28 まるで逆ドッキリだな

 色が仕事を終えたのをカメラ越しに確認してからPCの電源を切る。そのままインカムで彼女に指示を送った。

「今から行きますから、少しだけ待っていてください」
『わかった』

 簡単に答えて通信が切れる。
 廃ビルの中、道しるべの様に滴り落ちる血と先ほどカメラ越しに見た記憶を頼りに色と男が居る場所まで向かった。

 難なく目的の場所に到着した俺は、ぼんやりとたたずむ色を発見した。辺り一面は血の海で、男の頭部は無事に胴体から切り離されてしまっている。鼻を突く強烈な鉄錆臭に俺は思わず顔をしかめた。

「実際に見ると結構えぐいですね」

 思った通りの感想を述べると、その声に反応するように色がゆるりとこちらを見やる。相変わらず黒々とした瞳。手足は男の血液でべったりと汚れ、頬にも点々と返り血が飛んでいる。

「あんまり抵抗しなかったから綺麗に切れた」
「綺麗に、ねえ」

 ナイフを男の服の裾で拭きながら淡々と言う少女に、少し呆れが混じったような声色で俺は返す。
 そこでふと、色の服について言及した。

「それにしても、仕事中もその服着るんですね。前は汚したくないからってわざわざその服を避けていたでしょう」

 色が着ていたのは以前デパートで女子高生二人に選んでもらった服の内の一つだ。動きやすさを比較的重視した服にも関わらず、色は仕事がある時には決して着ようとはしなかったのである。
 色はすいと視線を自身の服に移し、ああと小さく声を零す。

「忘れてた」

 曰く、男を追いかけるのに集中しすぎてすっかり頭から抜け落ちてしまったんだと。因みにその服の下に、汚れてもいいようないつもの薄着を着こんでいたのだとか。俺が一人で納得していると色はほんの少し不安が混じったような声色で問いかける。

「……怒る?」
「まさか。服なんて消耗品ですから気にする必要ありませんよ」

 俺があっけらかんといえば色は「ならよかった」と呟いた。

 だがそのままにしておくわけにもいかない。とりあえず俺が着ていたジャケットを肩にかけてやれば、ちらりと俺の方を見やってからまた視線を逸らしてのそのそと腕を通し始めた。

 色がそうしている間に俺は持参した白手袋をはめて、すっかり物言わぬ肉塊となり果ててしまった男(だったもの)の身体を探る。ポケットの中から発見したのはスマートフォンと煙草とライター、車の鍵に、正体不明のUSB。これだけあれば十分だろ。

「さて、誰かが来る前にさっさと退散しましょうか」

そう言いながら色の頬の返り血を手でぐいと拭ってやると、色は少しだけ目を細めてから小さく頷いた。

 今日の仕事は”裏切り者(ネズミ)"の始末。色と共に仕事だとここに呼び出された男がターゲットだった。男は皮肉にも「裏切り者の始末の仕事だ」と聞かされて呼び出されたらしい。それを聞いたときに「まるで逆ドッキリだな」なんてあまりその場に相応しくないことを考えたのは記憶に新しい。

 男は組織と敵対する位置にある犯罪者集団からのスパイであり、組織の情報欲しさに潜り込んだのだろうと考えられる。拷問してでも男から敵組織について色々聞き出すのが得策なのではと提案したが、あまりこの男の"おしゃべり"に期待できそうにない、というのが上の判断なんだそうだ。

 男は仕事の内容について何も疑うことなくこの場所を訪れ、俺の指示によって動く色にあっけなく短い命を絶たれた。そして今に至るというわけだ。これからこの男の持ち物から敵組織に関する情報を集め、それを利用して近日中に奴らを叩くのだとも聞かされた。そしてその作戦に俺と色も参加するのだということも。

 犯罪組織同士の潰し合いに犯罪組織側として参加させられるのは正直複雑な気持ちになったが、ここで手柄を上げれば組織内での株も上がるだろう。俺一人の感情と組織内での評価なんて、天秤にかけるまでもない。

 俺と色は、廃ビルのそばにつけていた俺の車に難なくたどり着いた。辺りには俺が車を出る時から変わった様子は見られない。相変わらず人っ子一人見当たらないような、寂れた場所だ。男の所属する犯罪者集団の誰かが来たらどうしようかとか考えて、一応車も隠しておいたんだが特に心配は要らなかったらしい。

「助手席に」

 先に乗り込んでから助手席の向こうにいる少女に声を掛ける。色は慣れ切ったようにするりと乗り込む。その様子を見て、出会った初期の頃を思い出した。もうあれからかなり経つ。……あのころと比べれば、色も随分人間らしくなったものだ。なんだか笑いが零れそうになってしまう。

「どうかしたの」
「ああ、すみません。すぐに出ましょう」

 急に笑いを堪える仕草を見せた俺に、色が少し不思議そうに声を掛けてきた。軽く謝ってからエンジンを始動させる。俺たち二人を載せた車は、音もなく発進して廃ビルを後にした。

 ふと空を見ると、遠くの方が白んでいる。夜明けが近いらしい。もうそんな時間かと思うと同時に欠伸がひとつ零れた。