ふたりで訪れたのは米花デパート。1度に買いたいものがそろえられるだろうと思ってのことだ。休日だからだろう、かなり人が多い。はぐれては困ると思い、俺は店内でずっと色の手を掴んでいた。相変わらず冷えた手だなと思ったがこの際気にならない。色は特に嫌がる様子も見せず、黙って大人しく俺に手を握られていた。
まず何よりも先に買ったのは靴だ。服は彼女が最初俺の部屋の前で横たわっていたときに着ていたもの(洗濯済)を着ているが、初めからつけていなかった靴だけはどうしようもない。俺のを付けさせるわけにもいかないし、かといって裸足は……。というわけで、裸足の色を少しの間だけ車内に待たせ、大急ぎで歩きやすそうなサンダルを買ってきたのだ。
次に買ったのは色の布団。それから生活必需品のこまごました小物。服は時間がかかりそうだと思ったため後回しにする。好きなデザインはあるかと聞いてみれば、特に無いと言われてしまったのでほとんど俺が選んだ。本当に無頓着だな。そのため全体的にシンプルな感じにまとまっている。比較的明るい色を選んだのは少しでも女の子らしさを出そうという俺の懸命な努力の結果だ。その努力が色に伝わるかどうかはまた別の話である。
大荷物になってしまったため一度車に荷物を置く。さて、次に買うのは服だ。女性服の専門店は何階だったかな。デパートの店舗案内を見ながらどこがいいかと吟味していると、後ろから見知った声で名前を呼ばれる。
「あれ? 安室さんじゃないですか」
思わずぱっと振り返れば、バイト先の喫茶店でよく見かける女子高生ふたりと小学生探偵。
「こんにちは蘭さん、園子さん、コナンくん」
「こんなところで会うなんて偶然ですね。買い物ですか?」
「ええ、まあ。皆さんもですか?」
「新しいワンピが欲しいなーって思って蘭と買い物に来たのよ。まさか安室さんに会えるとは思ってなかったけど!」
「僕は蘭姉ちゃん達と一緒にご飯を食べてこいって、おじさんに言われてついてきたんだ」
「なるほど、そういうことでしたか」
「ところで安室さん、その女の子は?」
「もしかして、安室さんの妹とか!?」
コナンくんが不思議そうに尋ねた。蘭さんや園子さんは興味ありげに身体をかがめて色に顔を近づける。色はいまいち状況を飲み込めていないようで、まばたきを繰り返したながら3人の間でうろうろと視線を彷徨わせていた。
「遠い親戚の子なんですけど、色々あって今一時的に預かってるんです」
「へえ……そうなんですか」
こんにちは、はじめましてと女子高生ふたりが話しかける。色はどうしていいかわからないといったようにきょとんとした表情を浮かべたままだ。
「色、初めましての人には挨拶ですよ」
そっと教えてやる。色はちらりとこちらを見上げるとまた視線を彼女たちに戻し、ぎこちなく挨拶を返した。
彼女たちは「色ちゃんっていうのね!」「声も大人っぽくて可愛い!」とまるで本当の妹が出来たかのようにはしゃいでいる。そこでふとある考えが浮かんだ。
「そうだ、蘭さん園子さん。おふたりにお願いがあるのですが」
「なんですか?」
「これからこの子の服を買ってあげようと思うのですが、もしよろしければ選ぶのを手伝っていただけませんか?」
女性ものの服は選ぶのが難しくて、とそれらしい理由をくっつけてみれば、ふたりは笑顔で応じてくれる。
「そんなことならお安い御用よ!」
「私たちでよければ、選ぶお手伝いさせてください」
「本当ですか! ぜひお願いします」
爽やかな笑顔を作って、彼女たちにお礼の言葉を述べる。じゃあ早速行きましょうかと言えばふたりは色の手を取って俺の前を歩き始めた。その姿は傍から見ればまるで姉妹だ。見ていてなんだか微笑ましい気持ちになる。
「そういえば色ちゃん、苗字はなんていうの?」
園子さんの言葉を聞いて俺は内心どきりとした。幸い顔には出なかったから隣を歩く小さな探偵には気づかれなかっただろうけど。ああそうかしまった、彼女の苗字を決めるのをすっかり忘れていた。
結論から言うと、色は苗字を持っていない。
仕事を一緒にし始めた時に苗字について聞くと「覚えてない」と返されたのだ。その時は「苗字を覚えてないってなんだ……?」と少し混乱したが、仕事をするようになって気づいた。別に苗字が無くても普段から"人形"や下の名前のみで呼ばれているのだから生活になんの支障もきたさない。ただそれだけのことだった。呼ばれることがない呼び名なら忘れてしまうのも無理はない。
でもまあ、聞かれてしまえば困るのは当然のことである。他のみんなは持っているのだから、尚更。
色は俺との約束を律儀に守っているため、口を開かずにこちらに視線を送った。それにつられるようにふたりも、ついでに言えばコナンくんも、不思議そうにこちらを見る。これは、何か言わなくては。
フル回転する頭でなんとか紡ぎ出した言葉は、どこに引っかかることもなく素直に零れた。
「この子の苗字は十六夜。だから、フルネームは十六夜色ですよ」
気づいたころにはもう遅い。
焦ったからとはいえ、"あの子"の苗字を言う必要はなかっただろ! ただでさえ似てるのに自分で寄せて行ってどうする!! 俺の大馬鹿野郎!!
対するふたりは気にする様子もなく「苗字も可愛い」なんて言ってはしゃいでいる。
ひとり静かに自己嫌悪に陥りながら何とも言えない顔をしていたら、隣のコナンくんに何かあったのかと尋ねられた。何でもないよと返すので精いっぱいの俺の様子を見て、彼の表情が探るようなものから何か可哀そうなものを見るような目に徐々に変化していったことを、俺は知らない。