宿儺さんこの人をなんとかするために現世に残って高専に行くのは、100歩譲ってわかりました。でも、あの……とりあえず上司に報告だけでもさせてくれませんか?」

 私はそっと挙手しながら苦し紛れに提案した。

「帰ってこないし連絡もとれないしでずっと心配かけるのもいやなんですよ! 500年もお世話になった方だし!」
「あーまあ、そう思うのもしかたないか」

 こー見えて社会人だもんねえ、と五条さんは言う。こう見えてってなんだこう見えてって。言っとくけど、あんたの恰好の方がどう考えても社会人に見えないからな??

「というか真っ先に出てくる相手が上司って……君、親はいないの?」
「いましたけど今はいません。転生したので」
「転生?」

 私の口から飛び出た言葉があまり聞きなれないものだったのか、伏黒くんが不思議そうに反芻した。

「うん。私の両親ふたりとも元々人間なの。だからランダム転生で現世に人間として輪廻転生してるよ」
「……人間が、鬼になるんですか」
「昔は結構多かったらしいよ。火葬って文化がなかった頃は尚更ね」

 放置された遺体に鬼火が潜り込んで鬼になっちゃったーってやつだ。最近は火葬されるから流石に減ってきてはいるけどね。でもゼロではないんだなあこれが。すると子どもたちが気まずそうに互いに目を見合わせているのに気づいてしまった。

「あーそんなしんみりしなくてもいいよ。もう50年以上も前だし。今も元気に別の人生を生きてるのは知ってるからさ」

 私は明るく笑って言った。以前に一度だけ浄玻璃の鏡を使って現世の転生した両親の姿を見せてもらった時のことを思い出す。今世で両親は性別が逆になり、しかも双子の姉弟という関係性のようだ。姿かたちは違えど仲睦まじい様子を見てとても安心したと同時に、「本当にいなくなったんだ」という喪失感を味わったのは、何十年も前の事なのに鮮明に記憶している。……けどまあ、今はそんな場合じゃない。

「あとできればこれから現世に住むにあたって必要なものを色々持ってきたいんですけど……生活必需品とか、ホモサピエンス擬態薬とか」
「何それ? 擬態薬?」
「簡単に言えば、眠気と引き換えに1時間だけ人間になれる薬です。めっちゃ高いですけど」
「へー! そんな薬があるんだ」
「これがないと流石に困るでしょ、鬼が現世で生きるんだったら」

 不思議なものがあるんだなと興味津々な虎杖くん。そんな彼の手の甲に浮かぶ宿儺さんに私は思い切り頭を下げた。

「だから一瞬だけ!! 帰らせてくれませんか!? 絶対戻って来るんで!!! 約束するんで!!!」

 お願いします!!!!とテーブルに頭を擦り付けん勢いで彼の返事を待つ。宿儺さんは仕方がないなと溜息をついた。

「わかった。いいぞ」
「!」
「ただし条件がある。俺も一緒に連れていけ」
「え」

 予想外の返答に上げた顔が固まった。意外そうに宿儺さんは続ける。

「なんだ? 当然のことだろう。貴様がそのまま逃げるかもしれん以上、こうして一緒に行くのが一番安全だというわけだ」
「あー、まーそっか、それもそうですね。仕方ないか……」

 彼の言うことも一理あるなと思った私は渋々了承した。鬼灯様に怒られるかなあ、と思っていると、虎杖くんが少々心配そうに尋ねてくる。

「でも俺、地獄に行って大丈夫? そのまま死んじゃわない?」
「その点は大丈夫だよ。生者が地獄に迷い込んじゃうのは昔は割とあったからさ。何事もなく帰って来さえすれば問題ナシ」

 私の返答を聞いてちょっと安心した様子の虎杖くん。危険がないとわかったからか、次第に他のメンバーもだんだん乗り気になってきたようだった。

「僕も興味あるなあ、地獄がどんな場所なのか」
「ま、虎杖ひとりにするのも心もとないしな」
「そうね。どうせなら私も見てみたいわ」

 全員の意見が一致したようだ。きらりと顔を輝かせた五条さんがよーし!と人差し指を立てる。

「呪術高専1年! 地獄体験ツアー、行ってみよっか!」
「なんであんたが仕切ってんの??」

 私の心からのツッコミだった。


***


 会計を済ませて5人でレストランを出る。外はすっかり夜になっていた。きらきらと明るい夜の現世をこの目で見るのは初めてで、思わず見とれてしまう。するとそんな私を現実に引き戻すかのように五条さんが訊ねる。

「じゃあ早速行きたいところだけど……どうやって行くの?」
「そうですね……でもその前にとりあえず、上司に連絡していいですか? いきなり生きた人間あの世に連れてきたら流石のあの鬼神も卒倒しちゃう」
「ま、アポは大事だよね」

 携帯を取り出しながら虎杖くんの方を見る。虎杖くんは察したかのように宿儺さんに話しかけた。

「じゃー宿儺、一瞬だけ解いてくれよ」
「仕方がないな。小僧、小童の手を捕まえていろ。一時だけ術を解いてやる」
「ほいほい」

 ぱし、と手首を掴まれる。途端に携帯の電波が復活した。マジでどんな仕組みなんだこれ……と思いつつ携帯を操作し、鬼灯様の番号を呼び出す。発進ボタンをタップして耳に当てた。1コール、2コール。ドキドキしながら呼び出し音を聞いている。ぷつんと音がして低く特徴的な声がスピーカーから流れてきた。

『……はい、鬼灯です』
「鬼灯様? お疲れ様です、霙です。今お電話大丈夫ですか?」
『大丈夫ですが、どうかされました? 貴方確か今日明日は休暇をとっていましたよね?』
「あーそれが色々ありまして、その」

 あー怖い! マジで言いたくない! でもだからといってここで切るわけにもいかないので、意を決して端的に状況を伝えた。

「……今から生者4人連れて地獄に向かいます」
『……なんですって?』

 びく!と思わず肩が跳ねる。今ここに居ないのに思い切り正面から睨まれたような気持になった。冷汗をかきながら慌てて早口に言葉を並べる。

「本当に申し訳ありません!! 不可抗力なんです!! とにかく全部そっち行ってから説明するんで!! それじゃ!!!」

 ばっと通話を勢いに任せて切り、そしてそのまま電源まで切る。はー、と息を吐いた。

「マジでこわかった……たった一言で殺されるかと思った…………」
「お疲れ、霙ちゃん」
「社会人って色々大変なんだな……」

 どっと疲労感が増した私を見てちょっとだけ表情が強張る子どもたち。ちょっと怯えさせすぎたかな。安心してね、この上司が特殊なだけだよ。
 さて、と気を取り直したように私は息を吐いた。

「一応連絡もしたことですし。……今度こそ行きましょっか、地獄」


***


「とりあえず森歩いてれば着くには着くんですけど、今日は急いでるしこっちにします」

 そう言って私が案内したのは何の変哲もない住宅街だ。こんなところにあの世への入り口があるとは思わないだろう。現に4人も「ここに?」みたいな顔をしている。そこである建物――一見普通のビルに見える――に辿り着いたところで、私は何の躊躇いもなく両開きの入り口に手を掛けた。

 ――開くとそこには、とても長ーい廊下が続いていた。

 建物の奥行きと釣り合わない長さをしている廊下の天井は高く、全体的に薄暗いせいかどこか独特な雰囲気を放っている。
 急に変わった景色に、4人は流石に驚いたようだった。あの五条さんですら言葉を失っている。

「……驚いたな。まさかこんな所にあるとは」
「現世の人は普通気づきませんからね。ほらよく言うでしょ、『奇妙な世界へ通じる扉は、あなたのすぐ傍に開いています』って」
「それどんな『〇にも〇妙な〇語』?」

 さー行きましょうと言って私が先導する。4人は興味深そうに歩きながらも周りをキョロキョロと興味深そうに観察していた。柱に取り付けられた目玉型の監視カメラがぎょろりと動くのに驚きながら「というか」と虎杖くんが私に話しかける。

「霙さん『〇にも〇妙な〇語』知ってんだね」
「現世の番組は地獄でもCSにすれば見れるからねー」
「地獄に衛星放送……??」
「細かいこと気にしたら負けだよ恵」

 微妙な顔をする伏黒くんに五条さんが静かに言い聞かせた。まあ私もそれは「なんで?」と思ってるから聞かれても詳しくは答えられないんだけどさ。
 しばらく歩いていたら遠くの方に門番のふたりが見えた。彼女らはこちらに気付くと、ぱっと顔を輝かせて話しかけてくる。

「あら! 霙さんじゃなァい!」
「現世観光はもういいの?」
「はい。ちょっと訳アリで」

 可愛らしい声で話しかけてくるふたりに慣れたように答える私と、すっかり固まる子どもたち。それもそうだろう、彼女ら……牛頭さんと馬頭さんは2足歩行する牛と馬の姿をしており、その上見上げるほどの巨体の持ち主なのだから。
 この中で一番素直な虎杖くんが目を見開いて率直な感想を叫んだ。

「でっか!!!」
「ちょ、虎杖!!」
「あーすみません牛頭さん馬頭さん。彼ら初めてあの世に来たので、テンション上がってて」

 思い切り釘崎ちゃんにはたかれる虎杖くんを横目に私はふたりに謝った。別にいいわよォと許してくれた二人に感謝していると、驚いたように五条さんが尋ねる。

「え、これが牛頭馬頭? あの地獄の門番の??」
「そうよォ」

 ふたりは同時にきらりと目を輝かせた。

「「アタシ達が地獄の門番! 牛頭と馬頭!」」

 息ぴったりにその場でくるくる回って決めポーズをしてみせる。見事に決まったそれを見ておおーっと思わず拍手する子どもたち+五条さん。

「にしてもこの子たちまだ生きてるわよね?」
「どうかしたの〜?」
「話せば長いことながら……とりあえず色々説明するために鬼灯様に会いに来たんです」

 私のはっきりとしない返答にもかかわらず、ふたりは納得してくれたようだった。本当にありがとう、今度おやつの牧草ロール差し入れしますね……!!

「気を付けてねェ」
「はーい」

 ふたりに手を振って、いよいよ閻魔殿へ入る。門をくぐって建物内に入った途端、ぴくりと五条さんが反応する。

「思った通り、呪力量が桁違いだねここは」
「あ、もし体調悪くなったら早めに言ってくださいね」
「はーい先生」
「先生はあんただろ」

 閻魔庁内を歩きながら鬼灯様のいるであろう執務室を目指す。夜ということもあってそこまで混みあってはいないが、すれ違う全員が一度はこちらを見ることに虎杖くんは少し気まずそうだ。

「すっげー見られてんな俺たち」
「当たり前でしょ、あの世に生きてる人間が来てるんだもの」

 そんな当たり前のことを、とばかりに釘崎ちゃんが悪態をついた。にしても、と伏黒くんが周りを見ながら言う。

「本当に鬼が働いてるんだな、地獄って」
「おう。しかもちらほら妖怪っぽいのもいるしな。どんなやつだろう」
「確かにこんなのに囲まれて生きてたら、初対面の宿儺を怖がらないのも頷けるかもね」

 それぞれの感想を述べる男子チーム。記録課の前を通り過ぎながら私が補足する。

「ここは閻魔庁ですからね。刑場がある分、夜でも働いてる獄卒が比較的多いんですよ」
「はい! 霙さん質問!」
「何かな虎杖くん」

 元気よく手を上げた虎杖くんに話をふる。

「ずっと思ってたんだけど、その閻魔庁って何?」
「なるほど、そういえば説明してなかったね」

 獄卒の中では基礎中の基礎だからすっかり知ってる前提で話してたわ。

「人間は死んだら地獄で十王の裁判を受けるの。十王っていう名前の通り10人の王……つまりあの世の裁判長がそれぞれの分野で亡者の罪の重さをはかるのね」
「死後裁判ってホントにあるんですね……っていうか10回もするんですか」
「そう。初七日から始まって、全部終わるのが三回忌。まあ後半は再審だから、厳密に言えば四十九日で終わるのがほとんどだけどね」

 ふんふんと興味深そうに聞く伏黒くん。他の3人も同様に耳を傾けている。第2資料室を通り過ぎ、突き当りの丁字路を右へ。

「それで、その十王のうちの5番目。閻魔大王が法廷を執り行うのがここ、閻魔庁ってわけ」
「なるほど……ってことは今から俺たち、閻魔大王様に会うかもしれねーってこと!?」
「残念だけど閻魔大王はこの時間はもう寝てるよ。裁判は昼間にやるからね」
「そうなんだ」

 ちょっとだけ残念そうな虎杖くん。まー現世じゃ有名人だもんね、閻魔大王。会いたい気持ちもわかるよ。

「その代わりといってはなんだけど、閻魔大王の第一補佐官には会うよ」
「第一補佐官……」

 どんな人なんだろう……と想像しているであろう子どもたちに、私は気まずい顔をしながら現実を突き付ける。

「というか、それが何を隠そう、さっき私が電話してた上司なんだけどね」
「「「え」」」

 ピシリと固まる3人。その気まずそうな顔にはめちゃめちゃ怖い人じゃん……と書いてある。わかりやすくて可愛いな。
 そうこうしているうちに執務室に辿り着いた。普段はそこまで緊張しないのに、内容が内容だからだろうか。めちゃめちゃ緊張する。

「初めは私ひとりで行くから、合図したら入っていいからね」

 私の言葉に4人は頷いた。私は執務室の扉に向き直ると、大きく深呼吸してから3回ノックする。

「どうぞ」
「失礼しま……っ!?」

 部屋に入った途端、その機嫌の悪そうな顔に思わず身が縮む思いがした。目の下のクマが酷い……お疲れなところに面倒事持ち込んじゃったって訳か……。これはお説教コースだぞと内心苦笑しながら恐る恐る話しかける。

「ほ、鬼灯様、あの」
「……ああ、すみません。寝不足だったもので、つい」

 目を擦るとちょっと雰囲気が和らいだ気がした。でも正直まだバチバチに怖い。目で人が殺せそうな勢いだ。大丈夫かなこれ。

「それで? あの電話は一体なんだったんです」
「話をする前に、彼らを部屋に入れていいですか」
「電話で言っていた例の生者ですね。いいですよ。詳しく話を聞きたいですし」

 私は彼らにちょいちょい手招きして合図を送る。それを見た彼らは意を決して、といった風に部屋に足を踏み入れた。

「は、初めまして!! 虎杖悠仁です!」
「伏黒恵、と申します」
「くく、釘崎野薔薇です!!」
「どうもこんばんわ。五条悟です」

 前情報のせいで若干緊張気味な子どもたちと、(さっきよりは)比較的真面目な雰囲気の五条さん。そして彼らを見てびたりと固まる鬼灯様。え、どういう感情の顔? と私が思ったのもつかの間。くわ!と般若のような顔になって鬼灯様が叫んだ。

主人公たち彼らを連れてきたなら最初からそう言ってくださいよ!!!!!!!!!!」
「声でっか!!! え、急に何???」
「皆さん!!! 現世からのお客様です!!! 日本地獄の誇りにかけて、存分におもてなしして差し上げて!!!!!!!」
「ちょ!?? いーですからそんなに盛大にしなくても!!!! 鬼灯様落ち着いて!!!!」


***


「なるほど、それで彼が諦めない限りあの世に帰れないから一時的に休職したいと」
「そういうことです……」

 げっそりとした顔で私は言う。なんとか鬼灯様を落ち着けてから、全員で座れる接待用の場所に移動したけど……うん。ほんと、疲れた……今が一番エネルギー使った気がする……。そんな私を他所に、先ほどよりも比較的平静を取り戻したらしい鬼灯様が続けて言う。

「そういった事情なら仕方ありませんね。わかりました。私の方から手続きは済ませておきます」
「すみませんお忙しいのに……ほんとにありがとうございます」

 それに関しては本当に感謝しかない。素直にぺこりと頭を下げる。ところで、と鬼灯様は思い出したかのように言った。

「祝言はいつ上げるんです?」
「ちょっと鬼灯様!? ナチュラルに受け入れないで引き留めて!?! あと祝言っていつの時代ですか!!!!」
「失礼しました。ご祝儀はいくら包みましょうか」
「あー悩みますよね〜 一般的には割り切れないから3万円が妥当だとか言いますけど……って違う!!!!」

 だあん!とテーブルを叩く。だが当の方人は涼しい顔だ。畜生、能面みたいな顔して……。これは完全に面白がるモードに入ったな!? 厄介だなこの闇鬼神!!!

「なにこの漫才……」
「俺たちは一体何を見せられてんだ?」
「長年の上司部下だけあって息ぴったりね」

 困惑気味の表情でひそひそ話す子どもたちの横でニヤニヤと笑いを堪えているの五条さん。マジでムカつくなこの人……ぶっ飛ばしてやりてぇ……。

「おい、そこの鬼」

 不意に今まで黙っていた宿儺さんが口を開く。少し不機嫌そうな口調だった。急に虎杖くんの手の甲に現れた口に鬼灯様は驚くこともせずに「彼ですか」と言うのみ。すると宿儺さんはほとんど殺意に近い敵意を混めて鬼灯様に言い放った。

「わかっていると思うがこれは俺のだ。手を出すなよ」
「急にそんな少女漫画の俺様系みたいなこと言われても……」
「はい、ご自由にどうぞ。不束者ですがよろしくお願いします」
「そんで鬼灯様はもうちょっと躊躇って!! なんで熨斗付けて送り出そうとしてるんです!!?!」

 これじゃ休職が寿退社になっちゃうでしょ!!! ほんとなんでそんなに私が彼とくっつくことに積極的なんだよあんたは!!! 思わぬ対応に愕然としていると鬼灯様が「まあでも」と腕を組んだ。

「なんだかんだ言って、霙さんもいい年ですからね」
「うぐ……それはまったくもって否定できねえ……」
「言い寄ってくれる人がいるうちはいいですよ。ただそうやって選り好みして、いつかぱたっとなくなった時に後悔しても知りませんからね」
「あー! あー!!! そうやって現実突きつけてくるのやめてください!!! あんたは実家のオカンか!!!!」
「いえ、あなたの上司です」

 的確に痛いところをついてくる鬼灯様にうう、と顔をしかめる私。鬼灯様は尚も涼し気な顔のまま続けた。

「生きた人間相手ならちょっと苦言を呈しましたが、相手は人外でしょう? なら何も問題は」
「ありますからね!?!? 別世界の人外なので!! 問題しかない!!!!」
「そこはほら、愛に障害はつきものってことで」
「障害しかないんですが!?!?」

 がっくりと項垂れる私。この鬼上司が止めてくれるなんて一ミリでも考えた私が甘かったんだな。今のやりとりがツボに入ったらしい五条さんがヒーヒーと苦しそうに口元を抑えて震えている。いっそ笑いすぎて腹筋つればいいのに。

「鬼灯様なら止めてくれると思ったのに……」
「なんだ。止めて欲しかったんですか?」
「そらそうでしょ!? 1000年前に一度しか会ったことのない口だけの人(本当の意味で)から求婚されたうえに、OKしてないのに地獄帰るな連絡とるなって束縛されてんですよ!?!? こう、うちの部下に何してくれとんじゃい的な?感じでガツンと言ってくれるかとちょっとだけ期待したのに……」

 ちらりと表情を窺う。……うん。全然そんなことなかったわ。すっかり面白がってるやつだわコレ……。
 すると不意に宿儺さんが「おい小童」と話しかけてきた。つい怒りに任せてキッとそちらへ鋭い視線を向ける。

「なんですか元凶!!」
「さっきから黙って聞いていれば何だ、」



「…………そんなに、俺が嫌いか」



 聞いたこともないような弱々しい声。さながら叱られた子犬のごときその寂しげな声色に、私は思わずハッとする。
 あ、う、とあからさまに動揺しながら、なんとか言葉を選んで返答した。

「きらっ……い、では、ない……けどぉ!!!!!!!!」
「なら良いだろう。何も問題はあるまい」
「よくない!!! それとこれとは話が別!!!!」
「なんだ。素直じゃない奴だな」
「失礼ですね!!!! これが私の本心ですーーー!!!!」

 羞恥で顔が若干熱くなるのを感じながらぎゃん!と叫んだ。宿儺さんはどこ吹く風でケタケタと笑っている。それを見ていた鬼灯様といえば、ぱちぱちと手を叩きながら「どうぞ末永くお幸せに」と言い始める始末だ。くっそう……他人事だと思いやがって……。

「……霙さんって、びっくりするくらいチョロいんだな」

 流石に今のに引っかかるのはやばいわ、と虎杖くんが言う。周りの3人も同意するとばかりにうんうんと深く頷いた。それに関してはわりと自覚してるから痛いところつくのはやめてくれ……。作戦だったとしてもそういう弱ったところを見せられると身体がうずいちゃうんだよ……。
 すると鬼灯様が不意に思い出したかのように尋ねる。

「ん? ということは霙さん。あなた現世で呪術師を目指すんですか」
「あーまー、はい。一時的にですけど……どうかしました?」
「いえ、お似合いだと思いまして」
「お似合いィ?」

 何言うんだ急に、と私は首をかしげる。成り行きで目指すことになった呪術師がお似合いって、どういうことだろう。
 すると鬼灯様が意外な一言を放った。

「あなた呪術師の才能ありますよ」
「え?」

 恐らくですけど、と付け加えはしたもののほとんど確信に満ちたその言葉に、私は思わず間抜けな顔になってしまう。今の言葉は流石に聞き流せなかったらしい五条さんが笑うのをやめて鬼灯様の方へ注目した。私は心底不思議に思いながら尋ねる。

「なんで鬼灯様がそんなことわかるんですか」
「……霙さん、あなたご両親からなにも伺っていないんですか」
「え? 何もって……何を?」
「なるほど。何も聞いてないんですね」

 一体何の話をしているのかわからない、といった私の顔を見た鬼灯様は少し考える素振りをして、再び口を開いた。

「まあ、それはいずれおわかりになるかと」
「ええ……なんで勿体ぶるの……??」

 今教えてくれればいいのに……。困惑しながらそうつぶやく私を他所に、鬼灯様は五条さんへ言った。

「五条さん。現世にいる間、彼女を是非鍛えてやってください。覚えは割といい方ではあるんですが、マジで難解すぎると全部放り投げて力技で解決しようとする脳k……不器用さんなので、その点は気を付けて」
「鬼灯様今脳筋って言いかけませんでした?」

 私のツッコミも空しく、鬼灯様に完全スルーされてしまう。あなた私のことそんな風に思ってたん??? 驚愕する私を他所に五条さんが「了解、任されました〜」と軽薄そうに言った。

「というか鬼灯様、よく五条さんが責任者だってわかりましたね。こんな格好なのに」
「え、ひど」
「この中で1人だけ大人なんですから分かりますよ、流石に」

 ……ま、それもそうか。成人済みってことは外見からもわかるもんな。
 あっさり納得した私は頃合いだろうかと椅子を引いて立ち上がる。

「んじゃ、とりあえず私は現世に行く用の荷物整理してきます。なのでこの4人のことお願いしてもいいですか? どっか簡単に観光的な」

 観光、という言葉に子どもたちの目がちょっとだけ輝く。……五条さんも輝いてます感を出してるけど、いかんせんその目隠しのせいで何もわからん。
 だが私のお願いに鬼灯様は少々苦い顔をしながら腕を組んだ。

「頼まれたいのは山々ですが、観光……見るとこあります?」
「……あー確かに」
「出た、地元民あるある」
「流石に地獄でそれを聞くとは思わなかったわ」

 五条さんと釘崎ちゃんの言うこともわかるけど、こっちにはわりとちゃんとした理由があるんだよ。ぽりぽり頬をかきながら私は説明した。

「だって景色が〜っていっても刑場なんて現世の人にはハードルの高い血みどろグロッキーばっかりだし、地獄珍味〜っていってもご飯食べられないし」
「あーそっか、『よもつへぐい』」
「そうです」

 納得したように言う五条さんに、虎杖くんがなにそれ?と質問する。

「あの世の食べ物を食べたらもう現世には戻れないっていうアレだよ」
「うわー 確かにそれは困る」
「昼だったら裁判の傍聴とかやりようはあったんでしょうけど、夜ですしね」

 どうしようかな、と悩む私に鬼灯様が提案した。

「じゃあ簡単に閻魔庁の中を案内しましょうか。それくらいなら問題ないでしょう」
「わかりました。すぐ戻りますんで宜しくお願い致します!」
「はい任されました」

 ぺこりと頭を下げてから私は急いで自身の部屋へと向かった。


***


 1時間ほどかけて一通り荷物をまとめることができた。
 一緒に詰めてしまおうと一度部屋を出て薬品保管庫に行き、ホモサピエンス擬態薬を数本購入したおかげで少し時間がかかってしまった。

「それじゃあお願いね」
「きゅ!」

 まとめ終えた荷物を早速キューちゃんに持ってもらう。一度オ〇ムもどきの姿になって金棒と同じ要領でぱくりと呑み込み、そのまましゅんしゅんと手のひらクラゲにフォルムチェンジした。……その一連の流れを見て、マジでその仕組みが気になりつつも今は先を急ぐことにする。

「さて、みんなどこにいるかな」

 早めに見つかるといいなあ、なんてつぶやきながら閻魔庁内を歩く。途中ですれ違う同僚たちに尋ねながら探していると、意外と早く見つかった。執務室付近でまとまっている5人組を見つけて早速声をかける。

「お待たせしました!」
「早かったですね。私たちもちょうど一周してきたところでしたが、もうよろしいのですか」
「夜も遅いし、あんまり長居するのも良くないと思って……」

 困ったように言う。みんな楽しんでました?と問いかけると、無言でそっと彼らの方を指し示された。

「いやー地獄であんなに金魚を見るとは思わなかったよ、俺」
「そうね。走り回る座敷童ちゃんもちょっと怖かったけど可愛かったし」
「特級呪具に匹敵しそうな拷問器具がずらっと並んでるの見たときは流石地獄って気持ちになったな。あと蜘蛛の糸って実話だったんだなって」
「見てみてこれ、見たらラッキーになれる石川五右衛門。写真取れちゃった〜」
「あ! 先生ずりー!」

 見つけたなら言ってよ!と不満そうな虎杖くん。わいわいとはしゃいでいる彼らの様子を見て私は素直に感想を述べた。

「めっちゃ満喫してますね」
「なら案内した甲斐があったというものです」

 鬼灯様はなんだか誇らしげだった。そんなに彼らを案内できたのが嬉しかったのか……。
 本来の目的は終わったので私たちは早めに現世に戻ることになった。あの世とこの世の堺まで鬼灯様が見送ってくれたのできちんと挨拶をする。

「鬼灯様、それじゃそろそろ行きますね」
「はい、お気をつけて。彼とお幸せに」
「だからそれやめてくださいよ……」

 困ったように笑う。真面目な顔で言われると現実になりそうな感じがして寒気がするんだよなあ……。

「すぐ帰って来るんで! 鬼灯様も無理しないでくださいよ!!」
「はいはい」

 そう言って私は故郷を後にした。

「……すぐ、ねえ」

 私を見送る鬼灯様がぽつりとつぶやいたのは、結局私の耳には届かなかった。


***


【後日談】
※結局連絡とるのだけはOKしてもらった

『はい、鬼灯です』
「鬼灯様? 霙ですけど」
『おや霙さん、どうされましたか』
「あの……あの日以来、色んな人から『末永くお幸せに!』『よかったじゃん!』ていうお祝いメールがひっきりなしに届くんですけど、もしや鬼灯様何かしました?」
『いえ別に。ただ霙さんの所在を聞かれるので「彼女は春が来たので現在休職中です」と言っただけです』
「なんてことしてくれとんじゃあんた!!!!!!!」



 上司に引き留めて欲しかった鬼獄卒(脳筋認定)
 →チョロチョロの実を食べたチョロ獄卒。少しでも寂しげで弱った雰囲気を出されてしまえば強く追及できなくなってしまうチョr……すごく優しい子。考えるより先に「励まさなければ……元気づけなければ……!」と身体が動く。そのせいで呪いの王に求婚されてるってのに懲りないね。


 荷物持ちに徹したクラゲ型呪霊
 →未だに謎な収納能力を遺憾なく発揮して得意げ。本当は地獄へ行く道中乗せてあげたかったけど、宿儺と関わりたくなかったので泣く泣く断念。「きゅー……(特別意訳:今回は出番が少なかったな……)」


 外堀を埋めにかかった張本人
 →上司公認になった(勝利のポーズ) 最初は仲良さそうな鬼上司に敵意を向けたけど意外と話がわかるやつだと再評価した。それとちょっとだけ引くことを覚えた。『すくなは あざとさが 1 あがった!』でも引いた分すぐ倍以上押すのでぶっちゃけそんなに意味はないように見える。その後、味を占めたように時折弱気になったふりをしては霙を困らせるようになるのだった。厄介。


 外堀を埋めるのに拍車をかけた鬼上司
 →私が引き止めるとでも思ったか????(完全に楽しんでいる顔) まさか彼女にこんな形の春が来るとは思わなかったので、面白半分で火に油を注いでみた。満足。因みにこの間幼馴染に「スゲー面白いから!」とコミックスを押し付けられて、一応目を通していたため彼らの存在を知っており、テンションが上がってしまったという裏話がある。


 引率しない先生
 →その後無事腹筋つる。鬼灯が霙の才能についてほとんど断言していたことに疑問を覚えるが、まあ別に後でもいいかなって思ってる。写真撮りまくったりと、なんだかんだ地獄を満喫した模様。


 あの世観光に来た1年ズ
 →鬼灯って人(鬼)、めちゃめちゃ怖いってイメージ植え付けられてたけど、霙との漫才()を見て「こわいけどこわくない……?」とちょっとほっとしている。それなりに地獄を満喫した模様。……彼らが地獄を楽しんだ番外編、需要ありますかね??




 次回、「バーサーカー再び?」
 お楽しみに!