彼女の口から洩れた言葉に驚きが隠せない。彼女はしまったとばかりに俺から目を逸らし、気まずそうに苦い顔をしている。
「悪ィ、今のは、聞かなかったことに……――」
「させません」
「だよなァ……」
彼女はやっちまったとでも言いたげに盛大なため息をついて、頭をガシガシと掻いた。そんな彼女に、俺は問い詰めるように言葉を投げかける。
「どういうことですか、色が、痛みを感じないって」
「そのまんまの意味さ」
苛立ちを微塵も隠すことなく彼女は胸ポケットから煙草を一本口にくわえ、火をつける。
「あいつは昔から痛みを感じない身体なんだ」
「昔から……というと、先天性の無痛症?」
「それが違うんだ。アタシも最初はそう思って検査したんだが、神経にも脳にも遺伝子にも、身体の何処にも異常は見つからなかった。だから少なくとも先天的なものではない」
「……それは」
「強いて言うなら、原因不明の後天性無痛症、ってとこかね」
煙草を指でつまみ、ふうーっと長く煙を吐き出す。そんな彼女を見ながら俺は頭の中で今までの色を思い出す。
真っ先に頭に浮かんだのは共同生活を始めて2日目の出来事。デパートで蘭さんたちと出くわして一緒に買い物をした時のことだ。
あの時色は殺人犯によって頬を怪我させられた。かなりの出血だったにもかかわらず、俺から指摘されるまで怪我をしているのに気づいていなかった。あの時は必死で気が付かなかったが、改めて考えてみるとおかしい。
他にも頭に過る出来事は、全て、色の痛覚が無ければつじつまが合うものばかりである。……なんてことだ。材料はすっかり俺の目の前に揃っていたというのに。なぜ今の今まで気が付かなかった。
頭を抱えた俺に「何か思い当たるフシでもあったらしいなァ」と彼女は言う。俺は曖昧に頷いた。
そこでふと、もしかしたら彼女なら"あれ"について知っているかもしれないという考えが過る。話してくれるかどうかは賭けだったが、俺は意を決して口を開いた。
「先生」
「なんだ」
「もしかしたら、なんですけど……色は、色の判別が難しかったりしますか」
彼女はちらりとこちらを見た後に、煙を吐き出した。
「難しいも何も、無理だろうさ。あの子の世界には色が存在しないんだから」
その言葉を聞いた瞬間、どくりと心臓が跳ねた。そしてばくばくと煩くわめき始める。……もう半分以上確信に近かったこととはいえ、実際にそうとなるとまた違うらしい。
そんな俺に構わず、彼女は続ける。
「色は色盲も患っているんだ。随分昔からね」
「それは、先天的な?」
「さっき言ったろ? 身体に異常はなかったって。後天性だよ。こっちも原因は不明だ」
「後天性……」
俺が小さく呟くのを聞いて、先生はこれで満足か?とでも言いたげにこちらを見る。俺は思わずため息をついた。
「どうして僕に言わなかったんだ色……」
「そりゃァ、言うほどでも無いって思ってたんだろ」
背もたれにだらりと身を預け、ポケットに両手を突っ込む。
「それか、あんたのその世話焼きで過保護なところを見て、言ったら余計にそれが酷くなると思ったんだろォよ」
「世話焼きで過保護? ……僕が?」
「もしかして無自覚かソレ」
「……」
「……こりゃ相当だね」
彼女は面白いものを見つけたように、はっと息を吐くように笑った。そのままくわえていた煙草を指でつまみ、灰皿に押し付けてもみ消す。
「さ、今日はもう帰んなァ。これ以上長居しても何も出ないぜ」
「……そうですね。また来ます」
部屋から出る直前、彼女が何かを呟いたのを俺は聞き逃さなかった。
「あいつなら、もしかしたら……」
***
車のシートに身を預け、俺は少しまた思考の海に沈む。
考えるのは、色と俺のことについて。
最初俺は、色の信頼を得て、あわよくば利用してやろうと考えていた。組織でのし上がっていくためなら、使えるものなら何でも使うつもりでいたから。
一緒に暮らしているうちに、彼女は思った以上に手がかかることを知った。言われなきゃ動かないし、言葉が足りなければすぐに
だがそんな色に世話を焼きながらも、まんざらでもないと思っていた自分がいたのも、事実だ。
見た目の問題として、"あの子"の面影を重ねてしまい、複雑な感情を抱いていた自分がいたのも、事実。
そして気が付けば安室として、バーボンとして話しているはずなのに、限りなく降谷に近い笑顔を見せる時さえあったのも、事実である。
俺は思わず自身の額に手を当てる。そのままずるりと口元を覆うように片手で頬に触れれば、驚くほど熱を持っていた。静まり返った車内では、自身の鼓動の音すらも大きく聞こえる。
――いつからこんなふうに色のことばかりを考えるようになった?
――いつからこんなふうに色が自分の心の中心にいた?
――一体、いつから。