彼は私の顔を見てほんの少し表情を変えた。
「おや、君でしたか。君は随分、落し物が多いですね」
……そういえば前に会った時も同じような出会い方をしたなと思いながら、軽く礼を言って差し出された携帯電話を受け取る。そのままさっさと立ち去ろうとすれば、沖矢さんも後ろをついてきた。
「どうして逃げるんです」
「……透兄さんが、沖矢さんにはもう近づくなって」
「まあまあそう言わずに、話だけでも聞いてくださいよ」
「聞かない」
そんな言い合いを続けながら会計を済ませ、店の外へ出た。自宅に帰るために足を進めているが、それでも未だに昴さんは私の後ろをニコニコしながらついてくる。……傍から見たら十分不審者だが、彼はそれでいいのだろうか。
「どんなに誘われてもついていかないし、話も聞かないよ」
私が後ろを振り返らずにはっきり突っぱねると、彼は先ほどまでの優しそうな声色とは打って変わって、少し真剣な声色で淡々と言い放った。
「たとえその話が、"透兄さん"に関係することだったとしても?」
思わず私はぴたりと足を止める。ゆっくりと、後ろにいる昴さんの方へ振り返ると彼は相変わらず何を考えているのかわからない表情を浮かべていた。
「ついて来て、いただけますね?」
私の無言を肯定と受け取ったのか、彼はくるりと振り返って来た道を引き返し始めた。私は何も言わずにその後を追う。
***
来た道を引き返して先ほどのスーパーへ到着すると、駐車場に止めてあった彼の車に乗るように指示された。助手席に乗れば、昴さんが間髪入れずに運転席へ座る。昴さんが座ったのを確認してから話しかけた。
「どういうこと。透兄さんに関する話って」
「単刀直入に言います。僕と手を組みませんか」
「……手を、組む」
単刀直入すぎてイマイチ真意が掴み切れない。というか、昴さんには普通の中学生的に振舞っていたはずだし、現にそういう扱いを受けていた。それなのに、何を言い出すんだこの人は。思ったことをそのまま口に出す。
「急に何を言うの。私はただの中学生だよ」
私の言葉を聞いても彼は飄々として、表情を変える様子を見せない。相変わらず何を考えているのかがよくわからない人だと思った。
「実は君のことが少し気になってね、色々と調べさせてもらったよ。……"お人形さん"?」
その言葉が発せられた途端、車内の空気にわずかながら緊張感が増す。
"人形"、という私の呼び名を知っているということは、昴さんは組織について何かしら知っているということになる。一般人の彼が、どうしてそんな情報を。私は彼の様子を逐一観察しながら、静かに続ける。
「……何が目的なの」
「君の所属している組織が警察庁に忍び込み、データを盗み出す計画があるという情報をあるツテから入手しました」
キュラソーがつくと言ってた仕事のことかと容易に見当がついた。そんな水面下の計画まで知っていたとは……。
「僕はそれを阻止したいと考えています」
「そのために、私に協力して欲しいんだ」
「ええ」
彼は静かに頷いた。……彼の様子を見る限り、私を騙そうだとか、そういったものは見受けられない。本心から、私に協力を申し出ているようだ。だが私も、一概に首を縦に振るわけにはいかない。
「昴さんがやりたいことはわかった。でも、それの何処に透兄さんが関係するの」
「そのデータについて、詳しくはまだわからないことが多いのではっきりとは言えませんが、少々彼にとって不都合な代物でしてね……下手すれば、組織にそのデータが渡った時点で命に係わる」
命。
重苦しい言葉が昴さんの口から飛び出す。不意に喉の渇きを覚えて、少ない口内の唾液を無理やり飲み下した。
「だから僕はその計画を阻止したいのです」
「……」
「難しいことを要求するつもりはありません。ただあなたは、組織の情報をこちらに流すだけでいい」
「私、は」
思わず視線を下げてしまう。もし彼に協力してキュラソーの仕事が失敗すれば、彼女はもしかしたら組織からの信頼を失うことに繋がることになるかもしれない。かといって仕事が成功すれば、今度はママの身に危険が及ぶかもしれない。
ママか、キュラソー。ふたりとも私にとって大切な人で、天秤にかけることなんて到底出来っこなかった。返答に戸惑う私を見て、昴さんは静かに言葉を続ける。
「今、即答しなくても構いません。でももし、協力していただけるならば、この番号にかけてください」
いつでも構いませんから。そう言って私に小さな紙をそっと握らせた。握りこんだ紙の中身をその場で見ようとはしなかったけど、そこに書かれているのはきっと昴さんの電話番号か何かだろう。
「きっと君の力になります」
まるで小さな子供に言い聞かせるような優しい声色で、彼は言う。
「……昴さん、一体何者なの」
ぽそりと、聞き取れるかどうかわからないくらいの音量で言う。すると昴さんは口の端を持ち上げるように小さく笑った。
「未練がましくこの世に留まり続ける、ただの亡霊ですよ」