41 作戦通りに

 ママが巧みな話術で私を男に売り込んでいる間、私はじっと男を観察していた。

 話を聞くに、男はとある薬品会社の社長であるらしい。身長が高く、身体をスーツにぱんぱんに詰め込んだ、という表現がしっくりくるほどふくよかな身体つきをしている。年はおそらくママよりも上だろう。笑うと目じりにほんのりしわが出来るのが印象的な、一見すると普通の男である。こんな非合法のパーティに参加しているのが不思議なほど、人が好さそうだ。

 男はちらりとこちらを見ると、目を三日月にゆがめた。ポケットから財布を取り出し、その中から何やら紙切れを取り出してママに渡す。ママが「ありがとうございます」と言って受け取る。交渉成立したらしい。男の大きく肉付きの良い手が私の方に伸びる。
 
「作戦通りに」

 小さくママに耳打ちされる。返事をする前に私は男に肩を抱かれ、ママから引きはがされてしまったのだけれど。

 男は優しく私に語り掛けながらパーティ会場を出る。そのままエレベーターで最上階へ向かい、男があらかじめ予約していたであろう部屋へ連れ込まれた。
 男は予想していた通り真っ先にベッドに私を連れ込み、覆いかぶさるように押し倒す。高級そうなベッドがふたり分の体重を受け止めて深く沈んだ。
 
 私の唇に男の唇が近づいたかと思えば、あっという間に隙間もないくらいに押し付けられる。息をする暇もないほどだ。なすがままの私に付け込むように、男は舌を差し入れて私の口内を蹂躙した。意地汚い水音だけが、高級感あふれるホテルの一室に相応しくないほど大きく響く。

 一通りキスを堪能したらしい男は、ようやく唇を離した。ふたりの間を銀糸が伝って千切れる。ふはふはと興奮を隠せないような息遣いで男は私を見下ろし、私の太ももを撫で始めた。ぼそぼそと何かを言っているらしいが、声が小さいのと滑舌が悪いのと早口であるのが相まって聞き取ることが出来ない。

 男は四つん這いのまま、ずりずりと身体を移動させ始める。私の太もも付近に顔を寄せるような体勢を取り、スカートをほんの少し持ち上げて内ももにゆっくりと唇を当てた。そのままきつく吸い付く。タイツが男の唾液に濡れてうっすらと斑に変色する。時折自らの歯でタイツに小さな穴を開け、その穴の中の皮膚をべろりと舐めては恍惚の表情を浮かべた。

 制服フェチだけでなく脚フェチも併発していたらしい。何度も何度もその行為を繰り返しており、周りなんかちっとも見えていやしなかった。

 対する私と言えば、いたって冷静に頭を働かせていた。
 
 ……さて、いつ仕掛けようか。


***


 一体いつまで見ていればいいんだ。
 
 俺は色と男が居る部屋に事前に仕掛けておいたカメラ映像を映すモニターを睨みつけながら内心思う。
 今回の任務は、『色がターゲットに買われて情報を手に入れ、同じフロアの一室に待機している俺に合図を送る。合図を受け取った俺は速やかに色を回収してホテルを後にする』という流れだ。

 男に色を買わせたところまではうまくいった。後は色が情報を取って俺に合図を送るのを待つのみである。俺は苛々しながらため息をついた。
 
 ……正直この仕事には乗り気ではなかったのだ。
 
「こういうハニートラップの類なんてものは、もっと得意な奴にやらせればいいだろうに」

 ひとり悪態をつきながらモニターを睨みつける。

『……ん、ちゅっ……ちゅうぅ』

 男は第三者である俺に見られているなんてことは露知らず、色の太ももに何度も繰り返し吸い付いている。あまり耳に入れたくないような水音がイヤホンから伝わって俺の鼓膜を震わす。色は先ほどからベッドに横たわったままピクリとも動かない。

 本当なら今すぐにでも部屋に飛び込んで、あの男から色を引きはがしたい。だが色からの合図が無い以上、勝手に動くことは出来なかった。固く握りこんだ拳の内側に爪がギリギリと食い込む。

 一通り色の足を堪能した男は、色の上半身を起こすように言った。言われたとおりに身を起こす色。それを見て男は満足そうに微笑んだ。

 続いて色の胸の前に結んである赤いスカーフを解き、セーラー服の前のボタンをひとつずつ丁寧に外し始める。全て外し終えると、黒いセーラー服の合間に色の白い肌と清潔そうな下着が見える。そのコントラストの美しさに、男は思わずごくりと唾をのんだようだ。色は相変わらず何ともなさそうな顔をしている。
 
 俺は殺気のこもった目でモニター越しに男を睨みつけた。部屋を飛び出したい衝動をなんとか抑えながら、イヤホンの向こうに耳を傾ける。

 セーラー服を脱がすのかと思いきや、男はにやりと笑いながら『そのまま脱がすのはもったいない……折角なら、汚してしまおうか』と言った。……嫌な予感がする。

 男はベッドに膝立ちになり、ズボンの前をくつろがせる。そこから男自身を取り出すと、色の目の前ーー正確に言えば、口元付近に突き出した。
 
『くわえてくれないか』
「ふざけるなよ」

 思わず苛立ちと殺意を孕んだ独り言が飛び出す。
 それと同時に色に対する焦りも覚えた。
 
 色、なんでされるがままなんだ。情報を早く……いや、この際情報なんてどうでもいい。早く合図をしてくれ。そうしたら俺はそっちに行ってやれる。

 頼むから、早く、合図を。
 
 そんな俺の思いも空しく、色は何でもなさそうに言う。
 
『いいよ』

 その瞬間、俺は部屋を飛び出した。