「え」
ぱっと目を開くと、そこには行き慣れた病院のこれまた見慣れた白い天井があった。
……いつの間に病院に来たんだ私は。
とりあえず状況を確認しよう。そう思ってゆっくり身体を起こそうとするが、ある程度起き上がったところでふっと力が抜けてしまい、ベッドに倒れこんでしまった。何度挑戦してもダメである。どういうことだと首をかしげていると部屋の引き戸ががらりと開く音がした。
「目が覚めたみてェだな」
「……先生」
ベッドを覗き込むようにして立っている白衣を着た女性。彼女が私が長年お世話になっている、組織所属の凄腕外科医だ。すごく整った顔立ちをしているのに口調が荒々しいのが有名である。
組織の他の人に「黙っていれば美人なのに」と言われては、それを言った相手を返り討ちにしているのだとか。……そんなことは今はどうでもいい。
とりあえず先生に挨拶をしようと、もう一度上半身を持ち上げようとしたところで肩を軽く押された。
「いいから、寝てろ」
そう言いながらずれてしまった私の掛け布団を肩のあたりまで引き上げる。
「あの」
「知りてェことは山ほどあんだろーから、アタシから話してやるよ。そのまま黙って聞きな」
そう言って先生は私が意識を失っている間のことを簡潔に話してくれた。
先生曰く、私に携帯を届けに来たママが倒れている私を偶然発見して、ここまで連れて来てくれたらしい。彼がいなかったら私は今頃さらに酷い状態だっただろう、とも言われた。
「バーボンには感謝するんだよ」
そう言って私の頭を撫で、そのまま私の汗ばんだ額に手を当てる。
「……まだ熱が高いな。良くなったら色々聞きてェこともあるから、今は休め」
その言葉を聞いて私は静かに納得する。なるほど、私は熱があったのか。だからあんなに身体が重く感じたのか……。
先生の言葉が引き金になったのか、私はそのまままた糸が切れたように眠りに落ちていった。
***
俺は地下駐車場に車をとめると、大急ぎで病院内へ入った。
本当はそのままずっと色に付き添っていたかったのだが、一時的に抜けるといった手前そういうわけにもいかず、今の今までポアロにいたのだ。仕事中も色が気がかりで仕方なくて、普段はやらないような単純なミスを連発してしまい、毛利先生や蘭さん、コナンくんにまで変な視線で見られてしまったのは記憶に新しい。
はやる気持ちで事前に連絡をもらっていた色の主治医の部屋をノックする。どうぞと声が聞こえたためドアを開けば、回転式の椅子に座ってカルテを記入している女医がひとり。彼女はこちらをちらりと見るとカルテを書く手を止めた。
「随分かかったねェ」
「すみません、もう少し早く来るつもりだったんですが」
「気にするこたァ無ェよ」
彼女はふっと口元だけで笑い、身体をこちらに向けた。足を組んで頬杖をつく。
「色は大丈夫なんですか?」
「あァ。あんたが帰ってから一度目を覚ましたよ。だから安心していい。ま、すぐにもう一度寝かせたから今はぐっすり寝てるだろうがねェ」
色が目を覚ましたという言葉を聞いたとたん、思わずどっと身体の力が抜けた気がした。思っていた以上に気を張っていたらしい。それを見た彼女は「余程心配だったらしいなァ、ママ」とニヤニヤ笑った。
「それで、色の具合は?」
「ちょっとタチの悪い風邪をひいてるらしくて発熱してるが、所詮は風邪だ。薬さえ飲めばまァ何とかなるだろうね。外傷の方は、首にある何者かに絞められた跡ぐらいなもんさ。いつもに比べりゃ上出来だね」
「! 何者かに絞められたって……一体、誰が」
「さァな。こちらから特定するのは無理だろォよ。可能性としては、任務中にやられた説が有力だな。ま、あいつが目を覚ましたら諸々ひっくるめて聞いといてやるよ」
「……お願いします」
俺がそういうと彼女はからから笑って「任せとけって!」と言った。すごく頼もしい。
「他には、特に何もありませんか」
「気になることっていったら大げさだが、腹に見慣れない治療痕を見つけた」
「治療痕?」
「見てみるかい?」
そう言って彼女はカルテの間から一枚の写真を取り出した。どうやら色の腹部を写したものであるらしい。彼女の言った通り、黒い糸の縫い痕が色のへその横あたりに斜めに走っている。
「大丈夫、なんですか」
「さァ、どうだろうね。外から見たところ何ともないが、中身はどうだか」
中身、と言われて少しだけ俺はまたぐっと眉間にしわを寄せる。そうか、内臓が傷ついている可能性だってないわけではない。そんな俺を見て彼女は呆れたようにはーっと盛大なため息をついて、ぼそりと独り言を零した。
「まったく。痛みを感じないなんて、面倒な身体ったらありゃしねェよ」