3 そうは言っても、仕事だから

 私が、明日から、2番隊隊長補佐?? 数秒前に告げられた言葉が信じられず、静かにそっと頭を押さえる。
 そうだ、今のはきっと幻聴なんだ。疲れていたせいでとんでもない勘違いをしでかすところだった……危ない危ない。私は精一杯平静を装いつつ、マルコ隊長に問いかける。

「……すみません。ちょっと疲れていたようで……もう一度お聞きしてもよろしいですか」
「お前明日から2番隊補佐な、っていったんだよい」

 幻聴じゃなかった。紛れもない事実だった……。
 たった今マルコ隊長から告げられた言葉は周りにいた他の隊員たちの耳にも入ったようで、瞬く間に食堂中にざわめきが広がっていく。私は信じられない気持ちになりながらマルコ隊長に問いかけた。

「明日から、2番隊補佐……? 完全に初耳なんですが」
「おれも聞いてねえんだけど!?」
「当然だよい。今言ったんだからな」

 しれっとマルコ隊長は言う。

「前から思ってはいたんだよい。今現在書類作成に一番手間取ってんのはエースだろ?」
「それは、まあ、……確かに」

 現に今日もそのせいで徹夜する羽目になっているのだし。私の表情を見たマルコ隊長は薄く微笑みながら続ける。

「だからシナツがしばらく補佐についてそういうところを叩き込めば、今後もっと楽になる。そういう意味でいいと思ったんだよい」

 それと、ともうひとつ理由を追加した。

「薄々わかってはいると思うが、お前たち相性抜群だからねい」
「「どこが」」
「そういうとこが」

 む。心外だ。そう思ったのが顔に出ていたのか、それを見ていたサッチ隊長がケラケラ笑う。ますますムムムと険しい顔になっていくのを自分で感じていると、マルコ隊長がぽすんと私の頭に手を置いた。

「まあ要するに、お前が好きな『効率化』ってやつだよ」

 そしてそのままぐりぐりと撫でまわす。私の頭なんて簡単に掴み上げてしまうであろう大きな手を頭皮に感じていた。隣にいるエースさんは今の話で納得したらしいが、私は違う。どう考えても今の話はおかしい。
 ……きっと彼は、何かを隠している。そう思った私は静かに口を開いた。

「彼に書類作成のイロハを叩き込みたいというのは理解できます。でもそれならわざわざ私が補佐につく必要は無いのではないでしょう。私の経理係としての仕事はこれからも変わることはないのだから、引き続き1番隊隊長補佐という役職を掲げたうえで私が彼に指導をすればいい。というか私が2番隊隊長補佐に移ったら、書類確認の際に手間が増えますよね。それじゃ『効率化』とは言えませんよ」

 首が痛くなるほど高い位置にある眠そうな瞳を真っすぐに見据えれば、彼の手がぴたりと止まる。
 そのわずかな表情の揺らぎによって、私の予想は確信へと変わった。

「本当は何かあるんでしょう? もっと別の、効率なんて関係ない理由が」

 腕を組んでじろりと睨みつける。すると傍から見ていたサッチ隊長がぶわはは!と堪えきれずに笑い始めた。ひいひいと腹を抱えて、目じりには涙さえ浮かべている。

「流石にシナツちゃんに嘘は通用しねェなあ」
「やっぱりそうでしたか」
「う、嘘?」

 状況が飲み込めていないエースさんを他所にサッチ隊長が実はな、と続ける。

「これは親父が言い出したんだよ」
「親父様が?」
「ああ」

 その意外な提案者に私は思わず目を丸くした。ぽかんと、間抜けな表情をしていた気さえする。親父様がわざわざどうして、そんなことを? そう思ったのが顔に出ていたのだろう、サッチ隊長は渾身のモノマネを駆使しながら教えてくれた。

「『末っ子同士、喧嘩するほど仲がいいのは結構だが、おれはもう少しわかりやすく仲良くしてるところが見てェ』『シナツを2番隊隊長補佐にでもすれば、少しは仲良くなるんじゃねェか?』ってな」
「……」
「オヤジ……」

 まさかの提案に私は言葉を失う。そんな……そんなどうでもいいような理由で私は隊を移動に……?? 信じられない気持ちでいる私の隣で、エースさんもすっかり頭を抱えているようだった。でも提案者が親父様ならば、それはこの船の決定事項である。私は盛大にため息を零しながらやれやれと頭を抱えた。

「親父様がそうおっしゃるなら、仕方ありませんね……」
「ったく、おれらが断れないのを知っててとか卑怯かよオヤジ……」
「決まりだな」

 腕を組みながらにやりと悪戯っぽい笑みを浮かべるマルコ隊長。それはどう考えても白ひげ海賊団の1番隊隊長としての威厳ある顔ではない。一家の長男として、完全に末っ子ふたりのことをからかって面白がっている顔だ。私は目を細め、じとーっとマルコ隊長を睨む。

「最初から断らせる気なんてなかったくせに」
「さあ? どうだかな」

 他人事のように笑うマルコ隊長。白々しく目を逸らすのはどう考えても図星であるということに他ならない。何度目になるかわからないため息をつきつつ、私はエースさんに視線を向けた。

「そうと決まれば明日からビシバシ行きますよ。エースさん」
「望むところだよ。お前こそちゃんとおれの補佐しろよ」

 強気に言うエースさん。そうか、私は明日から仕事とはいえ、彼のことを補佐しなければならないのか……。あからさまに気分が落ちたのを隠すこともせず、私は言う。

「癪ですが、まあ仕事なら仕方ないですね……癪ですが」
「2回も言うなよお前!!」
「あーあーふたりとも、喧嘩しないの!」

 サッチ隊長のお盆が再び炸裂したのは言うまでもない。
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