2,3日ほどそのまま先生の病院のいつもの部屋で入院したら、身体もすっかり元の調子になった。熱が下がり切ったところで先生に身体中の検査をされる。結果を聞けば特に問題無いとのことで、その日のうちにそのまま退院することとなった。
ただ一つ、元の私とは違うところがある。それは私の首をぐるりと……まるで首輪の様に囲む、どす黒い痣だ。
これだけはどうにも消えないらしく、先生は隠すための包帯を巻きながら「こればっかりは時間の問題だろォね。どうしても気になるようだったらアタシに言いな」と言った。私は別に何とも思っていなかったので、曖昧に頷いただけであったが。
退院からしばらくして、少しずつ以前のような仕事をするようになった。ほとんどがパパと組む仕事だったため、すごくやりやすかった。もしかしたら気を使ってくれたのかもしれない。自分で首を絞めてきた割に、そういうところは優しいんだから。
さて、今日の仕事はパパではなくママとの仕事。そういえばママと会うのは随分久しぶりに感じる。入院中も実は一度も会えていなかったのだ。
『マンションの前で待っているように』との指示通り、自身のマンションの前で待っていると、見慣れた車がさっと前に現れた。事前に言われたとおりに助手席に乗り込むと車は静かに動き出した。
「お久しぶりです。調子はどうですか」
運転中のため、こちらに視線はむけずに話しかけてくる。横顔を確認すればいつもと変わらない調子のママがそこにいた。
「普通」
「そうですか。それは何よりです」
ふふ、と小さく笑った。赤信号でちらりとこちらを見て私と目を合わせた途端、眉間にしわを寄せる。
「どうしたんです、それ」
「なにが」
「……首」
ママに指摘されて思い出した。ああ、そういえば痣を隠すために包帯を巻いていたんだった。
「ただの首輪」
そういうとママは少しだけ顔を歪めたかと思うと、すぐに元通りになる。信号が変わったのでママは再び前方に視線を戻した。そしてしばしの沈黙が車内に落ちる。
私はひとり、今日の仕事内容を脳内で確認する。
今日の仕事は情報入手だった。
ただし、いつものようにナイフを手に施設に乗り込むような、そういうものではない。少女を売買するような非合法なパーティに参加し、とある男に買われて情報を取ってこいというもの。
まあいわゆるハニートラップというやつだ。あまり得意ではないが、経験が無いわけではない。因みに私が商品の少女で、ママがその売人という設定である。
「それにしても、似合いますね。その服」
ママは私の方をちらりと見て言った。
今私が着ているのはいつも仕事に着るような動きやすい服ではない。暗い色調のセーラー服に黒いタイツ、踵の低い革靴という組み合わせの、俗にいう制服という類の服だった。
ターゲットの男が制服に目が無いという情報を入手したため、ドレスではなくセーラー服を着せられたのだ。……仕事のためとはいえ、学校に行っていない26の女が制服を着るなんてどんな皮肉だと思っていたが、他人から見て違和感が無いならそれでいい。私は小さく「ありがとう」と返した。
「ママも似合ってる」
お返しにと私はママの服を見ながら言う。
ママが着ているのは、普段は滅多に見ないスーツだった。髪型まで多少アレンジをしているようで、いつもと違う。黒づくめのスーツを身にまとうママはまとう雰囲気まで変わったような心地がして、ママであることには何も変わりはないのに不思議なものだと思っていたのだ。
私がそう言うとママは一瞬こちらを見て、気まずそうにすぐふいと視線を逸らした。そして消えそうな声で「……ありがとう、ございます」と呟いた。……さっきから思っていたんだが、ママの態度が前と少し違う気がする。……気のせい、だろうか。
そうこうしているうちに会場である建物についたらしい。ママに連れられるままに建物に入り、受付を済ませる。
「はぐれないように」
そう言ってママは私の手を握り、パーティ会場へ足を踏み入れた。
会場は大きなホテルの宴会場のようなところで、そういう目的の物であると知らなければ普通のパーティだと勘違いしてしまいそうなほど、豪華できらびやかなところだった。もう既に大勢の人たちが会場におり、和やかな談笑に見せかけた商談をあちこちで繰り広げている。
しばらく周りの様子を伺いながらフロア内をふたりで歩いていると、とある男性が近づいてくる気配がした。ちらりと伺えば目的の男である。
「僕に任せて。必要以上に口を開かないように」
こそりとママが言う。私は小さく頷いた。