「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
店を後にする常連さんのご婦人に爽やかな笑みを浮かべながら挨拶をする。彼女が座っていた席の皿を片付け、洗い物をしている梓さんに渡す。テーブルを一通り拭いて綺麗になったことを確かめると、ふうと息をついた。
色との共同生活が終わってから早くも数日が経過しようとしていた。
ほんの数か月前までと同じ、いつも通りの日常に戻ったのだが、どことなく味気なく……というか、違和感を感じてしまう。どうやら、思っていた以上に色は俺の生活に食い込んでいたらしい。ついつい食事を多く作りすぎてしまったり、色の部屋にしていた部屋に朝起こしに行ったり……調子が狂いそうだ。全く、いつになれば慣れることやら。
「表の掃除行ってきますね」
梓さんに一言声を掛けてからほうきを手に店の前へ出る。掃き掃除をしながら、昨日までに調べてわかったことを頭の中で静かに整理していた。
まず"あの子"について。実は"あの子"に関して言えばかなり前――それこそ、俺が警察官になった時から調べていたのだが、肝心の"あの子"がいなくなった事件に関係する資料が一切存在しなかった。そんなまさかと思って隅から隅まで探したが結局どこにも見つからず、手を付けられずにいたのだ。
だがつい最近、別件で資料室で資料を探していた際に資料室の奥からぽろりと掘り出されるような形で、"あの子"がいなくなった事件に関する資料が発見された。そのため、ようやく本格的に調べ始められたのである。
俺の記憶では、"あの子"は20年前の4月某日の夕方頃から行方が分からなくなり、そのまま見つからず……という感じだったと記憶している。資料を見るとほとんどあっているが、少し気になった点が見つかった。
行方不明になってからほぼ一週間後に施設の一人によって死亡届が出されているのだ。
だが資料によると、遺体は未だに見つかっていないらしい。遺体が見つかったわけではないのに死亡届が出されているなんて、少しひっかかる。行方不明になった子供を、普通たった一週間かそこらで死んだことにするか? 規模の縮小はしたが、未だに警察による捜索は続けられていた。それなのに、それをわざわざ打ち切ってまで。
色のことについて調べてもみたが、相変わらず何も出てこなかった。正直それは予想通りの結果だったため、今更何も思わなかったが。
色の名前が偽名である可能性もあるが、俺の中では「"あの子"=色」の線がさらに深まったと言える結果だ。これだという決定的な証拠が無いのが歯がゆいくらいには、「"あの子"=色」の線は確信に近い。
あーあ、"あの子"に関する何かを持っていたら、この間切った色の髪と一緒にDNA鑑定に出せたのに。そうすれば今頃こんな思いはしていなかっただろうに。それかあの時、思い切って尋ねていれば……。今となっては後の祭りだけれども。
なんだか頭がもやもやしてきたので脳内会議は一時休止としよう。俺は一度ため息を吐いてから気を取り直して掃き掃除に集中することにした。
そう思った直後、俺の携帯がぶるりと震える。なんだと思って確認したところで思わず電源を切りたくなった。なんとか耐えて、盛大にため息をひとつ。店内にいるマスターに急ぎの用があるため一時的に抜けることを許可してもらい、エプロンを外しながら店の裏へ出た。そこには呼び出した張本人が立っている。
「呼び出しが急すぎますよ、ベルモット」
「あら、そういう割には早かったわね」
煙草の火を消しながら彼女はクスリと笑う。俺がここにいると分かってわざわざ呼び出した癖に。これ以上彼女と会話をするのも得策ではないと考え、俺は目の前の彼女に本題を求めた。
「要件は?」
「これよ」
そう言って差し出してきたのは何の変哲もないシンプルな紙袋だ。中を見ると何かが入っていた。これは。
「携帯電話?」
「そうよ。それを色に届けて欲しいの」
「色に?」
「ええ。なんでも、この間の任務で壊しちゃったみたいなのよ」
呆れたように言うベルモットに、俺もつられてやれやれと紙袋の中身を見た。以前に持っていたものと全く同じ機種。……一体何台壊せば気が済むんだか。
「でもなぜわざわざ僕に? あなたが行ってもよかったのでは? "妹"、なんですよね」
そう言って見せればベルモットはうっすらと口角を上げた。
「あなたが行った方が喜ぶわ。……そうでしょう? "ママ"」
有無を言わさぬ綺麗な微笑みを作ると、じゃあよろしくね、と彼女は俺に背を向けて人ごみの中へ消えていった。
……いい感じに押し付けられてしまったな。