※本編終了後の話※
ぐつぐつと具材が揺れる鍋に蓋をする。志保から教わったレシピによれば、あと8分ほど煮れば完成とのことだ。ここで少しばかり休憩としようか。すっかり暗くなったリビングの電気をつけ、ソファに腰かける。
すると、テーブルの上に放置していた携帯がタイミングよく震え始めた。私の番号を知っている人物は限られている。さて誰だ、と思いながら番号を確認。途端、無意識に頬が緩む。通話ボタンをタップして耳に当てた。
「もしもし」
『悪い、色。俺だ』
聞きなれた声が私の名前を呼ぶ。その声色を聞いて、私はそっと背もたれに身を預けながら先手を打った。
「今日の夕飯はいらないんだね?」
『……お前エスパーか何かか?』
「ふふ」
息を漏らすように笑えば、彼も曖昧にため息をつく。どうして言おうとしたことが分かったのか腑に落ちないようだ。
……これは私だけの秘密にしておこうと思ったんだが、面白そうだから言ってしまおう。
「私に言いにくいことを言う時、零くんちょっとだけ声のトーンが変わるの」
『そうだったのか』
「気づいてなかった?」
『まあな……』
若干声の勢いが落ちる。恐らく無自覚に感情が声に出ているとは思わなかったんだろう。まあ正直声のトーンが違うといってもほんの些細なものだし、毎日君の声を耳を澄ませるようにじっくりと聞いている私にしかわからないものだろうから気にしなくてもいいのに。
『因みに今日の夕飯は煮込み料理か?』
「あたり。よくわかったね」
『遠くの方で鍋の音が聞こえる』
「そっか。流石名探偵だね」
私が褒めれば彼はふふんと得意げに鼻を鳴らした。耳がいいアピールだろうか。全く、変なところで負けず嫌いなんだから。
そっとソファを離れてキッチンの鍋の様子を見に行く。蓋を開ければ、醤油とみりんのなんとも食欲をそそる香りがふわりと辺りに充満する。
「今日は志保に教えてもらった肉じゃがを自分で作ったの。初めて作った割になかなかうまくいったんだ。だから零くんにも是非食べて欲しいと思っていたんだけど」
『あー、そういうこと言わないで、帰りたくなる……』
「ふふ、冷蔵庫にちゃんと入れておくから。お仕事がんばれ、零くん」
空気が抜けていく風船のように脱力した声で言うもんだから思わず笑ってしまった。労いの言葉をかければ、嬉しそうな声でありがとうと言われる。
「ところで大丈夫なの? こんな長話をしても」
『大丈夫だよ。今はちょうど休憩中で――』
その時、スピーカーの向こうから大きな音が聞こえた。少し遅れて外から直接私の鼓膜を震わす。その後も音は数秒間隔で鳴りやまない。
「何か大きな音がするけど……」
『確か今日は花火大会があるって言ってたから、多分それだろ』
「そっか。音がすごく大きく聞こえる」
『上げてる場所がここから結構近いんだ。今警察庁の屋上にいるんだけど、かなり綺麗に見えるよ』
そう言っている間にも2,3発花火が打ちあがる。すると零くんが思いついたように言った。
『そうだ。もしかしたら色の部屋からも見えるかも、花火』
「本当?」
『うん。ちょうど窓が向いている方向で上がってるからさ』
私はそっと火を止めて箸を置き、自分の部屋に向かう。部屋の電気は消したまま、閉めていた遮光カーテンをさっと開いた。
「――本当だ。遠くの方に見える」
少し離れた場所で確かに、色とりどりの花が咲いていた。夜に映える火花は眩しいくらいに輝いていて思わず目を細める。
しばらくそうやって見ていると不意に零くんが話しかけてきた。
『そういえば前、一緒に花火を見たことあったっけ』
「そんなことあったっけ」
『ほら、任務の帰りに。渋滞に捕まってさ』
零くんが与えてくれるヒントを元に、私は昔の記憶を引っ張り出す。そしてようやくその全貌を思い出すと、懐かしさで不思議と口角が上がった。
「思い出した。確か、まだ一緒に仕事をし始めて間もないくらいの時に……」
『そうそう。互いの距離感を掴み切れていないくらいの時に見たんだよな』
懐かしむように彼は笑う。ベッドにゆっくりと腰かけ、私もぼんやりとあの日の空気感を思い出しながら彼との会話を続ける。
「一年も経たないうちに、まさかこんなことになるなんてね」
『はは、確かに』
組織が無くなり、色が再び私の中に戻ってきて、そのうえ"レイ"くんとこうして一緒に住むなんて。あの頃じゃ考えられない生活だ。
再び窓の外に意識を向けた。咲いては消える儚い打ち上げ花火が、次々と夜空を明るく彩る。きっとその会場では大勢の人で賑わっているのだろう。様々な色に溢れて、活気に満ちていて……想像するだけでため息が出る。
『色』
不意に零くんが名前を呼ぶ。
『来年は隣で一緒に見よう。花火』
「え?」
『今年はもしかしたら難しいかもしれないけど、来年は一緒に見たいんだ。……一緒に祭りにもいきたいな。屋台とか巡って』
まるでこちらの考えを見透かしたかのようなタイミングで未来の話をし始めた彼に、思わず笑いがこみあげてくる。それに気が付いたらしい零くんが不思議そうに尋ねた。
『どうかしたか』
「ううん。なんでもない」
『……』
無言である。不満そうな彼の顔がありありと浮かぶようだ。ある程度笑いの収まった私は、しみじみと呟く。
「私は、今年も十分楽しいけどね」
『?』
「だってほら、こうして電話しながら花火を見てると……」
――まるで君がすぐ隣にいるような感じがするから。