09 ……あんなに喋ってよく舌を噛まないもんだ

 バーボンに促されるまま返事をすると、彼はにっこりと音が聞こえそうなほど満足げに笑った。気を取り直して食事が開始される。彼の後に続くように、見様見真似で手を合わせて食前の挨拶をすれば、彼が「よくできました」と褒めた。

 早速テーブルの上に並んだ食事に目を向ける。とても温かみのある料理だと、少なくともそう思った。本当は彩とかにも考慮していたりするのかもしれないが、生憎白黒のグラデーションなもんでそういうところに楽しみを向けることはできなかった。申し訳ない、私の目が欠陥品ポンコツなばっかりに。

 久しぶりに使う箸で色の濃い野菜をつまんで一口頬張ってみる。うん、程よい塩加減。数回咀嚼して飲み込む。
 彼はそれなりに料理へのこだわりがあるのか、一つの料理から様々な調味料の味が微量にした。これが"カクシアジ"ってやつか。キール姉さんから聞いたことがあったようななかったような気がする。味のバランスが全体的に整っていて、次々口にいれたくなるような、そんな感じだ。

 しばらく黙ってもぐもぐしていると、「お口に合います?」と彼が話しかけてきた。
 口内にまだ残っていたため、頷きを返すことで肯定を伝える。彼はそれを見て安心したように目を細めてふにゃりと口角を上げた。「よかった」と独り言のように零す。そして彼自身も本格的に料理に手を付け始めた。口内が空になったため、また別の料理を放り込み、咀嚼して飲み下す。

 そういえば、誰かの手料理なんて食べたのはいつぶりだろう。パパやウォッカお兄ちゃんは作ってくれたことが一度も無かったし、キャンティ姉さんもベルモット姉さんも……。キール姉さんはたまに作ってくれてたけど最近来ないからなあ。ということは随分と久しぶりというわけか。そりゃ温かみも感じるはずだ。

「よく噛んで食べるんですよ」
「うん」

 ちょくちょく口を挟んでくるバーボン。上手い返答が思いつかず、相槌が雑になってしまう。
 なんというか、世話焼きだな。今まで私を世話してくれた人たちは必要最低限しかかかわろうとしてこない人たちばかりだったから。なんだか慣れないというか、不思議だ。そもそも誰かとこうやって暮らすというのもほとんど経験が無いのであるから、尚更。

「おかわりもありますから」
「うん」

 まだ半分も食べてないんだけどな。
 ちらりとみると、バーボンはほぼ完食していた。早い。確か私と同じくらいの量があったはずなんだが……。身体が大きいからたくさん食べられるのだろう。私はもう正直限界である。
 元々あまり食べる方ではないのだ。色々あって食事を3日くらい抜いたこともあったが、特に仕事に支障もなかったし。生まれつき食欲というものが欠落してしまっているようなのだ。よくわからないが。

「手が止まってますよ」

 色の濃いごつごつとした指で私の食事を指さす。あまり食欲が無いのだと正直に伝えてみれば、すっかり完食しきった彼はそうだったんですか、と申し訳なさそうに小さく謝った後、でも、と続けた。

「なるべくバランスのいい食事をとることは大事なことですよ。成長期には特に」

 成長期。

 ……うん? 今私に向かって成長期と言ったかバーボン。

 思わず彼を見るがふざけている様子は全く無く、いたって真剣そうだった。若い時の健康的な食生活がその後の生活に影響をうんぬんかんぬん。そこで私は気づいた。

 この人、私のことを未成年――多分中学生かそこらぐらいだと勘違いしている。
 それなら先ほど成長期だといったことも、私に対して必要以上に世話焼きなのも納得がいく。

 因みに私は今年で26歳になるれっきとした成人女性だ。
 ……おいこらそこ、見えないとかいうんじゃない。背が低いのは私に成長期が来なかっただけだし、顔は生まれつきとんでもない童顔なだけだ。
 一応言っておくが、変な薬を飲んで縮んだとかそんなことでは決してないぞ。オクスリにだけは手を出しちゃダメだって、過去に出会った裏社会の住人ダメな大人たちを見てちゃんと学んだんだから。

 黙ったままの私を他所に、彼は熱心に喋り続けている。僕も若い時は平気だと思ってなんたらかんたら。……あんなに喋ってよく舌を噛まないもんだ。
 聞いてます?と眉をわずかにつりあげて問いかける彼に、うん聞いてると雑な相槌を打ちながら、残りの料理をのろのろと胃に納めていった。


***


 食事が終わり、何をしていいのかわからずぼうっとしていたら彼はシャワーだけでいいから風呂に入れと言った。明日でもいいのにと漏らせば「僕が入れないじゃないですか」とさも当然のように返される。バーボンが先に入ればいいだけの話では……?と思ったが黙っておいた。
 服は僕のと一緒に洗濯するのでここに入れてください、シャワーはこうすれば出ます、温度調節はここ、タオルとかシャンプーは好きに使って下さい、そう矢継ぎ早に言われじゃあごゆっくりと風呂場に押し込まれてしまった。

 ここまでお膳立てされてしまっては仕方ない。着ていた服を言われたとおりの場所に入れて、シャワーを浴びる。ざあざあとお湯を被って、わさわさと髪を洗う。お湯を被って泡を流し、続いて身体。一通り洗ってまた泡を流せば終了だ。別段特別なことはない。風呂場から出て、タオルで身体を拭く。
 その最中にあることに気付いた。今まで忘れていたのが不思議なくらい、まずいことだ。どうしようか。

「バーボン」
「うわ、どうしたんですか」

 私がお風呂に入っているのを待つ間、彼はソファに座って適当にテレビを見ていたらしい。首からタオルを掛け、身体にバスタオルを巻いたままぬっと私が現れたもんだから流石に驚いたようだ。

「折角温まったのにこれじゃあ身体を冷やしますよ。早く着替えてください」
「……」
「……まさかとは思いますけど」
「…………」
「あなたねえ……」

 無言の肯定というやつだ。