生きててよかったって心から言える

※夢主が大学時代の話。


「そういえば聞いた? 高橋、今度結婚するんだってよ」

 平日の夕食時。いつものように3人で食卓を囲んでいたところ、萩原が思い出したかのように話を持ち掛けてきた。本日のメインディッシュである餃子を口に放り込みながら松田は尋ねる。

「高橋って……高校のクラスメイトの?」
「そ。しかも大学の同期と学生婚だってさ。すごいよねー」

 へえ、と松田は相槌を打った。高校時代のクラスメイトの姿を思い浮かべながらしみじみと言う。

「知り合いの結婚第一号がまさかあいつとはなあ」
「もうそんな人がいるんだね」

 すごいなあ、と最上は言いながら大皿の野菜炒めを取り皿によそう。

「結婚とか、まだ遠い未来にしか思えないや」
「まーそうだよな。かざねはついこの間まで高校生だったんだし」

 無理も無いよと萩原は言った。そこでふと、思いついたかのように何気なく最上はふたりに視線を向ける。

「ふたりが結婚するときにはちゃんと式に呼んでよね」
「……」
「ええ? それを言うなら逆じゃない?」

 松田はその言葉にわずかに動揺してしまったが、他のふたりには気づかれなかったようだ。萩原が笑いながら白米を頬張る。

「俺はかざねの花嫁姿の方が見たいけどなぁ」
「うーん……でも私、正直結婚したとしても結婚式はしたくないんだよね」
「え、そうなの?」

 萩原は意外そうに目を丸くした。結婚式のウエディングドレスは女性の夢。だからてっきり最上もそうだろうと萩原は思っていたのである。……正直この中で最上の発言に一番衝撃を受けていたのは松田だったのだが、最上はそれに気づくことなくそう思った理由を挙げていった。

「だって恥ずかしいし……別に式まではいいかな、って」
「ええ〜? かざねのウェディングドレス姿、俺すっごく楽しみにしてるのになあ」

 ねえ?と言いながら松田へちらりと視線を寄越してくる萩原。松田は最上に気づかれないよう、じろりと睨み返した。

「松兄はどうなの? 結婚式したい?」
「俺?」

 急に話を振られ、思わず聞き返す。純粋な質問を投げかけてくる最上の大きな瞳に見つめられ、意図せず心拍数が上がるのがわかった。少しだけ迷った後、何でもなさそうに答える。

「どっちかといえば、したい」
「そうなんだ」

 松田の返答が意外だったのだろう。最上は少しだけ目を見開き驚いた表情をしている。その態度が少々癪に触ったのか、松田はぶっきらぼうに答えた。

「そりゃそうだろ。だって、……一番好きなやつの、一番綺麗な姿を、俺のモンだって色んな人に見せびらかせんだから」

 最後の方は自分で言っていて少々照れくさくなってしまったのか、ごにょごにょと口ごもってしまった。それを聞いた萩原は、ほぁーと感心したように頬杖をつく。

「陣平ちゃん、結構ロマンチックだね」
「うっせ」
「私はいいと思うよ、その考え」

 松田の考えを肯定した最上は、彼の方を見ながら小さく笑った。

「松兄のお嫁さんになれる人は、きっと幸せだね」
「!」

 その返答を聞いて、松田は思わず固まってしまった。まさかそんなことを最上から言われるとは想定しておらず、どういう反応をしたらいいのかわからない。そんな松田を他所に、萩原が若干不満げに口を尖らせる。

「松田だけ〜? 俺は俺は?」
「勿論萩兄もだよ」
「マジ? やりぃ」

 にしし、と笑う。そんなやりとりを横目に松田は静かに水の入ったコップに口を付ける。最上はいつもこうだ。何も知らないくせに、こちらの感情ばっかりかき乱して。そこまで考えたところで、まあ勝手にかき乱されてるのはこっちの方かと松田は自己完結する。

「(もし俺が結婚式を挙げるなら、その隣には、できれば……)」

 そこまで考えたところでちらりと視線を戻す。
 ケラケラと楽しそうに笑う最上を見て、ひとり静かにため息を噛み殺した。


***


「……そんなこともあったっけな」

 松田は穏やかな表情を浮かべ、ひとりごちながら窓の外を見やる。その窓からは招待客たちが会場に入っていくのがちょうど見えるのだ。人達は皆楽しそうで、自分達を祝福してくれるために集まってくれたのだと思うとそれだけで胸の中心に暖かいものが広がるような心地がする。
 冬も終わりに近づいた穏やかな晴れの日。今日は待ちに待った、松田と最上の結婚式当日である。事前の準備を全て終えた松田は現在、控室で相手である最上を待っている最中であった。

「そういえば、今日は書いてなかったな」

 手持ち無沙汰なのをいいことに、松田は思い出したかのように携帯を取り出してメールを打ち始めた。すっかり習慣になってしまった、亡き親友への報告メールだ。控室の椅子に腰掛けたまま、片手で素早く文字を打ち込んでいく。

『お前にも見せてやりたかったよ。俺よりも楽しみにしてただろ。あいつの花嫁姿』

 そこまで打って、自然と笑みが溢れる。きっと今でもあいつが生きていたら、誰よりも嬉しがっていただろう。まるでそれが現実であるかのように鮮明に想像できる。
 ある程度書きあがったため、いつものように下書き保存しようと指を運ぶ。だが何の因果か今日に限ってうっかり指が滑り、送信ボタンを押してしまった。

「やべ」

 松田が慌ててキャンセルを押そうとしたところで、扉がノックされた。続いて式場スタッフの声がする。

「御新郎様、御新婦様のご準備ができました」
「っはい」

 松田はそう言いながら携帯の電源を落とす。まあいいか、どうせ後でエラーが返ってくるだけだし。そう自己完結して携帯をテーブルに置き、椅子から立ち上がった。
 ……それよりも、だ。

 はやる心臓に反してゆっくりと扉が開く。
 そこに立っているのは、10年近く想いを寄せた愛しい人。純白のドレスに身を包んだ、将来を誓い合った愛する人。

「陣平くん」

 少し照れたような不器用な笑みを浮かべて、松田の名を呼ぶ。たったそれだけのことで緩みそうになる涙腺をなんとか堪えて、松田は最上に笑いかけた。

「(これを見られないなんて、随分勿体ねえことしたな。ハギ)」

 ……ああ、もう、本当に。



 ―――生きててよかったって心から言える



 その頃。
 誤送信したメールが無事に送信されていたことに、ついぞ松田が気付くことはなかった。