面倒ごとをポッケに詰めた
※本編終了後のお話※
「それでね、本当にそのお客さんが面白くって……安室さんと一緒に笑いをこらえるのが大変だったよ」
夕食時。テーブルに向かい合ったふたりは、いつものように互いに今日あったことについての話を聞かせていた。ちょうど今は最上――かざねが目の前に座る松田に今日あったことについて話している最中である。その顔には食事をしつつもこらえられない笑みが浮かんでおり、その出来事が彼女にとってどれほど楽しい事であるのかがこちらにもありありと伝わってくるようだった。
すると不意に、それを黙っていた松田が「なあかざね」と口を挟む。
「前から思ってたんだけどよ、なんで俺ポアロ立ち入り禁止なんだ? 理由とかあんのかよ」
「え?」
ぱちくりとまばたきをして、かざねは思わず箸を止めた。不自然に思われないよう、平静を装いながら尋ねる。
「どうしたの急に……なんかあった?」
「いや別に。そういやちゃんとした理由聞いてなかったからなんでかなって思っただけ」
そう言いつつ、松田はおかずの焼き鯖をぱくりと食べる。その様子を見ながら、かざねは気まずそうにこっそりと視線をそらした。
彼が言うように、現在松田は絶賛ポアロ立ち入り禁止中である。
だがその大きな理由はかざねではなく、そこで働いている安室……というより降谷にあった。
ポアロ出勤初日。
バックヤードで安室とふたりきりになった際に、かざねは彼からこう言われたのだ。『松田をこの店に近づけないで欲しいんです』と。
『一応、理由をお聞きしても?』
『多分大方察しているとは思いますけど……僕は現在関わっている事件のために名前と身分を変えて潜入捜査をしているんです。しかもそれはここで詳しく話せないような危険な任務でして……なので、本来の僕である"降谷"を知る人物をなるべくこちらに近づけたくないんですよ。いつどこから情報が漏れるかわかりませんからね』
『なるほど、それは確かにそうですね』
『それに』
『それに?』
『……僕がここで働いていると知ったら、アイツ、毎日のように来てウザ絡みしてきそうな気がするんです。それが面倒で……』
『ああ……』
『わかっていただけますか』
『目に浮かぶようです……』
かざねは遠い目をしながら言った。
降谷と松田は警察学校の時から悪友のようなノリの関係だったと聞いている。すっかり彼らもいい大人だが、そういう関係性にあるなら正直やりかねないな、とかざねは思った。
『わかりました。彼には私から言っておきます』
『ありがとうございます、助かります』
安室は申し訳なさそうに微笑んだ。
その日の勤務が終わり、かざねは安室に言われたとおりに松田にポアロ立ち入り禁止の旨を伝えた。当然彼は反発していたが、かざねが強引に言いくるめ、渋々それを承諾したのである。
「(それでなんとかできたと思ってたんだけど……)」
ため息を噛み殺しながらかざねは思う。目の前に座る彼の表情は未だに曇っていて、適当な誤魔化しは通用しなさそうな雰囲気だった。ますます弱ってしまったかざねは味噌汁を口にしつつ、ひとまず本命でない理由を言ってみることにする。
「だって恥ずかしいじゃん」
「恥ずかしい?」
告げた言葉に早速松田が食いつく。かざねはそのチャンスを逃すまいと言葉を続けた。
「接客中は完全にそれ専用の顔作ってるからさ、あんまり知り合いに会いたくないんだよね。家での顔を知ってる陣平くんには尚更」
「……なんだぞりゃ」
かざねの話を聞いた松田は少し呆れたように笑う。今告げた理由が存外大したことではなかったせいだろう。かざねはわざとらしくない程度にむすっと不機嫌そうな表情を浮かべる。
「これでも切実な問題なんだよ」
「他の奴には見せられないような顔も俺には見せるくせに、それは見せられねえのかよ」
「……それとこれとは話が別」
ムッとした表情でかざねは言う。確かに松田にしか見せない……見せられない表情があるのは正直否定できないが、それを今ここで持ち出すのはいささか卑怯だ。
残り少なくなった白米を口に運びつつ、かざねは「というか」と別の手を打った。
「それこそ、陣平くんしか知らない私を知ってるでしょ。それでいいんじゃ……」
「よくねえ」
だがしかしかざねの言葉はあっさりと切り捨てられてしまう。そのあまりにもきっぱりとした口調に思わずかざねはぐっと押し黙った。
そんな彼女を他所に、松田はこちらに視線を向けながら真剣な顔で言う。
「俺はかざねのこと全部知りたいんだよ」
全部知りたい。そんなことを初めて言われたかざねは箸を止めたまま目を丸くして固まってしまっていた。
対する松田はまっすぐに彼女のことを見つめながら言葉を続ける。
「俺の知らないところで、俺の知らないやつに、かざねが俺の知らない顔をしてるとか、なんか……むかつくだろ」
すべて言い切ると、途端に逃げるように味噌汁に口を付ける。最初はこちらを向いていたが、最後の方はすっかり逸らされてしまっていた。口調も最初と比べるともごもごと口ごもるようになっている。後半に行くにつれてだんだんと羞恥心が押し寄せてきたのだろう。現に、彼の耳は知らぬ間に赤く染まっていた。
「(……まったく)」
前からやきもち焼きではあったが、まさかここまでだったとは。
呆れると同時に愛されてるなぁとも思ってしまうのだから、かざね自身もすっかり彼に染まってしまっているらしい。そのことに気付いたかざねは気付かれないように小さく笑みを浮かべる。
そして未だに「だって俺だけなんて変だろ……」「まあそのアムロってやつも気にならない訳じゃねえけど……」なんてブツブツつぶやきながら箸を進める松田にかざねは言った。
「……前から思ってたけど、これでよく今まで彼女さんに逃げられなかったね」
「ばーか、こんなのお前限定に決まってんだろ?」
すっかり空になった茶碗を置きながら松田は言ってのける。
「俺は本当に好きなやつにしかこんなことしねえよ」
ごちそーさん。そう言うと、食器をまとめてさっさとキッチンに持って行ってしまった。残されたかざねはといえば、嬉しいやら恥ずかしいやらで複雑な心境である。熱を持った頬にさりげなく触れながら、かざねはため息交じりに言う。
「しかたないなあ……」
安室さんになんて言おう。
明日のシフトで一緒になる彼への言い訳を考えながら、かざねは白米の最後の一口を頬張った。
***
後日、安室のシフトがない日限定で松田のポアロ来店許可が下りた。
……だが、物事はいつも想定通りに進むとは限らないわけで。
「こんにちはかざねさん!」
「へえ、毛利さんの事務所の下にこんなところが……」
お昼過ぎ。カランとドアベルを鳴らして見慣れたふたりが入店する。ホールでテーブルを片付けていたかざねは、早速笑みを浮かべてそちらを向いた。
「佐藤さんに高木さん、いらっしゃいま――」
「うっす」
「!?」
だがそれも、もうひとりの客の存在によって一気に凍り付いてしまう。ふたりの背後からぬっと出てきた見覚えのありすぎるサングラス男に、かざねは思わず詰め寄った。
「じ、陣平くん!? なんで、今日は……」
「悪い、どうしてもこいつらの誘い断れなくてよ」
「いや……まあ、それは別にいいんだけど……」
申し訳なさそうに謝る松田に、かざねはあまり強く出られずにいた。それよりも正直この状況をどう打破するかが問題だろう。幸いにも今ホールにはかざねひとり。客もそこまでいないため、ひとりでもなんとかなるだろう。よし、いける。大丈夫。
……だがかざねがそう思った直後、運悪く"彼"が来てしまった。
「かざねさん? どうかされました?」
「あ、安室さんダメです! 今出てきたら――」
「え?」
残念ながらかざねの静止は間に合わなかった。
ばっちりと目が合う松田と安室。
徐々に顔を引きつらせていく安室と、今にも目玉が零れ落ちそうなほど目を見開いていく松田を他所に、かざねはひっそり頭を抱えていた。
―――面倒ごとをポッケに詰めた
「おま、ふる……! おいかざね、一体これどういうことだよ!?」
「(あー……どうしようこれ……)」