押し付けられてしまったからには仕方ないと、俺はしぶしぶ色の家へ向かう。何かあったときのためにと住所を覚えていてよかったと過去の自分に賞賛を送った。
平日の昼間ということもあってか道はかなり空いていて、思っていた以上に早く到着することが出来た。ポアロは早退ではなく一時的に抜けてきたことにしているから、早く用を済ませて戻らなければ。
一応色の部屋のポストを確認すると、中には何も入っていなかった。俺の言った通りに鍵管理をしっかりしているらしい。エレベーターで部屋のある階まで上がり、色の部屋の前まで行ってインターホンを鳴らす。だが応答はない。部屋の扉を直接ノックしても同じだった。
「居ないのか……?」
もう一度インターホンを押しても結果は変わらなかった。もしかしたら留守なのかもしれない。
取っ手に紙袋を引っかけて帰ろうかとも思ったが、中に入っているのは未使用の携帯電話だ。こんなところに引っかけておくわけにもいくまい。
いっそのことピッキングで開けてしまおうかという考えも過るが、流石にそれは思いとどまった。こんなことなら、色の家の合鍵でも作って持っておけばよかった……。
さてどうしようかと頭を悩ましているときに、ふと何か役に立つものでも無いかと思い立ってベルモットから手渡された紙袋の中を覗いた。中に入っていたのは携帯が入っている箱のみ。その箱を取り出して裏に返してみると、何やら銀色の鍵らしきものがテープで貼り付けてあった。テープを丁寧にはがして鍵を指先につまむ。
「いや、そんな。まさかな……」
そんなうまい話があるわけなかろう。そう思いつつ、物は試しだと、色の家の鍵穴に慎重に差し込み、ぐるりと回す。がちゃりとすんなり解錠する音がした。
「まじかよ……」
思わず独り言が零れる。まさかの展開に驚きつつも、恐る恐る扉を開けた。中は電気はついているが人の気配は感じられない。本当に留守なのかとも思ったが、靴は全てそろっている。中にいるのは間違いないようだ。となると、単にインターホンやノックの音に気づいていないだけなのか……?
「色?」
声を掛けても反応が無い。もしかしたら寝てるのか? だとしたら邪魔するのも悪いし、荷物を置いてさっさと帰ろう。
そう思って俺は靴を脱ぎ、家の中に入る。玄関からリビングまで一直線に続く廊下を歩き、リビングに到着した。リビングは人の気配がしないのに電気がつけっぱなしになっている。まったく、使わない時は消せと、あれほど……――
ふと視界の端に何かが映った。
映ったものに焦点を合わせれば、それはどう見ても横たわる人の足である。まさか、そう思ってゆっくり視線を移動すれば、薄々予想していた通り。
色が壁際に横たわって目を閉じていた。
首の赤黒い痣を見た途端、さっと血の気が引いたのを感じる。
「色!」
持ってきた紙袋が床に落ちた。だがそんなことは気にも留めず、横たわる色に駆け寄ってその体に触れる。
ざっと見た限りでは、外傷は首元の痣以外には見られない。しばらく声を掛けながら身体を軽く叩いてみるが、意識が戻ってくる気配は微塵も感じられなかった。
抱き上げても何の反応も見られず、全身の力が抜けたようにだらりと俺に身を任せていた。念のために生体反応を確認すると脈が異常なほど早くなっていた。それに身体も燃えるように熱い。
「くそ……っ!」
俺は大急ぎで色を抱きかかえたまま、彼女の家を後にした。
***
私はまたあの真っ黒い空間にいた。
ここに至るまでの過程を思い出し、意識を飛ばしてそのまま夢を見ているらしいとすぐに見当をつける。
多分またあの子がいるのだろうと周りを確認すると、思った通り。白いこどもが私のことを見つめていた。
明暗だけでは判断が出来ないような、様々な色が混ざり合ったその瞳がじっとこちらに向けられている。
しばらくの間は黙って見つめあっていたが、しびれを切らしたように私は目の前のその子に話しかける。
「ねえ、教えて。どうして今になって、私の夢に現れたの。君は一体何者なの。」
今まで何度も問いかけてきたが、こどもが口を開いて答えてくることは一度だってなかった。今回だって同じだろうと、内心タカをくくっていたのだ。
そいつは少しだけ目を細めると、はくりはくりと口を動かす。
「――――」
何を言ってるのかはわからない。ただ口を動かしているのが見えるだけ。そして両目から涙をはらはらと流して、こどもはゆっくりと目を閉じる。足先には既にヒビが入っていた。
ああ夢が終わるんだ。そう思っていると、わずかに、でも確かに聞こえた。
「いらないって、いったくせに」