名前を呼んだ声には聞き覚えがあった。
「(家入……!)」
やっぱりあの煙の匂いは、あいつの煙草の匂いだったらしい。久し振りに聞くその声に何とか返事をしようとするが、やはり口は動かせそうになかった。その代わりに唸ることで意識を取り戻したことを精一杯アピールしようと試みる。早くこの黴臭いやつ外してくれ。俺の必死の想いが届いたのかどうかはわからないが、家入が噴き出すように笑ったのがわかった。
「驚いたな、本当に生き返ったよ」
待ってろと言い残し、どこかに行こうとする。おいおい、このまま置き去りにするつもりか? 流石に勘弁してくれ。そう思いを込めて唸れば、足を止めた家入は苦笑気味に言った。
「外してほしいのはわかるが、私の一存では外せないんだ」
「(マジかよ……)」
「とりあえず夜蛾先生呼んでくるから。帰ってくるまで寝るなよ」
「(寝ねえって)」
家入はじゃあ、と言ってぱたぱたと足音を響かせ今度こそ部屋を出て行ってしまったようだった。しんと静まり返る室内。完全に家入がいなくなったのを見(聞)計らって俺は脳内で呼びかける。
「(未来の悪魔。いるか?)」
『もちろんいるとも』
「(身体、治してくれたんだろ。アキから聞いた。だから一応礼言っとくな。癪だけど)」
『それほどでもないさ』
未来の悪魔はふふんと得意げに言った。うん、やっぱりムカつく。能力は確かに便利だけど、こいつとは一生仲良くできる気がしない。する気も無いけど。
「(それにしてもお前、未来外れてんじゃん。天下の未来の悪魔様も、
俺が生きてる未来は予測できなかったみたいだな)」
『別に死んだ後に生き返らないとは言っていないだろう。ここまですべて筋書き通りだ』
「(……ったく、なんだよそれ。何でもありじゃねえか)」
どこまでもムカつく野郎だなと思いながら、無理矢理対話を終わらせる。再び静かになった室内で、俺は黙ってこれからのことについて考えていた。それからしばらくして、ふたりぶんの足音と共に何やら話し声が聞こえてくる。それは部屋に近づくにつれて徐々に大きくなり鮮明に聞こえるようになっていった。おそらくというか確実に夜蛾先生と家入だ。
「意識が戻ったと聞いたが本当か」
「はい、こちらの呼びかけに答えてる様子でした」
「なるほど、ようやくか……」
夜蛾先生の安堵の溜め息が聞こえる。心労を感じさせるそれに俺は思わず申し訳ない気持ちになった。そしてこれからさらに負担をかけることになるだろうと思うと尚更だ。
部屋に入って来たらしいふたりは俺のそばのベッドまで歩み寄り、こちらの様子を伺うように声を掛ける。
「聞こえているか、門叶。意識があるなら教えてくれ」
それに応えるようにん゛ん、と唸ってみればなんとか通じたらしい。夜蛾先生は一瞬息を呑んだかと思うと「待っていろ」と一言つぶやき、顔に巻かれた包帯に手を掛けた。するりと包帯が緩み、ひとまず口が自由に動かせるようになる。それがわかった途端、俺はここぞとばかりに大きく口を開けて息を吸った。しばらく深呼吸して肺に空気を満たし、しみじみとつぶやく。
「空気が美味い……」
「生き返って第一声がそれかよ」
寝起きのようなかすれた声を聴いた家入が呆れたように笑う。仕方ねえだろ。とんでもなく息苦しかったんだから、これ。そのまま夜蛾先生がいるであろう方向へ顔を向けて、状況を把握したいから顔周りの包帯も外してほしいとお願いする。だがそれは口周りとは違い、簡単に了承されなかった。真剣みを帯びた声色で夜蛾先生は言う。
「一応確認しておくが、門叶で間違いないないな? その……左目の呪霊ではなく」
「正真正銘そうですよ。まあ、特にこれといって証明方法は思いつきませんけど」
俺の返答に、それもそうかと先生は苦笑した。今度こそ目元の包帯に手がかけられ、するすると外されていく。やっと開けられた目を襲う眩しさに顔をしかめていると、先生はそのままの流れで上半身と腕回りの包帯も取り去ってくれた。ようやく身体の半分が自由になった俺は家入に支えられながら半身を起こす。これで初めて、置かれた状況が自分の目で確認できるようになった。
まず身体の状態だが、怪我ひとつなく傷痕すらも残っていなかった。あの戦いでちぎれたはずの右腕を含めて手足も全て生えそろっていて、その肌には一部の隙も無く包帯が巻かれている。だがその包帯には見慣れない文字が刻まれており、ただの包帯ではないことは一目瞭然だ。身に纏うのは死に装束で、手首と足首にはそれぞれ太い縄が巻き付きベッドに拘束されている。その縄にはお札がいくつも貼り付けられていた。
「(……あ)」
包帯の緩んだ胸元が目に入り、俺は静かに目を丸くした。
無いのだ。俺が生まれた時からあった、前世での死因の痛々しい痣が。きれいさっぱり消えている。
そしてその代わりに、新たな痣が刻まれていた。
左胸……丁度心臓の辺りに親指の爪くらいの丸い痣がひとつ。
まるで弾痕のようなそれに、俺は生得領域でのアキの仕草を思い出す。
――『なんだ、今の』
――『内緒だ。起きてから確かめろ』
「(そういう、ことかよ)」
静かに納得しながらも、ふたりに不審に思われないように辺りを見回した。
周囲の状況からするに、どうやら俺は医務室に寝かされていたらしい。意外だな、最初に取り調べを受けたあのお札だらけの部屋に連れて行かれてるもんだと思っていたのに。カーテンの開かれた窓から差し込む日差しは暖色で、時間帯は夕方に差し掛かったところだと予測できた。あの部屋にいた時よりも時間が経ってるのか? いやまあ、あそこの時間の流れがどうなっているのか俺はよくわかっていないけど。大体の状況を把握した俺は、正直な感想を漏らす。
「なかなかの待遇ですね」
「仕方ないだろ。恨むならお前の左目の呪霊を恨め」
「それもそうか」
家入の言い分に俺は小さく笑う。どれもこれも全部こいつのせいなんだもんな。俺の様子を見て、夜蛾先生は早速話を切り出した。
「目覚めたばかりで悪いが、君には聞きたいことが山ほど……」
――どたどたどた!!!
そんな夜蛾先生の声を遮るほど大きな足音が近づいてきたかと思うと、壊れるのではないかという勢いでがらりと扉が開く。そこに立っていたのは紛れもない最強ふたり組だった。仲良く目を丸くしたそいつらを見て、俺はへらりと笑ってやる。
「よ。ただいま」
「……本当に生き返ってる」
「だろ? だから言ったじゃねえか、生き返るって」
驚きの声を漏らす夏油を見て、五条が得意げに笑った。夜蛾先生に「騒がしいぞ」と一蹴されるがさほど気にしていないようで、へいへいと適当に返事しながら部屋に入ってきた。ベッドサイドに立った五条がこちらを見て一瞬目を見開き、続いて興味深そうに目を細める。
「……へぇ、なるほどな」
その真意を俺が訊ねるよりも前に、夜蛾先生が気を取り直したように咳払いをした。
「当事者である1年も全員揃ったことだし……本題に入るぞ」
「その前にひとつ、いいですか」
「どうかしたか」
「俺が死んでいた間のことを先に聞きたいんですけど」
「成程な。いいだろう」
夜蛾先生はそう言って、俺が寝ていた間の話を簡単にかいつまんで聞かせてくれた。
俺があの山で銃の魔人と殺し合った後、魔人の死体は灰になって跡形もなく消え去ってしまったのだという。それだけならばいいのだが、その灰は残らず俺の身体に取り込まれたのだそうだ。慌てて五条が六眼で確認したところ、複数の呪力が渦巻いていることがわかり、ひとまず高専に連れ帰って判断を仰ぐことに。補助監督の待つ車に向かう最中に欠損した腕が生え始め、傷が治り、そこで左目の呪霊が反転術式を使用していることが判明したのだと。
急いで高専に連れて帰り、呪符で拘束した後に夜蛾先生に報告。その報告を受けた上層部が俺の処遇を決めるためにもめ始めた。その後の処遇はなんにせよ、死体はこちらに回せと上層部に言われ、それに五条らが反発。話し合いの結果、上層部内で正式に処遇が決まるまではこちらで死体を管理すると約束を取り決めさせ、日夜様子を見ていたらしい。そして明日正式に処遇が決まるだろうというところで目を覚ました、と。まとめるとこんなところだ。
「そんなことが……」
俺はしみじみとつぶやいた。軽く生得領域で聞いてたけど、こうしてみるとなかなか大事に感じる。まあ実際かなりの大事なんだけど。すると五条が言った。
「俺らは答えたぜ。今度はお前の番だ」
冷ややかな蒼い目が強気にこちらを見下している。俺はそれを静かに見つめ返していた。
「お前は何者だ。あの時戦ってた呪霊も、左目の呪霊のことも、知ってることについて全部話せ」
「言われなくても話すさ。……こうなった以上、もう何も隠す必要はないんだからな」
話が長くなるから座ったほうがいいと俺が言うと、4人は部屋の中にあった椅子を思い思いにベッドの周りに引いて腰かけた。俺の言葉を待つように、4人の視線がこちらを向いている。
……さて、と。
「これから話すことは、みんなには信じられないかもしれない。でも、正真正銘俺の身に起こった事実だ。その辺は了承したうえで聞いてほしい」
俺の言葉に夜蛾先生が静かに頷く。それを視界の端で捉えた俺は一呼吸して、口を開いた。
「俺は、この世に生まれる前の……いわゆる前世の記憶がある。ただしそれはこことは違う、別世界を生きた記憶だ」
「違う……世界?」
俺の話が突拍子もないものだったためか、眉根を寄せる夏油。疑問に思いつつも過度に口を挟まないでくれるのがありがたい。何か言いたそうにしている五条が口を開くよりも前に俺は補足する。
「具体的に言うと、呪霊も呪術師もいない世界だ」
「それはまた……平和な世界だね」
家入が興味深そうに言う。平和な世界、ねえ。そうならどれだけよかっただろう。思わずは、と息を吐くような笑いが零れる。
「別に平和でもなかったよ。あっちの世界は呪霊の代わりに、悪魔って呼ばれてる化け物が蔓延っていたからな」
「悪魔……呪霊とは違うんだね」
「見た目のグロさと有害性で言ったらほぼ同じだが、悪魔は一般人にも見える。そこが大きな違いだな」
「へえ」
そこまで言ったところで五条がはっと気づいたような顔をする。
「それじゃあお前、その左目のは……」
「ああ。こいつは呪霊じゃなくて、悪魔。人々の未来に対する恐怖から生まれた、未来の悪魔だよ」
「未来の、悪魔」
噛みしめるように復唱する夏油。そこでふと、あることを思い付いた。そのままの勢いで「そうだ」と4人に提案する。
「なんなら話してみるか? 今ここで」
「は、話が出来るのかい? その悪魔と?」
「ああ。ちょっと待ってろ」
少々動揺する4人を他所に俺はそっと左目を手で押さえ、いつものように静かに呼びかける。
「未来の悪魔よ、姿を見せろ」
すると、どこからともなく聞き覚えのある声がした。
「毎度毎度そんなに堅苦しくなくても、『未来最高!』って言えば出てくるのに」
「ッ!」
「お、おま、いきなりかよ!」
ベッドの側……ちょうど五条のすぐ横に音もなく出現した未来の悪魔に、4人は思わずたじろいだ。五条に至っては大袈裟にガタガタと椅子を揺らして立ち上がり、未来の悪魔から少し距離を取っている。未来の悪魔はこちらを見るなり、にいぃと目を細めて笑っていた。
「お前たちは初めまして……いや、ふたりほど違うやつもいるか。何はともあれ、私が未来の悪魔だ!」
両腕を上げて高らかに未来最高!と叫ぶ奴を4人は混乱した様子で見つめている。六眼で確かめたらしい五条が「……確かに、お前が左目の呪霊らしいな」とつぶやいた。夜蛾先生がこちらを見ながら戸惑いがちに尋ねる。
「未来の悪魔、ということはこいつの術式は……」
「ああ。私は彼の左目に住まわせてもらう代わりに、少し先の未来が見える能力を使えるようにする契約を結んだんだ」
「契約……“縛り”か」
「なんだ、君たちも契約を希望か? だが残念だったな! 私が現在契約できるのは彼だけなのだ」
未来の悪魔の言葉になるほどといった風に夜蛾先生が頷く。きっとこいつの利用価値について考えているんだろう。契約できるのが俺だけというのは正直こっちも初耳だったけど顔には出さなかった。これ以上こいつを野放しにしていても意味がないと思った俺は容赦なく告げる。
「未来の悪魔、もういいぞ。ひっこめ」
「なんだ、つまらないね」
やれやれとため息をついたかと思うと、まるで塵が風に吹き飛ばされるように未来の悪魔は姿を消した。途端に4人の緊張が緩むのが目に見えてわかる。俺は続けて言った。
「その他にも俺は狐の悪魔と炎の悪魔と契約してる。話したいなら呼ぶか?」
「ああ、頼むよ」
夏油が頷くのを横目に俺は左手を軽く持ち上げた。指先を五条らに向けるようにして、すっかり慣れ親しんだ狐の印を結ぶ。そして。
「"コン"」
――ずあッ!
俺の呼びかけと共に突如窓の外に現れた大きな狐の顔に、4人は再び目をむいた。夏油は慌てて窓の外に身を乗り出すようにしてその姿を確認する。
「……驚いたな。本当にいきなり、呼び出せるのか」
騒然とする室内で俺は冷静に告げる。
「こいつは狐の悪魔。皮膚とか髪とか、身体の一部を食われる代わりに呼び出しに応じてくれます。今は顔を呼び出しましたけど、結ぶ印によっては手とか脚とかも呼び出せます」
「こいつ、あの時逃げるのに使ってた……」
興味深そうに狐の悪魔を見る五条の言葉を肯定するように頷いた。すると、呼び出された狐の目玉がぎょろりと動いてこちらを見る。
「ん? なんだい、ハル。食事の時間かと思ったら違うのかい」
「悪いな。ただみんなにお前のことを紹介してるだけだ」
「つまらないことで呼び出してるんじゃないよ」
狐は不機嫌そうに言い残し、ふっとその姿を消す。相変わらず気まぐれだなあ。姿が消えたのを確認した五条がこちらに戻ってくるのを見届けてから俺は切り出した。
「そんで、最後はこいつですね」
手のひらを上にして、右手で印を結んで呼びかける。
「炎の悪魔よ、姿を見せろ」
――ぼうッ!
俺の掌の中にふよふよと漂うオレンジ色の火の玉が出現する。物珍しそうに4人がまじまじとそれを観察しているのを感じながら俺は言った。
「こいつは炎の悪魔。主に血とか神経とか、一定期間の五感の一部を差し出して呼び出せます。煙草の火をつけるのに便利なんですよ」
「オレをチンケなライター代わりにするんじゃねェって言ってんだろ!!」
感情の高まりと共にごうっ!と炎も強まる。ちょっと身を引いた4人を尻目に「もういいぞ」と言って手を握るように印を解けば、炎の悪魔はふっとロウソクを吹き消すように姿を消した。
「とりあえず使えるのはこれで全員ですね。満足しました?」
「……驚いたな。まさかここまで自在に従えているとは」
夜蛾先生がしみじみと言う。続くように夏油が「そもそもなんだけど」と疑問をぶつけてくる。
「なぜ君は悪魔と縛りを結んでいるんだい? 悪魔はあちらの世界では呪霊と同じく討伐すべき対象だったんだろう?」
「言っただろ。こことは違って悪魔は全人類に見えるって。だから一般的に悪魔狩り……デビルハンターって職業が成り立ってたんだ。悪魔は呪霊と違って普通の武器でも殺せるが、限界がある。だから管理下にある悪魔と契約してそいつの力を使って殺すことが多いんだ」
「デビルハンター……」
「俺はその中でも、東京支部の公安四課所属のデビルハンターだったんだよ」
俺の言葉に、納得したように夜蛾先生が言った。
「呪霊を狩る呪術師と似たような立場だった、ということか」
「はい。高校を卒業してすぐに入りました。なので歴としてはそこそこですね。みんな死んだり辞めたりして、同期で残ってるのは片手で数えるほどでしたけど」
今はもういない同期たちの顔が脳裏に浮かんでは消える。あいつらも、俺が助けてやれたら、……今頃。俺が少し昔のことを思い出していると、夏油が確かめるように訊ねてくる。
「あの戦闘術もそれで?」
「ああ。悪魔は使うには使うが、やっぱり代償が大きいんでね。なるべく手持ちの武器で済むように鍛錬は欠かさなかったよ」
「なるほどね、それならあの動きにも納得がいくよ」
腕を組んで頷く夏油。話を戻すが、と夜蛾学長が言った。
「五条達からの報告にあった頭部に銃口を携えた未登録の特級呪霊、あれも悪魔なのか」
「……正確に言えば、違います」
正直、少しだけ言うのを躊躇った。アキのことについて今世の誰かに話すのは正真正銘初めてだったから。
けれど初めにすべて話すと言った以上、ここだけ有耶無耶にするわけにもいかない。俺は内心覚悟を決めながら言葉を吐く。
「あれは、魔人。悪魔が人間の死体を乗っ取ったものです」
「死体を乗っ取るのか」
厄介だな、と家入が眉を寄せる。そこで勘のいい夏油が気付いてしまったようだ。おそるおそる、確かめるように「門叶」と俺の名を呼ぶ。
「君、あの時確か言ってたよね? 親友の敵であり、親友自身でもあるって」
「ああ。言ったな」
「それじゃあ、もしかして……」
「前世で俺たちは親友だった」
夏油が躊躇うように言葉尻を濁したのに被せて俺は言った。
「出会った時から何をするにも一緒で、進学先はおろか就職先まで同じデビルハンターを志望した。家族を殺した敵を討つためって燃えるあいつを、死なせたくなかったから」
誰の表情も見ないままに話す。俺の視線は手元に向けられていたが、その実別の物を見ていた。遠い過去の記憶。もう2度と拝めないそれが、話すたびに次々と脳内を過ぎる。
「あいつの敵……銃の悪魔は、世界で最も強いと恐れられている悪魔でな。たった5分の顕現で120万人を殺した、まさに災害みたいなやつだ。普通なら敵わないだろうけど、不可能すら可能にできるんじゃないかって、あの時は割と本気で思ってたんだ」
笑っちまうだろ?と付け加えた。高校の教室での出来事が、今でもはっきりと思い起こされる。あの時は本気だったんだ。それが過信だってもう少し早く気付けていたのなら、こんなことにはならなかったかもしれない。
「就職してからはルームシェアして一緒に暮らした。俺たちで最強のバディになろうってよく言ってたよ。それから色々あって同居人が増えたりして、賑やかになった。このままずっとこうして暮らしていくのかなってぼんやり思ったりしてさ、今となっちゃそれがピークだったんだよ」
開いた窓から少しひんやりとした風が吹き込んでくる。ちらりと窓の外を見ると遠くに雨雲が見えた。一雨来るかもな、なんて関係ないことを思いつつも、俺は話を続ける。
「端的に言うと、騙されたんだ」
「騙された?」
「上司に嘘を吐かれて、裏切られて。それであいつの死体を銃の悪魔に乗っ取られて殺し合いをさせられた」
誰かが息を飲むのが気配でわかる。きっとこの惨状を憐れんでくれたんだろう。こうして改めて聞いてみてもひっでえ話だからな。思わず笑いそうになるくらいには。だがここで素直に笑って雰囲気を壊すのも良くないだろう。俺はなんとか堪えて話を続けた。
「仲間と協力してあいつを元に戻そうとしたけど、正直ほとんど意味なんて無くて。それで俺があいつの背後を取って羽交い絞めにして、仲間が正面から俺ごと刺殺したんだ。その結果俺は死んで、こっちの世界に転生してきた」
4人は俺の話を黙って聞いている。どんなことを感じているのか、こちらから知ることはできないが……まあ、なんとなく雰囲気で想像はできる。
「記憶自体は生まれた時から持っていたんだが、悪魔が使えるって知ったのはつい最近……それこそ、高校での事件でだな。目の前に化け物が出てきたから咄嗟に狐を呼び出して、気づいたら祓ってた」
俺の今世での運命を決定的なものにしたあの夜を思い出す。あれは夏休みに入る前のことだったから、今からちょうど1ヶ月と少しくらい前のことか。思ったより最近だな。ただしここ2週間寝てたから体感的にはもう少し変わってくるけど。
おっといけない、今は懐かしんでる場合じゃなかった。俺は平静を装って話を続ける。
「その後はご存じの通りだよ。なぜかこっちの世界に転生してた銃の魔人と会って、殺し合って死んで、生き返った。おしまい」
「一番気になるところを容赦なく省くね君は」
夏油が苦笑混じりに言う。だめかあ。そっかあ……。めんどくさいからあんまり言いたくないんだけどな。ただでさえ皆無な現実味がさらになくなるし。俺は小さくため息を吐く。
「正直これは一番理解できなさそうなところだと思うんだけど……」
俺が言葉を濁していると「門叶」と夜蛾先生が俺の名前を呼ぶ。先生は真剣な顔で言った。
「話してくれ。君のすべてが知りたい」
「そうだぜ。ここまで来てそこだけ秘密ですーなんてナシだろ」
五条が頬杖をつきながら続くように言う。俺は小さくため息をついて、観念したように口を開いた。
「銃の魔人と会ったのは本当に偶然でした。任務が終わって、帰ろうとしたところですごく嫌な気配がして……慌ててその場所に向かったんです」
「それで出くわしたと」
「……正直もう殺したくなんてなかったけど、ここで止めないと大変なことになると思って、殺しました。今度こそ終わったと思ったらいつの間にか俺は生得領域にいたんです」
「生得領域?」
「銃の魔人の?」
「ああ、そうだよ」
正確には違うけど、そこの説明は難しいので省くことにする。俺もそこまで詳しいことを知ってるわけでもないし。つっこまれても俺が困るだけだ。
「そこには死んだはずの親友がいて、色々話を聞かせてくれました。なんでここに居るのかとか、ここはどこなのかとか。それで話の流れで、あいつと契約を結ぶことになったんです」
「契約?」
どんな、と家入から問われる前に自分から答えた。
「『力をやる代わりに生きろ』、と。だから俺は生き返った。それだけだ」
「力というのは」
「詳しくは聞いてませんが、恐らく術式のことでしょう」
俺の言葉を聞いて、「なるほどな」と五条が納得したように言う。3人の視線がそれとなく五条に向けられる。
「どうりで変だと思った」
「わかるのかい」
「ああ。俺たちと会った時には確かに無かったはずの術式が刻まれてる。しかも呪力量も増えてやがるな」
まるで値踏みするかのようにじろりと瞳が光る。それには俺には見えない俺自身の呪力や術式が見えているんだろう。
「術師の平均……いや、それよりちょい多めか? なんにせよミソッカスから成長したじゃねえか」
軽く小馬鹿にしたように嘲笑う。どこまでも上から目線な奴だな。まあ別にいいけど。
とにかく、と俺は言葉を切る。
「これが、俺のすべてです」
今まで隠していてすみませんでした。と頭を下げれば「いや、」と夜蛾先生が言った。
「話してくれただけでも十分だ」
「もうちょい早めに話してくれたら被害は最小限だったのに」
「そういうこと言うなよ」
言ったところで一番信じ無さそうなお前が言うな、という五条への言葉は何とか飲み込んでおいた。
「なんにせよ意識が戻って何よりだ。その悪魔たちや門叶の処分に関してはまた後日上層部の判断次第――」
「はぁ? んなこと言ったら確実に面倒なことになるじゃんか」
「私たちが指定した期間中に目を覚ました。なら上の判断を待つ必要ないですよね」
「とは言ってもだな……」
「あー……盛り上がってるところ悪いんだけど、ひとついいか?」
軽く手を上げながら夜蛾先生の言葉を遮る。一斉に視線がこちらを向いたところで俺は手を下げつつゆっくりと口を開いた。
「今回のことで確信したんだ。俺がやるべきことは、……できることは、ここにはないって」
――『俺の分まで生きてくれ』
アキの言葉が脳裏に反響する。
あいつの託した想いを、躱した約束を、無碍にするなんて親友の俺には出来ない。何よりこの命はあいつに貰ったようなもんだ。無駄になんて出来るわけがない。
……ならば、するべきことはひとつだけだろう。
「俺は今後呪術師になる予定も、なるつもりもない」
夏油が息を呑むのがわかる。五条が何か言いたそうに眉を寄せている。家入が涼しげな顔で静かに俺を見つめている。夜蛾先生が神妙な面持ちで俺の言葉を待っている。みんながどんな反応をしようが、俺の意思は揺らがない。もう決めたことだ。変わることはない。
遠雷が落ちる音を聞きながら、俺は決意を口にする。
「俺は今日限りで高専を辞める」
……アキとの約束を守るためにも、俺はもう死ぬわけにはいかないんだ。
全てを打ち明けたお兄さん
→言う前は正直胃が痛い気持ちだったけど、終わったら終わったでスッキリしてる。まあいっか、どうせもう終わったことだし。これから関わることも無いだろうし。
なかなかの超展開についていくのが精いっぱいの4人
→前世で別世界に生きていましたという告白は衝撃的だったけど、今まで疑問に思ってたこととかほとんど全部解決されて納得がいってるのは確か。