息が切れる。
身体中から嫌な汗が噴き出す。
呼吸をするたびに喉から血が吹き出そうなくらい傷む。千切れてしまいそうだ。
身体はもうすっかり限界を迎えてしまって言うことを聞かないが、何とか叱咤しながら必死で足を動かす。
腹からの出血は相変わらず止まりそうにない。腹だけではない。腕も、足も、既にあちこち出血していて、満身創痍という言葉がしっくりくるほどだ。
息苦しさとわずかばかりの不快感を覚え、壁に身を預けながらげほげほとせき込めば案の定、手にべったりと血が付いた。絵にかいたような絶体絶命っぷりに、なんだか逆に笑えてくる。
今日は組織の幹部御用達の"人形"の少女と共に、この使われなくなった廃ビルで組織の”
なのに今オレは、その少女から逃げている。
……もしかしなくても、大体察しはつくだろう。
「バレたんだろうな、オレが"
ひゅーひゅーと空気が抜けるような音の切れ間に独り言が零れた。
オレは某国の犯罪組織からスパイ目的でこの組織に送り込まれた構成員だ。潜入目的はこの組織についての情報を得ることと、この組織を内側から崩すための足場を広げること。
潜入捜査はあまりにも順調で、正直拍子抜けしそうなくらいだった。オレ自身、犯罪組織に属している人間だからある程度の悪事は難なくやってのけるし、暗殺や拷問だってお手の物だ。数回だが上司と共に大きな仕事をした経験だってある。それなりに信頼は得られていたはずだった。上位構成員の証である酒の名がついたコードネームだって、貰えるまであと少しだろうとタカをくくっていた。それなのに。
どこから漏れた。オレが”
俺は息を切らしながら、一心不乱に足を動かすしかなかった。
***
はっ、はっ、はっ、……。
走っても走っても追いかけてくる。先を読んだかのように、幼い少女の姿をした死神が追いかけてくる。
おかしい、この建物の構造なら俺の方が熟知しているはずなのに。どうしてこうも的確にオレの後を追ってくるんだ。
死神を向かい打つための武器があればよかったのだが、愛用していた拳銃はとっくに弾切れだし、そのうえ今は手元にない。どこかに落としてきたんだろうが、正直それを探して拾う余裕は持ち合わせていなかった。反撃する暇があるなら逃げる方が先だ。幹部御用達の"人形"に、オレが戦闘で敵うはずが無いことくらい、オレ自身がよく知ってる。
どうなってるんだ。どこで間違えた?
昨日仕事を貰った時か? もしかして、上司と共に仕事をしたあの時か?
……いや、それよりも、ずっと前から――
「ぐっ……!」
疲労のせいか、足がもつれた。バランスを崩して情けないくらい盛大に転ぶ。
再び立ち上がろうとしたが、オレの足はびくびくと痙攣してしまって全くいうことを聞きそうにない。思わず舌打ちが飛び出す。
ふと見上げた視線の先……部屋の上部に監視カメラを発見した。廃ビルに似合わない妙に新しいそれは、何も言わずにじっとオレのことを捕えている。
「……なるほど」
自然と自嘲気味な笑いが零れ落ちる。回らなくなった頭がようやく理解した。
そうか、最初から、何もかも。
思わずぐっと唇をかみしめる。
だがオレに諦めるという選択肢は残っていない。辛うじてまだ上半身は言うことを聞くようだったから、這いつくばりながらでも前に進むことにした。
ほとんどうつぶせの状態に近いためか、先ほどよりも息は苦しくなる。ぜえぜえと懸命に息をしながら、前に進むことだけを考えて身体を動かす。
背後からひたひたと足音が近づいてくる。
その音を捕えた瞬間、心臓がどくりと嫌な音を立てて跳ねた。その足音はゆったりとした調子だが、確実にオレのすぐそばまで迫っている。血が足りず頭がくらくらするが、必死で前に進む。
嫌だ、死にたくない、オレにはまだ、やらなければならないことが、やりたいことがたくさんあるのに。
ふと、足音が止まる。
次の瞬間、腹部に激痛が走った。
「ぎゃああああああ!!」
どうやら死神が血を流し続けるオレの腹部を思いきり踏みつけたらしい。
今にも千切れそうな絶叫が辺りに響き渡る。あまりの痛みにぼろぼろと両目から涙があふれ始めた。
すっかり動く気力を失ったところで、幼い死神がオレの背中に乗る感覚を感じ取る。首筋に、ひやりと冷たいナイフがあてがわれた。
「ママ、もういい?」
幼い死神の、それはそれは可愛らしい声が頭上から降ってきた。おそらく、インカムか何かで指示を待っているのだろう。
インカムの向こうにいる"
『いいぞ色。……やれ』
ああ、クソ、こんなところで。
――ぶつん。