45 構いませんよ

 いつもの通り、パパとウォッカお兄ちゃんと暗殺の仕事を済ませ、帰路につこうかというところ。遠くの方から大きな爆発音が聞こえた。車内で窓ガラスを閉め切っていても聞こえるほどの轟音である。ふと視線をそちらに向ければ、橋の上で何かが爆発炎上しているのが見えた。事故でもあったのだろうか。そこまで思ったところでふと"ある事"を思い出す。

 ……そういえば今日は、キュラソーが警察の施設に侵入する任務につくと言われていた日だった。もしかしたらそれに関係したことかもしれないな。

 そんなことを考えているとパパの携帯が鳴る。どうやらメールのようだ。無言で確認して、フッと口角を上げるパパ。パパとウォッカお兄ちゃんの話を聞くと、それはラムからの連絡らしく、キュラソーが無事任務に成功したのだという報告なのだとか。流石はあの子だ。私なんかと違って機転が利くから、どんなに難しい任務でもこなしてみせる。ごうごうと燃え盛る遠くの橋を見つめながら彼女のことを考えていると、パパが不意に話しかけてきた。

「色。俺とウォッカはこれからベルリンへ立つ。お前は暫くベルモットと行動しろ」
「……わかった」

 家の前で降ろされたため、ひとりで暗い家の中へ入る。電気をつける気にもなれず、重い身体をどさりとソファに投げ出した。ごろりと横になり、窓の向こうに見える月を見ながらぼんやりと考える。

 彼女の任務は成功した。これでキュラソーは大丈夫だろう。
 だが、これではママが危ないかもしれない。

 ……ふたりを助けるために、私はどうしたらいい。

 ゆるりと起き上がれば、部屋の端に置きっぱなしにしていた携帯が目に入った。それと同時に、とある人の顔が浮かんだ。だが彼は、ママにもう近づくなと言われていた人物。
 でも彼がもし、本当にママを助けてくれるのだとしたら。

 私はソファから離れ、携帯を手に取る。あの日メモに書かれていた番号を打ち込み、通話ボタンを押す。数コールした後に、いつも通りの落ち着いた声がスピーカー越しに聞こえた。

『君ならきっとかけてくれると信じていましたよ』
「……勘違いしないでね。私は」
『"透兄さん"を助けたいだけ――ですよね?』
「……」

 まるで私の考えを見透かしたように昴さんは言って、私は思わず黙り込んでしまう。昴さんはそんな私の反応を聞いて、クスリと笑った。

『構いませんよ。協力さえしていただけるのならば、それで』

 現在地を聞かれたので素直に自宅にいることを伝える。すると彼はこう言った。

『今は少し手が離せないので、そうですね……あと3時間ほどで君の家に伺います。着いたら電話しますからそれまで休んでいてください』

 軽く了解して私は通話を切った。


***


 知らない間に意識を飛ばしていたらしい。携帯電話が着信を知らせるメロディを奏でたところでハッと目を覚ます。番号を見て3時間経ったことを実感した。今から向かうという旨を電話越しの彼に伝えて、通話を終了させる。必要最低限の荷物だけ持って、音もなく家を後にした。

 マンションの一階に下りれば、車が一台止まっていた。助手席から運転席をのぞけば、そこに座っていた彼が優しく微笑んで乗車を促す。私が乗り込めば車はするりとマンションを後にした。

「随分軽装ですね」
「動きやすいし、何か仕掛けれられてもすぐに気づけるから」
「まあそれは、そうですね」

 彼は助手席にちらりと目をやって、すぐに前に戻す。

「"父親"の様子はどうですか」

 そう言われて改めて、彼は本当に私と組織のことを知っているんだと痛感する。同時に、隠しごとをする必要が無いということも。

「海外に行くって」
「……早速動き出したようですね」

 昴さんは口元だけでフッと不敵に笑った。

 車が到着した先は昴さんの家ではなく、大きなホテルだった。聞けば、ここを一時的な拠点にしているのだという。部屋に入り、昴さんが盗聴機器の確認をし始める。一通り何もないのを確認すると、昴さんは器具をしまった。続いて私に携帯を出すように言う。言われたとおりに渡せば、昴さんは軽く操作した後にひょいと返してきた。

 それからソファとテーブル、大画面のテレビが鎮座する一室に案内される。互いに向かい合うように座ると、昴さんから今の状況をざっくりと説明し始めた。

 昨日の夜、警察庁に忍び込んだキュラソーは、データを奪って逃走。昴さんも追いかけたが取り逃がしてしまったそう。公安を中心とした警察が懸命に捜索にあたっているが、今もまだ見つかっていないらしい。

「そちらは……確かジンを初めとした幹部たちが海外に向かっているそうですね」

 私は頷く。メールでは確か、ロンドンやトロント、ベルリンなどにそれぞれ幹部たちが向かっていると書かれていた。それを告げれば、昴さんの眉間にしわが寄る。

「やはり、そうか……」
「何か、まずいことでもあったの」

 そう聞けば昴さんは口を開いた。

「ますます、"透兄さん"の身が危なくなりました」