思わず私はその場から観覧車へ向かって駆け出していた。インカムの向こうでパパたちがキュラソーが居ないと騒ぎ始めている。やはり、あれはそうだったのだろう。
あっという間に観覧車の出入り口に辿り着いた私は、内部に侵入し、上を目指す。吹き抜けの様になっているため、目を凝らせば動く物体を捕えるのは容易である。しかも、彼女ほどの派手な動きをしているとなれば、尚更だ。
華麗な身のこなしで観覧車を降りる彼女の前に、立ち塞がるように私は現れた。
「!」
まさか私が現れると思ってもみなかったのであろう彼女は驚きで目を見開く。
「こんなところで何してるの。帰ろう」
「……あそこはもう、私の帰る場所ではない。どいて、色」
数年見ない間にこんなに殺気立った表情も出来るようになったのかと、内心思う。
「なら、意地でも連れて帰る」
数秒ほど睨み合いの状態が続き、私たちはほぼ同時に互いに向かって駆け出した。
ほぼ同時に地を蹴り、彼女はその長い足を回転の勢いを利用して叩きつけようとする。それを私は難なく躱すと、その隙をつくように攻撃を繰り出す。彼女は手足が長いためリーチが長い点では有利だが、素早さという点では負けてはいない。だが彼女もそれを難なく受け止め、逆にその力を利用して私に攻撃を仕掛ける。
目にもとまらぬ攻防が、観覧車内部で繰り広げられていた。しかもほとんどが地面に足をつけない空中戦である。勝負内容はほぼ互角だが、純粋な戦闘能力でなら、私の方が有利なはずだ。彼女の素早い手刀が私の耳元ギリギリを掠める。そのはずみで外れたインカムが真っ逆さまに落ちて行った。
一旦間合いを取りつつ地に足をつける。息が上がっているのはお互い様だ。
「まだ、勝負はついてない」
ふうと息をついてそう言った次の瞬間、キュラソーは不意に何かを見つけたような素振りを見せ、そのまま私の目の前から消えた。何事だと思って後を追う。
すると彼女は崩れた道の淵から何者かを引き上げた。引き上げたのは小学生くらいの幼い少女であるが、その顔を見て私は思わず声を漏らす。
「君、は」
少女はかつて、私が大怪我したのを助けた、命の恩人のひとりだったのだ。
「!」
少女も私に気が付いたようで、目を合わせた途端にびくりと身体を震わせる。
「キュラソー、この子は……」
「私の、大切な人よ」
まるで少女には近づけさせないとでも言いたげに、キュラソーは私の前に立ち塞がる。
「……それなら私と同じ」
「何?」
キュラソーがひくりと眉を動かした。
「その子は私の命の恩人でもあるの。だから、あなたと同じ」
「色、あなた……」
「今私たちがやるべきことはひとつ。そうでしょ」
私が言えば、キュラソーは強気な笑みを浮かべた。流石"人形"同士。考えてることはほとんど同じであるらしい。
そうと決まれば早かった。キュラソーがゴンドラに居ない今、"最終手段"を取るのは時間の問題だろうと思われる。それならば早く、こんな危険な場所から脱出させなければ。
「待って」
少女が私たちふたりを呼び止める。
「まだ子供たちがゴンドラの中に残ってるの。早く助け出さないと!」
少女の焦ったような声を聞いて、キュラソーは今にも舌打ちしそうな勢いで顔を歪めた。
***
子供たちが乗っているというゴンドラを目指して、3人で観覧車内部を登ってゆく。現在位置から微妙に離れた位置にあるため、スピードを優先するために観覧車の内部をよく知っている私が先を行き、キュラソーが少女を抱きかかえて移動する形だ。
移動途中、突然観覧車にけたたましい音が響き始める。それと同時に数えきれないほどの弾丸が撃ち込まれていた。おそらくあの機体から観覧車に向かって打ち込んでいるのだろう。キュラソーは少女をきつく抱きかかえるようにして、弾丸の雨から少女を守る。センサーか何かで撃つ場所を決めているのか、私たちが動けばそのあとを追いかけるように弾丸の雨は降り注いだ。一度物陰に身を隠すようにして歩みを止める。
するとキュラソーは抱きかかえていた少女を私に押し付けた。そして履いていたスカートのサイドを割き、駆動性を高める。
「え、と」
「奴らの狙いは、私」
彼女はゆるりと立ち上がった。その横顔は決意に溢れている。
「あなた、まさか囮に!?」
「色」
少女の声を押し切るように、キュラソーは私に話しかける。
色を持たない、うつくしい瞳が、私のことを真っすぐに貫いた。
「頼んだわよ」
そう言ってキュラソーは私たちに背を向け、駆け出した。その後を追いかけるように弾丸の雨が降り注ぐ。
「駄目よ! 殺されるわ!」
少女が叫ぶ。
私は少女を抱きかかえたまま立ち上がり、キュラソーが向かったのとは別の方向――子供たちがいるというゴンドラの方へ急いだ。