「どうなんだ」
さてどう返答したらいいかと思案していると、パパはジロリと私を下から上まで一瞥する。見える範囲に大した怪我が無いのを確かめると、ゆっくり私の元へ歩み寄ってきた。私のすぐ後ろには壁があるため、自然と壁際に追いつめられる形になる。パパとの距離はもう目と鼻の先だ。
するとパパは唐突に私のTシャツの裾をがばりとめくった。その下には黒い糸でできた真新しい縫い目。パパがひやりとした目線で見下してくる。私は表情を変えずにされるがままだ。
「誰がやった」
「任務中に刺された。相手はもうこの世にいないよ」
「そうじゃねえ。誰が手当てをしたんだ」
傷の上を、つ、と指が触れる。そのままなぞるように指を滑らせた。ひんやりとした指に触れられてわずかに肌が震える。
「お前が仲良くしてる闇医者は任務中。だがこの縫い跡は確実に誰かに施されたものだ。……もう1度聞く。誰にやられた?」
「……聞いてどうするの」
「なァに、愛娘の治療をしてくれたお礼がしたいだけさ」
そう言って笑った顔はあまりにも凶悪だった。明らかに嘘だろうな。パパが何をしたいのかはわからないが、おそらく正直に言えば彼女と治療をしてくれた医者はきっと無事では済まない。それだけは何としてでも避けなければ。
「言わない」
「何?」
私の言葉にパパはひくりと眉を動かした。凍てつく視線は私を容赦なく刺してくる。傷の上を往復していた指が止まり、ぐっと指先に力が込められたのを感じた。私は目をそらさず、表情を変えない。
「これは命令だ、色。言え」
誰にやられた、そう言ってパパはじっとこちらを見ていた。指先に力を込めたまま、ぐり、と傷に爪を立てられる。いくら縫われているといってもまだ皮膚は完全にくっついていないだろう。そんなに力を込められたら、いずれは傷をこじ開けられてしまうのではないか。そんな考えが頭をよぎる。
「言わない」
だが私はあくまで無表情を貫いた。どんなに言われようと、私は言うつもりはない。私の命の恩人を危険にさらすような真似は出来ない。
するとパパは少しだけ目を見開いた後に、すっと無表情になった。
まずい。
そう思った次の瞬間、今まで傷に爪を立てていた右手が私の首を掴んだ。後ろの壁にしたたかに背中を打ち付ける。
壁に擦り付けるようにずるずると持ち上げられ、立ち上がったパパの目線より上の壁に首を縫いとめられた。当然ながら背の低い私は脚をつけることもできない。脚をバタつかせてみてもパパはビクともしない。
「よくそんな目ができるな。操り人形の分際で」
「……、……っ」
声は出せないが、かろうじて細く息をすることは出来る。首を掴むパパの右手をはがすように、震える両手を引っ掛ける。パパはそれを一瞬チラリと見やると、すぐに視線を戻した。
「苦しいか。言えば止めてやるぞ」
パパは冷たく笑った。そして左手で私の手を剥がすと、私の首に添える。両手は私の首をぐるりと囲むように添えられていた。
そして、ぎり、と力が強められた。右手で掴まれていただけとは比べ物にならない。
首の骨がみしりと不吉な音を立てる。
息ができず、はくはくと動かすばかりの口からは飲みきれない唾液が溢れて、首まで伝う。
酸素不足で視界は白くなる。
生理的な涙が溢れる。
段々頭も回らなくなってきた。
この時間は何時間にも感じられた。
どれだけ続くのだろうと、千切れそうな意識の中で考える。
いきができない。
くるしい。
もうやめてほしい。
ごめんなさい。
いやだ。
……嫌だ?
ふと、首を絞める力が弱まった。力の抜けた身体は壁にそってズルズルと下ろされ、へたりと地面に座り込み、そのまま横になる。
久しぶりの酸素を求めて慌てて呼吸をしたせいか、背中を丸めてげほげほと咳き込む。視界は白黒点滅していた。
そんな私を他所にパパは目を細めて笑い、しゃがんで体を屈める。そっと、左手で先程まで締めていた首を撫でた。
「素敵な首輪じゃねえか」
そういって立ち上がり、私に背を向けた。
「今回はこのくらいにしておいてやる。だがな、お前の糸を握っているのは俺だ。それだけは忘れるなよ」
頭上から降ってくる声に返事をすることもできず、私はただ肩で息をしていた。去っていくパパの後ろ姿を見ながら、沈む意識の中でぼんやりと考える。
自分の意思なんて、感情なんて、ほとんど死んだと思っていたのに。
実はまだしぶとく生きていたみたいだ。
「……は」
私はそのまま意識を手放した。