07' あんまり

『死んだよ』

 血濡れの少女は無感情に言う。その少女の目の前には、たった今俺がこの手で撃ち抜いた取引相手の男が転がっていた。一般人なら誰もが目を背けたくなるような惨状が広がっているにもかかわらず、少女の表情は動かない。俺はスコープを通してその様子を確認しつつ、インカム越しに指示を飛ばす。

「ああ。今から迎えに行くから下に降りて待っていろ。くれぐれも目立つなよ」
『うん』

 そう言って通信を切った。言われたとおりに色が動き始めたのを確認してから、俺も廃ビルの屋上を後にする。階段を降りながら組織に連絡し、掃除係の手配を頼んだ。ひとしきり連絡を終え、携帯の代わりに煙草に手を伸ばす。流れるように1本くわえて火をつけた。風通しの悪い澱んだ建物内に、煙草の煙が溶けていく。

 下に降りれば一足先に色が待っていた。俺に気が付くとじっとこちらを見つめた後、とてとてと駆け寄ってくる。俺はそれを待つことなく歩き始めた。その背を追いかけるように色もついてくる。すると歩き始めて1分もしないうちに車にたどり着いた。いつものように、先に助手席を開けて色を乗せてから運転席に乗り込む。色のシートベルトを確認してからエンジンを始動させ、その場を後にした。

 時間帯的にそこまで道は混みあっていないようで、車はスムーズに進んでいく。ハンドルを操作しながら、俺は静かにこれからの予定を脳内で組み立てていた。
 今日は夜から他の幹部との仕事が入っているが、それまでは時間が空いている。それまでに軽く仮眠をとって、FBIに提出する報告書を仕上げておくか。だがそのまえに食事を摂らなければ……。そこでふと、家には何の食材もないことに気付く。面倒だが、帰宅する前に買いに行くか。
 俺は短くなった煙草を車内の灰皿に押し付けた。

 とりあえず一番近いコンビニに向かい、車を停める。色はどうしようかと思ったが、一瞬迷った末に連れて行くことにした。
 助手席の扉を開けてやれば、一瞬こちらを見た後にするりと車から降りる。自動ドアをくぐって店内に入り、俺たちは真っすぐ弁当コーナーへ向かった。食えれば正直なんでもいいが……。俺はちらりと色を見る。空腹も満腹も、好きも嫌いも何も言わないこいつの食事には毎度毎度苦労していた。だがまあ、今日はまだ何も食事を摂っていないし、少し多めでも構わないか。そう思いながら商品に手を伸ばす。
 すると不意に名前を呼ばれた。

「大くん?」

 ぱっと声を掛けられた方へ視線を向ける。そこに立っていたのは、俺の恋人である宮野明美だった。
 爽やかな水色のシャツに軽やかなシフォン素材の白いスカートを合わせ、足元は少し踵の高いサンダルを履いている。自慢の黒いロングヘアは後ろでひとつにまとめていた。どうしてこんなところに、と言おうとしたところで気づく。そういえばここは彼女の通う大学の近くだ。会っても不思議ではない。明美は俺の反応を見て本人だと確信したようで、「やっぱりそうだ」と嬉しそうに微笑んだ。

「最近あって無かったから心配してたんだけど、元気そうでよかった」
「すまない、仕事が忙しくてな」
「いいのよ、謝る必要はないわ」

 そこでふと傍にいた色に目が行く。そうか、お前達は初対面だったな。

「明美、こいつは――」
「色ちゃんも一緒だったんだ」

 俺が説明するよりも前に彼女はにっこりと微笑んで、色の視線に合わせるように腰をかがめた。こんにちは、と明美が言うと色はぺこりとお辞儀をする。俺は思わず面食らったように目を丸くした。

「……知り合いだったのか」
「うん。私の親とこの子の主治医の先生が仲良くて、その関係で知り合ったの。妹とも仲いいんだ」
「ホォ……」

 そうだったのか、全く知らなかった。内心驚きつつちらりと色を見やる。表情は相変わらず読めないが、わずかに嬉しそうに見えるのは目の錯覚だろうか。そう思っている間にも、ふたりは俺を取り残して会話を続けている。

「最近はどう? 怪我してない?」
「あんまり」
「そっか、それならいいんだけど……本当に気を付けてね? 先生も私も、もちろん志保だって心配するんだから」
「うん」

 約束ね、と明美は微笑む。まるで本物の姉妹のようなそのやり取りを見て、俺はふとこの間のことを思い出した。 そうだ、もしかしたら彼女なら答えを知っているかもしれない。

「明美、こいつに兄弟はいるのか」

 ベルモットの一件から色について……主に血縁関係について一通り調べたのだが、結局大した情報は浮かんでこなかった。ならば、俺よりも昔から色のことを知っているという明美に聞けば何かわかるかもしれないと思ったのだ。
 俺の質問を聞いた彼女は、うーんと少し考えるような動作を見せる。

「色に? 多分いなかったと思うわよ? この子、何年か昔に組織に拾われたって聞いたから」
「拾われた?」

 思わぬ単語に、俺は思わず聞き返す。明美はええと頷いた後、少しだけ声を潜めるように話してくれた。

「確か、現場を見られて口封じをしようとしたけれど、その時の幹部が何を思ったかそのまま拉致して組織の育成施設に入れたって。そこで色々な訓練を受けて、その優秀さゆえに"人形"という通り名で他の幹部に重宝され始めたらしいわ。まあといっても、私もそこまで詳しくはないんだけどね」

 明美はそう言って照れたように小さく笑う。まさか色にそんな過去があったとは思わなかった俺は内心驚いていた。
 今の明美の話が正しければ、元々色は一般的な家庭に生まれていたのだということになる。いや、『拾われた』ということは、捨て子だったのだろうか。それとも施設の出身か。どちらにせよ日のあたる世界で生まれたのは確かだ。しかも、拾ったのが当時の幹部だという。……もしかして、それがジンなのだろうか。捨てられていた色を拾ったことで疑似的に家族だと彼女に刷り込んでいるのか?
 ……何にせよ、深く調べてみる必要がありそうだな。

「あっ、もうこんな時間……! ごめんね大くん、私行くね」
「そうか、長々と引き留めてすまなかったな」
「いいよ、久しぶりに話せて楽しかった。また連絡するね」
「ああ」

 色ちゃんもまたね、と軽く少女の頭を撫でてから明美はいそいそと店を後にした。

「……思わぬ収穫、だな」

 俺はひとり呟き、この後の予定を変更することに決めた。