この後(みんなで)お揃いの買いに行った

※夢主の大学時代の話※


「いいのか」
「……うん」

 松田の問いかけに、最上は小さく頷いた。その顔は神妙な面持ちでありながら、どこか恐怖が支配しているようにも見える。そんな表情を見て、松田は彼女に気付かれないように唾を嚥下した。
 ふたりぶんの体重を受け止めたソファがぎしりと音をたてる。今にも心臓が爆発しそうなほど、互いの心音は高鳴っていた。

「松兄、その……」

 少し戸惑ったように最上が口を開く。松田の腕のシャツを小さく握りながら、不安げに彼を見つめた。

「あんまり……痛くしないで、ください」

 松田はその言葉に一瞬面食らいながらも、目を細めるようにして小さく微笑んでみせる。

「悪ィが、そいつは保証できねえな」

 動くなとばかりにそっと、最上の身体に触れる。びくりと大げさに肩を震わせる最上を他所に、松田はいつものような低い声で言った。

「……いくぞ」

 最上はこれからくる痛みに耐えるかのようにぐっと目をつむる。
 松田は意を決して、指先に力を込めた。

 ――ぱすっ。

「っ!」

 何かが射出されるような音と共に最上は小さく声を漏らす。上手くいったことを確かめるように、松田は持っていた器具をそっと最上の身体から遠ざけた。

「ん、狙い通り」

 事前につけておいた印の通りに打ち込まれたファーストピアスを見ながら、松田は満足げに呟く。対する最上は緊張が解けたのか、大きなため息とともに強張っていた身体を緩ませた。開いた瞳はわずかに潤んでいる。
 だが松田は間髪入れずにもう片方の耳に器具――ピアッサーをあてがった。

「ほら次行くぞ」
「ま、まって松兄、まだ心の準備が……」
「さっきもそう言って10分以上かかってたじゃねえか。いいから、じっとしてろ」
「そんな、まっ……――ッ!」

 最上の抵抗に構うことなく、松田はピアッサーの引き金を引いた。ぱす、と音がして、もう片方にもピアスが撃ち込まれる。
 それが目印通りであることを確認すると、ぎゅっと身を縮ませて松田のシャツを握っている最上の頭を撫でてやった。

「ほら、終わったぜ。よく頑張ったな」
「あー緊張した……ありがとう松兄。松兄が居なかったら一生かかってたかもしんない」
「そうだな」

 ふは、と松田は噴き出すように笑った。

 20分ほど前。いつものように最上の家を訪れた松田は、リビングに居た最上が今にも泣きそうな様子でソファに腰かけているところに出くわした。驚いて彼女から話を聞くと、ピアスを開けようとピアッサーを買ったまでは良かったのだが、怖くて引き金を引けずにいたらしい。なんだそんなことかと安心したのもつかの間。ほとんど泣きつかれるような調子で頼み込まれたのだ。

『松兄にあけて欲しい』

 と。
 そして今に至るというわけである。

「穴が完全に安定するのは一ヶ月くらい後だから、それまで毎日薬塗れよ」

 松田の言葉にんーと適当に返事をする最上。今しがた身体に打ち込まれたその小さな存在が物珍しいのか、ひょこひょこ顔の角度を変えながら熱心に机の上の鏡を覗き込んでいる。その様子を見ながら松田は小さくため息をついた。
 使用済みのピアッサーや消毒用のガーゼをまとめて片付けながら、ふと思った疑問をぶつける。

「それにしても、なんで急にピアスなんか開ける気になったんだ?」

 すると最上は少しだけ間を開けて答える。

「……なんとなく、だよ」

 何でもなさそうだが、どこかぎこちないトーン。
 まるで隠し事でもしているかのような様子の返答に、松田は少しだけ胸がざわつくのを感じていた。

 なあ、もしかして、大学のやつに何か言われたのか?
 そいつはお前にとっての何だ? 男か? 俺の知ってる奴か?

 そんな質問を矢継ぎ早に投げかけてやりたい気持ちをぐっと抑え、松田は「ふーん」と返した。


***


 その日の夜。

 トイレを終えた松田は洗面所で手を洗い、ガチャリとドアを開けた。そこでリビングがなんだか賑やかになっているのに気付く。そういえばドアが開いた音してたな、と思うのと同時に萩原の笑う声が聞こえてきた。ぺたぺたとリビングに向かいながらその話に耳を傾ける。
 すると萩原は何かに気付いたようにあっと声を上げた。

「ピアス開けたんだ」
「うん、松兄に開けてもらった」

 その言葉に松田は思わず足を止める。リビングまであと1メートルもない上に、別にこれは松田に聞かれて困る話題でもない。そのはずなのに、なぜか足が止まってしまった。

「松田に? へえそっか、痛くない?」
「んーちょっと痛いかも」
「初めては痛いらしいよね〜」

 俺開けたこと無いけど。そんなことをいいながら萩原はたははと笑う。

「でも、前から開けたかったから」
「そうなんだ」
「うん」
「えー、なんか理由とかあるの?」

 その言葉にぴくりと身体が震える。あの時はなんとなくだと言っていた。はず、なのに。

「……笑わない?」

 最上は少し気恥ずかしそうな調子で言った。その言葉に松田はどきりとする。何か理由があるのだ。やっぱり、こちらには言えない何か別の理由が……。
 そんなことを考える松田を知ってか知らずか、萩原は苦笑しながら言う。

「なんで何も聞いてないのに笑うのさ」
「それもそうだね」

 納得するように最上はつぶやく。少し間を開けてから、意を決したように口を開いた。

「……松兄、ピアス開けてるでしょ」
「松田? 確かに開いてるけど」
「だから、その」

 恥ずかしそうに、少し上ずったような調子で最上は言う。

「……おそろいの、つけられたら、いいなぁ、って」

 それで。
 最後の方はほとんど掻き消えてしまうそうなほど小さな声だった。

 立ち聞きしていた松田は思わず鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。萩原はなるほどね、と納得したように言った。

「アイツには言ったの?」
「まだ、言ってない」
「まじか。別に言えば良いのにー」
「だって……そんなの恥ずかしいでしょ」
「多分かざねからそれ言われたら絶対喜ぶと思うよあいつ」
「そうかなあ……」
「そうだよ」

 どうせなら俺も開けようかなあ、今のバイト辞めたいって思ってたし、なんて萩原はおちゃらけた様子で言う。
だがそれをリビングの扉越しに聞いていた松田はしばらく動けそうになかった。

 あの時聞いた時は確かに『なんとなく』と答えていた。そしてその表情から、影響を与えた人物に嫉妬のような感情を覚えたのも覚えている。
 だがそれがまさか、影響を与えていた張本人が自分自身だったなんて。

「(じゃああの時の顔はもしかして……照れ隠し、だったのか?)」

 そう思った瞬間、急に顔が熱くなる。
 ぱっと頬に触れると、まるで燃えているのかと思うほど熱を持っていた。きっと耳や首のあたりまで赤くなっているに違いない。こんな顔のまま彼らの元に戻るわけにはいかなかった。力が抜けたようにずりり、と廊下に座り込む。

「どうしたもんかな……」

 松田はひとり途方に暮れたようにつぶやいた。



 ―――この後(みんなで)お揃いの買いに行った



「そんで? いつまでそこで盗み聞きしてるつもりなの、じんぺーちゃん」

 にやにやと笑みを浮かべた萩原がそう声をかけるまで、あと3秒。