きっとほらもう戻れない

 それから程なくして救急車が到着した。搬送されていく白鳥を見送り、佐藤は目暮に報告を兼ねて連絡を入れる。白鳥の持っていた爆弾犯からのメッセージを伝えれば、彼は血相を変えたように言った。

『本当かね! 白鳥くんが爆発に巻き込まれたというのは!』
「はい。たった今救急車に乗せて、近くの病院へ。重症です……そちらの状況は?」
『今君が言った文と同じ内容の文章が、警視庁管轄内のすべての部署に送られてきて大騒ぎになっておるよ』

 目暮は苦々しい声で言う。電話の向こうではひっきりなしに人の声や電話の音が飛び交っているようだった。なかなかの騒ぎになっているようである。

『もしかしたら、7年前と3年前の爆弾犯じゃないか、とね』
「もしかしたらじゃありません。間違いなくそうです」

 電話口で聞いていた最上は言う。真剣そのものの表情で「松本管理官に伝えてください」と続けた。それに便乗するように松田も付け加える。

「3年前の事件で公開された予告ファックスは前半部分だけ。こんなに酷似した文は、模倣犯には書けねえよ」

 そこでタイミングよく移動を頼んでいた佐藤の車が到着する。車から降りた千葉に礼を言い、目暮に最上と共に捜査に合流する旨を伝えて、佐藤は通話を切る。

「……今度こそ、逃がさない」

 佐藤の傍にいた最上はぼそりとつぶやいた。その手は爪が食い込まん勢いで力強く握りこまれている。その見たことも無い気迫に、佐藤は胸がざわつくのを感じた。

 車の関係上、松田と高木、最上と佐藤で動くことがその場の流れで決定する。別れる直前、佐藤は松田にちょいちょいと呼び出され、こっそり頼みごとをされた。

「あいつのこと、見張っていてくれねえか」
「最上さんを?」
「……今回の事件はほぼ確実に、俺と最上が追ってる因縁の相手。あいつのことだ。犯人を捕まえるために無茶をしかねねえ」

 松田はわずかに眉間にしわを寄せる。

「だから、あいつがもし後先考えずに突っ走っちまったら、その前になんとか止めてくれ」

 頼む。松田の頼みを受け、佐藤はこくりと頷いた

「わかったわ。……でも、それなら松田くんが最上さんについていたほうが」
「言っただろ。今回の相手は、俺の因縁の相手でもあるんだ」

 松田はにやりと口角を上げる。いつものような飄々としたものではなく、わずかに苦しさが滲むような表情だった。

「……その時になったら、正直俺もどうなるかわからねえからよ」

 その言葉に、佐藤はわずかに胸がざわつくのを感じる。先ほど、最上から感じた気迫と似たものを感じたのだ。
 すると、タイミングよく高木が松田を呼びに来る。「後は頼んだぜ」と松田は軽く手を挙げて、高木の車に乗り込んだ。


***


 街の至る所でサイレンが鳴り響く。
 夜を切り裂くように、真っ赤なスポーツカーは街を走っていた。

「まずは爆弾の在処、ですよね……」
「ええ。一体どこに隠したのかしら」

 ふたりは考え込み、同時に車内に沈黙が落ちる。……その時だった。

「ねえ、教えてくれない?」

 不意に、少年の声がふたりの鼓膜を揺らす。

「どうしてこの爆弾犯は、警察を目の敵にしてるの?」
「コ、コナンくん!」
「何時からこの車に!?」
「ねえ、答えてよ」

 いつの間にか後部座席に乗っていたコナンに、最上は驚いたように声を上げる。だがコナンは真剣な表情で、こちらに問いかけるばかりだった。佐藤は最上を横目にちらりと見ながら、戸惑いがちに言う。

「その話は……」
「大丈夫です、佐藤さん。……私が話します」

 佐藤の心配を他所に、最上はそっと口を開く。
 それは自身が警察官になる前もなってからも、何度も調べ直した事件だ。事件の概要は一字一句頭に入っている。まるで教科書を音読するかのように、言葉はつらつらと出てきた。

「……7年前の事件の時、爆弾犯はふたりいたんだよ」

 爆弾が仕掛けられていたのは、都内のふたつのマンション。要求は10億円で、住人がひとりでも避難したら即爆破するという条件だった。
 ひとつはなんとか時間内に解体できたが、もうひとつは思ったより手間取った。その結果、仕方なく爆弾犯の要求を呑むことに。起爆装置のタイマーは爆弾犯のリモコンによって止められ、住人はすべて避難し、事件は終わったかに見えた。

 ところがその30分後。突然犯人から警察に電話が入る。『爆弾のタイマーがまだ動いてるって、どういうことだ』と。恐らく、その頃テレビで流れていた事件を振り返るVTRの部分だけを見て勘違いしたのだろう。
 警察は爆弾犯を確保する絶好のチャンスだと思い、話を引き延ばして逆探知に成功し、電話ボックス内にいる爆弾犯を発見。慌てて逃げた爆弾犯は、運悪く逃走中に車にはねられて死亡してしまったのだ。

 そこまで聞いたコナンは疑問を口にした。

「じゃあ、どうして爆弾犯がもうひとりいるってわかったの?」
「……止まったはずのタイマーが再び動き出し、爆弾が爆発したの」

 表情をわずかに曇らせつつも、最上はあくまで淡々と話を続ける。

 事故死した爆弾犯はすぐに突き止めたが、わかったのは誰かとふたりで住んでいたことのみ。恐らく、もうひとりの爆弾犯は思っただろう。『警察が嘘の情報をテレビで流し、仲間を罠にはめて殺したのだ』と。

「だからこの犯人は、警察官を執拗に狙ってるの」
「さ、もう満足したでしょう? 早くお家に……」
「えー! 僕も協力したい!」

 コナンは急に子どもじみた声をあげて駄々をこねる。困った様子の最上がなんとか諭そうとすると、コナンはとっておきの切り札を突き付けてきた。

「だって最上刑事と約束したんだもん『また何かあったらよろしく』って」

 最上はピシリと固まった。先日の自身の発言に思いを馳せ、確かにそんなことも言ったなと苦い顔をする。

「あ、れは……」
「その『何か』っていうのが、これのことじゃないの?」
「……」

 言い返せない最上に、佐藤はため息を零す。それを見て「決まりだね」とコナンはにっこり笑った。

「すみません佐藤さん。まさかこんなことになるとは……」
「仕方ないわ。もしバレたら一緒に怒られましょう」

 すると佐藤は思い出したかのようにコナンに尋ねた。

「そういえば、他の探偵団の子たちはどうしたの?」
「ああ、あいつらなら今ごろ高木刑事と松田刑事の車に乗ってるよ」
「え!?」

 ふたりは思わず驚きの声を上げた。それと同時に向こうの車内の様子を想像して苦笑いする。あっちでも多分、子どもたちが駄々こねてるんだろうなあ。松田さんが怒鳴って無きゃいいけど。最上はそんなことを考えていた。

「それよりも、まずはこの暗号を何とかしなきゃね」
「そう、だね」

 かさりと暗号文のコピーを広げる。『延長戦』と『延長線』をかけて駅が怪しいのではないか。一応念のため野球場も調べるべきだろう。などしばらく車内でああだこうだと話をしていると、ピピ、と小さな電子音が鳴った。聴きなれない音に、最上と佐藤は辺りを見回す。どうやら、後部座席から鳴っているらしい。コナンが何やら操作すると、声が聞こえてきた。

『南杯戸駅よ』

 凛とした少女の声。それは紛れもなく灰原のものだ。小型のトランシーバーのようなものを使って、向こうの車での会話をこちらでも聞こえるようにしてくれているらしい。しばらく3人で向こうの車内での会話に耳を傾ける。少女の推理が確実そうだとわかると、慌てたように高木が『すぐにふたりに連絡を』と口走る。

「聞こえてますよ高木さん」
『最上さん!』
『最上!』
「その意見には私たちも賛成よ」

 真っすぐに前を見つめながら佐藤は言う。

「おそらく一つ目の爆弾は、南杯戸駅から東京へ向かう東都中央線の車内。私たちは警部に連絡して捜査員を向かわせるから、高木くんたちは爆発物処理班の手配を。急いで!」
『は、はい!』

 運転している佐藤に変わり、最上が目暮へと連絡を入れる。すぐさま駅にいる人々は避難させられ、爆弾の捜索が始まった。だが見つかるのはダミーの爆弾ばかり。その連絡が佐藤らに入ると、コナンはすぐさま灰原と通信でやり取りをする。

「どうやら、爆弾犯は捜査員が駅に探しに来ることを読んでたみてーだな」
『ええ。かなりずる賢そうねこのいたずら坊主は……。しかも始末の悪いことに、目的はお金じゃないようだし』
「ああ……おそらく、警視庁に対する復讐だ。この東京に住む、1200万人もの人間を人質にとってのな……」


***


 夜を徹しての捜索も空しく、本物の爆弾が見つかることはなかった。

 朝7時。休憩と賞して訪れたファミリーレストランで、佐藤と最上、高木と松田のそれぞれが合流した。互いに捜査状況を確認し合うも、あまり順調とは思えない。暗号文を睨みつけながら、佐藤はつぶやいた。

「変ねえ……この文章だと野球場にも捜しに来ると予想できるのに何も無いなんて」
「きっと探しに来ないと思ったんですよ。シーズンオフで大きな試合は組まれてませんから……」

 欠伸を零しながら高木は言う。だがその意見に最上はそうでしょうか、と口を挟んだ。

「警察をおちょくるためなら、偽物を仕掛けておくくらいのことはあってもおかしくは無いのに……」
「……とにかく、これ以上あいつらを引っ張りまわすわけにはいかねえな」

 店内に視線を向けながら松田は言う。向かい合わせのボックス席に腰かけるヘロヘロの姿を見て、高木は「そうですね」と肯定した。
 すると思い出したかのように佐藤が訊ねる。

「あ、そうだ。白鳥くんの容体、聞いてくれた?」
「ああ、はい。白鳥さんに付き添っている由美さんが教えてくれました。手術は成功して、今は意識が戻るのを待っているそうです」
「そう……よかった」

 ほっと佐藤は胸を撫でおろす。最上も同様に息を吐いた。その疲れ切った顔を見て、佐藤は心配そうに尋ねる。

「最上さん大丈夫? 目の下のクマ、ひどいわよ」
「大丈夫です。ここに来るまでに助手席で仮眠もとらせてもらいましたし……」

 それに、と言葉を切る。

「爆弾を見つけて犯人を捕まえる方が最優先ですから」

 その瞳には強い意志の光が宿っていた。佐藤は改めて全員に指示を出す。

「じゃあ私たちは捜査を続けるから、高木くんたちは子どもたちを家に送り届けて。それが終わり次第、捜査に合流すること」
「は、はい」
「子どもたちをよろしくお願いします」

 そういって最上と佐藤はファミレスを後にした。
 さて、と松田は店内へ足を向ける。

「さっさとあいつら送って、捜査に合流しようぜ」


***


 車内でふたりは引き続き暗号の解読にあたっていた。
 暗号を睨みつけながら唸る最上に、佐藤は横目で尋ねる。

「どう? 何かわかりそう?」
「今のところは何も……」

 でも、と最上は目を細める。

「なんか違和感を覚えるんですよね……」
「違和感?」

 最上の言葉に、佐藤も眉を寄せた。はい、と最上は頷く。

「『血塗られたマウンドに貴様ら警察が登るのを』って部分が、なんかこう……引っかかるというか」

 上手く言えないんですけど、と最上は歯噛みする。
 その時ふと、着信が入った。相手を確認すると松田である。もしや何かあったのだろうか? そう思いながら通話ボタンを押した途端、スピーカーから松田の声が飛び込んでくる。

『爆弾の在処が分かったぜ』
「えっ!」

 思わぬ言葉に、最上はバッと身を起こした。

「ど、どこなんです。爆弾は一体どこに……」
『東都タワーだ』
「東都タワーの中、ですか?」

 最上の言葉に、佐藤は勢いよくそちらを向いた。電話口で松田は間違いないと言った。

「どういうこと? 詳しく教えてくれる?」
「詳しく教えてください」
『俺たちがここに到着する直前に小さな爆発が起きて、エレベーターが一基止まってしまったらしい』
「え……」
『恐らく、警察の場所が警察にバレたと思って被疑者がリモコンで爆破させたんだろう』

 松田の言葉に、最上の脳裏に3年前の出来事が過る。

「……あの時と、同じ……」

 そう、あの時も事前に管制室が爆破され、観覧車が止まらなくなったのだ。そして2度目の爆発で完全に停止し、松田と共に閉じ込められてしまったのである。
 今回も3年前と同じ手を使ってくるのか。そう考えたところで、電話の向こうの松田は言った。

『じゃあ俺は止まったエレベーターのとこに行って、様子を見てくるから……』
「駄目!」

 咄嗟に大きな声が出て、思わず自分でも驚いてしまう。それは傍にいた佐藤も、電話の向こうの松田も同じようだった。
 ほんの少しの沈黙の後、最上は口を開く。

「松田さんもわかってますよね。その爆弾は、警察官を誘い込むための罠……だから、行っちゃ駄目、です」
『……最上』
「幸い、私たちもすぐ近くに来てます。5分で行きますから、その場で待っててください」

 現在地を引き合いに出してなんとか引き留めようとする最上に、松田は冷静に伝えた。

『今、新たに情報が入った。子供がひとり、エレベーターに取り残されてるらしい。今すぐ状況を確認しねえと』
「待ってください。予告の時間まで、まだ2時間以上もあります」

 時計を確認しながら、必死に言葉を紡ぐ。

「だから……私たちが行くまで、そこにいてください」
『……』
「お願いです」

 だが、松田は黙ったままである。一向に口を開こうとしない。
 なんで。最上はつぶやいた。

「……なんで、返事をしてくれないんですか。松田さん」

 声が震える。知らぬ間に、携帯電話に吊り下げていたお守りをぐっと握りしめていた。
 だが無情にも、松田は言う。

『悪いな、最上』
「ッ!」
『俺はこれから、中の状況を確認してくる。大丈夫。確認するだけだ、心配するな』

 それだけ言って、そのまま電話は切れた。通話終了を告げる無機質な電子音に、ずるりと電話が滑り落ちる。

「……どうして」



 ―――きっとほらもう戻れない



 かつての"彼"と姿が重なる。
 嫌な予感が、した。