次の仕事の任務を受け取るために組織の施設に顔を出していたら、最も会いたくない奴に会ってしまった。
見た目だけは人を惑わすほど美しいそいつは、俺に気付くなり面白いものを見つけたように目を細める。
「あらライ、随分と久しぶりね」
ブロンドを揺らして怪しい笑みを浮かべるのは、組織でもかなり知られた存在である彼女だ。表の顔は世界的大女優、だがその裏の顔は組織の上位幹部。
「何の用だベルモット」
思ったより声がとげとげしくなってしまった。きっと今の一言で不快感が一心に伝わっただろうが、特に気にすることなく俺は言葉を続ける。
「確か別の任務にあたっていただろう」
「さっき片付けてきたのよ。それで報告のついでに寄ったってワケ」
彼女は壁にもたれて腕を組む。その動作のひとつひとつが演技じみて見えるのは考えすぎではないだろう。彼女はなんだか俺とお喋りがしたそうだったが、俺はあいにく自宅に戻って色の脚にならなければならない。早々に話を切り上げて立ち去ろうと思った矢先、ベルモットは思い出したかのように言う。
「そういえば聞いたわよ。次の世話係はあなたみたいね」
”世話係”という単語で、おそらく色のことだろうと察する。そうだな、と短く返事をすれば彼女は興味を持ったのか続けざまに質問を投げかけた。
「どう? あの子との生活は」
「悪くはない」
「あら意外。あなた子供は苦手だと思ってたのに」
「奴の大事な大事な愛娘を、ぞんざいにあつかうわけにもいかんだろう」
愛娘、と聞いてベルモットはフッと目を細めて笑った。彼女のファンならば涙を流して大喜びしそうなほど綺麗な笑みだったが、生憎俺はファンではないので表情ひとつ変えない。大概こいつがこうして笑う時は、こちらに利益が無い場合が大半なのだから。
「そんなあなたにプレゼント」
ほいと何かを投げ渡される。片手でぱしと受け取ってみるとそれは、コインロッカーのカギのようだった。
「米花駅の地下にロッカーがあるわ。その中身をあの子に渡してちょうだい」
さっと俺に背を向けて歩き出す。だが途中で一瞬足を止め、こちらを見て言った。
「妹を、よろしくお願いね」
そんな捨て台詞を残してベルモットは去っていった。静かな廊下にカツカツと足音が響く。
ひとり取り残された俺は、間抜けな顔でその場に立ち尽くしていた。
「……妹、だと?」
***
ひとまず俺は、彼女に言われたとおりの場所に向かうことにした。
米花駅の地下にあるロッカーを探せば、案外すんなり該当するものが見つかった。番号を確かめ、解錠する。中に入っていたのは大きな紙袋だった。手に取ってみるとかなりの重さがある。中身を確認すると、入っているのは大量の衣服だった。サイズはちょうど、色が着られそうなくらい、だろうか。トップスやボトムスに限らず、下着類までしっかり入っている。
「あいつが、色に服を?」
俺は思わず眉を寄せる。かなり意外だった。組織の幹部ともあろう彼女が、わざわざ色に服を渡すためにこんなことをするとは。色は確か、ジンだけではなく他の幹部とも仕事をすると聞く。もしかしたらその際にベルモットのお眼鏡に叶うような働きを見せたのだろうか。
すると先ほどの彼女の言葉が引っかかる。
――『妹を、よろしくお願いね』
妹。あいつは確かにそう言った。皮肉交じりの笑みを浮かべながらも、確かに。
もし言葉通りに受け取るとしたら、ベルモットと色は血のつながりがあるということになる。そうなると必然的にジンとベルモットが親子だということに……。
「……」
いや、それは流石に無い。自分で言っていて違和感がすごい。
恐らくベルモットはこう言いたかったのだろう。
『妹のように可愛がっている色を、よろしくお願いね』
と。
それを意図的に言葉を端折ることで、誤解を与えるような仕上がりになったというわけだ。ベルモットが考えそうなことだ。全く、悪意しか感じられない。
だがもし、本当に妹だったとしたら?
「……本人に聞いた方が早いか」
面倒になった俺は考えるのをやめ、色に直接訪ねることにする。紙袋に発信機の類が無いことを入念に確かめてから、駅を後にした。
***
至って安全運転で家に戻る。ガチャリと解錠して中に入れば、既に準備を済ませた色がソファに座っていた。いつものような簡素な服に、大振りな2本のサバイバルナイフを腰に吊るすように装着している。『俺が帰ってくるまでに準備を済ませていろ』と命令しておいて正解だったな。
正直今すぐにでも出かけられそうだったが、その前に。
「色」
名前を呼べばすいとこちらに首を向ける。俺は持っていた紙袋を差し出した。
「ベルモットから、お前宛だ」
色はきょとりとして受け取る。軽く中身を確かめそれが服だとわかると、何も言わずすぐ傍に置いた。そして次はどうすればいいとばかりにこちらを見上げて指示を待つ。その真っ黒な瞳に自分が映っているのかと思ったが、そんなことは無いようだった。
「……色」
もう一度名を呼ぶ。彼女は相変わらず表情を消したままこちらを見ている。
「ベルモットとはどういう関係なんだ」
単刀直入に言う。色にはオブラートも何も大して意味が無いと思ったからだ。
すると彼女は、俺から目を逸らすことなく言う。
「それは、命令?」
その一言に思わず俺は固まる。
色からそんなことを訊ねられるのは初めてだった。その声はまるで初めからそうプログラムされていたかのように一定で、感情が読めない。そのうえ一挙一動も逃さないとばかりにじっと見つめられる。何か特別な力でも宿っているのかという馬鹿げた考えを持ってしまうくらいに、その瞳から目が逸らせない。
俺は意を決して言う。
「……いや。単なる興味関心だ」
すると色は何も言わずにすい、と視線を下げた。そう、と唇が動く。
「じゃあ、言わない」
そして会話が終了する。まるで話は終わりだとばかりに色は俺から顔を背けた。
……どうやら、一筋縄ではいかないらしい。