17 図星である

「色、怪我はありませんか!?」

 しばらく少女ふたりの腕の中で大人しく成り行きを見守っていると、ママが飛びつくように私の元へ駆けつけてきた。少女ふたりも急に来て驚いたのか「安室さん!」と声を上げる。ママのその表情は純粋な心配や焦りからくるようなものであった。周りの目も気にせずに私の肩をがしりと掴む。大丈夫だから、と私がいう前にママは険しい顔で口を開いた。

「頬に、傷が」
「え」

 傷なんかつけられた覚えはないが……と思いつつ頬を手の甲で拭うようにぐいとやれば、どろりとした血液が付着する。どうやら本当に怪我をしていたらしい。だがそこまで深い傷ではなさそうである。
 そのままこするように拭っていると、不意にハンカチを差し出された。差し出された方を見ればロングヘアの少女がにっこりと笑っている。

「よかったら使って色ちゃん」

 その柔らかな笑顔に私は戸惑う。ちらりとママを見れば、わかるかわからないかくらい小さく頷くのが見えた。私は躓きながらもお礼を述べて、少女からハンカチを受け取る。するともうひとりの少女が「結構血出てるし、ちゃんと手当てしたほうがいいんじゃない?」と提案した。それにロングヘアの少女も納得したらしい。

「近くのドラッグストアで消毒液とか買ってくるから、ちょっと待っててね」

 明るく言ってふたりは駆けていった。本当に大した傷でもないから別にいいのに。
 すると、そのタイミングでママが警察官から声を掛けられた。話をつけてくるからから少し待っていてくれと言われ、警察官が多く集まる場所に行ってしまう。私とママは立場的に警察のお世話になるわけにはいかないから、そういう意味で話をつけに行ったのだろう。待っていろという言いつけを守るため、近くのベンチにちょこんと腰かける。

「ねえ色さん」

 急に誰かに話しかけられたと思って、声のしたほうを見る。そこに立っていたのは、先ほど警察官たちに混じって捜査の真似事のようなことをしていた小学生の男の子だった。実に子供らしい表情を浮かべて遠慮なく私の隣に腰かける。

「色さんって、安室さんの親戚なんだよね」

 男の子は私の顔を覗き込むように話しかけてくる。そんなに話しかけられても私は何も言わないぞ。返事をしない私に構わず、一方的に男の子は喋り始めた。

「僕、安室さんに中学生の親戚が居るなんて知らなかったな」

 そりゃそうだ。私はつい数時間前に親戚ということにされただけで、実際はただの一時的な同居人に過ぎないのだから。

「ねえ、色さんって見たところ中学生くらいだよね? どこの学校通ってるの? というかどこから来たの?」

 一度にする質問が多い。どの質問も返答に困るやつだ。……というかこの子も私を未成年だと勘違いしているらしいな。まったく。

 ちらりとママの方を見ると、話をつけるのに少し時間がかかっているらしく、こちらの様子に気付いていない。かといって約束を破って迂闊に口を開くわけにもいかない。どうすべきか。

 私が喋らないのを見て、少年は眼鏡の奥の大きな瞳をきらりと光らせた。

「……もしかして、安室さんが居ないと喋れないの?」

 図星である。
 私が黙ったままなのを肯定と受け取ったのか、少年は得意げに笑っていた。

「だって色さん、話し始める時に必ず安室さんの方を見るんだもん。まるで話していいか確認するみたいにね」

 そんなところ見られていたのか。気が付かなかった。

「ねえ、色さんは一体何者なの?」

 こてりと首を傾げ、大きく聡明そうな瞳を得意げに光らせて私を見つめる。……これ以上黙っているのは、正直危険な気がする。

「私は……――」

 その場しのぎになればと考えなしに開いた口を、何者かによって塞がれた。
 視線を下に動かせばすっかり見慣れた色の濃い肌。

「約束はどうしたんです」
「……透兄さん」

 ママが少しだけ怒りを含んだ声色で私に声を掛ける。すぐに口に当てた手をどけてくれたのでその名前を呼ぶことが出来た。彼の目じりがほんのり下がる。かと思えばすぐに完璧な笑顔を張り付け、隣の少年に話しかけた。

「ごめんねコナンくん。この子人見知りで」
「ううん! 僕全然気にしてないよ!」

 先ほどまでとは打って変わって、あざといくらいに子供らしさを前面に押し出した声色でママと話す少年。もしかして二重人格者か何か?

「話もつけてこれましたし、帰りましょうか」
「わかった」

 私がベンチから立ち上がると、軽く急かすようにママが手を引いた。手を握る力がいつもより強い気がする。

「安室さん」

 そのまま立ち去ろうかという時、少年はママを呼び止めた。

「色さんてどこから来たの? 本当に安室さんの親戚?」
「凄く遠くから来たんだ。親戚っていうのも本当だよ。血のつながりは無いけどね」

 そうそう、あのふたりにもお礼を言っておいてくれないかな、今日は凄く助かったよ。それだけ言うと、ママは私の手を強く引きその場を後にした。


***


「勝手に喋るなといったでしょう」

 帰りの車の中、ママはため息をつきながら私に言った。

「ごめんなさい」
「……次からは気を付けてくださいね。特に、あの少年には」
「うん」

 その真剣そうな横顔を見て、頷きながら小さく肯定の旨を伝える。私の返答を聞いてママは運転しながらふっと口角を上げた。これ以上のおとがめは無いらしい。

 あの少年には、とママは言った。随分頭の回転が速い子だなとは思っていたが、まさか何かあるのだろうか。眼鏡の奥の瞳をきらりと光らせて不敵な笑みを浮かべるあの顔が頭を過る。何もかも見透かしてしまいそうなあの目は確かに、私がただの一般人ではないことを容易に見抜いてしまいそうだ。言われた通り、あの少年には気を付けるとしよう。もう二度と会わないかもしれないけど。

 窓の外は日が少し傾きかけていて、空の濃淡が微妙に変わっている。正常な目にはきっと綺麗な空のグラデーションが見えるのだろう。残念ながら私はその感動を味わうことは出来ないが。

「そういえば、すっかり昼食を食べ損ねてしまいましたね」

 何か買って帰りましょうか。明るい調子で言ったママの言葉に、私は小さく肯定の返事を返した。