ハイビスカスがよく似合う

 それから私たちは進級し、2年生になった。同級生が4人しかいないのでクラス替えもないからあまり変わり映えはしないけれど、後輩がふたり出来たのは大きいだろう。灰原も七海も一般家庭の出身らしく、本格的に呪術を学ぶのはこれが初めてだそうだ。灰原は溌剌として活発、七海は冷静沈着と一見正反対に見えるけどふたりとも根が真面目であるところは似ているように思う。現に互いに馬が合うようで、よく談話室で一緒に居るところを見かけた。

 ふたりとはいい先輩後輩関係を築いているつもりだけど、彼女はその中でも別格だろう。人と距離を縮めるのがうまいというか、とにかく私達2年生の中で誰よりも先に後輩と仲良くなったのは彼女だと断言できる。特に灰原とは気が合うらしく、昨日の体術の合同授業の合間にも昨日見たテレビの話をしていた。なんとなく空気感や雰囲気が似ているから話が合うのかな、なんて思ってみたりもして。

「犬が2匹に増えたな」
「……それ絶対本人達の前で言うなよ」

 ヘラヘラ軽口を叩く悟を軽く流す。私も似たようなことを思ってたからあまり強く否定は出来ないけど。
 授業と並行して任務に赴き、その合間に同期と各地へ遊びに出かけて。月日は着実に流れていった。呪術師という職業柄きついことも多いけれど、こういう日々がこれからもずっと続いていくんだろうなと思うような日々だ。

 そんな私たちは、今――

「めんそーれ!」

 ビーチに浮かれた悟の明るい声が響く。すると傍で汐音が訂正した。

「さとるー、『めんそーれ』はいらっしゃいませって意味だから、さとるーが使うのは違うよー」
「じゃあなんて言うんだよ」
「んー 普通に『はいさい』でいいんじゃない? こんにちはーって」
「んじゃそれでいいわ」
「あ、りーこーは女の子だから『はいたい』ねー」

 性別によって変わるのが面白いと感心する理子ちゃんを他所に、悟ははいさーい!と楽しそうに言う。

 白い砂浜。青い海。照り付ける太陽。
 私達は現在、汐音の故郷である沖縄に来ていた。


***


 ここに至るまでの経緯を説明するために、少しばかり時間を遡る。

 天元様からの命を受け、私と悟は星奬体の護衛任務にあたっていた。天元様とは呪術高専など重要な場所に結界を張るために必要不可欠な存在で、不死の術式を持った呪術師だ。そんな天元様も老化には抗えないため、500年に1度肉体を一新する必要があるらしい。それに選ばれた人間が星漿体であり、今回の護衛対象である少女……天内理子だ。

 来たる満月の夜に向けて私と悟は彼女の護衛にあたっていたのだが、私のミスで使用人の黒井さんが囚われてしまった。さてどんな無理難題を吹っかけてくるかと少々気を重くしながら反応を待っていると、相手が黒井さんの受け渡し場所に沖縄を指定してきたのだ。何故わざわざそんな偏狭なところに、と思う私を他所に、飛行機を手配する悟がソファにふんぞり返りながら言う。

「ま、この感じだと昼ぐらいまでには片付くんじゃねえ?」
「そんな適当な……」
「だから心配すんじゃねえよ」

 その一言で悟の言葉の意図が理解できた。ちらりと視線を動かせば、隣に座る理子ちゃんは膝の上に手を置いて不安そうにぎゅっとスカートを握りしめている。彼女を励ますためだったのか。ならばと私も便乗する。

「そうだね。ちゃっちゃと終わらせて、いっそ観光でもしようか」

 その言葉に悟が思いついたように「そういえば」と私に問いかけてきた。

「あいつ今実家帰ってるんだっけ」
「え? ああ、そうだね」

 悟の言う『あいつ』とは恐らく汐音のことだろう。彼女は昨日から実家の沖縄に帰っているのだ。確か身内に不幸があったんだとか。
 ……そこで悟の考えがなんとなく読めてしまった。

「おい悟。まさか汐音を巻き込むつもりか?」

 彼女は同じ高専所属の呪術師だが、流石に私情で関わらせていい任務じゃない。端的に言って無理だろう。

「別にそんなんじゃねえよ」

 でも、と悟は続けて言った。

「偶然、たまたま、奇跡的に現地で出くわしたんならまあ、仕方ねえだろ?」

 ……と、いうわけだ。
 なかなか突飛な話だから、十分説明できてるか不安になるけどこれが事実なんだから仕方ない。まさか本当にお昼には取引相手の尋問まで終わらせるなんて私も思わなかったんだし。

 ちなみに彼女には事前に連絡したうえで朝空港で待ち合わせた。先生には偶然会ったというていで「土地勘があって対象と同姓の汐音がいたほうがリスクが減る」とかなんとか説明していたけど、多分単純に観光用の現地ガイドにしたかっただけなんじゃないかなと私は推測してる。

 当の本人は初め戸惑っていたものの、今はすっかりその気になったらしい。移動中の車内で「泳ぎたい? ならあのビーチがいいかねー」なんて言ってのける姿はまさしく現地民って感じだった。方向音痴の割に土地勘は働くなんて不思議だけど。ついには「しょうこーも一緒に来れたらよかったのにねぇ」と別の任務があった硝子のことを心配までしていた。
 理子ちゃんに引っ張られて海に入る黒井さんを見ながら「楽しそうだねえ」と笑う汐音に私はさりげなく提案する。

「君も着替えてきたら? 時間はまだあるんだし、泳ぐくらいなら出来ると思うよ」
「? なんで着替えるばー?」
「え? だって海に入るんなら水着が要るだろう?」

 そう言いながら彼女の服に視線をやる。彼女はオーバーサイズのTシャツに短パン、ビーチサンダル――島ぞうり、と彼女は言っていた――を身につけていた。途中で着替えてもいなかったから中に水着を着ているわけでもなさそうだし、とてもじゃないが泳げるとは思えない。するといやいや、と顔の前でひらひら手を振りながら笑う。

「うちなーんちゅは水着なんて着ないよー 沖縄で水着着るのは観光客だけさーね」
「え、そうなの」

 下着もそのまま普段着で泳ぐなんて、ダイナミックすぎる海水浴だ。彼女の水着姿が見られなくてちょっと残念な気持になっている自分自身がいることに驚いていると「というか」と汐音が続ける。

「海来てもほとんど泳がんしねー」
「え、じゃあ何するの?」
「ビーチパーティさー」
「ビーチパーティ」

 聞き慣れない単語だったので思わず繰り返してしまった。彼女曰く、海辺でやるバーベキューのことらしい。海はあくまで背景ってことか。なんというか、海があるのが当たり前の生活って感じがした。
 久しぶりに異文化に触れるような話をしていたら、遠くで悟がしびれを切らしたように私達の名前を呼ぶ。

「いつまで駄弁ってんだよ!」
「どっちが遠くまで泳げるか競争じゃ!」

 続けて理子ちゃんも声を張り上げた。とても楽しそうなその姿に、思わずこちらも笑ってしまう。

「行こうか」
「うん!」

 それから私たちはひとしきり遊び倒した。初めは日帰りの予定だったけど、急遽予定を変更して一泊することになった。移動中の車内で理子ちゃんと汐音はこれから向かう水族館について色々話している。

「ジンベイザメ見たことあるねー?」
「映像では見たことあるが、実際に見るのは初めてじゃな」
「そうなの!? じゃあでーじ驚くと思うよー しおんも初めて見た時はしにびっくりしたさー」

 楽しそうに笑いあうふたり。たった数時間でこれだけ仲良くなるとは……流石汐音といったところだろう。これだけ見ると任務なんて関係なく普通の女の子同士の談笑にしか見えないな。
 ビーチからそこまで距離が無かったため、程なくして水族館に到着した。駐車場から距離があったため全員で入り口まで歩く。さんさんと降り注ぐ日差しが痛い。それにしてもと私は周囲を見回しながら言う。

「平日にしては人が多いな」
「営業時間伸びてるからねぇ。でも夏休み直撃してたらもっと混んでるよー」

 あっけらかんと汐音は言った。流石観光地〜と悟が笑う。

「花火とかイベントがあるとしにやばいよー 大渋滞で帰るのに2時間以上とか」
「それは……疲れそうだね」

 想像しただけでぐったりしそうだ。
 館内は空調が効いており、外に比べて格段と過ごしやすい。ゆったりとそれぞれのペースで館内を巡る。展示されている水槽を覗き込んでは一喜一憂する理子ちゃんの横で、黒井さんも嬉しそうだ。ムードもへったくれもない悟が騒がしいけど、理子ちゃんが楽しそうならそれでいいか。汐音は何度か訪れたことがあるようだが、久しぶりなのもあって楽しんでいるように見える。

「東京の水族館にも行ったけど、やっぱ美ら海はいいねぇ」

 なんて言いながら嬉しそうにはにかんでいた。
 いくつかの水槽がはめ込まれた暗い通路を辿った先、いきなりさっと視界が開けたと思ったらメインの大水槽へ辿り着いた。首が痛くなりそうなほど大きな水槽の中を悠々と泳ぐジンベイザメ。その周りをくるくる回る多種多様な魚たち。先ほどまで悟につられてはしゃいでいた理子ちゃんが水槽に釘付けになっている。その横顔から察するに、圧倒されているようだ。確かに、気持ちがわからなくもない。

「これは、すごいな……」
「ジンベエでーじ大きいねぇ」

 しおんも好きさぁ、ずーっと見てたいくらい。なんて彼女も笑う。水槽から差し込んだ光がゆらゆらと頬を照らして、まるで私たちも同じ水の底にいるかのような感覚になる。メインなだけあってそれなりの人が足を止めて水槽を見上げているため騒がしいはずなのにそれが気にならない程、不思議と気持ちは落ち着いていた。

「ね、りーこー」

 汐音の囁くような声が聞こえる。それとなくそちらに視線を向けると、彼女が理子ちゃんに向けて優しい笑みを浮かべていた。

「だいじょうぶよー」
「……え?」
「思うことがあるなら、言った方がいいさー 遠慮なんていらんよー すぐるーもさとるーも優しいから、きっとだいじょぶさーね」

 汐音の言葉に、黒井さんの表情がわずかに動く。何か、思うところがあったのかもしれない。
 理子ちゃんが少しだけ黙ってから、うんと頷く。その顔はどこか思い悩んでいるように見えた。

 水族館を後にしてからはホテル近くのレストランで夕食をとった。メインは豚しゃぶを売りにしているらしいが、メニュー自体は沖縄の郷土料理が豊富にあって見ているだけでも面白かった。じゅーしぃ?と呼ばれる炊き込みご飯や白身魚の天ぷら、海ぶどうなんかの海鮮を食べたのだがどれも絶品で驚いた。終始和やかに食事は進んだけど、悟にのせられるままにゴーヤーチャンプルーを食べた理子ちゃんがこの世の終わりみたいな顔をしてたのはちょっと可哀想だったな。

 ホテルで一泊した次の日の朝食はホテル内のレストランで食べることにした。バイキング形式らしく、洋食や和食の中に沖縄料理も混じっている。その中に目ざとく宿敵を見つけた理子ちゃんが親の仇とでも言いたげに睨んでいたのが面白かったはここだけの秘密だ。汐音に「このちゃんぷるーはしっかり味染みてるからだいじょうぶよー」「ポークと一緒に食べたらおいしいさあ」と薦められていたけど、断固として首を縦に振らなかったのはどう考えても悟の責任だろう。

 飛行機の時間が迫ってきていたのでそのまま空港へ向かう。思ったより時間が押してしまったため、昼食はA&Wというローカルファーストフード店のハンバーガーをテイクアウトすることに。なかなかアメリカンというか、ジャンキーな味わいで癖になりそうだ。汐音にすすめられるままにルートビアを飲んだ悟が悶絶していたのは、多分理子ちゃんの敵討ちだと思う。とにかく終始笑いの絶えない車内だったことは確かだ。

 那覇空港のロビーにて。汐音はまだ法事が済んでいないため理子ちゃんとはここでお別れだ。2日後の飛行機で高専に帰るという話をしていると、理子ちゃんがそわそわとし始める。それに気づいたらしい汐音が理子ちゃんに声をかけた。

「ありがとねぇ、りーこー でーじ楽しかったさー」
「いや、妾は何も……というか、巻き込んでしまったのはこっちのほうだし」
「いいよー遠慮なんて。いちゃりばちょーでーさね」
「な、なんじゃそれは」
「沖縄の方言でね、『一度会えば兄弟』って意味よー」

 だからしおんたちはもう姉妹ってこと!と嬉しそうに笑う。

「また会おうねぇ。今度は一緒に東京観光したいさー」

 手を握り、汐音は笑いかける。理子ちゃんはぐっと口を一文字に引き結んだかと思うと、小さく微笑み頷いた。
 飛行機に乗り込む。あっという間だったなと思いながら私はシートに背を付けた。飛行機が飛んでいる間、理子ちゃんはずっと窓の外を見ていた。その物憂げな横顔は何を考えていたのだろう。

 ……結論から言うと、ふたりの約束は2度と果たされることはなかった。
 何故か。

 その日、天内理子が死んだからだ。



【ざっくり! 沖縄語解説】
・めんそーれ……意味:いらっしゃいませ。本編を読んだ時に若干引っかかっていたので今回夢主ちゃんに指摘してもらいました。満足。

・はいさい……意味:こんにちは。ちなみにこれは男性が言う場合で、女性の場合は「はいたい」になる。

・水着問題……沖縄の海で水着着るのはほぼほぼ観光客です。男子は水着着たとしても女子はほぼ着ない。理由はよくわかんないです。Tシャツ短パンでザブザブ入ります。そもそも前提としてマジで海に入らないんだけどね。

・ビーチパーティ……海でやるバーベキューのこと。新人歓迎会とか打ち上げとかでよく企画される。なんなら高校の遠足とかで行く。え、みんなビーチパーティしないの? 砂浜でビーチバレーやってボールが海に行っちゃってそれをお調子者の男子が海に飛び込んで取りに行ったりとか遭遇したことないの? その後ボールそのまま続けるからボールが砂まみれになってレシーブするたびに砂が飛び散って大変っていう経験しないの? え……?

・じゅーしい……沖縄伝統の炊き込みご飯。季節行事で食べたりもするし、コンビニとかにおにぎりとして売ってたりする。美味しい。

・沖縄天ぷら……沖縄の天ぷらは衣がぷわぷわで食べ応えあって美味しいんだこれが。学校の近くに店があったりすると、部活帰りの学生がおやつ感覚で食べたりとかする。おススメは白身魚。でもモズク天も美味しい。

・ゴーヤーチャンプルー……きっと一番有名な沖縄料理。あんまり火が通ってないシャキシャキのやつは結構苦みが強いけど、しっかり火が通ってれば意外といけたりする。ただものによっては火が通ってようがどうしようもなく苦い奴もある。要は運ゲー。

・A&W……沖縄にしかないハンバーガー屋さん。通称エンダー。脂質マシマシのとてもアメリカンな味がする。よくわからんグリグリした形のフライドポテト(伝われ)がカリカリしてて個人的に好きです。あとエンダーのオレンジジュースは濃い目で美味しいよ! 機会があれば是非!

・ルートビア……エンダーにある謎の炭酸飲料。湿布の味がする。そのため好き嫌いが非常に分かれる。私はあんまり好きじゃないです……。

・いちゃりばちょーでー……意味:一度会えばみんな兄弟。一期一会的な意味で使われることが多い。