「今日、ふたりで天使の見舞いに行かないか」
朝飯を食いながら何気なく言ったアキの言葉とほとんど同時に、俺は箸を取り落とした。カランと地面に転がるそれに、白米を頬張るデンジが不思議そうにこちらを見る。
「どうしたァ? ハル」
「……ぁ、いや。なんでも、ない」
なんとか笑ってみるが、力加減を忘れてしまったようで妙に口の端が引きつる仕上がりになってしまった。流石に俺の様子がおかしいことに気付いたらしいパワーも「なんじゃ、変なモンでも食ったんか?」と尋ねてくる。大丈夫だからと言いながら俺は左手で箸を持ち直し、何食わぬ顔で食事を続けた。
闇の悪魔との戦いで片腕を失った俺たちはリハビリとして休職していたのだが、ついに昨日、揃って公安に復帰した。
そして久しぶりに会った上司のマキマから、銃の悪魔に関する真実を聞かされた。原作で事前に知っていた俺とは違い、アキは随分とショックを受けているようだった。それもそうだろう。まさか自分の復讐相手がそんなことになっているだなんて、想像できるはずがない。マキマの部屋を後にしてしばらく放心状態だったアキを励ましている時、不意に左目に未来が映った。
――俺とアキ、そしてパワーが、見るも無残な姿で殺される未来が。
アキは激しく動揺していたが、対する俺はついにかと腹を括った。いよいよだ。俺の今世での目的を、ようやく果たす時が来た。なんとしてでも、こいつをマキマの元に行かせるわけにはいかない。それがこいつの……俺たちの、生き残る唯一の道だ。
でも、どうしたらいい? どうしたら、こいつをマキマのところに向かわせないで済む? 肝心の未来の悪魔だってこれに関しては何も教えてくれないのに。
絶対に選択肢を間違えられないプレッシャーを感じながら、俺はなんとか口を開く。
「あの、さ」
すっかり味のしなくなった朝飯を口に詰め込むのをやめて、俺は静かに箸を置く。正面に座るアキは味噌汁を飲み込み終えてから不思議そうに尋ねてきた。
「どうした?」
「……本当に行くのか? 天使のところ」
思ったより不安そうな声色になってしまった。俺の言葉を聞いて、アキは何を言ってるんだとばかりに眉を寄せる。
「今言っただろ。行くって」
「行くのは天使の所だけって約束できるか?」
「約束って、お前なあ……」
何かあるのか? アキは探るように問いかける。そりゃそうだよな、急にこんなことを言い出したら疑われるのは当然だ。俺だって逆の立場ならそうする。するとアキはますます怪訝そうな表情を浮かべた。
「……ここじゃ言いにくい事なのか?」
「なんじゃ、ハル。オヌシもついに頭が終わったのか? それならワシが治してやろう!」
口の周りにご飯つぶを付けたパワーがきらりと目を輝かせる。ぐっと拳を握りしめているところから、治れ治れと叩く気満々なのは簡単に想像できた。こいつは壊れたものはすべて叩けば治ると思っている節がある。俺はそれをさりげなく避けるべく、そっと腰を上げてアキの右手側に回り込んだ。そして静かに懇願する。
「とにかく約束してくれ。マキマのところには行かないって」
「なんで急に……つかなんでそこでマキマさんが出てくるんだよ」
「いいから!!」
急な大声に、一瞬その場が静まり返る。対して俺の内心は騒がしかった。どうだ、上手く行ったか? アキを踏みとどまらせることはできたか? それとも悪手だっただろうか。もしそうだとすれば次にどんな手を打てばいい? ぐるぐると不安が渦巻く中、脳内で未来の悪魔がせせら笑う幻聴が聞こえる。
『(お前に未来は変えられない。未来なんて変えられるわけがない。何故ならお前は、そんな力を持ち合わせているほど"選ばれた人間"ではないのだから)』
五月蠅い。やめろ。お前に一体何が――
「わかったよ。マキマさんのところには行かない」
そんな幻聴を破ったのは呆れたようなアキの言葉だった。いつのまにか俯いていたらしい顔をばっと上げると、渋々といった表情を浮かべている。それを見た途端、ほっと胸のつかえがとれたような気がした。
「……飯、食いたいんだけど」
「あ? あぁ」
悪い。そう言って俺は自分の席に戻る。一応左手に箸を持ったが内心はそれどころではなかった。
無理矢理感は否めないが、約束させることができたのだ。初めはどうなるかと思ったが、おおむね成功と言っていいだろう。もちろんこれで終わりではないことはわかっている。この先何度もマキマに会う場面はあるだろうし。そのたびに俺はなんとかして阻止しなければならないのだ。
簡単な道ではないことはわかってる。
……でも、こいつが生きてさえいるのなら、それでいい。例え俺がどうなったとしても。
「でも理由だけは教えろ。なんで急にそんなこと言いだしたんだ」
「え?」
「あるんだろ? お前がそこまで言うからには、それなりの理由が」
アキにそう言われて俺は思わず閉口してしまった。
やはりここは素直に、これから起こるであろうことを言うべきだろうか。……そうだな、それしかない。未来が見せたってことにすればきっと多少は誤魔化せるはずだ。でも一応、マキマが悪魔だってことはまだ伏せておこう。ここにはデンジもパワーもいる。それにあいつはマキマに惚れてるから、どう動くかわかったもんじゃないし。
方針を決めたところで、俺はおそるおそる口を開いた。
「実は、」
――ジリリリリリリリリ!
突然家の電話が鳴った。こんな時間に誰だよ、と言いながら一番近いアキが立ち上がって取りに行く。確かに誰だろう、こんな朝から。原作じゃこんなシーンなかったし……。考えをめぐらせていると、しばらく通話していたアキがおいとこちらに呼びかけてきた。
「ハル、お前宛だ。マキマさんから」
俺は思わずヒュッと息を呑んだ。
……なんで、なんでこのタイミングで。
「……ハル?」
「あ、あぁ。悪い。今出る」
俺は重い腰を持ち上げて電話に歩み寄る。息が詰まる。心臓が五月蠅い。震えを抑えた手で受け取った受話器をそのまま下ろしてしまえたらどんなにいいだろう。だけど、そういうわけにもいかないんだよな。アキがリビングに戻ったのを横目に見計らい、俺は大きく深呼吸をしてから受話器を耳に当てる。
「……はい、門叶です」
『もしもし? ごめんね、急に連絡して』
妙に耳障りのいい声が俺の鼓膜を震わせる。普段となんら変わりないはずなのに、なんだか肌が粟立つような心地がした。さっきから乾いて仕方がない喉を、生唾を無理矢理飲み込むことでかろうじて潤わせる。
「なんですか、俺に用って」
『次の任務のことで話したいことがあるから、早川くんと天使くんを連れて私のところまで来てくれないかな』
場所は、と続けるのを俺は咄嗟に遮った。
「行けないって言ったら、どうします」
『ああ、もしかして体調悪い? なら早川くん達だけでも……』
「ふたりとも、です」
『それは困るな』
対して困っていなさそうな、涼やかな声。遠くで波の音が聞こえるのは、幻聴だと信じたい。
気をしっかり持て。ここで間違えるわけにはいかないんだ。再び訪れた重要な分岐点に、自然と受話器を握る手が震える。手のひらがじっとり汗ばむ。
『大切な話だから、せめて早川くんには来てもらわないと』
「でも、」
『門叶くん』
今度はマキマが言葉を遮る番だった。
……ここで受話器を下ろしてしまえていたら、未来は変わっていたかもしれない。けど、もう遅い。
『"おやすみ"』
マキマの声が耳に届いた。その瞬間。
――不意に、意識が遠のくのが分かった。
***
「――ッッ!!!」
声にならない声を上げながら、俺は勢いよく飛び起きる。
全力疾走した後みたいな荒い呼吸が部屋に響いていて、俺はゆっくり視線を巡らせた。カーテンの隙間から漏れる月明かりを光源に室内を確認したところ、自分の部屋のようだ。早川家ではなく、高専の寮の。ぎしりとベットが軋んだ音をたてる。
呼吸を整えながら直前の記憶を思い出す。それらにきちんと整合性があることを確かめると、俺はゆるりと息を吐いた。
「夢、か」
震える自身の身体を抱きしめるように腕をまわす。きちんと右腕も生えていることから、今まで見ていたことがすべて夢だったことを実感する。眠る前につけたはずの冷房がいつの間にか消えていて、全身汗みずくになっていた。おそらく悪夢の原因はこれだろう。あちこちがべとべとで気持ち悪い。
俺は気持ちを切り替える意味も込めて、自室に備え付けられているシャワー室に向かった。高専の寮には大浴場があるが、夜になると閉まってしまう。不規則な時間に帰宅することもある生徒のために、それぞれの部屋には汗を流せる程度の簡易的なシャワー室が備え付けられているのだ。
電気を付けて服を脱ぎ、蛇口をひねる。頭上から降り注ぐ冷たい水に思わずぶるっと身が震えたけど、段々慣れてきた。ざあざあ、ざあざあと勢いよく頭から水を被っている。
排水溝に向かう水の流れを見ながら思い出すのは夢のこと。……変えられなかった未来のこと。
「……ごめん、アキ」
小さくつぶやいてみるが、水音にほとんど掻き消されてしまった。
前世での直接的な死因である銃の魔人との戦いは、昔から繰り返し夢に見ていた。それこそこっちの世界に来てばかりの頃にはほとんど毎晩見ていたくらいだった。だがあの朝を……アキとの最後の会話を交わしたあの朝を夢に見たのは初めてだった。今思い出しても気分が悪い。
マキマとの電話で強制的に眠らされた俺は自分の部屋で意識を取り戻したが、そこにはもうアキはいなかった。デンジの話では電話口で意識を失った俺を部屋に寝かせた後、ひとりで天使の見舞いに行ってしまったのだ。しかもそれはもう数時間ほど前だという。慌ててアキを追いかけようとしたその時。
――玄関のチャイムが鳴ったのだ。
ぐっと胃液がせり上がってくる心地がして、慌てて両手で口を押えた。なんとか堪えたがその拍子に力が抜けてしまった。ずる、と情けなく浴室に膝をつく。
「ごめん」
ざあざあ、ざあざあ。容赦なく降り注ぐ水が、俺の身体を叩きつけていく。
「ごめん、アキ。ごめん、助けられなくて、ごめん……」
……汗と一緒にこんな気分も全部流れていってしまえばいいのに。
すっかり冷え切った身体を無理矢理動かしてシャワー室を出る。なんとなくそのまま眠りにつく気分にもなれなくて、俺は共用スペースに向かうことにした。男子寮の一階にある共用スペースにはみんながくつろげるようなソファと一口コンロ、それからシンクがあるのだ。俺はまだ経験したことが無いが、たまに誰かが料理を作ってそれ目当てに集まった寮生で賑わうこともあるんだとか。
でも今日は流石に誰も居ないだろうな。時間も時間だし。階段を下りて角を曲がったところで俺は目を丸くした。
「……あれ」
共用スペースから明かりが漏れてる。
こんな時間に誰かいるのかと思いながらひょいと顔を覗かせると、そこにいたのは見知った顔だった。
「おや、珍しいねこんな時間に」
共用スペースの先客――夏油はこちらを見るなり一瞬驚いたような表情を浮かべていたが、すぐにいつもの穏やかなものに変わった。その手には箸。目の前には湯気を立てるカップ麺。その少し欠けた丸い天ぷらから察するに、多分緑のたぬきだろう。出汁の独特な香りが鼻孔をくすぐる。
「眠れないのかい」
「さっきまで寝てたけどなんか起きちまって、それで」
夏油は?と問いかけながら部屋に足を踏み入れる。どうやら彼の他に誰もいないようだ。
「私は読書をしていたらこんな時間になってしまってね。そのまま眠ろうかと思ったんだけど、お腹空いちゃって」
なるほど、深夜の誘惑には勝てなかったってわけね。そこで緑のたぬきを選ぶのが蕎麦好きの夏油らしい気もする。そんなことを思う俺を他所に、そうだと何かを思い付いたように夏油が切り出した。
「君も食べるかい?」
「え?」
「ちょうどもうひとつあるんだ。こんな時間にあったのも何かの縁だし、一緒に食べないか」
そう言って差し出してきたのは赤いきつねだった。いや、こんな時間から飯食うのは明日にも響くんじゃねえかな。流石に断ろうかと思ったところでぐるると腹の音が鳴った。気まずい気持ちになりながらおずおずと視線を夏油に向けると、にっこり微笑まれてしまう。あーこれは、断らせてくれなさそうね……。
渋々赤いきつねを受け取り、べりべりとフィルムと蓋を剥がす。中に入っているかやくをざらっと入れてお湯を注ごうとしたところで、夏油にコンロのやかんに入っているお湯を使うように言われた。
「何も考えずに沸かしたら余ってしまって困ってたんだ。ちょうど良かったよ」
やかんのお湯はまだ湯気が出るほど温かかった。蓋をして夏油の正面に座る。待ち時間は3分か。なんとなく視線を目の前の夏油によこすと、ちょうどふやけたてんぷらを食べているところだった。普段はまとめている髪を下ろしているためか、俯く度に耳にかけ直しているのが目につく。俺も最近伸びてきたんだよな、髪。まあどうせ何かの機会にコンに食われそうだから、しばらくそのまま伸ばすけど。
「そういえばこの間硝子に聞いたよ。毎日朝練してるんだって?」
「あ? おう、まあな」
不意に夏油に話を振られ、俺は簡単に相槌を打った。家入に朝練を見られたあの日以降も、トレーニングは毎日きちんと続けている。最近はそのおかげか前世くらいには動けるようになってきていた。これで少しは俺が生き延びる確率も上がってくれたらいいんだけど。
俺の返答を聞いた夏油はちょっと眉を下げて言う。
「流石だね。筋もいいし、うかうかしてるとすぐに追いつかれてしまいそうだな」
私も頑張らないと。そう言いながらずるると麺を啜る。
「その調子で明日の任務期待しているよ」
「ま、それなりに頑張るつもりだよ」
俺はぼんやりとした返答をした。実は明日、とある町の霊園で任務があるのだ。3級が複数体確認されたということで一応1年生4人で担当することになってはいるけど、正直一瞬で終わりそうだなと思っているのはきっと俺だけじゃない。
いつの間にか3分経ったようで、俺はさっさと蓋を開けた。甘じょっぱい独特な香りに自然と頬が緩む。箸を手に取ってふうふうと息を吹きかけ、ずるっと麺を啜る。うん、久しぶりに食べると結構美味いな。
深夜飯の背徳感という極上のスパイスを感じながら麺を啜っていると、一足先に食べ終わった夏油がこちらを見ているのに気づく。肘をつくように両手を組んでその上に顎をのせ、ニコニコと微笑みながら向けられる視線に耐えられなくなった俺は、思わず尋ねてしまった。
「……部屋、戻らねえの」
「冷たいなあ。もう少しくらい話をしてくれたっていいじゃないか」
2人で話す機会なんてあんまりなかったんだから、と夏油は言う。そりゃそうだろ。俺があんまりお前と一緒にならないようにしてたんだからな。なんとなく嫌な予感を感じつつも、目の前のカップ麺を残すわけにもいかない。黙って食べ進める俺に、夏油は言った。
「前から君とは2人でちゃんと話してみたかったんだよね」
「そうか、生憎俺はそこまででもないな」
俺は冷たく突き放すように言う。やばい、さっさと部屋に帰りたくなってきた。折角の深夜飯を味わう余裕もないとは悲しいね。心なしかさっきよりあんまり味がしない。そんな俺の内心に気付いているのかいないのか、夏油はマイペースに続けた。
「話題は色々あるよ。例えば……」
きらり。目の奥が光る。
「君の飼ってる呪霊のこととか」
俺は箸を止める事無く麵を啜り続けている。そうだろう。俺とお前がふたりで話すのなんて、そのこと以外にあり得るわけがないんだから。俯きがちだった顔をそっと上げると視線が合う。にこりと微笑まれたので俺はすいと視線を戻し、箸で麺をつまんだ。
「……俺は何も話すことはねえぞ」
「まだ何も言ってないよ」
ため息をつきながら顔を傾ける夏油。頬杖を片手だけにしたのか、俺の視界の端で黒髪が揺れる。
「でもそんなことを言うってことは、何か私に聞かれたくないことでもあるのかな」
どことなく夏油の笑みに深みが増した気がする。めんどくさい展開になったのを感じながらも、俺は箸を止めない。
「別に俺は、何も」
「知ってるだろう? 悟の目は私達なんかよりすごく良くてね。他人には見えないものまで見えるんだ」
急に何を言い出すんだろうと思いつつも、話を遮ることができない。部屋の蛍光灯が切れかかっているのか、光が一瞬揺らいだ。
「それである時、教えてくれたんだよ。『あいつは左目の呪霊の術式を使ってる』って。しかもその術式は未来予知に近いものだって言うんだ」
当たってるかな?なんて言う。俺は何も言わずに揚げにかじりついた。肯定も否定もしないけれど、どうせこいつのことだ、何もかもわかっているに違いない。確証がないまま俺に話をするようなやつじゃないってことは、この短期間で嫌というほど知っている。
……つかこいつらにそこまでバレてるのか。恐るべし六眼。まあ、そういう眼だって忘れてバカスカ左目使ってた俺も俺だけど。
「ただそうなると疑問が出てくるんだよね」
夏油の声が真剣みを帯びる。両肘をついて、開いた手のひらの指先だけを合わせる独特のポーズをとった。
「君は私のような呪霊を従える術式を持っていないのに、どうして特級呪霊の術式を使用できるのかな」
真っ黒い目が、静かにこちらを見ている気配を感じる。
「いったい彼らとどんな"縛り"を結んだんだい」
……"縛り"。
よく分からない単語だけど、字から察するに悪魔との契約内容を話せってことか。
――『あら、いい男じゃないか。あんたになら顔を使わせてもいいぜ』
――『契約は……そうだねェ。あんたの身体を食わせろ。それで契約成立だ』
――『お前たちの片目に住ませろ! その条件を吞めるのなら契約してやってもいい』
――『なぜならお前たちは、未来で最悪の死に方をするのだから!』
――『
炎、お願い。私のすべてをあげるから』
――『この人を、守って』
俺は静かに顔をしかめる。
……嫌な事思い出した。
「俺は何も知らねえよ」
ずず、と残り少なくなった麺を啜り、汁を飲む。そう答えたのにも関わらず、夏油の口角はわずかに上がっていた。
「その割には随分と辛そうに見えるけど?」
「さあな」
そこでちょうど容器が空になった。夏油の返事もそこそこに一生懸命食べた甲斐があったってもんだ。若干胃が苦しい気もするけど、これ幸いにと俺は立ち上がる。
「ごちそーさん。また明日な」
「ああ、また明日」
俺はさっさと共用スペースを後にする。
もう一押しかな、という言葉は聞こえないふりをして。
***
結局その後少ししたら眠気がやってきて、また眠ることができた。ただし睡眠時間は短くなってしまったため、あまり疲れが取れたとは言えないが。
あくびをこぼしながら4人で山道を歩く。霊園はちょっとした山の中にあり、駐車場までそれなりに距離があるのだ。
ちなみに当初の予定である任務は案の定一瞬で片付いてしまった。そのため現在補助監督の待つ車までの道中を歩いているのだが、如何せん暑すぎる。木陰がなかったら確実に死んでたね。せめて"帳"が下りていたら陽の光が遮られてもう少し変わったかもしれないけど。ふあ、とあくびをまたひとつ。するとほぼ同時に夏油も口に手を当てていた。
「眠そうだな、ふたりとも」
「まあね」
家入の言葉に返答した夏油がこちらに目配せをする。その胡散臭い意味深スマイルをやめろ。家入と五条が不思議そう&不審そうにしているのを敏感に察知した俺はすぐさま話を逸らした。
「にしても、夏休みって言葉を知らねえのかこの学校は」
「一応ありはするけど、結局任務で潰れちゃうからあんまり意味ないよね」
夏油は苦笑した。確か連続した休みはお盆前後に数日間あったくらいで、それ以外はほとんど任務で埋まってしまっている。授業がないのをいいことに、かなり遠方への任務もいくつか組まされていた。うんざりした様子の俺に、ダルそうな五条が言う。
「どれもこれも夏に肝試しなんかする馬鹿が悪いんだよ」
「そうだな、全部夏の――」
どくん、と心臓が嫌な音をたてる。
暑さのせいか、うわんとセミの鳴き声が大きく感じた。ぶわりと汗が噴き出す。ぞわぞわと腹の底を得体のしれない何かが這いずっているような、そんな気色悪い気配までし始めた。
……これは。この、気配は。予感は。
『来たか』
脳内で未来の悪魔の楽しそうな声が響く。心の底から待ち遠しくて仕方がなかったような声だ。
俺は思わず足を止めていた。明らかに冷静でいられるわけがなかった。数歩進んで気が付いたらしい3人はそれぞれ足を止めてこちらを振り返る。
「どうした?」
「なんか顔色悪くね?」
熱中症か、という家入の言葉が遠くに聞こえる。その間も心臓は耳元でなっているのかと思うほど五月蠅い。
覚えてる。この肌が粟立つ感覚も、もう二度と味わいたくないと思っていた気配も。嫌というほど、覚えている。俺は思わずごくりと生唾を飲み込んだ。
「(……どうして)」
おい、と呼びかけられながら肩を掴まれ、俺はようやくハッとする。目の前には冷静な家入の顔があった。彼女が吸っている煙草の臭いが鼻を掠める。
「大丈夫か?」
「ぁ? ああ、うん。平気だ」
悪い。へらりと笑ってなんとか誤魔化すが、家入はまだ納得していなさそうだ。だけど心臓はまだバクバクと騒いでいる。
……確かめなくちゃならない。
俺が、この目で、確かめなくちゃ。
居ても立っても居られなくなり、なんとかそれらしい言い訳を絞り出す。
「ごめん俺ちょっと用事思い出したから先帰っててくれ!」
「は?」
「あ、おい!」
呼び止める五条の声を無視してさっさときた道を戻る。初めは早歩きだったけどちょっとずつ早くなるのが自分でもわかった。今ではほとんど走ってしまっている。だけど、心臓が五月蠅いのは、息が荒くなるのは、きっと走っているせいだけじゃない。
……脳裏に、今朝見た悪夢が過る。
「(ありえない)」
何かの間違いだ、そうだ、きっとそうに決まってる。そうであってくれ。そうじゃないと、そんなの、おれ。
道を進んでいると少し開けた場所に出た。当初の目的地である霊園に出たのだ。そこで俺は思わず足を止める。ひゅうるりと吹いた風が、俺の伸びた髪を揺らした。
俺から約数十メートル離れた場所……一面に広がる墓地の中心に、そいつは立っていた。
もう二度と会いたくなかった、そいつが。
「なんで」
なんでお前が、ここにいるんだよ。
「……銃野郎」
零れた言葉はあまりにもか細いものだった。
陽炎が揺らぐ真夏の炎天下。俺の視線の先にいる人物――アキの顔をした銃の魔人は、こちらを見て、確かに、笑っていた。
何も見たくねェ…な転生者お兄さん
→悪夢から覚めても悪夢。可哀そうにね。勘のいい皆様にはこれからの展開がおわかりでしょう。そういうことです。
深夜の誘惑に勝てなかった最強の片割れ
→おいしいよね、緑のたぬき。ちなみに天ぷらは汁でひたひたにふやかしてから食べる派。
若干の仲間外れ感にもにょ…となる最強の片割れ
→なんだよ俺も誘えよ! 高専に入ってから初めて食べたカップ麺に感動して色々食べてたら可愛い。
割とどうでもいい紅一点
→お前らいつの間に仲良くなったの?(なってない)