「違う誤解なんです釘崎ちゃん待ってトンカチ下ろして!!!」
自室から出てきた人物を見るなり、無言で金槌を構える部屋着姿の釘崎ちゃんに全力で待ったをかける。
そんな私の前にはサングラススタイルの五条さんがあくびを嚙み殺しながら立っていた。……そう、本来女子寮にいるはずのないはずの男性の五条さんが、である。この状況を一番よく分かっているであろう五条さんはへらへら笑いながら呑気に釘崎ちゃんに挨拶をしている。
「おはよう野薔薇ー」
「おはようじゃないわよこの淫行教師!!! なんであんたが霙さんの部屋から出てくんのよ!!」
「いや釘崎ちゃんこれはその、ちょっと色々あって」
「そうそう、大人の事情って奴ー?」
「五条さんは黙っててください。話がややこしくなるので」
積極的に誤解を振りまいていくそのスタイルに、私は思わずツッコんだ。はっ倒してえ……。すると私の背後からひょっこり顔を出したキューちゃんは不満げに言う。
「やっぱり窓から追い出せばよかったんですよ、こんなやつ」
「窓からこそこそしながらゴジョ―が出て行くのはそれはそれでちょっと面白いけどね」
けけけと笑うゴロちゃん。確かに面白いかもしれんけど、それはそれで笑い事じゃないんだぞー すると釘崎ちゃんがはっとした顔で恐る恐る言う。
「まさか……ふたりってもしかして」
「違う。断じて違うからね」
あらぬ誤解を生みそうな気配を感じ、私は即座に否定する。大方何を言いかけているか想像はつくけど、五条さんとは何も無いからね? マジで。
「じゃあ何よこの状況。私が納得できるようなちゃんとした理由があるんでしょうね?」
「……」
腕を組みながら言う釘崎ちゃんに、私は思わず押し黙る。一応理由があるにはあるけど……納得していただける理由なのかなこれ……。口を閉ざした私を見て、釘崎ちゃんの表情が再び神妙なものになっていって。
「やっぱりふたりって……」
「っ話す! 話すから!! だからちょっと待って!!」
慌てて止めると、私はこほんと咳ばらいをひとつする。そしてなるべく真剣さが伝わるように顔をきりっとさせながら人差し指を立てた。
「それは、昨日のことだった……」
「何この回想の始まり方」
***
少しばかり時間は遡り、昨晩。
任務を終えた私は、ひとり自分の部屋でくつろぎながら晩酌をしていた。帰りにスーパーで買ったハイボール缶を開けながら、スマホを横にして現世のバラエティー番組の見逃し配信を見る。至福の時間だ。明日は午後から任務が入っている以外に予定は無いし、比較的深酒してもまあ問題無いだろう。そう思っていたら缶は好調に空になっていった。
因みにキューちゃんとゴロちゃんは任務で疲れていたのか早めに休んでいる。……今思えば、この子たちがは止めに止めてくれていたらこんなことにはならなかったのかもしれない。
5缶目のハイボール(ロング缶)が空になったところで、番組の中で『高身長の男性は普段頭を撫でられ慣れていない』という話題になった。ゲストの長身な俳優陣が実際に体験して感想を言ったりしているのをふーんと思いながら見る。高身長な男性ね……。私の身長が確か158とかそこらだったから、知ってる男性陣は私よりも背が高い人の方が多いけど、もし撫でてみたらどんな反応をするだろう。
「鬼灯様は嫌がりそうだなー めちゃめちゃこっちを睨んできそう。白澤さんはすっごい喜びそうだなー ここぞとばかりに調子に乗ったりして。虎杖くんは多分喜んでくれるな。なんとなくだけど、なんか犬っぽいし。可愛いし。伏黒くんは……どうだろう、照れながら拒否りそうだな。でもそんなところも可愛いんだよな」
そこまで考えたところでふと、言葉が止まる。
「……五条さんの頭を撫でたらどういう反応をするんだろう」
虎杖くんみたいに嬉しがる? 伏黒くんみたいに嫌がる? 鬼灯様みたいに怒る? それとも全然違う反応したりして……。というか、あの人が頭を撫でられてる図が想像出来なさ過ぎて笑えてくるな。確実に鬼灯様より背は高かったし、そもそも誰かに撫でられた経験がないのでは? まあ大人って往々にしてそうなるよな。うーん。……アルコールが大分回った、酔っ払い特有のふわふわ頭で想像する。あっちゃこっちゃ思考が寄り道するせいでだんだん止まらなくなってきた。
そして収拾がつかなくなった私はよし!と高らかに膝を打つ。
「いっちょやったりますかあ!」
……酔うとこういうところに躊躇が無くなるから、お酒ってマジで怖いよね。
というわけで6缶目を勢いよく飲み干した後に、私は意気揚々と部屋を後にした。五条さーん、五条さんどこですかー? 口には出さないものの脳内は五条さん一色である。
フラフラと軽い千鳥足になりながらもしばらく校内を散策していると、学長室付近でお目当ての人物を発見した。今日は目隠しじゃなくてサングラススタイルらしい。ちょうどいいや、これなら表情もわかりやすいし。さあ決定的瞬間をこの目に収めてやる! むふふと笑いを堪えつつ、私はご機嫌に声を掛ける。
「五条さーん!」
「……あれ? 霙ちゃん、どうしたのこんな時間に」
少しだけ遅れて五条さんが反応する。任務帰りだったのか、普段にも増してなんだかお疲れの様子だ。へらりと笑みを浮かべてはいるが、いつもと比べてあまり力がないように思える。平常時なら色々と気をつかうだろうが、今の私は思考がパージした酔っ払い。そんなことを出来るだけの冷静な判断力なんて残っていないのであった。
すると五条さんが私が酔ってるのに気付いたのか、少しだけ顔をしかめた。
「ていうか酒くさ。先生として校内飲酒はあんまりいただけないねえ」
「いいんですよー 成人してるんだから飲酒は合法なんですし。ひとりで飲んでたし」
そんなことより!と私は好奇心を隠しきれない笑みを浮かべながら言う。
「その触れなくなるやつ、一瞬だけ解除してくれません?」
「え、何? 怖」
いつぞやの殴られた時のことを思い出してるのか、さっと身を引くように警戒する五条さん。だが酔っぱらった私はニコニコしながらただ「いーからいーから」とだけしか言わない。今思えば怪しさしかないが、五条さんは納得できなさそうな顔をしつつも渋々術式を解除してくれたようだった。
「はい、切ったよ」
「んじゃ屈んでください」
「ええ……ほんとに何するの?」
でもそう言いつつも五条さんは素直に屈んでくれる。そういうところ律儀だよなーと思いつつも口には出さない。軽く屈んでくれるが、まだ私の手は五条さんの頭に届かない。身長差30センチオーバーの壁は分厚いのだ。
「もっとです。もっと屈んで」
「注文多いなあ」
「つかあんたが背ぇ高すぎなんですよ。むかつくな」
「しかも辛辣だし……ほんとなんなの」
はあ、と小さくため息をついたが、私のいう事は聞いてくれたようだ。屈むというよりは、もうほとんどしゃがむに近い気さえする。普段高い位置にある頭はすっかり私よりも低くなっていた。にま、と私の口角が吊り上がる。
「はい屈んだよー これでいい、の」
五条さんの言葉を最後まで聞くことなく、私はもす、と手を置く。
そしてそのままわしわしと頭を撫で回した。
「よーしよーし。今日もお疲れ様、悟」
酔った勢いで初めて呼ぶ下の名前までサービスしちゃう。わーい出血大サービスだぞ。毎日頑張ってえらいねえ、と言いながら頭を撫でる。口からは流れるように賞賛の言葉が零れ落ちているが、内心は「髪の毛さらっさらやん…撫で心地いいのもむかつくな」なんてことを思っていたのは内緒だよ。
さて、そろそろお顔を拝見してもいいかなー? 私は悪戯っぽく笑いながら、視線を下ろす。
「どうです? いつも見下ろしてるやつから見下ろされる気分、は……って……」
思わず声が途切れる。
そりゃそうだ。
……五条さんは予想外にも、その顔を真っ赤にしながら目を見開いて固まっていたのだから。
「え˝」
まさかの意外な表情に不覚にもドキッとする。なんだよ、その顔。悪戯のつもりだったのにこっちまで照れるじゃないか……!
アルコールも相まって顔が一気に熱くなってきた私は、慌てて手を離して矢継ぎ早に言葉をぶつける。
「と、というわけで悪戯終わり! やーいやーい引っかかった!」
わかりやすい捨て台詞残して逃げようと背を向けたところで手を掴まれた。あまりにも急に掴まれたので思わず身体がつんのめってしまう。恐る恐る振り返ると、先ほどと同じ体勢の五条さんがいる。だが表情は先ほどとは違い、にっこりと微笑んでいた。
「……もっかい」
まさかのおかわりリクエスト……だと……??
***
「……と、いうことがあってね。それで気づいたらふたり揃って私の部屋で寝てたんだ」
因みにふたりとも寝ていたのは床だ。妙に身体が痛くて起きたのを覚えている。我ながら酷い回想だなと思いながらも、私は言葉を続けた。
「私も五条さんも部屋に来るまでの途中の記憶がまったくないです。一応ふたりとも服着たままだったから事故は無いだろうけど……」
「んで起きてふたりで話し合って、誰にもバレないうちにさっさと部屋から出ようってことになったんだけど、タイミング悪く野薔薇に見つかって今に至るって訳さ」
「……」
私の話をすべてを聞き終わった釘崎ちゃんが、信じられないという顔でこちらを見ている。……うん、言いたいことはわかるよ。
「ほんと、霙さんって危機感が無いっていうかなんていうか……」
「返す言葉もございません」
ハハハと苦し紛れに笑ってみる。自分でもあの時の思考回路はヤバかったと思う。というか確定でヤバイ。
「自分も驚きましたよ。まさか寝て起きたら部屋で姉御と一緒にゴジョーが寝てるんですから」
「あれは大変だったねー 朝からパイセン大暴走しちゃうし」
今朝のやり取りを思い出して遠い目をするふたり。あーあれは確かにどったんばったん大騒ぎだったなあ。主にキューちゃんが。部屋の位置的に一部屋分離れている釘崎ちゃんが「今朝なんかうるさかったのはそのせいってわけね……」とつぶやいた。
「しばらくお酒控えたほうがいいんじゃない?」
「そうしようかなあ」
お酒は大好きでよく飲んでたけど、流石にこんな失敗は初めてだ。久しぶりの飲酒だったから思ったより回ってしまったのかもしれない。あと知らない間に疲れが溜まっていたのもあるかも。
「ほんと、次から気を付けなさいよ。今回は何も無かったからよかったものの」
「はい……」
釘崎ちゃんからの意見に私は素直に頷いた。するとそれを見ていた五条さんが笑う。
「これじゃどっちが年上かわかんないね」
「あんたが言うなあんたが」
「そうよ」
にしても、と五条さんが話を切り替える。
「霙ちゃんがここまでテクニシャンだとは思わなかったよ」
「なんか言い方に語弊があるんですけど」
「やだなあ、流れ的に頭を撫でる話に決まってるじゃん」
「そんなにですか? 別に普通かと」
「うん。なんていうか、手つきが絶妙っていうか。すっごい癒されるんだよねー」
うんうんと頷く五条さん。初めて言われたなそんなこと……。まあ誰かの頭を撫でるってそこまで積極的にやってたわけじゃないし。唐瓜くんと茄子くんと、座敷童ちゃんたちくらいかな? よくやってたのは。
「そこまで絶賛されると、ちょっと気になるわね」
「野薔薇も体験してみなよ」
「そうね。霙さん、お願いしていい?」
「いいけど……」
なんかこう改まってやると緊張するなあ。私は釘崎ちゃんに近づくとそっと手を伸ばし、するりと頭を撫でる。
「お疲れ様、野薔薇ちゃん」
ええい、釘崎ちゃんにも初めて呼ぶ下の名前サービスだ。そのせいでちょっと照れ交じりにはにかんでしまうのを自覚しつつ、よーしよーしと撫でる。釘崎ちゃんはなんだかくすぐったそうだ。
「わ、髪さらっさらだ。すごいね」
手入れの行き届いているのであろう髪の感触に驚きながら撫でる。後でヘアケア何使ってるか聞こうと心に決めていると、釘崎ちゃんが口を開く。
「……確かに、悪く無いわね。これ」
先ほどよりも幾分か表情の和らいだ様子で釘崎ちゃんが微笑む。100人中100人が惚れそうな笑みを浴びてその可愛さに昇天しそうになったけど、なんとか耐え切った私は偉い。
「思わぬ特技発見じゃない」
「そんなに?」
そこまで言われると嬉しいけどさ。釘崎ちゃんにありがとう、と言われたので撫でるのをやめた。彼女はとりあえず!と仕切り直すように話をまとめる。
「今回の件は私たちの秘密よ! この特技の件もね」
「そうしてくれると助かるよ……」
普通に他の人に知られたくないしな、こんなことがあったなんて。だが五条さんは納得がいかないようだ。
「なんでこの特技の件も秘密にするの? 別に言っちゃってよくない?」
「だって絶対先生そのままの勢いでこのことまで喋っちゃいそうだもの」
「同意しかない」
私は即座に頷いた。うん、その光景が脳内で容易に想像できる。
「信用ないなあ」
「あると思ってたんですか?」
「辛辣う!」
流石に今のは傷付くぞ!と五条さんがショックを受けたような顔をする。だけどそれしきのことで傷付くような人ではないとわかっているので私と釘崎ちゃんは華麗にスルーした。
「とにかく、その話は絶対しないでくださいよ! 特に虎杖くんの前では! もし万が一にでも宿儺さんに知られたら、私確実に殺され――」
「俺がどうかしたか?」
不意に降って湧いた声に、私はぴしりと固まる。
ぎぎぎと音が出そうなほどゆっくりと振り返ると、そこに立っていたのはまごうこと無き虎杖くんだ。その頬にはばっちり口が浮かんでいる。
「な、なな、なんで虎杖くんが、ここに」
「いやあ、釘崎にこの間借りたCD返そうと思ってさ。そんで女子寮の下でメールしようとしたら、釘崎がすげー怒鳴る声聞こえてきて。それでなんかあったのかなーと思って。まあ、流石にちょっと迷ったけど、そのー……」
あはは、と笑って誤魔化す虎杖くん。釘崎ちゃんはあちゃーと顔を抑えていた。深く追及されるのを避けるためか、虎杖くんは即座に五条さんを指さす。
「つか、そっちこそなんで先生がいるんだよ。いくら先生とはいえさ、一応女子寮だろここ」
「あー……」
私はあからさまに目を逸らす。さて、どううまく切り抜けたもんかな……。私が必死に思考を巡らせていると、その答えが出るよりも先に彼の頬の口から案の定、地を這うような低い声が聞こえてきた。
「おい小童貴様…………覚悟は出来てるんだろうな?」
「違う違う違う!!! 誤解です!!! 全くもって誤解なんですってば!!!!!」
***
……結局彼にも事情を全部話すことになってしまった。
すべてを聞いた虎杖くんはちょっと心配そうな顔をする。
「それはさすがに危機感なさ過ぎだよ霙さん。たとえ先生とはいえさぁ」
「うん、はい……」
なんか、虎杖くんに言われるの結構きついな……。叱り方がメンタルにくる感じがする。
「というか、さっきから宿儺さんがずっと黙ってるのが逆に怖いんですけど……もしかして怒ってます?」
「当たり前だ」
不機嫌さを隠すことなく宿儺さんは言う。
「お前は俺のものだぞ。だのに他の男に尻尾を振りよって」
「尻尾を振った覚えは一切ないんですけど」
つかそもそも私は宿儺さんのものでもない。勝手に記憶を改ざんするな。
だがそんなことを言っても宿儺さんの機嫌は治りそうもない。知ったこっちゃねーよって放置したいのは山々だけど、後々面倒そうだしなあ……それと虎杖くんが地味に心配。仕方ないか。はあ、と私は溜息まじりに言う。
「……わかりました。なら何したら機嫌直してくれます? なんでもとは言いませんが、善処はしますよ」
虎杖くんと私達の今後の平和のためだ。一肌脱いでやろうじゃないか。するとあからさまに虎杖くんが動揺した様子で言う。
「ちょ、霙さん大丈夫? 宿儺にそんな事言ったら」
「ま、あくまでも『善処する』だからね。明らかにヤバそうなことはしないよ」
だから無理難題を言われたら即刻突っぱねるのも可能というわけだ。一応前置きはしてるからね。
私の言葉を聞いた宿儺さんは少し考え込むように黙り込んだ後、ならばと条件を提示してきた。
「小童、その男にしたことを俺にもしろ。そうしたら許してやらんこともない」
「はぁ」
「はぁ!?」
私が詳細に理解するよりも先に、キューちゃんがものすごい勢いでキレた。だが宿儺さんは気にせず食い下がる。
「聞こえなかったか? この男にしたことを俺にもしろと言ったのだ」
「ええ……マジですか」
「当然だろう? この男にしたというのならば、俺にも同様にそれを享受する権利があるはずだ」
……とどのつまり『五条さんだけされて自分はされてないのが不満だ』と、そう言いたいわけですかね。私がそう解釈している間に宿儺さんはなおも言葉を並べ立てる。
「それともまさか、こいつに出来ることを俺には出来ないと、そんなことをぬかすわけあるまいな?」
「あー……」
「〜〜〜〜!!!!」
でもまあちょっと頭撫でるくらいで許してもらえるなら、とぼんやり思ってるとキューちゃんが勢いよく私の腕を引きながら叫ぶ。
「当然、断固拒否だ!!! ただでさえお前が姉御に言い寄っているのには我慢ならないのに……!!!! これ以上近づいてみろ!!!!! 今度こそお前を殺すぞ!!!!」
私と宿儺さんの間に割って入りながらぐるるるる、と殺意を剥き出しにして宿儺さんを睨みつける。ちょっとパイセン落ち着いて、とゴロちゃんがなだめるのも耳に入っていないようだ。面白い展開になってきた、と五条さんがぼそりとつぶやく。
そんなキューちゃんをみた宿儺さんは嘲るように言った。
「ハ、やれるものならやってみろ。落ちぶれた特級風情に何ができる」
「ンだとコラァ!!!! 表出ろやア˝ァん!!??!?!!」
「わー! キューちゃん落ち着いて!!」
暴走し始めたキューちゃんをなんとか引き留めつつ、私はなるべく冗談めかして言う。
「出来る出来ないというのはひとまず置いといて……そもそも、
そう、私が思っていたのはそれだった。
別に頭を撫でるのはこの際いいとして、そもそも現在の宿儺さんは虎杖くんの身体に時々現れる目や口でしかない。その姿で一体どう撫でろというんだろう。私は虎杖くんを撫でることで感覚共有とかを使って疑似体験でもするんだろうと勝手に思ってるんだけど。
するとしれっとした様子で宿儺さんは言う。
「小僧、一時でいいから身体を貸せ」
「まじか」
新事実に私は思わず驚いた声を漏らしてしまう。
「身体貸すとかそういうことできたんだね……知らなかった」
「まあ、一応出来るにはできるけど……」
ぽりぽり頬をかきながら虎杖くんは気まずそうに顔を逸らした。
「俺が軽率に変わったら、霙さんの貞そ……身が危険かと思って、あんまやりたくなかったんだよね」
「うーん全くもって否定しきれないのが怖い……ほんといつもありがとね……」
まさか知らないところで虎杖くんに気をつかわれてたとは……。あとでめっちゃお礼しよ。
にしても、そういうことになるならちょっと難しいかもな。てっきり感覚共有作戦だと思ってたからOKするつもりだったけど、宿儺さんが虎杖くんの身体を借りるって……絶対頭撫でるだけじゃすまないやつでしょ(確信) 猛烈に心配になってきた私と同じ考えなのか、キューちゃんも未だに根強く反対反対!と声を荒げていた。
すると五条さんが相変わらず軽薄そうな笑みを浮かべながら宿儺さんに釘をさす。
「宿儺ー 変わるのは別にいいけど、便乗してそのままどっかに行っちゃダメだからね」
「わかっている。その点については約束しよう。事が済み次第、小僧にさっさと身体を明け渡すと」
「あ、あと霙ちゃんに変なことしちゃダメだよ。一応ここ学生寮だし」
「それはこいつの態度次第だな」
「わぁ、嫌な予感しかしないやつだ」
「笑ってる場合ですか!?」
私ナチュラルに貞操の危機に晒されてんですけど!?
「というかちょいちょい忘れそうになりますけど、この人ってここじゃ結構な危険人物なんですよね? いいんですか? こんな軽率に……」
「モーマンタイって訳ではないけど、まあ相手が霙ちゃんなら宿儺もそうそう危険なことはしないでしょ」
「本当かなあ……」
何その謎の信頼……。私が思わずチベスナ顔になっていると釘崎ちゃんも便乗する。
「大丈夫じゃないの? この人基本霙さんにゲロ甘だし」
「ゲロ甘」
なんか前に伏黒くんも似たようなこと言ってたような気がするんだけど。
そんな私に対し、宿儺さんは不満げだ。
「そこまで心配か小童」
「心配以外の何物でもないでしょ、普通に」
そういうことは日頃の言動や行いを思い出してから言え。
すると宿儺さんがひとつ提案を持ち掛けてきた。
「どうしても嫌になったら耳でも鼻でもいい、俺の身体の何処かを引っ張れ。そうしたら自動的に小僧に主導権を明け渡そう」
どうだ、それなら文句あるまい。宿儺さんの言葉に、私は腕を組んで唸りながら考える。緊急用の安全装置の提案と来たか。うーん。そしてしばらくした後、ゆっくりと口を開いた。
「まあ……それなら……」
そういう最終手段があるならまだ安心かな……と私は渋々了承する。まあなんだかんだOKせざるを得ないみたいな雰囲気はあった気がするけどね。
「……言っておきますけど、マジで容赦なく引っ張りますからね私」
「ケヒヒ、構わんぞ。……ほら小僧、さっさと身体をよこせ」
「わかったよ」
そう言いながら虎杖くんは静かに目を閉じる。すると身体に入れ墨が浮かび上がった。ゆっくりと2対の目が開き、にやりと怪しく笑う。
「この姿では久しいな、小童」
「お、お久しぶりです…………」
ニコニコと微笑む宿儺さんに私はたどたどしく返事をした。おかしいな、いつも会話はし慣れてるし、そもそも顔は虎杖くんのはずなのに……。中身が入れ替わるとこうも雰囲気が変わるのか。
「なんか、昔よりめっちゃ禍々しくなってません? 腕も少ないし」
「まあ、昔と違って今の姿は所詮受肉した呪物にすぎんからな。顔も身体も小僧のものとそう変わらんし、違和感を覚えるのも無理はない」
「へ、へー……」
ならばさっそく、と上機嫌な宿儺さんは話を切り出す。
「小童の部屋に行くぞ。案内しろ」
「へ、部屋!?」
「当たり前だろう。この男もそうしたのだというのなら、俺がしない道理はない」
ケロッとした顔で言う。てっきりこの場でちゃっちゃと済ませるもんだと思ってたんですけど私。
あ、でも確かに五条さんが私の部屋に入ってたから『同じことをしろ』ってなると自然とそうなるのも頷けるか……。
「それに、久しぶりの逢瀬だ。誰にも邪魔はされたくないに決まっている」
「逢瀬ってあんたねえ……」
「いいからつべこべ言わず案内しろ」
まあこうなった以上、私に拒否権はないですよね……。仕方なく部屋に向かおうとすると、今にも泣きそうなキューちゃんが心配そうにこちらを見上げているのに気付いた。
「あ、姉御……」
「とりあえず私が行かないことには宿儺さんの機嫌も収まらなさそうだし……ちゃっちゃと言ってくるよ」
視線を合わせながら大丈夫だと言い聞かせる。キューちゃんは煮え切らない顔をしつつも了承してくれたようだった。
「何かあったら、すぐに呼んでくださいね」
「うん、わかった」
「話は終わったか」
しびれを切らしたように宿儺さんが言う。私は今までのやり取りをずっと見守っていた五条さんと釘崎ちゃんに静かに敬礼した。
「逝ってきます……」
「変換ミスってるわよ霙さん」
「午後から任務だから、それまでには帰っておいでね〜」
他人事のように言う五条さんの声を背に受けながら、私たちは部屋に入ったのだった。
***
「撫でろ」
「ほぼ脅迫じゃないですかそれ」
問答無用な物言いに、私は思わずツッコんだ。
「つかこの体勢何ですか? めちゃ恥ずかしいんですけど……」
私はベッドに腰かけており、その太ももの上に宿儺さんが左側に足を投げ出すようにして仰向けに寝転がっている。……そう、私たちは現在膝枕の体勢をしていたのだった。宿儺さんから言われるがままに仕方なくやったけど、流石に恥ずかしすぎるてこれ。すると宿儺さんはケロッとした顔で言う。
「膝枕は男の夢だろう」
「そんな夢があってたまるかってんですよ、セクハラ大魔神」
「別に構わんだろう。俺と貴様の仲だ」
「どんな仲だそれは」
「言わせるなよ」
「何を言うつもりなんだよ」
でもマジで動くつもりはなさそうだ。こういうところほんと頑固だよなこの人……。
「いいから撫でろ」
「我儘……」
なら失礼して、と私は宿儺さんの頭を撫で始めた。頭の丸みに合わせて、するすると手を滑らせる。
「ほう、なかなか上手いな」
「みんなに言われますけど、大袈裟な気がしてならないんですよね……」
「他の奴はともかく、俺が言っているんだ。誇っていいぞ」
「はあ」
そんなに誇る事でもない気がしますけどねえ。なんだか視線を合わせるのが辛くて、短く切りそろえられた髪の感触になるべく意識を向けるようにしていると、宿儺さんがここぞとばかりに釘をさしてくる。
「今後はもう二度と他の男に媚は売るなよ」
「そもそも売った覚えがないんですけど」
「無自覚とは質が悪いな。いいか、男は皆捕食者だ。それを肝に銘じておけ」
「それをあんたが言うか」
「俺はいいんだ」
「なんでだよ」
なぜ捕食者筆頭の自分自身を真っ先に棚に上げるんだ。言いたいことはわかるが、あまりにも説得力がなさすぎる。
「っ!?」
すると不意に、宿儺さんが私の空いた左手に触れてきた。手のひらを揉むように握ってきたかと思えば、そのままするりと指と指を絡ませて握る。いわゆる恋人つなぎ的なやつだ。驚いた私は咄嗟に声を荒げる。
「なっ……! 何すんですか!」
「なんだ、手に触れられたくらいで大袈裟な」
「いきなり触られたら誰だってびっくりしますよ!」
というかそもそも何勝手に触ってるんだあんた。私が多少顔を赤くしながらじろりと睨みつけると、宿儺さんは手を握る力を多少強めながら言う。
「貴様にこうして触れられるのも1000年ぶりなんだ。触りたくなるに決まっているだろう」
「……」
「それに、次いつこんな機会があるかもわからんのだ。その時まで、触り納めというやつよ」
なるべく早いうちにするつもりではあるがな、と宿儺さんは悪そうな笑みを浮かべる。宿儺さん、そうやってちょっといい話っぽく言えば許されると思ってない? まあ、仕方ないから今回は見逃すけども……。
「おい、手が止まってるぞ? 誰が勝手に手を止めていいと言った。もっとだ」
つい手に気を取られたせいで頭を撫でるのが止まっていたのを宿儺さんは目ざとく指摘する。元はといえばあんたが急に手を握ってきたせいなんですけどね。内心そう思いつつも口には出さない。はいはいと言いながら手を動かすのを再開する。宿儺さんは満足げに目を細めた。
「……そう、そのまま。しばらく続けていろ」
「しばらくとは」
「俺が満足するまでだ」
「それがいつかってのが一番知りたいんですけど……」
「五月蠅い。黙って手を動かせ」
我儘だなあ、ほんとに。
しばらくそうやって他愛もない会話をしながら宿儺さんの頭を撫でていると、不意に宿儺さんが口を開く。
「見上げる行為は嫌いだが、これに限っては貴様の顔を見上げるのも悪くはないな」
「そーですか、それはよかった」
まあ私は全然良くないけどな。宿儺さんこの距離で容赦なくずっとこっちガン見してくるから、ぶっちゃけどこ見たらいいかわかんないんだよね。お願いだからちょっとは目を逸らしてくれ。すると私の心を見透かしたように宿儺さんは楽しそうに口角を上げた。
「なんだ小童、目を逸らすな。こっちを見ろ」
「流石に恥ずかしいんですけど……」
「照れているのか? なら尚更だ。もっと良く見せろ」
「悪趣味!!」
私の叫びにヒヒ、と細く笑う宿儺さん。ほんとこいつは……と思っていると、空いたもう片方の手でするりと頬を撫でられる。びっくりして思わずそっちを見ると、宿儺さんが怪しく笑っていた。
「お前は弱った顔が一番そそるからな、虐めがいがあるというものよ」
「! なっ……!!!」
ぶわ、と顔が赤くなるのがわかる。なんてこと言うんだあんたは……!! よく恥ずかしげもなくそんなこと言えるな!! むすっとした顔で目を逸らす私を見てか、また楽しげに笑った。
「そんなことするならもうやめますよ!!!」
「わかったわかった。もうしない。だから止めるな」
潔く頬から離れた手にはあ、とため息をつく私。そうしてまた撫でるのを再開する。でもほんと、こうしてみると髪の毛短くてちょっと太めな毛質もあって犬でも撫でてる気分だな。撫でろ撫でろと催促してくる犬……うん、そう思ったらちょっと可愛く思えてきたぞ。するとムッとした顔で宿儺さんが言う。
「小童、考え事か? 何を考えている」
「別に何も考えてませんよ」
「本当か?」
あっぶね、バレるかと思った。
***
しばらく撫でていると、だんだん宿儺さんの口数が少なくなってきた。おや?と思っていると、宿儺さんがこちら側に顔を向けるようにごろりと寝返りを打つ。え、まさかのこっち向き? 流石にこっち側に顔があるのはちょっと……と思いつつ、控えめに声をかける。
「……宿儺さん?」
「……」
返事がない。そっと顔を見てみるとすっかり瞼を下ろしていた。まさかのご就寝か?これは。
「ええ……」
私は思わず目を細めた。一応まだ後頭部辺りを撫でてはいるけど、一体いつまで続ければいいんだこれ。勝手に止めて実は狸寝入りでしたーとか言われて怒られたくは無いし、あと5分くらいして何も言われなかったら耳引っ張ろ。そうしよう。私はちらりと時計を確認しながら心に決める。よーし、終わりが見えてきたらちょっとやる気出てきたぞ。にしてもだんだん足痺れてきたな……こればっかりはどうしようもならんわ。
「……ぇ」
「ん?」
寝言、かな? へえ、この人も寝言なんて言うのか……。結構意外。あ、いやでもこれがもし寝言じゃなかったらどうしよう。無視するなって怒られたくはないな。一応声かけとくか。
「宿儺さ……」
「みぞれ」
「!」
――どくん!
静かに心臓が跳ねる。私は思わず目を見開いたまましばらく固まってしまった。
「(名前、初めて呼ばれた……かも)」
彼の口から告げられた言葉を再認識しながら思う。そういえばいつも小童としか呼ばれてなかったな。確か前にいい加減呼び方変えろとは言いましたけども、不意打ちはちょっと、心臓に悪いというかなんというか。にしてもなんか、ちょっと舌足らずな話し方だけど……まさか本当に寝てる? 寝たふりだったりしない??
「みぞれ、……」
「うぉっ……!?」
ふと繋いでいた手が離れたかと思うと、そのまま腰辺りに抱きつくように両手を回された。思わず大きな声が出そうだったので咄嗟に手で押さえる。
「(え、え、え、ちょ、何? 何!? どうしたの?!??)」
さっきとは比べ物にならないくらい鼓動が早まる。いやマジで、どうしたらいいんだこれ。バクバクと五月蠅い心臓に戸惑いながらも、私は目の前の彼に声をかけた。
「あの、」
「――いくな」
ぽつりと、彼の口から言葉が零れ落ちる。
「もう、どこにもいくな、…ここに、いろ……」
普段からは考えられないほど細く、弱々しい声だった。
それは地獄で聞いたものよりも演技じみてないというか、どこか本心めいて聞こえたのは、私の考えすぎだろうか。どうしたらいいかわからず、震える声で彼の名前を呼ぶ。
「す、くな、さ」
「……」
返事がない。ただ静かな寝息が聞こえるだけだ。今度こそ本当に眠ったらしい。
たったひとり残された私はといえば、五月蠅い心臓を少しでも落ち着けようと呼吸を整えるので精一杯だった。静かな部屋を、彼の穏やかな寝息と私の高鳴る心臓の音が支配している。
こんなの、ただの寝言だ。意味なんてきっと無いし、こんなこと当の本人だってどうせ覚えていやしない。起きたらケロッとした顔で、何事もなかったかのようにまた私にちょっかいを出してくるに決まってる。そうだ、そうに違いない。
……そう頭でわかっていても、私自身が割り切れるかどうかは別の話だ。
「本当に、この人は……」
私は空いた手で思わず顔を抑える。
――ああ、顔が熱い。
***
【その後】
「……ん? うわあ!?!??! 霙さん!!??!」
「おはよう虎杖くん」
「お、おはよ……って、ここ霙さんの部屋……?」
「うん、そうだよ」
「だ、大丈夫だった?? 俺結局何もわかんなかったんだけど、宿儺になんかされなかった??」
「うん。大丈夫。何もなかったから、心配無いよ」
「……霙さん?」
「うん?」
「なんか顔赤くない?」
「!!!!!!」
うっかり最強のハートまでキャッチしかけた鬼獄卒
→新たな特技を発見したのはいいが、その代償がでかすぎる。酔った勢いで思いついた悪戯なんて容易にやるもんじゃないなと今回でよ〜〜〜〜くわかった。肝に銘じた。本当にもう2度と軽率にこんなことはしねえ……。だがしかし、終盤の展開では何やら心境の変化のようなものが多少あった模様。おや? 鬼獄卒の様子が……??
ちゃっかりハートキャッチされかかった()最強
→急に醸し出される圧倒的年上オーラに、悪ノリという名の甘えが止まらない(既に手遅れ感) 霙を宿儺のストッパーとして完全に信頼している節がある。そんなんで大丈夫かほんとに。今後は疲れたときにはセラピスト霙を召喚しようと密かに画策中。
1000年前からしっかりハートキャッチされ済の呪いの王
→おい小童、浮気は許さんからな?(ガチギレ)(領域展開) けど後半のセラピーのおかげでなんとか機嫌を持ち直したらしい。絶景かな絶景かな。でも気づいたら夢の中にいたのは完全に計算外。そして途中の寝言も計算外だし、案の定覚えていない。一番惜しいことをした説。
なんだかんだ大丈夫だろうと思ってるクラスメイト
→女子寮に五条が出たときは割とマジでブチ切れてたのでピコピコハンマーじゃなくガチ金槌を持っていた。術式で当たらないとはいえ、言い訳が間に合って命拾いしたね! じつは密かに霙セラピーの虜になった説ある。確かにアレは癒されるわ。
気が気でない呪霊コンビ
→ゴロちゃんもそれなりに心配なんだけど、キューちゃんの取り乱し様を見て「これは騒いでる場合じゃねえな」ってスンってなった。自分より酔ってる人を見ると酔いがさめるタイプ。キューちゃんは殺意マシマシなのはいいけどちょっと落ち着こうねー
気が気でない器くん
→中にいる間は宿儺が霙に何をしたか結局一切知らされなかった。大丈夫? 本当に何もなかった?? マジで俺心配なんだけど!!!
次回、「この世で一番不毛な争い、勃発」
お楽しみに!