財布を拾ってくれた男と別れてから私は一応確認のために店内をもう一周した。メモを吟味しながら確認したところ、売り切れているものを省いて買い漏らしは無いようだったので安心である。レジに並び、財布の中に入っていたお金ですんなりと会計を終えた。
店を出ようとすると出入り口付近にあの男が立っていた。どうやらレジを出るタイミングがほぼ一緒だったらしい。その割には買った物が出会った時と比べてあまり増えていないような気もするが。人のよさそうな顔で「おや、偶然ですね」なんて言ってくる。……白々しい。
そのまま店を出ようとすれば男もついてきた。さっきからどうしたんだこの人。私になにかあるんだろうか。
気にせず外に出ると、ざあざあと雨が降っていた。思わず足が止まる。
「ああ、結構降ってますね」
私の後ろについてきていた男が飄々と言い放つ。そんな彼をよそに、私はすっかり立ち尽くしてしまっていた。来たときは晴れていたから傘を持ってきていなかったのだ。私ひとりだったら別に走って帰るのだが、それでは買ったものが濡れてしまう。流石にそれは避けたい。雨が止むまで待っていてもいいだろうが、弱まる気配が一向にない。それどころか、時間が経つにつれて段々雨脚が増しているような……。
被害を最小限に抑えつつ帰宅する方法を思案していると、先ほどからずっと隣にいた男が「あの」と声を掛けてきた。
「もしよろしければ、送っていきましょうか。この雨ですし」
傘を持っていないんでしょう? 柔らかく微笑んで彼は私に提案する。確かに、彼に送ってもらえば濡れることなく荷物を家に持ち帰ることが出来るだろう。それはとても魅力的な提案だったが、私はふるふると首を横に振った。
「家」
「家?」
「……あんまり、教えたくない」
『家の場所を誰かに教えない事』これもママに言われたことである。曰く、プライベートをあまり人に教えたくないんだと。だから一時的な同居人の分際で、勝手に彼の自宅を会ったばかりの男に教えるわけにはいかないと思ったのだ。
相手の男の人は私の考えを知ってか知らずか「なるほど」と言って頷き、それではともうひとつの案を提示した。
「僕の家はどうでしょう。ここから近いですし、しばらく雨宿りするくらいなら構いませんよ。もし止みそうになければ、家の人に連絡を取って迎えに来てもらえばいいですし」
なるほど、確かにそれなら、まあ。
『早く帰ってこい』とはあの書き置きには書かれていなかったし、ママから特に言い聞かされているわけでもない。問題は無いだろうと判断し、私が軽く頷けば男の人は口元だけで笑って「決まりですね」と言った。
男の人の名前は沖矢昴というらしい。普段下の名前で呼ばれているのだと言っていたので、私もあやかって昴さんと呼ぶことにした。
君の名前はと聞き返されたので、決められたとおりに十六夜色と名乗る。それを聞いた昴さんは「可愛らしい名前ですね」と褒めた。
「色さん、と呼んでも?」
その問いかけに黙って頷く。すると昴さんは「じゃあ色さん」と言って、自身が持っていたレジ袋を私に渡した。
「僕がまず先に行って車をここまでまわしてきますので、少しの間だけこれを持って待っていてください」
「わかった」
素直に答えると、昴さんは優しく笑って駐車場の方へ駆けていった。手持無沙汰になった私はその姿を目で追いかける。1台の車に素早く乗り込み、エンジンを始動させる。数秒して車は動き出し、滑らかに私の目の前に停まった。助手席側の窓が降りて、昴さんが私に声を掛ける。
「買った荷物は全て後ろの座席に置いて、色さんは助手席に座ってください」
ドアのカギはかかってませんから引けば開きますよ。そう付け足される。私は言われたとおりに荷物を後部座席に置き、助手席に乗り込んだ。シートベルト、と言われたので言われるがままシートベルトを着用すると、車はまた動き出してそのままスーパーを後にした。
ぼんやりとした雨音のノイズだけが静かな車内を満たしていく。雨が降っているせいか道はそれなりに混雑しているようで、車は時折止まりながらものろのろと進んでいた。
車内で持て余した長い時間を埋めるように、昴さんは私に会話を持ちかけてくる。
「家はこの辺りなんですか」
「教えない」
「つれませんね」
「出身は」
「しゅっしん」
「どこから来たのか、という意味ですよ」
「……遠いところ」
「遠いところ、ですか。具体的な地名は教えてくれないんですね」
「……」
……とまあ、こんな具合に。
弾んでいるんだかいないんだかよくわからない会話のキャッチボールを暫らく続けているうちに車が止まり、エンジン音が多少静かになる。どうやら昴さんの家に着いたらしい。車の外を見ると、それはそれは立派な家が建っていた。
怪しげな洋館、という言葉がしっくりきそうな少々古びた――歴史を感じさせるお屋敷。所々外壁にツタが絡んでいるのが雰囲気に拍車をかけている。こんなところに彼は暮らしているらしい。ひとりで?
そんなことを考えていると、隣に座る昴さんからひょいと何かを渡された。これは。
「傘」
「ええ、もしかしたら降るかもしれないと思って車に積んでおいたんです。予備も兼ねて2本」
タイミングが良かった。と最後の一言は独り言のように零した。