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「最初からわかっていたんだ。俺の命に意味なんて無い。……なのに、お前は」

 ベランダの手すりに止まっていた鳥が羽ばたく音がする。差し込んだ日差しが、正面に座るアキの顔の影を強調しているように感じた。先ほど聞いたアキの言葉を噛みしめるように繰りかえす。

「俺と……アキの?」

 だが繰り返したところで疑問は晴れない。俺の、ならまだわかる。どんなに月日を重ねようと、結局俺の中に強く印象づいているのはやはりこの部屋での出来事ばかりだったから。けど、俺とアキ"ふたり"の生得領域だというのがよくわからない。

「……わけわかんねえ」
「だろうな。俺にも結構説明難しいんだよ、この辺りは」

 ポリポリとアキは頬を掻く。少し落ち着こうと俺はコップに口を付けた。ぐびぐびと水を飲む俺に、ひとまず時系列順に話すぞと前置きをしてから話し始めた。

「お前と俺は前世で死んで、こっちの世界に転生してきた。ただしお前は人間として、俺はこっちで言うところの呪霊……しかも銃の魔人としてな」
「まずそこなんだけど」

 話し始めた途端、俺は即突っ込みを入れた。一番気になっていた点といっても過言ではなかったからだ。

「なんでお前が銃の魔人としてこっちに来たんだよ。俺は人間で転生したのに……お前も人間で生まれてこいよ」
「そんなこと俺が知るかよ。……けどまあ、予想くらいは出来る」

 アキはマイペースにカレーを頬張りながら、またもや質問を投げかけた。

「"縛り"ってあるだろ」
「ああ。悪魔との契約みたいなもん、だったか?」

 夏油からの質問を思い出しながら俺は答える。再びスプーンに持ち直してカレーをすくっていると、視界の端でアキが曖昧に頷いた。

「まあ似たようなもんだけど、ちょっと違うな」
「違うのか」
「正確にはな。そういう双方合意の上での契約の他にも、一方的な強い感情……主に負の感情で本来あるべきことを捻じ曲げてしまうってものがあるんだ。これに関しては世間一般で言う『呪いをかける』に似てるかもしれない」

 そこまで言ったところで「これは予想なんだけど」と前置きをしたうえでスプーンをぴっとこちらに向けた。

「お前、前世で死ぬ時にこう思ったんじゃないか? 『あの時こうしていれば、アキおれを銃の魔人にすることはなかったのに』って」
「!」

 図星だった。確かに俺は前世で死ぬ直前、そんな感じのことを思ってた。……仕方ないだろ、人生の目標が達成できなくなった瞬間なんだから。それくらい思ったって。
 何も言わずに目を逸らす俺の態度を肯定と受け取ったらしい。アキは小さく口の端で笑いながらスプーンをくるりと持ちかえる。

「だからだよ」
「だから?」
「お前の後悔の元は俺じゃなく、"俺が銃の魔人になってしまったこと"だったんだ」

 ひとくち分スプーンで掬い、ぱくりと口に運ぶ。もぐもぐと咀嚼しつつアキは続けて言った。

「お前は死にながら、銃の魔人について深く深く後悔した。それで俺を"縛"ってしまった結果、俺は人間ではなく銃の魔人の姿でこの世に来た……ってのが俺の予想だ」

 実際のところは知らねえけど、と最後に付け加える。それを聞いた俺は思わず持っていたスプーンを握りしめた。……なんだよ。そんなの、それって。

「結局俺のせいじゃんか」

 俺の想いが、後悔が、アキを縛り付けてしまったのだ。そんなの、俺がアキを呪霊にしたも同然だろ。途端にスプーンを動かす手が止まる。アキはそんな俺を見て、特に気にすることなく涼しい顔でさらりと言ってのけた。

「そう言うなよ。お互い様だ」
「お互い様……?」

 その言い分に俺は訝し気に眉を寄せる。お互い様だって? ……なんだよ。それじゃあまるで、お前も俺を"縛"ったみたいじゃないか。
 だがアキは俺の言葉に特に触れることなく話を続けた。俺の知らなかった、こちらでのアキの話を。

「俺は現世に生まれて、ずっと彷徨っていた。意識はあるけど身体の自由が利かない状態だったから、俺自身どこに向かっているのかもよくわからない日々を過ごしていたんだ」

 生きているのか死んでいるのか、存在意義も存在価値もよくわからない。ただ目に映る景色を眺めるだけの日々。幸いにも悪魔狩りのような存在には出会わなかったからなんとか生き延びていたという。どうして自分は、こんな姿で、こんなところにいるんだろう。そう思いながらあてもなく彷徨っていた。
 だが、運命の瞬間は突然訪れる。2週間前ついに俺と出くわしたのだ。

「ハルを見つけた瞬間、悟ったんだ。俺はお前を見つけるために今までこの世界を彷徨ってたんだって」

 当時を思い出しているのか、そっとアキの視線が伏せられる。俺はカツカツとスプーンが皿に当たる音を響かせながら少しずつ減ってきたカレーを口に運ぶ。

「……んの割にはめちゃめちゃ殺そうとしてたじゃねえか」
「あれは俺の意思じゃねえよ。身体が勝手にな」

 悪かったって、とアキは謝るがどう考えても言葉に感情が籠ってない。これ以上追究されては敵わないとばかりにアキは「とにかく、」と言葉を続ける。

「それで互いに殺し合って、俺たちはようやくひとつになったってわけだ」
「そこがよくわからねえんだけど」

 大きめのじゃがいもを咀嚼しながら俺は言う。殺し合ったらひとつになるってどういうことなんだ。だがアキから返ってきたのは拍子抜けする言葉だった。

「ぶっちゃけこの辺は俺もよくわかってない」
「おい」

 思わず俺は眉間に皺を寄せてつっこむ。肝心のところがわからねえんじゃ意味ねえだろうが。マイペースにアキはカレーにラストスパートをかけながら言う。

「同時に死んだことで魂が混じってどうのこうのとか、そういう感じだよ多分」
「適当……」
「でもなんとなく感覚的にわからねえか? なんていうか、パズルのピースがぴったりハマった感というか、そういう感じ。俺はここに来てすごく思ったんだけど」
「いやわからんけども」

 お前ってこんな適当な奴だったっけ? 前世ではもうちょっと真面目で頭が固い感じだったと思ってたんだけど。こっちに来てから性格変わったのか? 
 ……目の前のやつのあまりの適当っぷりに、なんだか聞いてるこっちも面倒になってきた。起こってしまったのは仕方ない事なんだし、深く考えるのは今は止めよう。時間が余ってどうしようもなくなった時にでもじっくり考えればいい。もう残り数口になった皿を見ながら、俺は「それで?」と思ったことを口にする。

「ひとつになったのはこの際置いとくとして……これからどうなるんだ、俺たち」
「いい質問だな」

 アキはこの時を待っていたとばかりにニヤリと笑ってスプーンを置いた。どうやら俺よりも先に食べ終わったらしい。軽く姿勢を正すのを見て、俺もつられるようにスプーンから手を離し姿勢を正した。

「これからのことについてだが、俺からお前にひとつ頼みがある」
「頼み?」
「しかもお前にしか出来ないことだ」

 俺にしかできないこと。
 一体何だ、と問いかけるよりも先にアキが言葉を発した。

「俺と契約してくれ」
「……けい、やく?」
「ああ。契約内容はこうだ」

 アキの瞳が陽の光を受けてきらりと光る。

術式ちからをやる。だからその代わりに、俺の分まで生きてくれ」

 しん、とその場が静まり返る。静寂で耳が痛いほどだ。
 あまりの衝撃にすっかり言葉を失ってしまった俺に、アキは続けて言う。

「術式って言っても正確には俺のじゃなくて銃の悪魔の、ではあるんだけどな。まぁそれでも無いよりはあったほうがいいだろ。身体のことはあいつ・・・がついでだって治してくれたから心配しなくていい。あ、あとついでに俺が持ってた呪力と、おまけもつけとくか。そいつら合わせれば多少はなんとか――」
「……無理だろ。そんなの」

 気付けばアキの言葉を遮っていた。堰を切ったようにぼろぼろと言葉が口から溢れ出す。

「無理、無理だ。どう考えたって出来るわけない。俺は弱いし、何の力もない。分かりきってたことを前世から今世にかけて嫌ってほどよく思い知らされたよ。それなのに、お前の分まで生きろって? なんにもない俺に? 無理に決まってんだろ。俺の命に意味なんて……いや、命だけじゃない、何もかも無意味だ。俺がいたところで何も変わらない。何の意味もない」
「ハル……」

 握りしめた己の手は、思った以上に弱々しかった。アキの顔を見るのが怖くて、俯きながら言う。

「……もう、生きたくねえんだよ。俺」

 疲れた。
 本当に心の底から疲れたんだ。

 前世はまだよかった。俺には力があるって信じていられたから。デンジが、パワーが、アキがいたから。だからあんなクソみたいな世界でも正気を保っていられたんだ。死に際は確かに酷く後悔したが、それはあの時すべてが終わるって思ったからってのも大きい。未来を変えられなかった俺自身に、本当に心の底から失望したんだ。こうなったのも全部自分のせいだ。だからもう二度とこんなことは……世界ほんぺんに関わるのはごめんだって、思ってたのに。

 ……なのに、また転生しやがってさあ。
 なんなんだよ。前世の記憶も持ってるし、悪魔もついてくるし。平和に生きたいだけなのに疑われて高専に入ることになるし。挙句の果てには、もう一度お前を殺すことになるし。ほんと、なんなんだよ。

「悪いけど、これ以上俺は頑張れない」

 俺の言葉が途切れ、静寂が部屋を支配する。顔を上げることが出来ない。ここだけ重力が倍になったみたいに身体が重く感じた。
 どれくらいそうしていただろう。不意にアキの声が頭上から降ってくる。

「お前の気持ちもわかるよ。生きたくないって気持ちも、嫌ってほどわかる」
「なら、」
「でもやっぱり俺は、お前に生きてほしいんだ。紛れもないお前に」

 生きてほしい? ……俺に? こんな何もない俺に?
 そろそろとアキの表情を窺うと、アキと目が合う。どこか申し訳なさそうに弱々しく下がった眉尻に、伏せられた睫毛。なんでお前がそんな顔をするんだって言ってやろうとしたところで、アキは口を開いた。

「お前の人生が無意味だったなんて、そんな悲しいこと言うなよ。それじゃ俺とお前の思い出も、全部無駄だったみたいじゃねえか」

 そう言われて俺は言葉を失った。はくりと口を動かしたものの、息を吸い損ねる。なんとか振り絞った声はわずかに震えていた。

「……ごめん」

 早川家でのあの日々を、大切な何気ない日常を、無意味だったなんて言いたくない。それは前世のすべてを……アキの生きた証を冒涜するも同然だ。そんなことを俺が軽々しくしていい訳が無い。
 でも、だからといってアキの提案を呑めるかと言われれば話は別だ。

「さっき俺の人生に後悔は無いって言ったけど、実はひとつだけあるんだ」

 不意にアキが話を切り出す。

「それがお前だよ」
「……俺?」
「ああ。デンジと、パワーと、ハル。この3人には少なくとも俺よりも生きて、幸せになって欲しかったんだ。それなのに、こんなことになっちまって、……」

 アキの表情がくしゃりと歪む。口をきゅっと引き結び眉根を寄せて、まるで痛みに堪えるみたいな顔だ。

「デンジとパワーはこうなった以上信じるしかない。けどお前は、……お前だけは俺の手でどうにかできる。それなら生きてほしいって願うくらい、いいだろ」

 それにな、と気を取り直したように表情が変わる。少しだけ口元に笑みが浮かんでいた。

「お前に生きてほしいって思ってるのは俺だけじゃねえんだぞ」

 そう言うと不意にアキは立ち上がり、タンスの上に置いていたラジオを手に取った。そんなものあったっけと思っている間にアキはちゃぶ台の真ん中に置いて、手慣れたようにアンテナを伸ばし、電源を入れる。周波数の調節をしながら独特のノイズに耳を傾けていると、突然聞き覚えのある声が飛び込んできた。

『――、そろそろ休め。夜は長い』
「! これ、夜蛾先生……?」

 なんとそれはまごうことなき担任の声だったのだ。驚きを隠せない俺に、アキはほっと胸を撫でおろした。

「よかった、耳はそこまで塞がれてねえみたいだな」
「な、んだよこれ」
「こうすると外の状況を聞けるんだ。因みに今は音だけだが、意識があればあのテレビでも映像として外の様子が見られるらしい」
「らしいって……どこ情報だよそれ」

 さっきから妙に色々詳しいのが気になってたんだよな。2週間の間にこの部屋について調べたのか? それなら納得できるけど。するとアキはケロッとした顔で言ってのける。

「誰って、未来の悪魔」
「情報提供あいつかよ!」

 まさかの人物に俺は思わず声を荒げる。そしてふと、ここに来てからのあれやこれやが頭に浮かんだ。まさか。

「……ちょっと待て。もしやここが生得領域だってこととか、お前にいろんなこと教えたの全部未来の悪魔あいつか?」
「まあな」

 あっさり肯定するアキに、俺は力が抜ける心地がした。本当に何やってんのあいつ……。俺が苦虫を嚙み潰したような顔で頭を抱えている脳裏に、イェイイェイと上機嫌に踊っている姿が過る。

「気持ちはわかるけどあんま責めてやんなよ。それに今はあいつがお前の身体を守ってくれてるんだぜ。『未来への投資だ』って」
「嬉しいような嬉しくないような……」

 そこでふと、妙なワードが引っかかる。

「というかなんだ、身体を……守る?」
「お前の身体は今、簡単に言えば仮死状態なんだ。脈も心臓も止まって生命活動をしていないけど、未来の悪魔の呪力でなんとか死にたてホヤホヤの鮮度を保ってる」
「俺の死体を生鮮食品みたいに言うな」

 なるほど、それは生きているとも死んでいるとも言えない状態だな。さっき言い淀んだのはそういうことだったのか。するとラジオから今度は別の声が聞こえてくる。

『ったく、いつまで寝てんだよ。もう2週間だぞ』
「……五条、」

 ぶっきらぼうで投げやりな声。紛れもなく五条だ。ぎしっと何かが軋むような音がする。椅子にでも座ったのか?

『勝手に死んだ気になりやがって。お前の死体を上層部に回収させないために、俺たちがどんだけごねてやったと思ってんだ』
「上層部が俺の死体を欲しがってる……?」

 それは初耳だ。一体何するつもりなんだよ上層部。するとアキが横で「聞いた話だけど」と補足してくれる。

未来の悪魔あいつは一応ここの世界では特級に匹敵するらしくてな。それがお前の死体に残ったままだってことで、呪術界の上層部がその対応について大揉めしてるらしい」

 死体を腐らせないってことは身体を乗っ取って何か良からぬことをしようとしてるんじゃないか、早めに何とか始末をしたほうがいいのではないか、でも五条達からの報告にあった未来視の術式は魅力的だから処分するには惜しい、話が出来そうなら縛りを設けて高専で飼うというのも一理あるのではないか、ならば一度上層部で回収したほうが、だが何かあったらどうするつもりなんだ、とにかく危険すぎるから早く始末を……等々。一向に意見がまとまらないんだとか。

「ったく、どこの世界も上層部はこんな感じなのか……」

 正直上だけ見れば前世の方がマシな気がしないでもない。あっちはそこまで腐ってなかったからな。……まあ、マキマがいるだけですべて台無しなんだけど。
 そんなことを思っている間にも、五条の声はまだ続いている。

『どんなに心臓が止まろうが、医者に死んでるって診断されようが、俺の目は誤魔化せねえ。渦巻いてる呪力が左目の呪霊の物だけじゃないってことくらい、わかってんだよ』

 ハ、と吐き捨てるように笑う。こういう時でも自分の強さと能力を信じて疑わないのはこいつのすごいところだ。

『何やるつもりかは知らねえけど、もう待ってやるのも飽きた』

 だから、と言葉を切る。少しの沈黙が訪れたかと思うと、ほろりとこぼれ落ちるように声が聞こえた。

『……さっさと起きろよ』

 不貞腐れたような、それでいて心配でたまらないような声。内容もそうだが、まさか五条が俺に対してこんなことを言うとは思わなかった。
 それを最後に声は聞こえなくなってしまった。ぎしりと何かが軋む音と遠ざかっていく足音がして、ラジオは静かなノイズを吐き出すばかりになる。呆然とする俺に、アキはかちゃりとラジオの電源を切った。

「言っただろ。お前を待ってるのは俺だけじゃないって」
「……あいつはただ、俺の正体について尋問したいだけだろ」

 どうせ死ぬと思って色々意味深なことを言いっぱなしにしてきたからな。あいつらが答えを知りたがるのも目に見えてる。

「でもお前を待ってる事に変わりはない」
「言葉のあやだ」
「事実だよ」

 アキはそう言うと、するりとこちらに近寄ってきた。俺の顔を覗き込むように向き直り、そっと俺の手をとる。

「なあ、頼むよ。お前にしか出来ないことなんだ」

 アキの暖かい両手が、俺の手を包んでいる。俺よりもしなやかで、綺麗な手。

「俺の願い、叶えてくれよ」

 困ったように笑いながら、アキはそう言った。
 その顔を見て一瞬たじろいだ後、気づいてしまった俺は思わず盛大なため息を吐く。

 ……その笑い方、知ってるぜ。
 俺が絶対に断らないって確信してる時の笑い方だ。

 もう一度ため息を吐きながら俯く。アキの視線から逃げるように。そして、覚悟を決めるために。

「本当にお前は勝手な奴だよ」
「うん。わかってる」
「こんなの急に託してさ」
「ああ。それは本当に、ごめん」
「……でも」

 俺は顔を上げてアキを見る。

「俺たちは親友なんだもんな」

 そう言った途端、アキがちょっと笑いを堪えるのがわかった。こいつ……。

「他でもない親友の頼みなら、……まぁ、聞いてやらんことも、ない」

 急に湧いてきた羞恥心のせいで最後の方はごにょごにょと尻すぼみになってしまったが、アキにはちゃんと聞こえていたらしい。

「そう言ってくれるって信じてたぜ」
「よく言うよ。最初からこうなるって分かりきってたくせに」
「だってお前、俺のこと大好きだろ」

 アキにそう言われてふと、いつの日かのやり取りが脳裏に過った。最強のバディを目指そうって、俺たちなら目指せるって、心の底から思っていたあの日を。
 思い出した掛け合いをなぞる様に、俺は口を開く。

「……そういうお前もだろ」
「まあそうだな。嫌いだったらこんなこと頼まねえよ」

 だが返ってきたのはあの時と違う言葉だった。アキにしては珍しく素直な返答に思わず面食らってしまう。そんな俺を見て、アキはむっとした表情を浮かべた。

「なんだよ。振ってきたのはお前だろ」
「いや、なんか、そういう返答は求めてなかったっつーか……」

 やっぱりあれは若さがあったからこそできたやり取りだったんだなと、今更思い出して顔が熱くなった。アキの顔がまともに見れないくらいには照れくさい。
 するとアキは気を取り直したように話を切り出した。

「んじゃ話もついたことだし、さっさと支度しろ」
「支度?」

 ほらと促され、視線を向けた先……壁に取り付けられたフックには高専の制服が釣り下がっていた。上が白い、問題児御用達のカスタムがされた俺の制服だ。いつの間に。のそりと立ち上がりながらアキは言う。

「俺は洗い物してるから、ぱっぱと着替えちまえ」
「わかったよ」

 俺は残ったカレーを急いで口にかき込む。空になった食器をアキに渡して制服を手に取った。着ていた服をさっさと脱ぎながらふと、思いついたことを訊ねる。

「なあ、お前はどうすんの」
「何が?」
「俺はこれから外に……あっちに戻るけど、お前はどうなんのかなって」

 まさか完全消滅とかじゃねえだろうな? それなら正直話は変わってくるんだが。だけどそんな俺の心配を他所にアキは洗い物の手を止めずにさらっと言った。

「俺はここにいるよ」
「いるって……」
「というかここからどこにも行けないんだ、俺」

 そもそも玄関に靴が無いところから始まり、ならばと裸足で玄関を出ようと試したがいつの間にか部屋の中に戻ってきてしまっているんだとか。それはベランダや窓も同じらしい。部屋から出られない……なんて、ちょっと永遠の悪魔を思い出す。それにしてもあれは本当に大変だった。いやマジで。

「心配すんな。暇なときはお前の目を通してあのテレビで外の様子見てるから」
「ならいいやとはならねえからな? それ」

 そんな軽口を叩きながらも俺は制服を着終わった。ちょうどそのタイミングでアキも終わったらしく、こちらにやってくる。アキの前で呪術高専の制服を着ているのがなんだか不思議な感覚だ。俺の姿を一瞥して、アキはからかうような口調になる。

「ちょっと若返ったんじゃねえか?」
「ま、中身はどうあれ一応外見は高校生だからな」

 そう答えると、アキはそっと俺の胸に右手を当てる。手のひらで軽く触れて、それから離した。

「これは俺が貰っとくな」

 続いてそのまま右手で俺の心臓辺りを指さす。

「代わりに、お前にはこっちをやる。契約だからな」

 そして今度は人差し指を1本伸ばした状態で胸にそっと触れ、離れた。一連の動きを黙って見ていた俺は、観念して口を開く。

「なんだ、今の」
「内緒だ。起きてから確かめろ」

 今教えてくれてもいいのに、と思ったけどアキがさっさと玄関に向かうように急かすもんだから結局訊けずじまいだった。
 ふたりで向かった玄関のドアの前にはご丁寧に靴が1足だけぽつりと置かれている。デザインはちょうど俺が履いていたものと全く一緒だ。俺の分ってことか。両足をするりと靴に滑り込ませると、履き心地まで変わらなかった。両足で地面を踏みしめながら、俺はアキの方を見る。

 ……また一時の別れだ。大丈夫、涙はもう出ない。
 俺がここでいうべき言葉はただひとつ。

「じゃあ、行ってくるよ」
「ああ。行ってこい」

 こちらの目を見て頷きながらアキは言う。俺はそれをきちんと受け止め、目を覚ますために玄関の扉へ向き直った。
 深呼吸をしてからドアノブに手を掛けて、そっと開く。


***


 びくり、と。身体が震えたのがわかった。教室で転寝をしている時にたまにある、あの独特な感覚に似てる。

 どうやら俺は無事に意識を取り戻したらしい。ここはどこだ? どういう状況なんだ? 湧いてやまない疑問を解決するために、ゆっくりと五感に意識を集中させる。

 まず第一に俺は仰向けの状態で横たえられ、身体中に何か包帯のようなものが巻き付いている。手足どころかわずかな指先すら動かすことが出来ないことから、きっとこの包帯は万が一意識を取り戻しても暴れないように俺の動きを封じ込める何かなんだろうと勝手に予想した。包帯のようなものは顔にも巻き付いており、目と口も塞がれているため自分の意思では動かせなさそうだ。

 そういえばあの部屋でラジオがつけられたことを思い出し、耳に意識を持っていく。空気が流れる音がする。よかった、完全に塞がれてはいないようだ。だけどあまりにも静かすぎるせいで特に情報は得られそうになかった。

 そこでふと、鼻も同様に塞がれていないことに気付く。すんと息を吸い込めば真っ先に飛び込んでくる消毒液の匂いと古い黴のような匂い。これは……ここは、医務室だろうか。黴のような匂いはきっと俺を縛ってる包帯みたいなやつの匂いだろう。でもこの奥の方にある煙の臭いは……。

「(誰か、いないのか)」

 なんにせよ、早くこれを外してもらわなければ。確かラジオからは五条と夜蛾先生の声が聞こえたんだけど……って今の俺、口塞がれてるから声出せねえじゃねえか。
 どうやって俺が起きたことを伝えれば、と思ったところでガタンと何かが動く音がした。少し離れたところでしばらくガタガタと何かを動かす音が聞こえたかと思うと、ツカツカとこちらに近づいてくる足音に変わる。それがぴたりと止まって、

「……門叶?」

 誰かが俺の名前を呼ぶ声がした。



 生き返った転生者お兄さん
 →ただいまだよ!(白目) 15年ぶりに親友に再会して大泣きしたせいで感情の歯止めが馬鹿になってしまった。だいぶクライマックス感出てるけど、正直君の人生はここからが本番だぞ。頑張れよ。

 「この部屋で待ってる」な親友
 →全くお前は、仕方がない奴だな。ハルが行ってしまってからすぐにテレビをつけようと試みた。言わないだけでいつも親友のことを大切に思っている。こんなことになって本当にごめん、今度こそ頼んだぞ。

 ラジオの五条君と夜蛾さん
 →声のみ出演。面と向かって言えない反動か独り言がでかいね五条くん。

 最後の声の主
 →……まさか、本当に目を覚ますとは。

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