因みに私たちは取り調べをされなかった。ママが警察官に犯行時刻まで5人とも一緒に居たため犯行は不可能だということを言ってくれたらしい。『勝手に喋るな』と事前に言われている以上、取り調べをされても私は何も話すことが出来ないのだから助かった。
少女たちに挟まれてぼうっとしている間に、どうやら容疑者は3人まで絞り込まれたらしい。細身の男の人と、大柄な男の人と、派手に着飾った女の人の3人だ。話を聞くに、3人とも刺された女性と親しい仲だったのだとか。その上3人とも女の人を刺す理由があるらしい。
この中に犯人がいるだろうということまではなんとなくわかってはいるが、どれも決め手に欠けるようだ。警察もママも、あの小学生に至るまで皆険しい顔をして頭を悩ませていた。
――何を悩むことがあるんだろう。どう考えても犯人はあの大柄な男なのに。
私がなぜこの結論に至ったのかと言えば簡単だ。一人だけ"臭い"がするのである。仕事をするときによく嗅ぐ"
本人はうまく隠せているつもりかもしれないが、私の人一倍執念深い鼻は逃すことなくその"
どうやらそのことに気づいているのは私だけらしい。警察はまだしもママなら気づいているかと思っていたのだが、そういうわけでもないようだ。
だがまあ、犯人がなんとなく分かっただけで証拠や犯行方法は依然としてわからないままであるのだから、私に出来ることは何もない。せいぜい男のことを遠くから見張っててやるくらいだろうか。それも警察がやってるのだから、わざわざ私がやることでもないだろうけど。
特にやることもなく女子高生ふたりに挟まれて現場を見ているが、雰囲気からするにまだまだかかりそうな気配がする。今のうちにお手洗いに行っておこうか。少女ふたりに一言告げてからその場を離れる。お手洗いの場所を聞くのを忘れたけど目と鼻の先だったようで助かった。この靴は歩きにくいんだ。さっと済ませてママに見つからないうちに現場に戻ろう。
「捕まってたまるかよ!」
現場に戻る途中で不穏な声が聞こえた。焦ったような男の大声である。何かあったのかと声のしたほう――事件現場に目を向けて見れば、静止をものともせず飛び出してくる男の姿が見えた。その男は犯人候補の一人、殺意が隠しきれていなかった大柄な男である。
ああやはりあの男が犯人だったかと思っていると、不意にその男と目が合ってしまった。
男はにたりと、下品そうに笑う。短絡的な男の行動が瞬時に予測できたが、この踵の高い靴ではうまく逃げられん。しくじった。
そうしているうちに私はあれよあれよと男の人質にされてしまった。首に男の太い毛むくじゃらの腕が食い込んで身体が浮かぶ。
完全に宙ぶらりんで足がつかない。しかも男はもう片方の手に刃物を持っているようだった。
「色!」
「その子を放せ!」
ママと刑事さんが焦ったような声を出す。だが男はわあわあと訳の分からない大声を出すばかりで聞き入れる様子もない。周りの人たちも男の様子を窺うようにひそめられた表情をしており、周囲の緊張感が一気に高まったのを肌で感じた。
正直この状況なら、この拘束を解き相手のナイフを奪って刺し返すことが出来るが、来る前にしたママとの約束『目立つようなことはしない』を破ることになる。逃げるだけなら、とも考えるがこの慣れない靴でどこまで走れるか……。いっそこの靴を放ってしまおうかとも考えたが、あのふたりがわざわざ時間を割いてまで選んでくれた靴だ。あまり粗雑には扱いたくない。
だがだからといって、このままずっと捕らわれているわけにもいくまい。少々危険だが……仕方ないか。
私は視線をママに向けた。しばらく視線を飛ばしているとママもそれに気づいたらしい。私にひたりと目を合わせてきた。なんだとでも言いたげに蒼い瞳が瞬く。次だ。
私は男が大声でわめいているときを見計らって大きく口を開いた。そして歯の音を鳴らすように二度開閉すると、口を閉じてママの指示を待つ。通じるかどうか賭けだったが何とか通じたらしく、ママは少しだけ考えるような表情を見せた。だが2秒も経たないうちに、決意を固めたらしい。真剣な顔で一度だけ確かに頷いた。
男のナイフが私から離れた瞬間を見計らい、私は大きく口を開けて首に食い込む男の腕に噛みついた。男が声にならない悲鳴を上げる。
鼻の奥をつんと鉄錆の臭いが刺してくるが、一切構うことなく食いちぎらんばかりの勢いで噛みつく。
拘束が緩まった隙を見て、男の腕の中からするりと脱出する。だが着地が上手くいかず、バランスを崩してしまった。私はなるべく身体をよじって、転がるようにして男から離れる。すると丁度そこにいたらしい少女ふたりが抱きしめるようにして私を受け止めてくれた。
「もう大丈夫よ」「怖かったでしょう」という少女達の声が聞こえたのと同時に、背後で殴る音と誰かが倒れる音が聞こえた。それから少しだけ遅れて警察官の大声が飛ぶ。
私が後ろを振り返るころにはもう、大柄の男はすっかり制圧されてしまっていた。