「撃っては駄目。ラムからの命令よ」
ラム……組織のNo.2から、直々に命令が下ったのか。電話越しに話し始めたベルモットを見て、不愉快そうに舌打ちをするジン。電話を切るとベルモットはジンに説明し始めた。
「キュラソーからメールが届いたそうよ。ふたりは関係なかったと」
「記憶が戻ったのか」
それを聞いて俺も静かに驚く。メールだと? 確かキュラソーは記憶喪失の上、現在警察の監視下にあるはずである。そんな状況でメールなんて打てるだろうか。まさか逃げられたのか? 思考を巡らす俺を他所に、彼らの会話は進んでいく。
「どうやらこれで、私たちへの疑いは晴れたようね。さっさとこの手錠を外してもらおうかしら」
「駄目よ」
苦しそうに言うキールの言葉を一蹴するベルモット。キールとジンはほぼ同時にベルモットへ視線を向けた。
「ラムの命令には続きが……届いたメールが本当にキュラソーが送ったものか、確かめる必要があると。警察病院からの奪還となると、かなり厄介になりそうだけど……」
「案ずることは無え」
ジンはそう言って懐から携帯電話を取り出して操作し始める。
「俺の読みが正しければ、そろそろ動きがあるはずだ」
不敵な笑みを浮かべたままどこかに電話をかけ始めた。かけた先はおそらくここに居ないキャンティやコルンだろうか。
「やはりな……それで、目的地は。……」
返答を聞き、ジンはクッと片方の口の端を上げた。
「例の機体を用意しろ」
その言葉を聞いたとたん、ベルモットは僅かながらに反応する。ジンは気にせず通話を続けている。
「アレの性能を試すのにいいチャンスだ。……ラムからの命令だ。確実に任務を遂行しねえとなあ」
そう言って電話を切った。
「ジン……まさか、本気でアレを使う気じゃ……」
ベルモットが信じられないとでも言いたげに恐る恐る言えば、倉庫の出入り口から息を切らしたウォッカが現れた。
「アニキ、駄目です。逃げられました……」
「構わん」
あっさりと返すジン。まさかそんなことを言われるなんて思っていなかったのであろうウォッカは、驚いたようにジンを見る。
「バーボンとキールは後回しだ。まずはキュラソーを奪還する」
コツコツと薄暗い倉庫に足音が響く。奪還、ということは未だ彼女は警察の管理下にあるのだろう。
「しかし……病院には警察や公安どもが」
「キュラソーは既に病院を出た」
「では、どこへ……」
「行く先は、東都水族館」
「ジン、あなたまさか、こうなることを読んで、あの仕掛けを?」
ベルモットの問いかけには答えず、ジンはウォッカと共に倉庫を立ち去った。
「仕方ないわね……色、私たちも行きましょう」
色は何も言わずに頷き、ベルモットと共に倉庫を後にしようとする。
だが色はベルモットを少しだけ待たせると、素早くキールの元へ駆け寄った。思わず身構えるキールを他所に、色は自身の服の裾を割き、それをキールの左肩に巻き付け始める。ベルモットもキールも唖然とした表情を浮かべた。ある程度巻き付けたところで布の端を固く結び、キールの耳元で何かを言ったかと思うと、足早に倉庫を後にした。
足音が聞こえなくなった後で、身を隠していた物陰から姿を現すと、キールはこれでもかというほど目を丸くする。
「バーボン……あなた、ずっとそこに?」
「ええ。手錠を外したはいいものの、倉庫内で身動きが取れなくなってしまいまして」
「じゃあ、あの扉は……」
「少なくとも僕ではありません。何者か……は、今は考えないでおきましょうか」
ある程度予想はつきますけど、という言葉をぐっと飲み込み、しゃがんでキールの肩の傷の具合を見る。
大分出血は少なくなっているものの、放っておくわけにはいかない。俺には治療する道具も時間も無いし……
そう思った時に、何者かの足音が近づいてきた。まさか誰かが戻ってきたのかと、思わず勢いよく振り返った。だがそこに立っていたのは予想外の人物である。
「先、生……?」
「よォ、バーボン。色々危なかったらしいな」
白衣に片手を突っ込んで、にやりと笑っているのは色の主治医の彼女だった。
「どうしてあなたが、こんなところに」
「どうしてッて……色から連絡を貰ってな」
「色から?」
「そ。1時間くらい前に『怪我人が出るかもしれないから例の倉庫の近くに来てくれ』ッて電話が来たのさ。なんのこっちゃって思ったが、あの子の言うことだから無下には出来なくッてね。んで、ずっと倉庫の外でスタンバってたってわけ」
彼女はカツカツとヒールの音を響かせながら、キールに近寄る。大きな医療用バッグをけだるそうに肩に担ぐようにして持っていた。
「とりあえず、彼女はアタシがなんとかするさね。多分この傷の具合からして、そのままこの場で軽ーく手術とかするだろォから、バーボンはさっさと倉庫から出て行け」
しっしと追い出すように手を振り、彼女は俺を遠ざけた。
……色々と気になることは多いが、今はキュラソーが先である。俺は先生に一礼し、駆け足で倉庫を後にした。