その沈黙を破ったのは、キュラソーの方である。
彼女はゆったりと、それはそれはうつくしい笑みを浮かべて、言い聞かせるように語り始めた。
「私は今まで、組織の構成員として、幹部であるラムの手足として生きてきた。それこそ"人形"のように、なんの感情も持たずに、ただ黙って任務をこなしていれば、それでよかった」
キュラソーはおもむろにスカートのポケットに手を入れる。
「でも、そんな私にも、守りたい存在が出来た。この子たちが助かるのなら、この身が灰になっても構わない……そう思えるような存在が」
彼女の手の中には、小さなイルカのマスコットが収まっていた。ちゃり、と小さな音を立てて彼女の手に納まるそのイルカは、彼女の髪と同じ色をしている。彼女は大切そうに、ゆっくりとそれを握りしめた。
「私は何色にもなれるキュラソー。……色を持たない、染まる色を知らない、
ほんの少し私の手の力が緩まった隙をついて、彼女は私の手を引きはがし、強引に運転席の扉を閉める。そして私を振り落とすように重機は急発進した。
文字通り私は振り落とされ、地面に叩きつけられる。すぐさま起き上がりその後を追いかけたが、もう遅かった。
彼女が乗った重機は猛スピードで観覧車と建物の間に滑り込むように突っ込む。ギリギリまで耐えたが、暴走した観覧車は重機の運転席部分を押しつぶし、ようやくその動きをとめた。
運転席部分はあろうことか爆発、炎上しはじめる。
所々で観覧車が止まったことで歓声が沸き上がっていたが、私はと言えばその真逆だ。へたりと力なく座り込み、呆然と押しつぶされた運転席を見つめることしか出来ない。
嘘だ、そんな、だって、あの子が、優秀だったあの子が、そんなわけない、そんなことあるはずがない、あの子は私よりずっと優秀で、強くて、賢くて、こんなことで、こんなところで、あの子は――
どくりと不気味な音を立てて、心臓が跳ねる。
ぐらりと視界が揺れ、私はその場に倒れこみ、意識を飛ばした。
***
久しぶりに会った友人は、昔からほとんど変わっていなかった。
幼い頃から組織で育った私と彼女は、昔からよく任務や訓練のたびに顔を合わせていたため、他の組織の人と比べてそれなりに仲が良かったりする。"友人"と評せる人物は、私の中では彼女しかいないと思うほどには親密であった。私がラムに仕え始めたあたりから顔を合わせることは少なくなったが、彼女の活躍を聞くたびに自分のことの様に嬉しく思ったのは事実である。
観覧車内で彼女と数年ぶりの再会を果たした時、正直舌打ちをしたくなった。懐かしさに浸る余裕すら与えてくれないこの状況に。本当は、こんなところで出会いたくなかった。彼女を……友人を、敵になんてまわしたくなかった。
だから彼女が子供たちを助けるために、私と意見を一致させた瞬間はとても嬉しかった。幼い頃に一緒にこなした任務を思い出すようで、とても懐かしかったのである。
私に生きて欲しいと言ってくれた、あの瞬間も。彼女があんなに感情を露わにするのは初めて見たし、それが私を思ってのことならば尚更貴重だ。
――重機の操作をする私の指に引っかかったマスコットが、小さく音を立てて揺れる。
染まる色を知らない、なんて彼女のことを揶揄したが、実は私は知っている。
彼女の目がただ1つだけ捕らえることが出来る色と、その色を持つ唯一無二の人物を。
昔……私たちがまだ幼い、組織に入って間もない頃に、彼女から一度だけ聞いたころがあったのだ。色の見えない彼女が認識できる唯一の色と、それを持つ人物の名前を。
「"友達"の君にだけ、教えてあげる」と小さな声で耳元に囁く彼女の姿は今でもよく覚えていた。
NOCリストを開き、閲覧した際、ある項目を見て心底驚いた。
彼女が昔話していた人物の名前と同姓同名の男がそこに名を連ねていたからである。
彼女も、
彼女はいつか、気づく時が来るだろうか。
……その報告を聞くことが出来ないのが、少しだけ残念に思える。
「ごめんなさい……さようなら、色」
――私を乗せた重機は速度を上げながら観覧車に突っ込んでいった。