24 宅配業者の方です

「は?」

 思っていた以上に乾いた声が漏れた。
 見間違いかと思い、目元をごしごしとこすって再度確認するが光は工藤邸から動かない。再読み込みを繰り返してみても結果は同じである。疲労で半開きになっていた目はぱっちりと見開かれ画面を凝視し、寝不足で鈍っていた脳は原因究明のため慌ただしく回転し始めた。
 
 なぜ色が、工藤邸に? 

 この辺りは色を乗せて車で通ったことは無いし、当然ながら色を工藤邸に連れて行った覚えは一度も無い。しかもここは家からかなり離れた場所にある。ひとりで知らない場所にわざわざ色が行くとは思えないし、道に迷ったとしてもこんなところまで来てしまうとは考えにくい。とすれば『誰かに連れてこられた』と考えた方が自然だろう。じゃあ、いったい誰が?
 
 そこまで考えてふとある男の顔が浮かんだ。
 工藤邸に仮住まいをしている大学院生の、含みありげに笑う顔だ。

 沖矢昴。それがあの大学院生の名前である。だが俺はあの大学院生のことを根本的に疑っているのだ。俺が殺したいほど憎んでいる赤井秀一を彷彿とさせる、あの男を。
 無意識のうちに固く拳を握りしめ、画面を睨みつける。

 ……あの男の仕業だと断定するにしても情報が足りない。何か他に得られるものは無いかと大急ぎで色のスマートフォンの画面を開くが、画面はブラックアウトしている。
 どうせなら盗聴機能も付けておくべきだったと遅い後悔をしながら画面に視線を戻したその直後、突然赤い光の点滅が消えた。あまりに急な出来事に、俺は思わず目を疑う。再読み込みを試みても変わらない。

 これで完全に地図上から色の反応が消えてしまったことになる。無意識のうちに舌打ちが飛び出す。電源を切られたか、破壊されたか、それとも……いずれにせよ色が心配だ。

「『知らない人についていくな』とも書き残しておくべきだったか……!!」

 苛立ちながら立ち上がり、独り言を零す。俺はPCの電源を落とし、椅子に掛けていたジャケットと鞄をひっ掴んで弾かれたようにデスクを後にした。エレベーターを待っている時間は無い。一段飛ばしで階段を駆け下り、地面を叩く雨に構うことなく車に飛び乗る。シートベルトを締め、エンジンを始動させた直後、猛スピードで駐車場を飛び出した。


***


 ゆるりと意識が首をもたげた。

 目に映るのは天井だ。それも昴さんの家の。背中にあたるのは座っていたソファのふかふかなクッション。どうやら知らないうちにソファに横になって眠ってしまったらしい。初対面の人の家でぐっすり眠りこんでしまうとは……。
 二度ほどまばたきをしてからゆっくり体を起こす。周りを見回しても誰も居なかった。窓の外を見るとまだ雨は降り続いていて、遠くでゴロゴロと雷の音が聞こえる。

「おや、起きましたか」

 ちょうど昴さんが部屋に入ってきた。一時的に部屋を出ていただけのようだ。

「気持ちよさそうに寝ていたので起こすのも悪いかと思って寝かせておいたんです」

 15分ほどですけどね。そう付け加えて優しく微笑んだ。眠る前と同じように、私の斜め前に腰かける。

「えっと……」
「気にすることありませんよ。君の可愛らしい寝顔を久しぶりに見させていただきましたからね」

 ウインクでもかましてきそうな雰囲気だが、生憎彼の細目ではしたかどうかも微妙だろう。もしかしたら実際によこしてきたかもしれない、が……――

 あれ? 今昴さん、『久しぶりに』って言った。
 てっきり初対面だと思ったんだが……もしかして私が覚えていないだけで、どこかで会ったことがあるのか?

 昔の記憶を引っ張り出し、脳内で確認作業をしていると急にインターホンが鳴った。すみません、と言ってソファを離れ、インターホンを確認する。こちらからはよく見えないが、モニターに表示された人物を見て、ふっと口角を上げた。「今行きます」と言って画面を切る。

「知り合い?」
「ええ。宅配業者の方です」

 すぐ戻りますから君はここにいてください。昴さんはそう言って玄関に向かった。


***


 法定速度ギリギリで車を飛ばし、知っている限りの裏道抜け道を駆使した結果、警察庁を飛び出してから15分もしないうちにで工藤邸にたどり着いた。家の前に車を駐車し、荒々しくドアを開ける。雨はいまだに振り続いているが、傘をさす手間すら惜しく感じたためそのまま外へ出た。
 はやる気持ちでインターフォンを押す。すると10秒もしないうちに「今行きます」とあの大学院生の涼し気な声が返ってきた。

 俺は門を開き、玄関に向かう。閉まっている扉をしばらく睨みつけていると、がちゃりと解錠する音がして扉が開いた。そこに立っていたのは、前に会った時と全く変わらない様子の男。
 ちらりと扉の隙間から玄関の中を確認すると、そこには外出時によく色が履く靴がそろえておいてあった。

 まだ、色はこの中にいるようだ。

 俺は無意識に拳を固く握りしめた。