つぎはぎだらけの僕ら
とっぷりと夜も更けた頃。
明日はふたりとも午後からであることを理由に、最上の家にてお泊り会が開催されていた。
対戦形式のテレビゲームでさんざん盛り上がった後、なんとなくその余韻に浸りながら深夜のニュースを見ている時に最上はふと、ポアロで聞いた話を思い出す。彼の過去の話だ。
「そういえばこの間佐藤さんたちに聞いたんだけど」
「うん?」
地面に座ってソファにもたれかかる松田は、テレビから視線を外すことなく缶チューハイに口を付ける。最上はソファの上――松田のちょうど斜め後ろ辺りだ――で、体育座りの要領でクッションを抱えながら松田に問いかけた。
「警視庁中の美女をとっかえひっかえしてたってホント?」
「――ブフッ!!」
思いっきり飲み物を吹き出す松田。ごほごほ咳込む背中を最上は慌てて抱えていたクッションを傍に置くと、彼の背を撫でさすった。呼吸を整えながら松田はじとりと睨む。
「急に何言い出すんだお前は……」
「いやだって、佐藤さんたちが言ってたから気になって」
それでどうなの? ソファに座り直しながら最上がそう問いかけると、松田はわかりやすくそっと目を逸らす。
「あながち嘘とも言い切れねえ、かな」
溜息をつきながら背後のソファにもたれかかる。テーブルに置かれた缶チューハイの側面からつるりと水滴が流れ落ちた。
「あの時は正直、かなり荒れてたからな……」
「荒れてた?」
「そりゃ荒れるだろ。あいつがいなくなったと思ったら、悲しむ暇もなくかざねまで居なくなったんだから」
その言葉で、最上の脳内に一瞬で過去の出来事が蘇る。あの時は正直自分のことしか頭に無くて、周りのことまで手が回っていなかったのだ。そのことが彼にどのような影響を及ぼしたのか……考えるだけで胸がいっぱいになる。くしゃりと顔を歪めて、謝罪の言葉を口にした。
「ご、めん」
「別にいいよ。今一緒にいられんだから、それで」
柔らかく微笑みながら松田は言った。本当に今は気にしていないのだと傍から見てもわかるような穏やかさだった。
「そんで? なんで急にそのことを引っ張り出してきたんだよ」
首だけで背後の最上の目をしっかり見据えて問いかける松田。今度は最上が黙り込む番だった。そっとクッションを抱え込み、体育座りになる。
「陣平くんもその、さ、…………したいって、思う? わ、私と」
「なんだそりゃ、誘ってんのか?」
「……」
からかうような調子で言う松田に言い返すことなく、最上はクッションにモスッと顔を埋めてしまった。その仕草で、彼女がどういうつもりで言ったのかなんとなく察した松田は、後頭部を掻きながら前に向き直ると、少しの沈黙の後に口を開く。
「……まあ、俺も一応男だし。多少は、な」
最上の肩がびくりと跳ねる。そろりと顔を上げるが、後頭部が見えるのみで顔までは窺いきれない。バクバクと鳴る心臓を何とか抑えながら、彼の言葉を待った。
「でも俺結構誘ってんのに全然気づいてくれねーから、正直半分諦めてた」
「え」
だが聞こえてきた聞き捨てならない言葉に、最上は目を丸くしてまばたきを繰り返す。その顔を見て松田は目を細めて笑い、指折り挙げ始めた。
「ま、俺の言い方が悪いところもあったんだけどな。『しよう』っつったら『ゲーム?いいよ』って言われてそのままゲーム大会したこともあったし、一緒のベッドに入って俺が誘うよりも前に寝られたこともある。後は……」
次から次へと挙げられるフラグ破壊事例に、最上はなんだか申し訳ない気持ちになった。まるで勘の悪い少女漫画の主人公のようである。先ほどまで高鳴っていた心臓が嘘のように鳴りを潜めていた。
「なんか、ごめん……」
「いいよ別に。もう慣れたし、なんつーか、かざねらしいだろ」
松田は笑いながら最上の謝罪を受け入れた。
「ま、それは俺の事情だから別に置いとくとして。それより俺が気にしてるのは……」
その表情にわずかに影が落ちる。
「かざねが、あの日を思い出すんじゃないかってことだ」
「それ、は……」
否定しようとしたところで最上の脳内にザザ、と過去の情景がよぎった。
――耳障りな荒々しい呼吸。
――べたべたと無遠慮に触れてくる手。
――無意味な抵抗。
――『……お前も、女なんだなァ』
「……はッ、ァあ……」
顔を伏せ、震える手をぎゅっと握る。ぶわりと肌も粟立つ心地がした。それに気付いた松田の顔が、途端にサッと青ざめる。
「――ッ悪い! 思い出させたか」
さっと立ち上がり、隣に腰かけて最上の身体を抱きしめた。悪かった、大丈夫か、と静かになだめてくれる。なんとか呼吸を落ち着けながら最上は小さく頷いた。まだ小さく震えが残る彼女の背をそっとさすってやりながら、松田は続ける。
「気遣ってくれるのは嬉しいけど……こういうのはな、俺だけよくても意味ねえんだよ」
「でも」
「いいって、無理すんな」
松田の胸に身体を預けながら最上は申し訳なさで押しつぶされそうになる。だが松田はあくまでも穏やかに言葉を吐いた。
「俺がかざねとこうなるまでどんだけ苦労したと思ってんだ。今までに比べたらこんなの、屁でもねえよ」
トン、トン、トン。まるで赤子をあやすかのように最上の背を叩く。
「俺たちには俺たちの付き合い方があんだからさ」
しばらくなだめたところで、もう大丈夫そうだな、と松田は最上を解放した。
「さ、夜も遅いしもう寝ようぜ」
「……うん」
すっかり気落ちした様子の最上をなだめるように寝室に移動する。その様子を見た松田は「今日は特別だからな」と言って右手で腕枕をしてくれた。お互いに顔が近いため鼓動は早まるが、それよりも今は安心感の方が勝るらしい。最上の瞳が眠気でとろんと揺れる。
「……おやすみ、なさい」
「ああ、おやすみ」
最上はゆっくり瞼を下ろす。
その様子を、松田は静かに見つめていた。
―――つぎはぎだらけの僕ら
消えない記憶は、彼女に深々と刻み込まれている。