50 それに私が答える必要はない

 ベルモット姉さんと共に東都水族館へ着いた。ベルモット姉さんとはここからは別行動になる。
 指示通りに観覧車内部へ潜入し、予め目につきにくい場所に隠しておいた大量の爆薬を持って、観覧車の車軸やホイール中心に仕掛けていく。スピード重視のため取り付けるのは随分軽く貼り付けてあるが、まあ特に問題は無いだろう。

 あらかた仕掛け終わったところで、爆弾がつながったコードを絡まないように持ち、目的の消火栓へまとめる。後はこれらを中に押し込んで、起爆装置に繋いで……。そんなときに一本の着信が入った。ちらりと番号を確認してから通話ボタンを押す。

『無事ですか』
「うん。何ともないよ」

 電話の向こうの彼は相変わらず落ち着き払っていた。
 実は倉庫でスタンドライトの上の照明を撃ち落としたのは昴さんなのだ。私が彼に協力を持ちかけたのである。

 あの時私の靴底には小型発信機兼盗聴器がついており、その位置情報を頼りに昴さんは倉庫に駆け付けたのだ。私の合図を受けて、正確に照明を撃ち抜いた彼の狙撃技術はなかなかのものである。それと、倉庫の扉を思いきり開けたのも昴さんだ。あれは完全に彼の独断だったが、結果としてあれのおかげでママは助かったと言えるだろう。

「透兄さんも無事だったから、協力するのはおしまいでいいよね」
『……ええ、そうですね』

 最初の沈黙が少し気がかりだが、この際いいだろう。肩と耳の間に携帯を挟み、作業を進める。

『ところで色さん、位置情報によると東都水族館の観覧車にいるようですね。一体何を?』
「内緒」
『……釣れませんねえ』

 昴さんからの電話を切り、靴底の小型発信機兼盗聴器を外して握りつぶす。残骸をその辺に放って、改めて起爆装置の仕上げをしたところでベルモット姉さんから連絡が入った。

『もうすぐ作戦を決行するわ。色、早く観覧車から脱出するのよ』
「わかった」

 言われたとおりに先を急いだ。階段を悠長に降りる手間を省くために、あちらこちらを飛び移るように進んでいく。
 さてもうすぐ出入り口付近だ、と思ったところで勢いよく飛び出してきた小さな人影にぶつかってしまった。私は小さな人影を巻き込むようにごろごろとその場に倒れこんだ。受け身を取っていたため私は比較的早く起き上がることが出来たが、相手はそうもいかなかったらしい。

「いたた……ご、ごめんなさい! 僕急いで、て……――」

 バッと勢いよく起き上がった小さな人影は、慌てて私に謝る。ばちりと私と目を合わせた途端に、口走っていた言葉を途切れさせた。

 私の目の前にいる小さな人影――眼鏡をかけた少年は紛れもなく、以前にデパートで出会った賢そうな少年だったのである。

「色さん!? なんでこんなところに……」

 少年もまた私のことを覚えていたらしい。彼は心底驚いた顔で疑問を口走るが、正直それはこちらのセリフだ。なんでこんなところに一般人が……しかも、まだ幼い少年である彼がいるのか、甚だ疑問である。

「君、なんでここにいるのかは知らないけど早く帰った方がいいよ。危険だから」

 必要最低限の単語を並べて彼にそう伝えれば、彼は驚いたように目を見開いた。そこでインカムに連絡が入る。

『色? 今どこにいるの』

 ベルモット姉さんからだった。少年の前だからあまり会話はしたくないが……黙っていると逆に変だろう。

「今少し脱出に手間取っていて、まだ観覧車に」
『そう。ならなるべく早く脱出するのよ。作戦開始まであと10分も無いわ』
「わかった」

 通信が切れると、少年が険しい顔で問いかけた。

「今の声、ベルモットだよね?」

 ひゅるりと、どこからともなく入り込んだ生ぬるい夜風が私たちの間をすり抜けていく。私が答えるよりも前に、少年は見た目にそぐわぬほど鋭い視線をこちらによこしながら言った。

「色さんって一体……何者、なの?」

 通信の声が漏れ聞こえていたらしい。かなり耳がいいんだなこの子は、と小さく感心する。それにしても、この少年はベルモット姉さんを知っているらしい。彼のような一般人がどうして、と思ったが、今はそんなことを聞いている暇はなかった。

「……それに私が答える必要はない」

 思った以上に無機質な声が出た。少年がぐっとこらえるような、複雑そうな表情を浮かべる。私は少年に背を向け、観覧車内部から無事に脱出することに成功した。

 ベルモット姉さんが待機しているという水族館内に併設されたレストランに向かう途中で作戦は決行された。なるべく観覧車の上部が確認できるような高い位置に身を隠しながら様子をうかがう。インカムで様々な指示が飛び交っている。

 周りの人たちは突然暗くなったせいで状況を把握できていないようだったが、私はいたって冷静だった。色を持たないこの目は、実はとても夜目がきくのである。したがって、暗闇に紛れて観覧車のゴンドラに近づく機体の動きも、ばっちりと見えていた。
 そして機体から伸びたアームがゴンドラを掴む数秒前に、ひらりと何かが動くのもしっかりとらえていた。

 あれは……あの、身のこなしは。