろの車に乗る予定だって、さっきテレビで言ってたじゃないですか!」

 人ごみの雑踏に負けないよう、大声で探偵団は言葉を交わし合う。その声色は雰囲気に飲まれてすっかり浮かれているようだった。だがパレードがよく見れないを灰原が指摘すると、「折角ビデオカメラも持ってきたのに」と残念そうに光彦が言った。
 すると元太が不意にどこかを指さし、そちらに向かって行く。

「あそこなら見えるかもしれねーぞ!」
「え?」
「あれだよ、あれ!」

 元太が指さしているのはパレードから少し離れた位置にある空き缶入れだった。それの上に上って見ようというつもりらしい。光彦や歩美も名案だとばかりにそちらへ向かう。だが上って見たところ、少し高さが足りないようだ。この中で一番身長が高い元太だとしても、である。なんとか背伸びをしていたが遂には落っこちてしまった。
 もう少し高ければ……と辺りを見回したところで、3人の目にある者が飛び込んでくる。空き缶入れの傍にあった郵便ポストだ。

「あー! 遠くの方に見えます!」

 光彦が興奮したように叫ぶ。元太がポストの上に四つん這いになり、その背中の上に光彦が乗ってビデオで見るという作戦はどうやら成功したようだ。あたしにも見せてとせがむ歩美に、光彦は今良い所だからとあしらう。

「コラ!」
「そんなところに乗ったら危ないよ」

 不意に鋭い声をかけられ、光彦はびくりと肩を震わせる。思わずビデオから目を離して声のしたほうを見れば、ふたりの女の人が立っていた。茶髪にサングラス、金髪にマスクを着用している彼女らは、どこからどう見ても知らない人だ。急に叱られてしまい、慌てたように阿笠はふたりをポストの上から降ろす。だが元太は不満そうだった。じとりとした目で渋々降りる。

「ちょっとくらいいーじゃねーかよ、オバサン」
「いっ……ちょっと、おばさんは無いんじゃないの? おばさんは」

 明らかにむっとした表情のサングラスの女性を、マスクの女性がなだめる。

「まーまー落ち着いてください。無理もありませんよ、この姿じゃ」

 そう言ってマスクとカツラを外す。金髪のカツラの下から現れた黒髪ポニーテールとマスクの下の顔を見て、子どもたちはあっと声を上げた。

「最上刑事!」
「じゃあこっちの人は、佐藤刑事?」
「そうよ。よくわかったわね」
「何してるの? こんな恰好で」
「実は……」

 変装を解いた佐藤が説明しようとしたところで、光彦が得意げに声を上げる。

「わかりました! 仕事をこっそり抜け出してパレードを見に来たんですね!」
「「へ?」」

 佐藤と最上は思わず目を丸くする。だから変装してたんだ!という歩美の言葉に、違う違うと否定した。改めて事情を話そうとしたところで、今度は別の横やりが入る。

「デートなんでしょ? ふたりとも」

 声のしたほうを見れば、道路の路肩にミニパトが一台停車していた。その助手席に乗っているのは交通課の由美である。彼女はニヤニヤと微笑ましいものを見るような顔を浮かべていた。なんでも、先ほどトイレでカツラを選んでいる高木と松田の両名を見かけたのだという。

「勤務中にこっそりデートなんてやるわねアンタたち」
「ち、違うわよ! これは……」

 顔を赤くした佐藤がなんとか弁解しようとするが、由美はニヤニヤと笑みを深めるばかりだ。しまいには、今の話を聞いた子どもたちも呆れたようにため息をつきはじめる。そんなことしていいの?、服務規程違反ね、日本の将来が思いやられます。なんてことを次々言われてしまい、佐藤はさらに慌てたように否定しようと試みる。
 そんな佐藤を他所に、最上は至って冷静に子どもたちに告げた。

「仕事だよ、仕事」
「そうそう。デートじゃありません」

 後ろから現れた白鳥も、会話に加わりながら補足した。ニット帽に眼鏡姿の白鳥が、ここに自分たちがいる理由を説明する。

「先ほど本庁に妙なファックスが送られてきたんですよ……『私はアンチスピリッツ 優勝パレードで面白いことが起こる』とね」
「そのファックスが、前に私たちが関わった事件の者とよく似ていてね。だから私たち捜査一課も動いているのよ」
「でも私たちは、その犯人に顔を知られていますから……一応変装して捜査していたんです」

 まあこれは優勝を妬んだ質の悪い悪戯だと思ってるけどね、と佐藤は付け加える。デートじゃないんだ、と歩美はつまらなさそうに言った。それを見ていた白鳥がそれに、と言葉を続ける。心なしか笑顔が黒い。

「その問題のデートは、来週のはずですしね」
「え゛!?」

 思わず佐藤は顔を引きつらせて固まった。そんな彼女を他所に由美は「その日が待ちきれなくてふたりで勇み足しちゃったと思ったのに……」と真剣な顔で呟いている。この場で唯一最上だけが「そうだったんですか?」なんて言いながらぽかんとした顔でまばたきを繰り返していた。佐藤は慌てて声を荒げる。

「なんでそんなこと知ってんのよ!?」
「あら、みんな知ってるわよ? 今度出来たトロピカルマリンランド、行くんでしょ?」

 図星だったのか、佐藤は思わず後ずさる。どうして知っているのかと佐藤がつぶやけば、白鳥が得意げに推理を披露する。佐藤が非番の日に休暇届を出したのがきっかけだったのだとか。

「なーんか高木くん、取調室にぶち込まれて皆に尋問されたらすぐに自白したそうよ」
「じ、自白って……」

 戸惑いを隠せない様子で佐藤はつぶやいた。その様子を見て由美は、同じ日に休暇届を出した人がたくさんいたから気を付けるようにと忠告する。佐藤はよく分からないといったように「はあ?」と眉を寄せていた。だが白鳥の告げた情報――警務課の双眼鏡や通信機器の貸出予約がいっぱいになったこと――を聞くと、合点がいったように声を荒げる。

「まさか張り込む気?!」
「あはは、佐藤さん大人気ですね」

 他人事のように最上は笑う。すると矛先が最上に向けられた。

「そういう最上ちゃんも、来週松田くんとデートなんでしょ?」
「え? はい。映画見に行こうかって話してたんです」

 由美の言葉を最上はあっさりと肯定した。よく知ってますね、なんて言いながら。その潔さに佐藤と由美は目をしばたかせる。

「……なんかほんと、堂々としてるわよねー」
「流石に慣れましたよ。もうすぐ付き合い始めて3年ですし」

 少し困ったように最上は笑って言う。すると由美はつまらなさそうに唇を尖らせた。

「あーあ、昔はあんなに初心で可愛かったのに……すっかり松田くんに染められちゃったわね」
「染め……られたかは知りませんけど」
「十分染まったわよ。ほんっと、あの頃は何かある度にすーぐ顔真っ赤にしてたのに」
「ちょ、止めてくださいって」

 昔の話を持ち出され、最上は流石に動揺する。由美は面白くなってきたとばかりに白い歯を見せてにやりと笑った。その様子を見ていた子どもたちが興味ありげに食いつく。

「私、松田刑事と最上刑事の話ききたい!」
「僕もです!」
「君たちまで……」

 困ったように最上は頬を掻く。佐藤に助けを求めるが、彼女も話がこちらに向くのを恐れてか一向に聞いてくれやしない。どうしたものかと思っていると、由美が何かに気付いたようだ。

「あらら? 噂の彼のご到着みたいよ」
「えっ」

 由美がくいっと顎で指し示す。確かに、道の向こうの方に一台の車が止まったのが見えた。すると程なくして、運転席からひとりの男性が下りてくる。そこにいたのはなんの変装もしていない高木だった。彼はこちらに気付くなり、急いで駆け寄ってくる。その姿を見て、子どもたちは拍子抜けしたように口々に言った。

「あれ? 高木刑事変装しなくていいの?」
「顔バレバレじゃんか」
「僕は前の事件に関わっていなくて……犯人に顔を覚えられていないだろうから別に変装は必要ないだろうって松田刑事と話をしたんだ」
「なーんだ、そういうことだったんだ」
「で、その松田刑事は?」

 コナンが問うと、高木はああ、と言って振り返る。するとそこには、こちらに向かって歩いてくるひとりの男性の姿があった。

 黒い髪を後ろに撫でつけるようにセットし、首元や腕に金色のアクセサリーをじゃらりとつけている。柄物のシャツは第2ボタンまで開いていて、目元にはいつもと違う種類のサングラス。そのうえ銜え煙草とくれば……どこからどう見ても"その筋"の人間にしか見えない。

「悪いな。携帯落としたかと思って遅くなっちまった」

 松田はいつものようにフランクに話しかけるが、周囲の反応が薄い。そのあまりのクオリティーの高さに、思わず一同固まってしまったのだ。それに気づかない松田は不思議そうにまばたきを繰り返す。

「? どうしたんだよ」
「……その、ちょっとびっくりしちゃって」
「松田くん……似合いすぎよそれ」
「そうか?」

 本人はあまりピンと来ていないようで軽く首を傾げている。すると子どもたちは続けて言った。

「ちょっと怖いかも……」
「いかにもなチンピラって感じね」
「なんか妙に様になってますね……」
「オメー本当に警察官か?」
「ああ? んだとコラ」
「ちょっと、子ども相手に本気で威嚇しないで」

 軽くこめかみに青筋を浮かべる松田をどうどうと最上がなだめた。
 それにしてもなんでこいつらがここにいるんだと松田が問うので、ここまでのいきさつを軽く説明する。なるほどと納得したところで、パレードの歓声が一段と大きくなった。おそらくお目当てのヒデが来たのだろう。探偵団の面々もその一部始終を見るために、再びパレードの人ごみの中へ向かおうとしていた。だが光彦は浮かない声を出す。

「ああでも、さっきからビデオ撮りっぱなしで、テープがもう……」
「予備のテープは持ってきてないの?」
「あ! 持ってます!」
「んじゃそれぶち込んで、早く行こうぜ」
「はい!」

 光彦は元気よく返事をする。ほら早く!と急かす歩美と元太を追いかけて、探偵団の面々は人ごみの中へ向かって行った。だが勢いよく飛び込んだためかみんなバラバラにはぐれてしまったようだ。なんとか前の方へ行ってその姿をビデオに収めようとしていた光彦は、きょろきょろと周囲を見回しながらみんなの姿を探す。

「あ……!」

 運悪く誰かの足元に躓いて転び、ビデオが前の方に転がっていってしまった。すみませんと声をかけるが、誰も耳を傾けてはくれない。すると次の瞬間、誰かが光彦のビデオを手に取り、どこかへ持ち去ってしまった。声を荒げるのも空しく、犯人の姿は見えなくなってしまう。
 どうしたものかと思っていると、他の探偵団のメンバーと合流した。ビデオを盗られてしまったことを告げると、ええっと驚かれる。とにかくそのビデオを盗った人の特徴をコナンが聞き出そうとした次の瞬間。

 ――どおん! と爆発音が辺りに響いた。

 驚いて音のしたほうを見ると、車が一台爆発炎上している。パレードを見に来ていた人たちも爆発に驚き、逃げまわっていた。すると光彦がある事に気付いた。

「あ、あの車って……もしかして高木刑事の車じゃないですか!?」
「じゃあ……まさか高木刑事!」
「……考えられるわね。さっき、あの車に誰かが近づくのが人混みの隙間から見えたから」
「くそ……!」

 慌ててコナンは爆発した車の方へ駆けていく。それを追いかけるように他の探偵団の面々もつづいていった。近くにいた白鳥に高木の様子を尋ねると、白鳥は至って冷静に答える。

「普通、あの爆発に巻き込まれたら、まず命はない」

 その言葉を聞いて、コナンは絶句する。駆け付けた探偵団の面々も言葉を失っているようだった。

「普通なら、ね」
「な、なんなんすかそれ……」

 すると白鳥のすぐ傍にあったポストの傍からひょっこりと高木が顔を出した。話を聞くに、車の下に仕掛けられていた爆弾にいち早く気づき、離れていたおかげで間一髪助かったのだという。それを聞いた探偵団の面々はほっと胸を撫でおろした。

「おい! 大丈夫か!?」
「今の爆発は……!」

 離れた場所で待機していた最上と松田が慌てたように駆けつけてくる。爆発炎上している高木の車を見て、松田は眉間にしわを寄せる。

「こりゃひでえな……」

 ぼそりとつぶやく松田の隣で、最上は高木を確認し大急ぎで駆け寄る。

「! 高木さん、怪我は?!」
「あ、え? 大丈夫、ですけど……」
「……よかった」

 戸惑う高木の肩を掴みながら、力が抜けたようにはーっと長い溜息をつく。その顔は安堵の表情の裏に、怯えや恐怖と言った感情も見え隠れしている風に感じ取れた。もしかしたら過去に何かあったのかもしれない、とコナンは軽く推察する。

「おい、あいつ止めなくていいのかよ」

 松田の言葉に、一同は炎上した車の方へ視線を向ける。そこでは佐藤が必死に車のドアをこじ開けようとしていた。まだ中に高木が閉じ込められていると勘違いしているのだろう。急いで白鳥と高木が止めに入る。それから程なくして、佐藤は正気を取り戻したようだ。手のひらに酷いやけどを負ってていたため、一度手当てをするためにその場を離れることになった。その付き添いとして、最上もその場を後にする。

 佐藤が手当てをしている間、駆け付けた刑事らによって捜査が開始された。

「仕掛けられた爆弾はプラスチック爆弾。起爆装置は時限式ではなく、無線式。おそらく、携帯電話か何かを使って作動させたのだろう」
「じゃあ、まさか……」
「ああ。爆弾犯は、高木が近づくのを近辺で見ていて、起爆装置のスイッチを入れた可能性があるってことだ」

 松田の言葉に高木は驚く。つまり今回の事件も、3年前のあの事件同様、警察官の命を狙った犯行である可能性が極めて高いということだ。そのためくれぐれも慎重に、かつ迅速に捜査を……と目暮が言いかけたところで、不意に光彦が口を挟んだ。

「もしかしたら、僕のビデオにその犯人が映っているかもしれません」
「光彦くん、爆弾があった場所のすぐ近くでずっとビデオを撮ってたから」
「本当かね!?」

 目暮は驚いたように尋ねる。それに重ねるように、ビデオではなく中身のテープのみが盗まれたことから、爆弾犯にとって都合が悪いものが映っているのは確かだろうとコナンは言った。

 すぐ近くの電気屋のモニタを利用して映像を確認することになった。
 だがテープに記録されているのはほとんど光彦の足元の映像ばかりである。何度か正面を映しはしたものの、結局目当ての映像は見られないまま、映像は終わってしまった。もしかしたら最初の方に何か映っているのかも、と光彦が提案したところで目暮の携帯に着信が入る。

「何ぃ!? また爆弾が破裂しただと!?」

 その声に捜査員たちの視線が一斉にそちらをむく。連絡によると、今度は杯戸町公園前の電話ボックスが爆発したのだとか。爆弾の形態からして同一犯だろうという見込みらしい。そこで高木が最初に爆弾が起きた場所と、今回の杯戸町公園前の電話ボックスの道がスピリッツの優勝パレードの道であることに気付いた。

「つまり……被疑者の狙いは私たち警察ではなく、東京スピリッツに対する度が過ぎた嫌がらせだったって訳ね」
「さ、佐藤さん……」
「大丈夫かね、手の方は」

 怪我の手当てを終えた佐藤を目暮が気遣う。だが佐藤は問題ないと頷いた。傍にいた最上も、小さく頷く。

「ようし、爆弾犯の目的はわかった。しかも、まだほかにも爆弾を仕掛けた可能性もある。この近辺の警察官を総動員し、パレードのコースに先回りして近くの一般人を避難させ、被疑者を確保。および爆発物の発見に全力を尽くすんだ」

 威勢よく返事をし、バタバタと警官たちはその場を後にする。その後に続こうとした高木を目暮は呼び止めた。ここに残って映像の検証を続けて欲しいという。何かわかったら連絡するようにとの指示に、高木は戸惑い気味だ。僕も現場に、と言いかけた高木を佐藤が止める。少し残念そうな高木を見た最上は何も思ったのか、自ら目暮に提案を持ちかけた。

「目暮警部。私も彼と映像の検証に残ってもよろしいでしょうか」
「え?」
「少しだけ……気になってしまいまして」
「……わかった。君も何かわかったらすぐに知らせるように」
「はい」

 最上は丁寧に頭を下げる。その様子を見ていた松田は少しむっとした表情でいう。

「じゃあ俺も残――」
「いや、松田さんは行ってください」
「んな……!」
「残るのは私たちだけで充分です」

 きっぱりと最上は言い放つ。その眼は真剣そのものだった。しばらくふたりで見つめあったかと思うと、渋々と言った風に視線を逸らす。

「……わかった。なんかわかったら俺にも言えよ」
「わかってます」

 そして佐藤や目暮と共にその場を後にした。残された最上はさて、とポンと手を合わせる。

「ちゃちゃっと始めようか」

 その言葉に高木は戸惑いがちに頷いた。ビデオを巻き戻す作業の合間に、コナンは最上に尋ねる。

「一緒に行かなくてよかったの? 松田刑事と」
「彼なら、私が居なくても大丈夫だよ。それより私は、こっちの映像の方が気になるから」

 視線をモニターに向けたまま最上は言う。

「どうしてこんな何もないビデオテープを、犯人はわざわざ盗もうとしたのかってね」
「……」

 巻き戻しが終わり、一行は再びビデオ検証を開始する。あの人が怪しい、この人が怪しいといいながら見ていくが、そのどれもが一瞬でコナンに論破されてしまう。うーんと探偵団は唸りながら画面を注視する。3周目に差し掛かったところで、最上がぼそりとつぶやいた。

「なんだか、ずっとおなじ人ごみの映像ばっかり見てると、全員が怪しく見えてくるね」
「確かにそうですね……この中から爆弾犯を特定するのは難しいかもしれません」

 疲れ切った様子で高木は笑う。もしかしたら撮られたと犯人が思っただけだったのではないかと、映像を見ながら灰原は言った。
 そのときふと、コナンはある考えが頭に浮かぶ。急いでテープを巻き戻して今の考えが合っているのか確かめると、ふっと口角を上げた。それを見ていた歩美は不思議そうに尋ねる。

「ねえコナンくん、何か映ってたの?」
「別に何にも?」
「じゃあ駄目じゃないですか……」
「いや、そうでもないさ。恐らく犯人は『何かが映っていた』からじゃなく、『何も映ってない』からこのテープを隠滅しようとしたんだよ」

 コナンの言葉に、その場の全員はよく分からないと言った風に目を丸くする。どういうことなのか尋ねると、それを確かめるためにとコナンは全員を外に連れ出した。
 コナンが向かったのはパレードを何とか見ようとしてよじ登った郵便ポストだった。

「光彦がポストに乗った時間、わかるよな?」
「そんなのいちいち覚えてねーよ」
「いや、覚えてなかったとしてもビデオテープを見ればわかるよ」
「そうね。ビデオテープは時間も一緒に記録されてるもの」

 その言葉を聞いて光彦が手元のビデオカメラを操作し始める。乗っていた時間は午後2時23分だと確認できた。

「そしてその後俺たちは佐藤刑事たちと会って、光彦が撮影を止める午後2時38分まで、ずっとこのポストの前にいたんだよな」
「……それがどうしたって言うんだい?」

 いまいちピンと来ていない様子の高木はコナンに問いかける。コナンは目の前のポストを見るように言った。そこには平日休日それぞれの収集時間が記載されている。『休日は14時30分ごろ』と書いてあることを指摘したところで、最上はハッと何かに気が付いたようだった。

「そうか、ポストの手紙を回収するための郵便車がこのビデオに映っていないんだ」
「そういえば……一度も回収に来ませんでしたね」
「じゃがのう、パレードで道が塞がっていたから来られなかったんじゃ……」

 阿笠の指摘に高木がそれは、と補足する。パレードのコースは公務に支障をきたさないよう、事前に決められているもの。現にパレードが使っていたのは片側車線のみだったため、回収に来られなかったということは無いはずだと。それに特に車が渋滞している様子も無かったため、遅れたからビデオに映らなかったのだという線も否定できる。

「でも光彦くんのテープを盗んだの、爆弾犯なんでしょ?」
「そうですよ。郵便局の車と、一体何の関係が? それにどうしてわざわざビデオテープを盗もうとしたんですか? そのまま放っておけば気づかれないかもしれないのに……。むしろそんなことをしたら、そのテープに何かあるって言ってるようなものじゃないですか」
「ああ。奴らも盗る気は無かったんだろうぜ。俺たちがパレードを見物しに来た、ただの子どもたちならな」

 コナンの言葉に、高木は合点がいったようだ。

「そうか! 由美さんのミニパトだ! ポストの前で警官たちと仲良く話す君たちを見たから、ビデオテープの隠滅を図ったんだ」

 その傍で爆破事件が起これば、ビデオテープに犯人が録画されているかもしれないと警察は検証するはず。しかも知り合いとなればその時間はさらに短縮される……犯人はそれを恐れたのだと、コナンは得意げに言った。

「しかしわからんのう……。犯人は警察にファックスを流して犯行を匂わせていたんじゃろ? わざわざ刑事を呼び寄せて、その車を爆破したら警察は躍起になって犯人捜査に乗り出すことはわかっていたじゃろうに」

 阿笠の疑問に少し考えながら灰原が答える。

「目線を逸らしたかったんじゃないかしら。3年前に起きた事件の犯人を装って……それがどんな事件だったのかは、知らないけどね」

 灰原はふいと視線を逸らしながら言う。
 ……3年前の事件、という単語に最上がわずかに反応したのをコナンは目の端で捉える。だがこの場で追及するのも場違いだろうと、そのことは静かに頭の片隅にとどめておくことにした。そんなコナンを他所に、光彦がううんと唸りながらつぶやく。

「問題は犯人の目的ですね」
「ああ。恐らく狙いは警察官じゃない。スピリッツに対する嫌がらせでもない。俺の推理が正しければ、奴らの狙いは……」

 そこまで言ったところで、ふっと笑みを零す。まだ確証が無いため、みんなに協力して欲しいという。まかせとけ!と意気込む探偵団。それに負けないよう、最上と高木は力強く頷いた。

 それから少年探偵団の面々は、近くにある郵便ポストとその回収時間を調べて回りはじめた。場所と回収時間を地図にかき込み、郵便車のなんとなくのルートを算出する。それを見ると、郵便車の通る道はパレードのコースからどんどん離れているようだ。それを見てコナンはにやりと笑う。

「もしも今日この近辺で、交通事故や道路工事が無かったとしたら、郵便車が回収に来なかった原因は、おそらく……」


***


 その日。とある郵便局でひとりの男の叫び声が響き渡った。

 声の持ち主は爆弾犯……もとい、郵便局強盗のリーダーだ。彼らは休日で局員が減るうえに、東京スピリッツの優勝パレードと重なる今日を郵便局強盗の日に選んだのである。

 まずファックスや爆弾を使って3年前の爆弾犯を装い警察をおびき出し、今度はスピリッツへの嫌がらせだと見せかけて警察を攪乱。パレードのコースに警察を向かわせた。その隙に乗っといておいた郵便車でここを襲撃するという計画を立てていたようだ。

 だが生憎にもその計画はひとりの少年によって暴かれ、逆に追いつめられる形で逮捕されたというわけだ。因みに、爆弾を仕掛けて別の場所で待機していた仲間もその日のうちに捕まり、事件はあっけなく幕を下ろしたのである。

「お手柄だね」

 連行される犯人を見ていたコナンの横で最上が言う。少し腰をかがめつつ、流石だと言いながら頭を撫でた。その表情がとても穏やかで、コナンは少しドキリとする。

「君は本当に賢いなあ」
「だから、たまたまだって……」

 はは、と眉を下げつつ謙遜する。それを見ていた他の探偵団の面々が羨ましそうにしていたので、最上は全員同じように頭を撫でてやった。

「また何かあったら、お願いね」

 そう言った最上の顔がどこか切なげで、コナンはふと昼間に感じたことを思い出す。あ、と思う間もなくそれは口に出ていた。

「それは……3年前の事件の犯人が動いたら、ってこと?」

 ぴた、と最上が動きを止める。
 大きな瞳をさらに大きくさせて、コナンのことを見つめていた。黒い瞳にありありとコナンの姿が映っている。周りの雑踏がふっと遠くなるような、そんな心地さえした。

 しばらくふたりで見つめあった後、ゆるりと彼女の目が細められる。

「……なんとなくだけど、ね」

 最上は意味ありげにふっと微笑む。
 その真意を詳しく聞くよりも前に、最上は別の刑事に呼ばれてその場を離れて行ってしまった。



 ―――もしもあの日が終わるなら



 運命の日が近づいていることに、彼女が気づかないはずがない。