55 わかっている

 ハッキングしたカメラ映像とイヤホン越しに聞こえてくる音声を元に、待機している車内から彼女に指示を送る。左手に構えた彼女のナイフが最後のターゲットの首元を捕えた。

 だだっ広い施設に、血の海と死体の山。
 目を背けたくなるほど凄惨な状況になってしまった場所で、ひとり平気そうにしている少女に俺はマイクを通して話しかけた。

「任務完了です、色。後は僕の言うとおりに道を戻ってください。残党には十分気を付けて」
『わかった』

 簡単に返事をすると、色は再び俺の指示通りに動き始めた。

 今日の任務はとある犯罪組織の殲滅任務だ。
 とある犯罪組織、というのは、俺たちが属する組織とは敵対関係にある犯罪者集団――随分前に俺と色が始末した"ネズミ"が所属していた――である。この犯罪者集団もこちらに負けず劣らずの巨大な組織であるため、今回は俺と色だけでなくそれなりの人員が――コードネーム持ちも何人か――この任務に割かれていた。

 だが正直、俺と色の二人だけでも十分だったのではないかと思う。それくらいにあっさりと、この犯罪者集団を崩すことに成功してしまったのである。あっさりしすぎて逆に気味が悪いくらいだ。

「次の廊下を右に曲がったところ、負傷した男が2人、拳銃構えてます。警戒してください」
『うん』

 色に時折指示を飛ばしつつ、ひとり考えを巡らせる。やはりこの状況は少しおかしい。相手は仮にも組織に匹敵すると言われるほどの巨大な組織だぞ? こんなに……こんなに簡単に、ケリがついてしまうものなのか? 

 そんなことを思っていると突然、監視カメラ映像の一つがダウンした。PCに警告表示が現れる。それを皮切りに次々映像がダウンしていく。どうやら相手に気付かれて、攻撃を食らっているらしい。俺は攻撃に対応しつつ、足跡を残さぬようにカメラ映像の接続を切った。車のエンジンを始動させすぐさま発進させる。他のメンバーに連絡を取るが、通じるものは誰一人としていなかった。思わず舌打ちが飛び出す。

 こちらに攻撃を仕掛けてきたということは……まずい。

「色、奴らに気付かれました。あなたも早く――」

 俺の言葉を遮るように色がシッと短く息を吐き出した。それからイヤホンの向こうの音声が徐々に鮮明に聞こえてくる。色がマイクの感度を上げたらしい。

 聞け、ということだろうか。

 俺は車を運転しつつ、イヤホンの向こうに耳を傾ける。


***


 廊下を曲がった瞬間発砲してきた2人の男を無事に制圧。怪我をしていたからあっさりと済んだ。

 さて先を急ごう、と思ったところで後ろから正確に右手を撃ちぬかれた。撃たれた衝撃で握っていたナイフが数メートル先に吹っ飛ばされる。

 バッと後ろを振り返ると、そこに立っていたのはスーツを着た大柄な男だった。
 左手のナイフを構えようとした瞬間、左手も撃ち抜かれる。ナイフが宙を舞い、後方に飛んで行った。男はなおも険しい顔で銃口をこちらに向けている。

 両手に穴が開いたせいで握力がいまいち戻ってこない。これではナイフを使えないだろう。拳銃に素手で挑んだ経験は何度かあるが、勝率はよろしいとは言えなかった。得策でないのは重々承知である。
 ママに判断を仰ごうかと思ったが、インカムの向こうで焦ったような声が聞こえてきたのでやめた。

 どうしたものかと思っていると、大柄な男の後方からもう1人男が現れる。スーツをまとった初老の男だ。薄灰の髪を撫でつけ、目じりに僅かにしわがあり、それはそれは人がよさそうな柔和な笑みを浮かべている。

「随分と派手にやってくれたねえ」

 足元に転がる死体を見ながら、のんびりと男は言った。それから私に目線を戻す。

「君の耳についている便利な玩具の先に、"ママ"がいるんだろう?」

 とんとん、と男は自身の耳を軽くたたく。

「でも私は、君との話がしたいんだ。……わかるよね?」

 その直後、ママが焦ったような声でこちらに話しかけてきたので、男に言われた通り……とは逆に、音の感度を上げた。

 するとママが途端に喋らなくなる。こちらの様子を聞くことに専念し始めたのだろう。私は改めて目の前の男に視線を戻した。

「これでこっちの会話はもう聞こえないよ」
「いい子だね、お嬢ちゃん」

 男はニタリと音が聞こえそうなほど柔らかく笑った。

「取引をしようじゃないか」
「取引?」
「そう。君が持っている組織の情報を私に教えておくれ。そうしたら、君をここから帰してあげよう」

 そういう男の背後に、さらにスーツ姿が増えた。どうやらこの初老の男が犯罪者集団を取りまとめる人物らしい。

「本当に、帰してくれる?」
「ああ、勿論だとも」

 男はニコニコと微笑んでいる。

『色。奴らの思い通りになってはいけませんよ』

 耳元でママが囁く。わかっている。だからこの誘いに最初から乗るつもりなんて無かった。

 取引は出来ない、と口を開こうとした次の瞬間、がくりと身体の力が抜けた。
 そのままずるずると地面に倒れこむ。男がゆったりとした調子でこちらに歩み寄るのが見えた。

「ようやく、効いてきたようだね」

 男はしゃがんで私の顔を覗き込む。
 ようやく、ということは随分前から盛られていたらしい。一体いつからだと頭を巡らせるが上手く動かなかった。何とか視線を動かして男を睨んでみるが、特に効果は薄いようだ。インカムの向こうでママが必死にこちらへ話しかけているが口を動かせず、返答することも出来ない。

「君にはいい仕事をしてもらうよ」

 意識を失う直前に見たのは、男の優し気な笑みだった。