部下に指示を出す電話をした後に、俺は車から降りた。
今俺がいるのは警察病院の駐車場。組織の構成員であるキュラソーがそこにいるという知らせを聞いてやってきたのである。
彼女は先日警察庁に侵入し、NOCリストを奪って逃走。懸命に追跡を続けたが逃げられてしまったのだ。消息不明と聞いていたが、東都水族館を訪れていた少年探偵団によって偶然発見され、今は警察病院に入院している。俺としてはこの展開は非常に都合がよかった。このまま彼女さえ何とかしてしまえば、肝心のリストが漏れる心配はないのだから。
車から立ち去ろうと警察病院へ足を向けたところで、目の前に今最も会いたくなかった女性が立ち塞がった。
「バーボン、何故あなたがここに?」
「もちろん、あの人を連れ戻すためです」
「てっきり記憶が戻る前にあの人の口を塞ぎに来たのかと」
表情は笑顔を保っているが、内側では舌打ちをしたい気分だった。俺の考えはあっさりと見抜かれてしまっていたらしい。
「なぜ僕がそんなことを? 言っている意味がよく分かりませんね」
「じゃあどうやって接触するつもり? あの人は厳重な警備の元、面会謝絶よ。それとも、あなたならあの人に簡単に会えるのかしら。例えば、警察に何か特別なコネクションでも……」
「さっきから何の話をしているんですか」
まるで理解できないという風を装って俺は軽く首をかしげてみせる。そんな俺を見て、ベルモットは笑みを崩さずに言葉を続けた。
「ま、いいわ。立ち話も何だし……」
次の瞬間、腰のあたりにひやりとした感触を覚える。
誰か、なんて確かめるまでもない。この気配は、嫌というほどよく知っているのだから。
「場所を変えましょう」
目の前の女は腕を組んだまま、妖艶な笑みを深めて言った。腰のあたりに食い込んだ獲物がぐいと突き付けられる。これ以上力を入れられたら流石に切れてしまいそうだ。……彼女のナイフの切れ味は、俺も嫌というほどよく知っている。
「……それが組織の命令だというなら、仕方ありませんね」
***
ふたりに従って到着したのは広々とした倉庫街。その倉庫の一つに連れ込まれ、柱に手錠で後ろ手に繋がれる。
てっきり連れ込まれたのは俺一人だと思っていたのだが、先客がいたようである。
組織に戻るため、赤井抹殺を見事やり遂げた、キールことCIAの水無怜奈だ。キールもこちらに気づいたようで、驚いたようにハッと顔を上げ僅かに眉を寄せる。
「役者が揃ったみてえだな」
バッと声がしたほうに視線を向ければ、そこに立っていたのはジンだ。
僅かに開いた倉庫の扉の隙間から、毒々しいほどの赤い夕暮れの光が差し込んで、彼の顔に影を作る。煙草を吸っているのか、煙が揺らめくのが見えた。
「我々にNOCの疑いがかかっているようですね」
「キュラソーが伝えてきたNOCリストに、お前たちの名前があったそうだ」
一斉にスタンドライトが点り、問い詰めるように強い光が俺とキールに向けられた。思わず目を細める。ジンは近くにあった木箱に腰かけると、じろりとこちらを睨んだ。
「キュラソー……ラムの腹心か」
「ええ。情報収集のスペシャリストよ」
「知っているようね」
俺のすぐそばに立っていたベルモットが口を開いた。
因みにキールの傍にはウォッカ、そして俺とキールのちょうど後ろ――ジンと向かい合うような形で色が立っており、俺たちが妙な動きをしないように監視している。
ちらりと色を見やれば、ゾッとするほどの無表情であった。……今は父親の"人形"ってわけか。思わず笑いが零れそうになる。
「外見の特徴は左右で目の色が違う、オッドアイ」
「組織じゃ有名な話よ」
「昔のよしみだ。素直に吐けば、苦しまずに逝かせてやるよ」
「フッ……僕たちを暗殺せず拉致したのは、そのキュラソーとやらの情報が完璧ではなかったから、違いますか?」
「流石だなバーボン」
ジンが煙草をくわえたまま、片方の口角をクッと上げて器用に笑う。するとベルモットとウォッカが補足するように続ける。
「NOCリストを盗んだまでは良かったけど、警察に見つかり、逃げる途中で事故を起こした」
「挙句、記憶喪失と来たもんだ」
「じゃあ、キュラソーを奪還して、NOCリストを手に入れるべきじゃないの?」
ジンを睨みつけながら、キールが大声で叫ぶ。
「ジン! 我々が本当にNOCか確認してからでも遅くはないはずよ!」
「確かにな……だが」
ジンは懐に手をやり、立ち上がりながら取り出した拳銃を俺たちに向けた。
ベルモットとウォッカは慌てたような声を上げる。
「疑わしきは罰する、それが俺のやり方だ」
低い声でジンがそう言えば、途端にふたりは押し黙る。
「さぁ……」
吐き出された煙草が地面に落ち――
「裏切り者の、裁きの時間だ」
――左足でぐしゃりと踏み消された。