25 まさかこんなところで再会するとは

 目の前の男はちらりと俺を一瞥すると、小さく首をかしげるように言う。

「何の用でしょう。……宅配の荷物は、無いようですが」
「白々しいですね沖矢さん」

 腕を組み、怒りを押し殺した完璧な笑顔を作って彼に言葉を投げかける。

「そちらに僕の親戚がお邪魔しているようなので、迎えに来ました」
「親戚……ああ、色さんのことですか。あの子、あなたと一緒に暮らしていたんですね」
「ええ、一時的にですけど」
「随分彼女に世話を焼いているようで」
「そりゃそうですよ。血がつながっていないとはいえ、親戚であるのに変わりはありませんから。世話を焼くのも当然です」
「それにしてはスマートフォンのハッキングにGPSまで、まるで監視しているようだ。ただの親戚の子にするにしてはおかしくありませんか。それとも、そうでもしなければならない理由が彼女に?」

 彼は飄々と言ってのける。色のスマートフォンについて知っているということは、やはりこいつが勝手に操作したらしい。じとりと睨みつけるが効果は薄いようだ。

「僕急いでるんですよ。正直、あなたと話している時間も惜しいくらいだ」

 笑顔を崩さずに、声色にだけ怒りを滲ませる。遠くで雷が落ちる音が聞こえた。雨音がますます強くなるが、俺は構わずしびれを切らしたように言葉を続ける。

「さっさとあの子を渡すか、そこをどいてくれませんか」
「それは出来ない、と言ったら?」
「強行突破、ですかね」

 ぐっと拳を固く握りこみ、いざとなればいつでも仕掛けられるような態勢をとる。相変わらず目の前の男は両手をポケットに突っこんだまま、余裕ありげな笑みを浮かべているばかりだ。……そういうところも、あいつを思い出して腹が立つ。

 まさに一触即発といったところで、この場にふさわしくないほどのんびりした声が響いた。

「透兄さん?」

 俺は思わず声のしたほう――沖矢さんの奥に見える玄関辺りに視線を送った。そこにはきょとんとした顔の色が立っている。沖矢さんもまさか来るとは思わなかったのか、珍しく驚いた様子で後ろの色を見つめていた。俺はその隙を逃さず、扉をふさぐように立っている男をぐいと押しのけ、家の中に入る。

「宅配業者の人は……」
「……この男に何を言われたのか知りませんが、帰りますよ。荷物持ってきてください」

 色は小さく頷き、ぱたぱたと部屋に戻ると、出かける際によく持っている斜めがけの鞄を肩に引っかけてすぐに戻ってきた。そのまま靴を履こうともたもたする色の靴をひょいと取り上げる。急な出来事にどう対応していいのかわからず、こちらを見上げてぱちぱちとまばたきを繰り返す色を横抱きの要領で持ち上げた。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。食生活を俺がきちんと管理しているため、初めて抱きかかえた時よりも多少重さが健康的に近づいているが、まだまだ軽い。

 ちらりと色の様子を伺えば、こういうことにはあまり慣れていないらしく、きょとんとした顔でこちらを見つめているばかりであった。置き場に困っている両手を俺の首に回すように指示すれば、黙って抱き着くように手を回してくる。

 そのまま工藤邸を後にしようとすると、あの男は飄々と色に声を掛けてきた。

「また来てくださいね、色さん」
「ご心配なく。もう二度と会うことはありませんから」

 色が返事をするよりも先に吐き捨てるように言って、俺たちは工藤邸を後にした。


***


「まさかこんなところで再会するとは思わなかったさ」

 工藤邸を後にするRXー7を見送って家の中に入り、玄関のカギを掛けつつ俺は呟いた。胸ポケットから取り出した煙草を一本口にくわえ、火をつける。そのまま自室に戻るための廊下を歩きながら、先ほどの少女のことを思い出していた。

 色と名乗った彼女は、潜入していたころから組織内でもかなり知られた人物である。単身施設に乗り込む色にジンが指示を飛ばしつつ、俺はそのサポートをする……という形で何度か仕事をしたこともあった。
 言われるがまま動き、躊躇いなく人命を奪っていくその姿はなるほど、まさしく"人形"だと、スコープ越しに感想を抱いていたのだ。組織を抜けてからも彼女の存在は脅威に思っていた。

「偶然……にしては、運が良すぎたな」

 数週間前にボウヤから彼女らしき少女の話を聞いてから安室くんと同居しているのは知っていたが、まさかここで会うとは。
 心の中で色々と理由を付けてから声をかけると、彼女は他人に接するのと変わらない調子で俺と対話をした。ほんの少し寂しさを感じたが……今は沖矢昴の姿をしているから、当たり前と言われればそれまでだろう。

 それとなく家へ誘導して色々と組織関連の情報を聞き出そうと思ったのは事実だ。だが、こんなに上手く事が運ぶとは思うまい。なんの躊躇いもなく俺の車に乗り込み、疑うことなく睡眠薬入りのココアを飲む姿は、言われたとおりに動くかつての"人形"と何ら変わらなかった。思わず笑みが零れそうだったのを何度堪えたことか。

 眠り込んだ少女を他所に、少女の携帯を確認した。最近新しく買い替えたのか中身はほとんど初期状態で、無駄足を踏んだかと思わず心の中で舌打ちをする。自身のPCに繋ぎ詳しく解析したところ、この携帯は何者かにハッキングされていた。誰が、と思ったところで少女の今の同居人の顔が浮かぶ。フッと、自身の口角が上がるのがわかった。

 玄関から戻る足でそのままキッチンに向かい、常備してある灰皿に灰を落とす。もう一度くわえて息を吸い込み、煙で肺を満たした。
 きっと少女の携帯をハッキングしたのは同居人の彼だ。おそらく"人形"の彼女を通じて組織の情報を得ようとでも思ったのだろう。……いや、多分、それもあるだろうが、理由はもうひとつのほうか。ふと玄関での彼が脳内に鮮明に蘇る。

 俺に純粋な敵意を向けていたあの蒼い瞳が、俺の後方にいた少女を捕らえた瞬間僅かに、揺れたのだ。
 ほんの少し特別な色を滲ませながら、確かに。

「気づいて、いないのだろうな」

 あの様子だと。無意識に漏れた小さなつぶやきは誰に聞かれることも無く、吐き出された紫煙と共に消えていった。