32 イマイチ自信が無い

 ふと意識が浮上する。

 そっと目を開くと、見慣れぬ天井がそこにあった。
 そろりと視線を動かすと壁に大きな窓が発見できた。そこからは太陽の光が差し込んでいる。どうやら今は昼間みたいだ。そして私は現在ベッドに寝かされていて、腕や脚も十分可動出来ることから拘束されていないことがわかる。

 ……というか、生きてる。

 確か任務中に刺されて、しばらく歩いた所までは思い出せるのだが……それから先が、ぼんやりしていて思い出せない。
 ひとまず私はゆっくりと上半身を起こし、詳しい状況確認を開始した。

 まずは自分の身体。着せられている白いスウェットの上下は私のサイズにぴったりだ。近くのごみ箱にパッケージと思われるビニール袋が捨てられているのを見ると、未開封の物を着せられたのだろう。新品の匂いがする。……下着まで見慣れぬものだ。

 腹部には清潔な包帯が巻かれており、驚くことにそれ以外の小さな切り傷やかすり傷まで綺麗に手当てしてある。普段ならこういう傷は放っておくんだが。

 部屋の中にダンボールやら雑誌やらがあちこちに積まれているのを見ると、ここは使われていない部屋のひとつらしい。ドアから1番遠い場所にベッドは壁に付けるように置いてあり、ベッドのつけられている壁には出窓がある。上半身を起こせば余裕で外を見ることが出来そうだ。外を見ると、下に庭のような芝生が広がっている。とすると、ここは少なくとも2階以上か。

 ふと見ると出窓の隣には女性用のスーツがかかっていた。一切傷も汚れもないところを見るに私が着用していたものではないようだ。誰のものなのだろう。

 ベッドの近くの小さなサイドテーブルにペットボトルの水と時計と私の携帯が置いてあるのを見つけた。時計を見るとちょうどお昼を過ぎたくらい。何とか身体を伸ばし、指先を駆使して携帯を掴もうと試みる。だが指が届く直前にドアが開く音がした。

 視線をさっと部屋のドアに向ける。すると、そこには小学生くらいの少女が立っていた。黒よりも薄い色の髪を肩ぐらいで切りそろえた少女はこちらの様子に気付くと、大きな瞳を少しだけ見開いてまたすぐに戻す。

「目が覚めたみたいね」

 そう言いながら私の傍に近寄る。どう返答したら良いものかと思案していると、少女はお構いなしに私にかかっている掛け布団をはいで私の上着をべろりとめくりあげた。そのまま腹部に巻かれた包帯を丁寧に剥ぎ取り、傷の様子を確認する。

「え、と」

 少女はしばらく私の傷を凝視したり触れたりしていたが、一通り済むと何も言わずにベッドの下から何やら箱を取り出した。中には応急処置に使うような道具が一式そろっており、そこから真新しい包帯を取り出して丁寧に巻き付けてゆく。巻き終わると箱を閉じてベッドの下にしまい、上着と布団を元に戻した。
 因みにここまで少女は一言も言葉を発していない。どうしたんだ急に。

 次に少女は私の額に手をあてた。少女が少し考え込むように眉を寄せる。
 手を外し、そのままポケットから何やら体温計を取り出した。無言で突き付けてくる。測れ、ということだろうか。そう解釈した私は素直に体温を測定し始める。数分後、小さな電子音がしたので取り出してみれば私が見るよりも先に少女がさっと取り上げた。そしてまた眉間にしわが寄る。

「37.7……少し高いわね」

 少女の口ぶりから察するに、熱があるらしい。そんな感じはしないんだがな。遂に温度感知機能まで壊れてしまったか私の身体は……。

 そんなことをぼんやり考えていると少女はサイドテーブルからペットボトルを手に取り、またもや無言で突き付けてきた。飲め、ということでいいんだろうか。言葉で言ってくれないと確証が持てないからイマイチ自信が無い。

 とりあえず素直に口をつければ少女は「慌てずに、ゆっくりでいいわ」と言った。数口飲み下したところで口を離す。

「水分はこまめにとるのよ」

 そう言って少女は私の手からペットボトルを奪い、くるくるとキャップを閉める。どこか苦しい所は無いかと聞かれたので素直に首を横に振れば、少女はまた小さくそう、と言ったのみであった。

「あの」
「どうしたの?」
「君、は……」

 おそるおそる私が問いかけたところで少女は一瞬だけ動きを止め、察したようにああ、と言った。

「何も言わずにごめんなさいね。あなた、私の家の前に倒れていたのよ。覚えてない?」
「君の、家の前に」
「ええ。詳しく話を聞こうと思ったらあなたがそのまま意識を失ったから、とりあえず私の家に運んで手当てしたってわけ」
「手当て、って……」

 誰が、と言いかけたところで少女が説明してくれた。

「意識を失う前に病院に行けないなんて言ってたから、私の知り合いのお医者さんに連絡したのよ。ここまで来てもらって、血を止めるために縫合してもらったの。軽くだけどね。縫合が終わってもあなたが目を覚まさないから、とりあえずここに寝かせておいたの」

 分かってもらえたかしら。そう言って少女はペットボトルをサイドテーブルに戻した。