どすり、と何かが突き刺さるような鈍い音が聞こえる。
「う……ッ!」
隣にいたキールがうめき声をあげてその場にしゃがみこんだ。その左肩には赤いシミがじわじわと広がっていく。先ほどまで深々とナイフが突き刺さっていたのだ。
突き刺した当の本人はといえば、相変わらず表情の抜け落ちた顔で血液の付着したナイフを握りしめていた。
「キール!」
「ほら、どうしたキール。続けろよ」
「く……」
「手錠を外してえんだろ?」
ニヤニヤと冷たい笑みを浮かべながらジンは言う。さっとキールの足元に視線を走らせれば、血だまりの中に変形した黒いヘアピンが見つかった。おそらく、これで開けようとしたところを見られたのだろう。
「まだ容疑者の段階で仲間を……!」
「仲間かどうかを断ずるのはお前らではない。……最後に1分だけ猶予をやる。先に相手を売った方にだけ拝ませてやろう。"ネズミ"のくたばる様をな……」
チャキ、と金属音を鳴らしてジンは拳銃を構えなおした。
「ウォッカ、カウントしろ」
「了解」
ウォッカは腕時計を確認し、言われたとおりにカウントし始めた。60秒。彼の特徴的な声が響く。
「そんな脅しに乗るもんですか」
「もし彼女をNOCと言ったら、自分をNOCだと認めたことになる。そんな奴をあんたが見逃すはずがない」
50秒。俺の言葉を聞いたジンは凶悪な笑顔を浮かべた。
「ハッ……そいつはどうかな? 俺は意外と優しいんだぜ? キール……」
40秒。じりじりとカウントは進んでいく。一向に口を開こうとしない俺たちを見て、ジンは吐き捨てるように言う。
「仲良く互いを庇いあってるというわけか」
「庇うも何も、僕は彼女がNOCかどうかなんて知りませんよ」
「私だって!」
キールが吠える。30秒。
「でもこれだけは言える……私はNOCじゃない!」
「それはこっちのセリフだ」
ジンは怪しげな笑みを浮かべたまま、銃口をこちらに突き付けている。20秒。
「さあ、"ネズミ"はどっちだ」
「ジン……まさか本気で」
「先に鳴くのはどっちだ」
10秒を切った。秒読みに入る。
「さて、バーボンか、キールか」
俺は残り5秒を切ったあたりでしゃがみ、後ろ手でキールの落としたヘアピンを拾う。イチかバチかに賭けるしかない。
「まずは貴様だ……バーボン」
0、と同時に銃口がこちらに向けられた。ぐっと奥歯を噛みしめる。
その時、発砲音と共に、何か金属が撃ち抜かれるような音が響いた。
スタンドライトのほぼ真上にある、倉庫本来の照明が落下し、けたたましい音を立ててスタンドライトを倒す。辺りは一瞬にして暗闇に包まれた。
「何だ! どうした!」
「ラ、ライトが!」
急に暗闇に包まれたためかジンもウォッカも動揺しているらしい。今のうちにと素早く手錠を外すと、足音を立てぬように素早く倉庫内を移動する。
「キール! バーボン!」
「動くな!」
様々な声が飛び交う。暗闇に目が慣れず、移動するのに時間がかかってしまう。
すると不意に、誰かに手を引かれる感触がした。この小さな冷えた手には覚えがある。
その手の持ち主の名前を呟くよりも前に、その手によって物陰に押し込まれてしまった。
それとほぼ同時に光が視界の端にちらつき、ベルモットが焦ったような声を出す。
「! バ、バーボンが居ない! 逃げたわ……」
「クソ……どうやって……」
誰かが倒れたスタンドライトを起こしたらしく、倉庫内は再び元の明るさを取り戻す。まずい、倉庫から出るタイミングを見失ってしまった。このままでは見つかるのも時間の問題だ。
「バーボンが逃げた時、一番近くにいたのはお前だ色。ヤツはどこに行った」
「私は見ていない。手錠を外す音なら聞こえたけど、姿は見えなかった」
淡々と答える色に、ジンが不機嫌そうに舌打ちをする。否が応でも脈拍が早くなり、耳元に心臓があるのかというほど五月蠅い鼓動の音で気づかれやしないかとハラハラする。
次の瞬間、勢いよく扉を開けるようなけたたましい音が倉庫内に響いた。夕暮れの赤い光が暗闇に満ちていた倉庫内を染め上げる。
「クッ……追え!」
ジンの一声でウォッカが慌てて倉庫から飛び出していった。もうひとり――足音からしておそらくベルモットだろう――倉庫から飛び出そうとするが、途中で足音が止まった。そうっと物陰から顔をのぞかせれば、倉庫の出入り口付近でベルモットが携帯を操作している。対するジンはといえば、キールに拳銃を突き付けていた。
「悪いなキール。"ネズミ"の死骸を見せられなくて。だが寂しがることはない。直にバーボンもお前の元に送ってやろう」
肩の傷に響くのであろう、荒い息を押し殺しながらジンを睨むキール。ジンは冷たく笑い、引き金に指をかける。
「あばよ、キール……」
「ジン待って!」
ジンが引き金を引く直前に、ベルモットが焦ったように大声を出して静止を促す。彼女の手には携帯電話が握られていた。