さあおやすみ

「ああ、例の数字のファックスだろう?」

 白鳥の言葉を聞き、目暮はそういえばそんなこともあったなとでも言うようなトーンで返す。

「で? 今年の数字は何番だね」
「そ、それが……今回は数字ではなく」

 そうして白鳥はファックスに視線を落とし、内容を読み上げ始めた。

「『我は円卓の騎士なり 愚かで狡猾な警察諸君に告ぐ 本日正午と14時に我が戦友の首を弔う面白い花火を打ち上げる 止めたくば我が元へ来い 72番目の席を空けて待っている』……」
「……どういう意味だね?」

 すべて聞き終わった目暮がきょとんとした顔で尋ねる。だが白鳥も文章の意味が解らないらしく、言葉を濁した。フロアに居た他のメンバーもそうであるらしい。
 だが、その中の約2名……松田と最上だけは別だった。白鳥の読み上げたファックスの内容を聞き終わるなり、ふたりは無言で席を立つ。鞄を片手に黙ってフロアを後にしようとする松田と、その後に続こうとする最上を見て、佐藤は思わず声をかけた。

「ちょっと! ふたりともどこ行くのよ」
「わからねえのか?」

 松田は首だけで振り返りながら、半分呆れたような調子で言う。最上は相変わらず感情のよくわからない表情を浮かべている。

「円卓の騎士が72番目の席を空けて待ってるって言ってんだ」
「円盤状で72も席があるって言ったら、答えはひとつ」
「坏戸ショッピングモールにある大観覧車しかありえねえよ」

 そう言い切るなりふたりはさっさと出ていってしまう。目暮と佐藤、白鳥はしばらく呆然とその場に立っていたが、ハッとしたように慌ててふたりの後を追いかけた。


***


 大急ぎで坏戸ショッピングモールへ向かった一行。だが彼らが到着する頃にはもう既に、観覧車のあたりで黒々とした煙がたなびいていた。

「くそ! 遅かったか!」
「しかし正午までまだ30分はあるんですが……」

 時計を見ながら言う白鳥。その間に佐藤、松田、最上の3人は観覧車へ向かう。必死に消火活動をしている園内の係員に佐藤が事情を聴くと、突然制御盤が爆発して観覧車が止まらなくなってしまったらしい。なんとか乗っている乗客は避難させたらしいのだが、また同じような爆発が起こったら他の客の安全の保障は出来ないとのことだった。そこまで聞いて佐藤は先ほどのふたりの話を思い出し、焦ったように係員へ尋ねる。

「72番のゴンドラは、今どの辺りなの?」
「え? ああ、それならもうすぐ降りてくるところです」

 それを聞いて佐藤は観覧車へ走っていった。だが先に到着していたのは松田と最上である。72番のゴンドラの扉を開け、足音を殺しつつ躊躇いなく真っ先に中へ入る最上。内部を確認し、座席の下に何かを発見したらしい。同じくゴンドラ内を覗き込んでいた松田と目を合わせた。

「松田くん! 最上さん!」
「来るな!」

 慌てて駆け付けたらしい目暮、白鳥、佐藤をたった一言で一蹴する松田。そのあまりの剣幕に3人はぴたりと足を止めた。松田はにやりと不敵な笑みを浮かべながら言う。

「円卓の騎士は待ってなかったが、代わりに妙なものが座席の下に置いてあるぜ」

 その言葉を聞いて目暮と白鳥はさっと顔を青くした。

「ま、まさか……爆弾!?」
「ちょ、ちょっと、ふたりとも!」

 佐藤が呼びかけるも、ふたりはゴンドラから降りる様子を見せない。心配そうな表情を浮かべる佐藤に、松田はサングラスを外して言う。

「大丈夫。こういうことはプロに任せな」
「すみません。必ず帰りますから」
「最上さん! 松田くん!」

 ふたりは顔を引っ込め、扉を閉めてしまう。そうして72番のゴンドラは止まることなく、地上から離れていった。
伸ばした手をそっと下ろしながら困惑気味に佐藤がつぶやく。

「なんなのよプロって……」
「彼は去年まで、警備部機動隊の中にある爆発物処理班にいたんだよ」

 佐藤の言葉に目暮が静かに補足する。その言葉を聞いて佐藤はハッと何かを思い出した。指先の器用な彼が車内でメールを打っている光景だ。確か、その送り先は。

「それではまさか……前に死んだ彼の親友って……」
「ああ。多分それは……4年前の11月7日、爆弾解体中に殉職した、同じ処理班所属の萩原くんのことだろう」

 目暮は眉間にしわを寄せ、苦々しい表情を浮かべながら数年前の出来事を思い出していた。

「あの事件では、ふたつの爆弾が別々の場所に仕掛けられていて……ひとつは松田君が解体したが、萩原くんのほうは間に合わなかった。爆弾犯は未だ特定できず。松田君は爆弾事件を担当する特殊犯係に転属の希望を何度も出していたが、目的は恐らく親友の敵討ちだろうから、頭を冷やすために一旦同じ一課の強行犯係に配属されたってわけだ」

 目暮の言葉を聞き、佐藤は初日の松田の様子を思い出した。『来たくもない係』と揶揄していたのはこのためだったのか、と今更ながら納得する。
 そしてふと思ったことを口にする。

「彼の親友だということは……もしかして、最上も?」
「ああ、恐らくだがな。松田くんと古くからの知り合いだというのなら、萩原くんとも親しい関係だったのだろうと想像はつく」

 目暮は険しい顔で言う。それを聞いて佐藤はある恐ろしい考えに至った。

「もしかして、ふたりともその敵をとろうとして……」

 それならば彼らが例のファックスが届いてからの迅速な行動に説明がつく。もしそれが本当なら、ふたりは……。佐藤はぐっと拳を握りしめる。幸い、佐藤のつぶやきは雑踏にかき消されてしまったようで、誰の耳に入ることも無かった。

「それより警部、どうしますか? 正午まであと6分……ゴンドラが一周して戻って来るまで、まだ10分ほどかかりますが」
「止むを得ん。ここはふたりにまかせるしかあるまい」

 緊張した面持ちで観覧車を見上げる3人。離れたところでたくさんの人たちがその様子を見守っていた。


***


 ゆったりとしたスピードで昇っていくゴンドラの中でふたりきり。松田はわずかに目を細めながら隣の彼女をちらりと見やる。

「……お前と一緒に乗るつもりは毛頭無かったんだけどな」
「私も、別にひとりで乗るつもりだったんだけどな」

 最上も松田に視線を向ける。その肩にはいつの間にか松田と同じような鞄が引っ掛けてあった。恐らく、中身も松田のものと大差ないだろう。引きずり下ろしゃよかったな、とつぶやきながら松田は大きなため息をついた。その場に膝をつき、持ってきた鞄を開く。中に入っているいくつかの道具の中から小ぶりなドライバーを手に取った。

「知識はある。手伝えることがあったら言って」
「お前……そんなのどこで覚えた」
「警察になる前に、独学で。やっぱり知っておいた方がいいかと思ってさ。警察学校でもちょっとやったけど」
「なるほどな」

 ネジで止められていた座席下のカバーを慎重に外す。中のタイマーを確認すると時間は残り7分を切っていた。配線と構造を大体把握したところで、松田は静かに笑みを浮かべる。これくらいならば特に問題は無いだろう。持参した愛用の解体道具たちの入ったカバンを開ける。手順を頭の中で思い返しながら、慎重にコードを切り進めていく。

 そのとき、地上で爆発音が聞こえた。

 辺りで大きな悲鳴が上がるのとほぼ同時に、ゴンドラが大きく揺れた。思わず身を固くするふたり。一通り揺れが収まったところで最上が席から立ち上がり、外を確認しながら言った。

「制御室の煙が大きくなってる。多分、今の爆発で観覧車の回転を止めたんだ」
「だからその拍子にさっきゴンドラが揺れたって訳か……。チッ、厄介なことになったな」

 爆弾を見つめながら松田が独り言を零す。すると松田の携帯がメロディを奏で始めた。ちらりと視線を受け取った最上は、彼のポケットから携帯を抜き取って電話に出る。

『もしもし、松田君? 大丈夫?』
「大丈夫ですよ」
「今のところはな」
『最上さん! それに松田くん!』

 電話口の佐藤がホッとしたような声を上げる。

「だが、今の振動で妙なスイッチが入っちまったぜ」
『え?』
「水銀レバーだ」
『水銀レバー……?』

 聞きなれない単語を反芻する佐藤。最上の表情が微妙にに曇る。そんなことは露知らず、松田は手を動かしながら説明をし始めた。

「わずかな振動でも中の玉が転がり、玉が線に触れたら御陀仏よ」
『!』
「俺が吹っ飛ぶのを見たくなきゃ、こいつを解体するまでゴンドラを動かすんじゃねえぞ」
『で、でも……爆発まであと5分も』
「佐藤さん」

 不安そうな佐藤の声を最上が遮る。

「心配ありませんよ。私たちは必ず戻りますから」
「そーいうこった」

 松田は着々と解体されていく目の前の爆弾を見ながら、フッと口角を上げた。

「この程度の仕掛け、あと3分もありゃ……」

 だが不意に松田は目の色を変え、言葉を途切れさせる。急に黙った松田を不思議に思った最上はそっと声をかけようとした。

「松に……」
「『勇敢なる警察官よ』」
「え?」
「『君の勇気を称えて褒美を与えよう』」



 ――さあおやすみ どうか安らかに眠らせて



 悪魔が囁く。時計は止まることを知らない。