辛勝でも勝利には違いない



 がらりと扉を開け、いつものように教室へ足を踏み入れる。顔を合わせた数名のクラスメイトがおはようと声をかけてくれたため、こちらもおはようと慣れたように言葉を返しながら自分の席へと向かった。

「おはよう、葵ちゃん!」
「おはようございます!」
「おはよ……」

 みんなに声をかけられ、挨拶を返しながら大あくびをする。昨夜遅くまで執筆していたため、思った以上に睡眠がとれなかったのだ。それを察したのか、彼は小さく「眠そうだな」と苦笑した。
 もうひとつあくびを零しながら、この間の席替えで決まったコナンの斜め左後ろの席にランドセルを下ろす。教科書をしまっていると、興奮した様子の歩美がそういえば、と話し始めた。

「聞いた聞いた? 今日このクラスに転校生が入ってくるんだって!」
「へー! ほんとかよ?」
「転校生なんてコナンくん以来ですね」

 へえ、転校生。1年の間に同じクラスにふたりも来るものなのか。
 そんなことを思っていると、彼らはまだ見ぬ転校生の姿を想像し始めた。可愛い子だったらいいな、まずは性格が一番だ……云々。そして不意に歩美がこちらを見た。

「葵ちゃんはどう思う?」
「へ? うーん、そうだなあ……」

 まさか話題を振られると思ってたなかった私は少々考えつつ、口を開く。

「(ネタになりそうな)面白い子だったらいいなあって思うよ」
「面白い……じゃあ男の子でも女の子でもどっちでもいいの?」
「うん。(ネタ提供的な意味で)仲良くなれそうならどっちでも!」

 私の答えを聞くと、歩美はそっかと微笑んだ。私の答えた言葉の真意を理解しているであろうコナンは苦笑していたが。
 すると今度はコナンに話を振った。急に話を振られたコナンはええ?と少々困惑しつつ答える。

「案外ガリ勉タイプのむっつりくんとかかもよ」
「ということは男の子ってこと?」
「歩美、職員室でその子見なかったのか?」

 元太の問いかけに歩美はうんと頷く。なんでも名前だけなら聞いたらしい。

「ハイバラだって」
「ハイバラぁ?」

 聞きなれない苗字に元太は眉を寄せた。漢字を説明されるが、確かに変わった苗字だろう。少なくとも私は聞いたことがない。「コナンよりはマシだけどな!」なんて流れ弾を食らったコナンは、ほっとけとばかりに苦い顔をしていた。
 すると、がらりと扉が開く音が教室に響き渡る。転校生をひきつれて先生が来たのだろう。さてどんな子だ、と私たちは期待を込めて扉の方に視線を向けた。

 やってきたのは女の子だった。
 ウエーブがかった茶髪のショートカットに、つんととがった鼻先、意志の強そうな大きな瞳、引き結ばれた唇……これはかなり美形の部類に入るだろう。現に姿を一目見た教室中がわっと沸き立っている。

 先生が席に座るよう促すと、子どもたちは一目散に自分の席へ戻っていった。静かに先生の傍に立っている少女は、その様子を何も言わずにじっと見つめている。なかなかミステリアスな雰囲気だ思っていると、黒板に名前を書き終えた先生が口を開いた。

「今日からみんなと勉強することになった、灰原哀さんです! みんな、仲良くしてあげてね」

 先生の呼びかけに、はーいと素直に答える子どもたち。続いて少女――哀の席を決めようとしたところで、大声で元太が隣が空いていると名乗りを上げる。すると何も言わずに哀は歩き始めた。元太の隣に座る……のかと思いきや、コナンの隣の席兼私の前の席に静かに座った。戸惑うクラスメイトを他所に、涼しい顔で彼女はランドセルの中身を取り出していく。

「よろしく」

 コナンの方には一瞥もくれずに一方的に言い放つ。へえ、なかなか面白そうな子が来たじゃないか。そんなことを思っていると先生が注目を集めるように手を叩き、早速授業に入り始めた。


***


 あっという間に放課後。授業を終えた子どもたちが解放されたように教室を飛び出していく。

 いつものように探偵団の面々で帰宅しようと教室を出ると、廊下の先に哀が歩いているのが見えた。ひとりで帰宅するのだろうか、と思っていると歩美が「灰原さーん!」と声をかける。だが彼女は呼ばれたことに気付かないのか、その歩みを止めない。何度か声をかけながら彼女の傍に追いついたところでやっとその足を止め、こちらを振り返った。
 その一連の流れに小さな違和感を覚えるが、私がその答えを見つけるよりも先に歩美が哀に話しかける。

「一緒に帰ろ?」
「……」

 歩美の言葉を聞くと、ふいと顔を逸らしてまた歩き始めてしまう。戸惑う歩美に元太がほっとけよと拗ねたように言った。でも、と歩美がつぶやくと、その隙に光彦が彼女へ声をかける。家はどのあたりなのかと尋ねているが一向に答える気配はない。するとすかさず歩美が送っていってあげるからと続ける。

「米花町2丁目、22番地。そこが今、私が住んでいる場所」

 不意につぶやかれた住所にコナンが小さく反応する。元太にその理由を尋ねられていたが、別にといって躱していた。それもそうだろう、米花町2丁目22番地といえば優作先生の家の近くだ。あの辺りなのかと思いながら廊下を歩く。隣でコナンが考えている様子を見て、前を歩く哀が小さく笑った。初めて見る笑みに戸惑ったのか歩みを止めたコナンを元太が小突く。

「お前まさかあのツンツン女がいいのか?」
「ちーがーう! 絶対違う!」

 そのあまりの必死さに私は思わず笑ってしまった。

 廊下を歩きながら様々な話を聞かせる。ほとんど一方的だったが、靴箱の付近で自分たちが少年探偵団をやっているのだと言うと、哀はわずかに食いついたようだった。光彦が得意げに少年探偵団の活動内容について説明し始める。

「みんなから依頼される難事件を解決するために、日夜活動しているんです!」
「灰原さんも一緒にやろうよ!」
「結構楽しいよ!」
「……江戸川くんも入ってるの?」
「ああ。まあこいつは俺の子分みたいなもんだけどな!」

 そう言いながら元太はぐりぐりとコナンの頭を撫でる。結構強めで首が痛そうだ。

「依頼の受付は元太くんの下駄箱よ」
「依頼書をこの中に投函することになってるんです」
「先生には内緒だけどな」

 にししと笑って言う元太。どう考えてもこんな張り紙してたらバレてると思うんだが……。まあ大方、別に活動が危険なものじゃないと思われて放置されてるんだろう。
 毎日依頼がすごいんだと言いながら下駄箱を開く。案の定中には何も入っていなかった。それもそうだろう、入っている方が珍しいのだから。だが元太は強がっているのか、今日はたまたまだ!と言いながら苦し紛れに笑った。

「さ、早く帰って公園でサッカーでもやろうぜ」
「やろやろ!」
「いいですね!」
「おい待てよ!」

 すっかり気持ちが公園でのサッカーに向いてしまった彼らを追い掛けるように元太が慌てて靴を履く。昨日の今日でサッカーをする体力は無いし、木陰で見学してようかな、なんて思っていると、元太が不思議そうな声を上げた。

「どうしたの?」
「いや、なんか靴の中がくしゃって……」

 そう言いながら靴を脱ぎ、中を確認する。するとそこには「お願いします」と書かれ折りたたまれた紙が入っていた。思わず私たちはあっと声を上げる。

「あった!」
「依頼書だ!」

 私たちの声に、先に靴を履いていた面々が振り返る。はやる気持ちを抑えながら折りたたまれた紙を開き、中の文章を読み上げた。

「『しょうねんたんていだんさま ほうかご1ねんAぐみのきょうしつでまっています。よろしくおねがいします。』……だって」
「では早速行きましょう!」

 そう言いながらいそいそと靴を下駄箱に戻し、教室へと走っていく。私も彼らに続くようにして教室へと向かった。


***


「家から姿を消した?」

 元太の言葉に、依頼者の少年――俊也は困ったように頷く。

「うちの兄ちゃんが急にいなくなっちゃったんだよ!」
「ま、まさか誘拐?」
「ちょ、ちょっとまってください。確か前にも似たような事件が……」

 光彦の言葉に、そういえば……と歩美はつぶやいた。心当たりがある私もうーんと苦い顔をする。確かあれはいなくなった家族と見せかけて猫探しの依頼だったのだ。
 二の舞を危惧したのか、元太が目を細めながら尋ねる。

「もしかしてその兄ちゃんって猫じゃねえだろうな?」
「違うよ! 10歳上の僕のお兄ちゃんだよ!」

 そして詳しい話を語り始めた。
 いなくなったのは1週間前の夕方。『ちょっと友達の家へ行ってくる』と出て行ったきり帰ってきていないのだという。警察も動いているがなかなか見つからず、藁にも縋る思いでこちらに依頼してきたのだとか。
 脅迫の電話などもかかってきていないことから、ただの家出なのではないかと元太が訊ねると、俊也は声を荒げて言った。

「お兄ちゃんが家出なんてするわけないよ! だって、だって……お兄ちゃんと僕、仲良いんだよ!?」
「……しかし、お兄さんにも都合ってものがあるかもしれませんしね」

 光彦の言葉に、彼は目を潤ませる。さすがに気の毒だと思ったのか、コナンが話を切り出した。

「とにかく、この子の家まで行ってみよう。話はそれからだ」
「! ありがとう……!」

 信じてくれたことが嬉しかったのか、俊也はほっとしたような表情になった。

「よし! 少年探偵団出動だ!」

 そう言って一目散に駆け出していく。静かに様子を見守っていた哀も、歩美に手を引かれて教室を後にする。流石に体力が限界だなと思う私は、彼らについていくだけで精いっぱいだった。


***


 案内されるまま向かった彼の家の前には、一台のパトカーがとまっていた。実際に見る機会の少ないパトカーに、子どもたちはすっかりテンションが上がっている。かくいう私もそうだ。停車している状態でじっくりと見られる機会というのは意外と少ない。スタンダードモデルだけどパトカー用に改造されているとか、無線装置でうな重の出前を頼みたいだとか好き勝手言う子どもたちの隣で、私もじっくりと内部を観察する。

「中はこれくらいの広さなのか、へえ……」

 ぼそぼそとひとりごとを漏らしながら内部を観察していると、家のドアが開く音がする。そちらを見るとふたりの警察官が奥さんと思われる人に挨拶をしていた。また何かありましたらこちらに、と言って家を後にする。

「「「「お仕事、ご苦労様です!」」」」

 子どもらしく元気に言って、警察官と入れ違いに門をくぐる。やってきた私たちの姿を見た奥さんは少々驚きながら「お友達?」と声をかけてきた。おじゃまします!と挨拶をして玄関をくぐる。何か出そうか?と俊也に声をかける奥さんにコナンはにこやかに言った。

「構わないでください。すぐにお暇しますので」
「ああ、そう……」

 じゃあキッチンにいるから、と言って奥さんは去っていってしまった。その背中を見ながらバツが悪そうに俊也は言う。

「ごめん、母さん今兄ちゃんの事で頭がいっぱいなんだ」
「わかるよ。さ、早くお兄さんの部屋に」

 周囲を確認しつつ、いなくなったお兄さんの部屋へ入る。私の部屋と比べるのが馬鹿らしくなるほど中は綺麗に片付いていた。

「ここで手がかりを探すんですか?」
「そういうこと」

 背負っていたランドセルを下ろし、部屋の中を探索する。引き出しを漁ったり、クローゼットを開いたり……。何か手がかりになりそうなものを求めてひたすら探索する。クローゼットでプレミアもののエアシューズを見つけて興奮する元太と光彦を、コナンは「あんまり引っ掻き回すなよ」と言って窘めていた。

 しばらく探索を続けたが、特に目ぼしいものは見つからなかった。すっかり飽きてしまったのか元太がどっかりとベッドに腰かける。

「こんなとこ探しても何もわかんねーよ」
「じゃあやっぱり家出とか?」

 私が提案すると、コナンは静かに否定した。そして引き出しから何かを取り出して見せる。

「ほらこの財布、お兄さんのだろ?」
「う、うん」
「家出するなら財布くらい持って行くよな」
「じゃ、じゃあお兄ちゃんは……!」
「事故か、あるいは何かの事件に巻き込まれているか……」

 引き出しを閉めながらコナンは言う。確かに、財布の発見によりその線がぐっと高まったのは事実だ。だがもう少し詳しい情報を得たいところだな……。
 すると不意にベッドの下を捜索していた歩美が声を上げて笑い始めた。どうしたのだろうとそちらを見ると、いくつかのキャンバスを引っ張り出しながら言う。

「ベッドの下に、変な絵がいっぱいある!」

 そう言って見せてきた絵に、私は息を飲む。歩美と元太はヘタクソだと笑っているが、これはどう見てもピカソが描いた『泣く女』の模写だ。他のキャンバスにも有名な作品の精巧な模写が描かれている。

「それ、みんなお兄ちゃんが描いたんだ。お兄ちゃん高校の美術部で、人の絵を真似して描くの上手かったから」

 その言葉を聞いてひらめいたように元太は言った。

「まさか誘拐して絵をかかせてるんじゃ……!」
「ありえますね。名画を模写させて本物とすり替えれば」

 だがその考えもあっさりとコナンに否定されてしまう。

「確かにデッサンはしっかりしているが、色遣いやタッチはまだまだ甘い。贋作の域には行ってないさ」

 そして金目当ての誘拐の線も否定する。それをするのなら高校生の兄よりも小学生の弟を攫うだろうという考えに、なるほどなと頷いた。

「それより気になるのはこの絵だ……」

 そう言ってひとつのキャンバスを手に取る。そこに描かれているのは夏目漱石だ。なんでもお兄さんは漱石のファンらしく、街の展覧会に出すくらい気に入っているのだという。だが写真の模写であるため、見た人は文句ばかりつけていたのだとか。

「褒めてたのは変な女の人くらい」
「変な女?」

 俊也の言葉に引っ掛かりを覚えたコナンが訊ねる。すると何食わぬ顔で俊也は答えた。

「ふちの広い帽子被った、上から下まで真っ黒な女の人だよ」

 その特徴を聞いた途端、コナンの目が大きく見開かれる。
 慌てたように彼は俊也に尋ねた。

「それいつだ!? いつ会ったんだ!? その女と!」
「と、10日くらい前だよ」
「女の他に黒服の男はいなかったか!?」
「うん、いたよ……ふたり」

 それを聞くなり険しい顔で押し黙る。周りは心配そうに声をかけているが、彼の耳には聞こえて無いようだ。それもそうだろう、彼の体を小さくした組織の手がかりを捕まえたのかもしれないのだから。
 俊也の兄と接触したのが例の組織の人物ならば、かなり危険な状況にいるに違いない。

「おい、この近くでお兄さんが行きそうな場所に案内してくれ!」
「え?」
「財布も通学用の定期も机の中、自転車も玄関にあった。お兄さんはこの近くに呼び出されて連れ去られた可能性が高い!」

 コナンの言葉になるほどと合点がいった。

「そうか、近くを調べれば……」
「何かわかるかも」
「さあ、早く!」

 コナンは俊也の手を取ると、荷物も忘れて飛び出すように部屋を後にした。追いかけるようにして残りの面々も後に続く。

「面白くなってきたな……」

 私は上がる口角を堪えながらひっそりとつぶやいた。


***


 行きつけの喫茶店、ゲームセンター、デパート、公園、画材店……様々な場所を巡ったが、その日彼を見た人も黒服の女を見た人も誰も居なかった。流石に手がかりが少なすぎる……たったこれだけの情報で行方を掴むのには無理がありそうだ。
 流石に体力の限界だと息を切らしていると、歩美がコナンにひとつの提案をした。

「ねえコンビニ寄ってもいい? あたし喉乾いちゃって」
「さんせーい……」

 ヘロヘロな声で私も続く。中に入ると冷房が程よく効いており、汗をかいた身体を冷やしてくれた。飲み物を選んでいると、コナンがレジを静かに睨んでいる。ちょうど煙草を買った男性が立ち去ったが、じっと何かを考え込むようにして見つめていた。

「どうかしたの?」
「千円札で煙草1個……妙だな」
「……そう?」

 別に妙には思えないが……組織絡みかもしれないからって、流石に勘ぐりすぎではないだろうか?

「小銭がなかっただけとか?」
「いや、千円あれば外の自販機で買えるさ。わざわざレジに並ぶ必要は無い」
「あ、そっか……」

 言われてみれば一理ある。煙草は他の商品と違って自販機と店頭の値段はほとんど変わらない。ならば待つ手間が省ける自販機を選んだ方が楽だろう。
 考えながらレジ前へ向かうコナンに、光彦が欲しい煙草が売り切れだったという説を話すが、彼は構わずにレジの女性に話しかけていた。

「今の男の人が使った千円札、見せてくれない?」
「え?」
「いいから見せて!」

 そう言って強引に千円を手に取り、光に透かす。その動作で私は彼の考えが読めてしまった。だがありえるのか? そんな事が本当に……。
 あることを確かめ終えた彼は、出入り口の方を睨みながらつぶやく。

「やっぱり今の男……」
「何なのこの子」

 店員は訝し気な顔でコナンの手から千円札を奪い取った。だが彼は構うことなくカウンターを降りる。

「警察に電話して。それニセ札だよ」
「え? あ、ちょっとボウヤ!」

 だが店員の呼びかけには目もくれず、店を飛び出して行ってしまった。私たちも慌てて彼の後を追う。飲み物を買いそびれたため、喉はもうカラカラだ。まったく、寝不足で体力が限界の身体にはきついな……。
 ようやく追いついたころ、歩美がコナンに店を飛び出した訳を尋ねた。

「あの男、千円札で煙草を買ってただろ? 店の前に自販機があるのに、わざわざレジに並んで……。つまりあの男は機械に通せない千円札を使いたかったんだよ。人間の目なら欺きやすい、ニセ札をな」
「でもそれ、お兄ちゃんがいなくなったのと全然関係ないじゃない」
「関係大ありだ。あっただろう? 兄さんが描いた絵の中に、ある人物の肖像画が」
「……夏目漱石」

 ぽつりと哀が言葉を零す。そういえば千円札には夏目漱石の肖像画が使われていたんだった。「じゃあお兄ちゃんは」と不安そうな俊也に、コナンは静かに言う。

「もしかしたら画力に目を付けられてどこかに監禁され、ニセ札づくりを手伝わされているのかもしれねぇな」

 なかなかに壮大な話になって来たなと私は息をついた。やれやれ、本当に彼といるとネタが尽きないな。

「ひょっとすると、俺の体を薬で小さくした、あの黒づくめの……」
「か、身体を小さく?」

 コナンの大きなひとりごとを聞いた歩美らは目を丸くする。流石に今のを聞かれたのはまずかったのでは?と私が静かに肝を冷やしていると、彼はぱっと笑って「なーんて! 嘘嘘!」と明るく言い放った。

「ちょっとオメーらをからかっただけだよ」
「「「……はあ?」」」

 呆れたように目を細める3人。だがコナンはこの話は終いだとばかりに乾いた笑いをこぼすばかりだった。

「(本当に隠す気があるんだか……)」

 呆れ気味の私は小さくため息をついた。本当に爪が甘い。そこで近くにいた哀とパチリと目があう。何も言わずにじいっと見つめてくる彼女に、私は猫を被りなおしてにっこりと微笑んだ。

「あ、哀ちゃん、どうかした?」
「……」

 だがすぐにふいと逸らされてしまった。……今の、口に出てないよな? そんな事は無いはずなのに、彼女に見つめられると何もかも見透かされてしまうようで不安になる。

 私がひとり考え込んでいると、コナンが動いたようだった。後を追う彼らを見失わないように足を進める。男が歩いていった路地裏を抜けて、隣の通りへ。やっと追いついたころには男はさっさと立ち去ってしまっていた。

「ほら、あの人がお金を落としたから渡すために追いかけてたんだよ」
「なんだぁ」
「つまんないの」

 事の真相を聞いた子どもたちは不満そうに言う。まあ大方この場を収めるためのハッタリだろうが、子どもたちは信じたようだ。彼に助け舟を出すように私は自ら話題を変える。

「でもどうするの? お兄さん捜し」
「日も暮れちゃったし」
「また明日、出直すしかないですね」
「そうだな」

 子どもたちは口々につぶやいた。するとこれ幸いとばかりにコナンは光彦の肩に手を置きながら提案する。

「んじゃおめーらはランドセルとりに先に俊也くんちに戻ってろよ。俺はちょっと寄る所があるから!」
「えー? すぐ来てよ?」
「うん。じゃあね」

 そう言うだけ言って、コナンはさっさと信号を渡って行ってしまった。大方、彼ひとりで何かを解決するつもりなんだろう。私たちを連れて行くのは危険だと判断し、ここで分かれたのだ。

「(ひとりだけ抜け駆けか)」

 本当はついていって実際にその眼で見たかったが……まあいいや。後日たっぷり話を聞かせてもらおう。彼の走り去る背中を見送って、私たちは俊也の家方向へ歩みを進め始める。
 だが、その場から動かない人物がひとり。

「灰原さん、私たちも行こう?」

 歩美が彼女にそう声をかけるが、一向に動こうとしない。どうしたのだろうと再び声をかけようとしたところで、凛とした声で彼女は言った。

「追いかけたほうがいいんじゃないの? 彼、ひとりで犯人を追跡するつもりよ」
「「「え!?」」」

 その言葉を聞いた子どもたちは驚愕に目を見開いた。

「でも、さっきは嘘だって……」
「フェイクよ。私たちを危険から遠ざけるためのね」
「じゃあコナンくんは今頃……」
「ひとりであの男を追っているでしょうね」
「あ、あいつ〜!」

 頭に来たらしい元太がムッとした表情で言った。あーあー、あんなに焚きつけたら……。

「よっし! コナンを追い掛けるぞ!」
「うん!」
「抜け駆けは許せません!」

 すっかり火がついてしまったらしい子どもたちは、コナンの向かった方向へ一斉に走って行ってしまった。これは彼に怒られるなと思いつつも、ワクワクしている自分がいるのだからどうしようもない。危険が及ばない程度に面白いことが起こることを願おう。
 早速3人についていこうと足を踏み出したその時、哀が不意にぽつりと言った。

「あなたも気づいてたんでしょう? 篠目さん」
「へ?」
「彼がひとりで追跡しようとしてるってこと」

 思わぬ指摘に、どくりと心臓が跳ねる。
 だがそれを悟られぬよう、私は猫を被ったまま子どもらしく笑って言った。

「いやいや、あおい全然わかんなかったよ〜 哀ちゃんすごいね!」

 私の答えを聞いた哀はしばらく黙った後に、「そういうことにしてあげる」と言ってさっさと立ち去ってしまった。


***


 すっかり辺りが暗くなったころ。彼を追い掛けて辿り着いたのは大渡間駅周辺の不動産屋だ。中で職員に話しを聞いているらしい。
 ガラス窓から中を覗いていると、その職員に指を指されてコナンがこちらを振り返った。すると苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。中へ入ると元太が開口一番に言った。

「いつもいつも同じ手に乗るかよ」
「抜け駆けは君の得意技ですからね!」
「……どうしてここが?」
「灰原さんと葵ちゃんの言うとおりに君の後を付けてきたんですよ」
「『コナンくんは私たちを追っ払ってひとりで追跡する気だから』って」

 ねーっ、と歩美と光彦は声を揃えて言う。じろりとこちらを睨んだ後、すすっと寄ってきた。声を落として問い詰めてくる。

「なんでついてきた。というか、なんで連れてきたんだ」
「君ひとりで探索なんてずるいじゃないか。私だって事の真相と顛末をこの目で見届けたいんだよ」
「お前なあ……」
「言っておくが、君を追い掛けることを最初に提案したのは彼女だからな」

 途中で追跡にノリノリになってしまったのは否めないけど。コナンは私の話を聞くと、哀の方を見ながらへえと意外そうに目を丸くした。
 すると、俊也が不動産屋の職員に尋ねる。

「あのう、この辺に小説家の人住んでませんか?」
「小説家? なんだよそれ」

 彼らの口から出た言葉に一瞬どきりとするが、顔には出さない。私は平静を装ってふたりの話を聞いていた。

「お兄ちゃんいなくなった後、一度だけ家に電話してきたんだ」
「なにぃ!?」
「そういうことは早く言えっての!」

 思わぬ新情報に元太が眉を吊り上げる。俊也は少し申し訳なさそうにしながらも、電話の内容を話してくれた。なんでも電話を取ったのは彼の祖母だったらしい。祖母は耳が遠く、その上兄は早口でよく聞き取れなかったのだとか。

「ちゃんと聞き取れたのは『漱石みたいな人たちと一緒にいる』ってところだけだったみたいで」
「漱石みたいな人たちといる……?」

 彼の言葉に、コナンは眉を寄せる。漱石みたいな人たち……なかなか抽象的な表現だ。このことを警察には伝えたのだがいくら探してもそのような人は見つからず、結局祖母の聞き間違いかいたずら電話ということで処理されてしまったようだ。

「でもお兄さんて漱石って人のファンなんでしょ?」
「だったら心配ないんじゃねぇの?」
「でも、お兄ちゃんの声震えてて……途中で電話切られちゃったって、おばあちゃんが……」

 俊也は視線を伏せながら言う。その表情は暗く、不安そうだった。その状況からするに、監視の目を盗んでの電話だったのだろう。それで見つかって切られてしまった、となれば自然な流れだ。だがこれだけの情報でどうやって……。

「そういや、漱石似の男ならこの近くに住んでるぞ」

 今まで黙って話を聞いていた不動産屋の店員が思い出したかのように口を開く。なんでも、角の本屋の店長であだ名が『千円札』らしいのだ。
 そのことを聞いた途端、子どもたちは口をそろえて「それだ!」と言う。早速男の手を引いて案内するよう促したのだが、険しい顔で「あの親父だけはやめたほうがいい」ときっぱり言われてしまった。

 ……その時はよくわからなかったが、数分後、その理由を知ることとなる。


***


「ふざけるなぁーーっ!! 何が千円札だ!! 大人をからかうな!! とっとと出ていけ!!」

 すごい剣幕で怒鳴りつけられ、私たちは慌てて店外へ避難する。どうやらあの人は『千円札』というあだ名で呼ばれるのがコンプレックスだったらしい。

「びっくりした……」
「だからやめなっていったろ」

 不動産屋の店員が呆れたように言った。続いてコナンもこの本屋は無関係だろうと告げる。

「倉庫も調べたけど、ニセ札を刷るための印刷機は無かったよ」
「印刷機って言えば、駅前の新聞社がこの間新しいやつ入れてたな……」

 不動産屋の店員が思い出したかのように言う。それを聞いたコナンは「新聞社?」と目を丸くして尋ねた。すると男はほらと言いながら真っすぐに道向かいの建物を指さす。

「交番横のビルの3階にある新聞社だよ。あそこも2年前にうちが扱った物件さ」
「その人たちってどんな人だった?」

 コナンの質問に、男はさらりと答える。

「いつもふちの広い黒い帽子を被った女社長がやってる、小さな新聞社さ」
「え?」
「でも刷っているのはニセ札じゃなく、この町の情報誌。いくら何でも交番の横じゃ刷らねえよ」

 そして男は皮肉めいた笑みを浮かべ、「探偵ゴッコはやめにして、早く家に帰れよ坊主ども」とだけ言い残して店に戻って行ってしまった。男の背中を見ながら、なるほどなと私はある確信に至った。だから『漱石みたいな人たち』……なかなか洒落が効いているじゃないか。
 すると歩美が光彦と顔を合わせながら不安げに言う。

「ねえ、その新聞社ってもしかして」
「ええ。でも漱石とは何の関係も……」
「『石に漱ぎ流れに枕す』」
「え?」

 私の口から飛び出した言葉に、3人は驚いたようにこちらを見た。私はいつもと変わらない声色で、先ほどの言葉を解説する。

「夏目漱石がその名前の由来にした、有名な故事だよ。前にタt……お父さんから聞いたことがあって、その意味は『偏屈』。普通なら水の流れで口を漱いで石を枕にするでしょう? それを逆にするってことは、相当な変わり者、ってこと! 普通ニセ札を作るのなら人目を避けて町はずれにしたくなるけど、あの人たちはあえてにぎやかな駅前の……しかも交番横に拠点を置いたんだ」

 そういうことでしょ?とコナンに視線を送ると、彼は静かに頷いた。

「一見偏屈な変わり者の行為に見えるが、警察の盲点を突くならこれ以上の位置取りはない。俊也くんのお兄さんは、きっとこのことを伝えたかったんだ」
「じゃあお兄ちゃんは……!」
「ああ。俺の推理通りなら恐らく、あの新聞社の中に」

 そうと決まれば早速、すぐ傍の交番へ駆け込んだ。だが何度説明しても、警察官は信じてくれそうもない。ギャング映画の見すぎだと大笑いされてしまうばかりだった。まあ無理もない。子供が急にこんなことを言って、信じてくれる方が奇跡だろう。

「おいお前ら! そっから絶対動くんじゃねえぞ!」

 コナンはそう言いながら私たちを残してどこかへ行ってしまった。絶対だぞ!と念押しされる。でも正直これは彼らにとって、あまり意味が無いような気がするんだが……。

「コナンくん……」
「動くなって言われると……」
「動きたくなっちゃうよな……」
「……」

 やっぱりそうだった。


***


 明かりのない階段を、手探りでゆっくりと上っていく。先へ行く元太を嗜めるように、下の階から歩美が言った。

「コナンくんが動くなって言ってたでしょ!」
「うっせーな! なんか証拠見つけなきゃ、あの警官が信じてくれねーんだよ!」

 そう言い放つとさっさと階段を上り切って行ってしまった。確かに私だってネタになるような刺激は欲しいが、正直あまり気乗りしない。この件に関して……例の組織を追いつめることについては"彼(主人公)"の役目なのだから、私としては彼がいないと困るのだ。主人公が活躍しない作品なんてどう考えても駄作でしかない。

 ……彼が来るまで何事もなければいいのだが。心配する私を他所に、元太は例の新聞社の入り口に手を掛ける。そっと開くと、中には誰も居ないようだった。明かりがついているから外出中だろうか。

「ニセ札なんてどこにもありませんね」
「コナンのやつ間違えてるんじゃねえのか?」

 室内を物色しながら光彦と元太がつぶやく。私もあまり物に触らないようにしながらも辺りを見回した。どこか不安そうな歩美が元太に言う。

「ねえ元太くん、もう戻ろうよ。誰か来たら怒られちゃうよ!」
「うっせーな、帰りたきゃ歩美ひとりで帰れよ」

 引き出しを漁る手を止めずにめんどくさそうに元太は言う。すると別の場所を探していた光彦が「あれ?」と声を漏らした。

「ちょっと! 見てくださいこれ!」
「一万円札がいっぱい!」

 歩美が目を丸くする。光彦が持っていたのは大量の一万円札が一枚の紙に印刷された紙だった。これだけあればうな重がどれだけ食べられるかを数える元太を他所に、私は光彦に言う。

「光彦くん、それが私たちが探していたニセ札じゃない?」
「え? でも僕たちが見たのは千円札で……」
「多分千円札で上手くいったと思ったから、次は一万円札で作ったんだよ……。その証拠にほら、その一万円札の福沢諭吉の左目が入ってないもん!」
「本当だ……!」

 左目を確認した光彦は驚愕の声を上げる。一緒に見ていた俊也も同じように目を丸くしていた。

「でも、何故……」
「……達磨と一緒さ」

 不意に聴きなれない女性の声が聞こえ、私たちはそちらへ視線を向ける。部屋の奥の扉がしずかに開くと、男二人――片方はコンビニでニセ札を使っていた男だ――とつばの広い帽子を被った全身黒づくめの女が拳銃を手に持って現れた。ボスの登場に、知らず知らずのうちに手に力がこもる。

「願いが叶ったら両目を入れるのさ。そこのニセ札が上手にできたらね」
「なんだよ、お前たち……」

 その物々しい雰囲気にたじろいだ元太が、所々声を裏返らせながら尋ねた。だが彼女はそれに答えず「兄弟の感動のご対面といくかい」と毒々しく赤い口の端を持ち上げる。女の傍にいる右手を吊った男が乱暴に前に出した人物が、こちらを見るなり悲痛な叫びをあげた

「俊也!」
「お兄ちゃん!」

 慌てて兄の元に駆け寄るが、いとも簡単に男に捕まえられてしまう。やめろと声を上げても一向に聞き入れてはくれなかった。どうするかと思考を巡らせようとしたところで、傍にいた歩美がさっと出口の方へ向かおうとするが、いとも簡単にもう一人の男に捕えられてしまう。

「何するんですか!」
「歩美ちゃんを放して!」

 なんとか歩美を犯人から引きはがそうと抵抗するが、なかなか上手くいかない。むしろこちらまで男たちに捉えられてしまう始末だ。どんなに力を入れても振りほどけない大人との力の差をまざまざと見せつけられ、歯噛みするしかない。
 焦る私たちをさらに追いつめるように女が言う。

「静かにしな! これがなんだかわからないようだね……」

 その手に握られている拳銃をちらつかせる。捉えられている兄が「子どもたちには手を出すな!」と大声を上げた。

「でないと、僕はもうあなたたちに協力は……」
「安心しな。あんたの弟は一番最後まで取っといてあげるよ。そこのカチューシャの女の子をこっちに連れてきな」
「ッ子どもたちに何をするつもりだ!」
「チンタラやってるアンタの作業を速めてやるんだよ。ひとりずつ死んでいけば、あんたもやる気になるんじゃない?」

 そう言いながら歩美の鼻先に拳銃を突き付ける。私は咄嗟に彼女と拳銃の間に割り込んだ。手を広げて歩美をかばいつつ、女を睨みつける。

「何の真似だ」
「殺すなら、あおいからにして」

 女から目を逸らさずに言ってのける。周りの面々は何を言っているんだとばかりに目を見開き、息を飲んだ。……少しでも時間を稼ぐのだ。この子たちを無事に返すために、彼が来るのを待たなければ。
 たとえ、被っていた猫を脱ぎ捨ててしまうことになったとしても。

「みんなが死ぬのは見たくない、から」
「……随分死にたがりなお嬢ちゃんだね」

 死にたがり。久しぶりに言われた言葉だ。前世では何度も言われていたが、今世では初めてなんじゃないか? まあ、こいつはそんなこと知りもしないだろうが。
 そんなことを考えていると、女はぎょっとしたようにつぶやいた。

「何が可笑しいんだい、アンタ」

 女の言葉でやっと、自分が無意識に笑みを浮かべていることに気付いた。この間の七不思議の件からするに、これは私の癖のようだ。窮地に立たされると笑ってしまう癖……なかなかに狂気的だ。
 何も言わない私に、女は「まあいい」と吐き捨てた。引き金にかけた指に力を籠める。

「そんなに死にたいんなら望み通り、アンタから殺してあげるよ……!」
「コナンくん! 助けて!」

 背後で歩美が涙ながらに叫ぶ。その名前に聞き覚えがあったのか、女は「コナン?」とつぶやいた。

「階段のところをうろついていた眼鏡のボウヤなら、もう死んでるよ」
「……え」

 女の言葉に、一同は驚愕した。現に私も信じられないでいる。
 彼が、死んだ? ……嘘だろ?
 たまらず光彦が声を荒げる。

「嘘ですよ! このビルには出入り口がひとつしかない! いつ殺すことができるんです!?」
「ハハハ! 監視カメラでボウヤ達の動きは丸見えだったんだよ? もちろん、部屋の外の階段の様子もね。知らなかっただろう? ボウヤ達を逃がさないように非常階段から犬山をここの入り口に回り込ませたところへ、眼鏡のボウヤがのこのこやってきたからやっちまったのさ」
「そんな……」

 背後で歩美が小さくつぶやいた。だんだんとすすり泣く声が聞こえてくる。

「大丈夫。すぐにあの子の所へ行かせてあげるよ」
「……ない」
「うん?」

 余裕綽々な女の目を睨みつけ、私は言い切る。

「彼は、こんなところで死ぬような男じゃない!」

 その瞬間。

 ――ガシャン!

 どこかから飛んできたものが女の手に当たり、拳銃が弾き飛ばされる。あまりに唐突な出来事に、一瞬その場が静まり返った。

「誰だ!」

 状況を理解した女が慌てて叫ぶ。すると、キイ……と音をたてて入り口が開いた。

「達磨と一緒だと? 笑わせんな! 福沢諭吉の左目が無いのは彼を彫っていた彫り師が怪我をしただけのこと……」
「何!?」
「ほら、そこの腕を吊った白ひげの男。そのおっさんだろ? 本当の彫り師は。完成間際に彫り師が怪我しちまったから、慌てて俊也くんのお兄さんを代役に立てたんだ。展覧会で彼の画力に目を付けて、上手いこと呼び出し、ここに監禁してね」

 静まり返った室内で、彼の落ち着いた声が響いている。その的確な推理に、女も仲間の男たちもたじろいでいるようだ。

「プリンターの横にある画溶液や机の上の磁性鉄粉が入った容器……こんなものまで用意してたってことは、今度は機械も通す気だな? ニセ札識別機をクリアし、見た目にもわかりにくいニセ札を銀行、ゲーセン、パチンコ屋などの両替機で大量の現金に変え、バレるころにはどこか遠くへトンズラしてるって寸法だ。……そうだろ? 黒い帽子のお姉さん」

 まるですべてを見通しているかのような口ぶりに、女はあからさまに動揺した。

「誰だよアンタ!」

 そしてようやく、声の持ち主は姿を現した。

「江戸川コナン。――探偵さ」

 その姿を一目見て、私は密かに小さく胸を撫でおろす。……よかった、やはり生きてたか。

「ば、馬鹿な! お前はさっき犬山が……!」
「へー、この肥ったおっさん犬山って言うのか。悪いけど、麻酔銃で眠ってもらったよ」

 壁にもたれさせていたのであろう男を引っ張り出しながらコナンは言う。男はすっかり眠っており、しばらく意識を取り戻しそうもなかった。
 入り口付近を探り、空き缶を地面に置きながら思い出したかのようにコナンは続ける。

「さっきお姉さんにぶつけたのは犬山さんの拳銃だよ。蹴って命中させたんだ」
「け、蹴った……?」
「ああ、このキック力増強シューズで、なッ!!」

 そう言って思い切り缶を蹴り飛ばした。目にもとまらぬ速さで飛んだ缶は、ふたりの男に見事的中。そのまま男たちを伸してしまった。

「くっ……!」

 女はぐっと唇を噛みしめ、咄嗟に近くに落ちていた拳銃に手を伸ばす。
 だがそれよりも先に拳銃を手にしたのは、哀だった。

 哀はゆっくりと両手で拳銃を構え、そして――

 ――躊躇いなく引き金を引いた。

 破裂音と共に女の背後のガラスが割れる。すぐそばを弾丸が通り抜けたことに腰を抜かしてしまったのか、女はへなへなと座り込んでしまった。
 哀が拳銃を撃った。その事実に、探偵団の面々は騒然となる。だが当の本人は無表情のままだ。

「す、すげーぜ灰原!」
「凄すぎます!」
「本物の銃なんて初めて見たよ……」

 探偵団の面々は口々にそうつぶやいた。だが私は彼女に対する違和感が確信に変わりかけていることに気が付いた。
 恐らく、彼女は――

「どうかされましたか!?」

 バタバタと足音を響かせながら、交番にいた警察官が飛び込んでくる。そして部屋の中の状況を見て、あからさまにぎょっとしていた。割れた窓、転がる拳銃、倒れている男3人、呆然としている女ひとり、そしてピンピンしている子どもたち。
 明らかにカオスなこの空間で、ニコニコと笑みを浮かべる元太が得意げに言う。

「ご苦労様です! 事件解決しました!」
「これが証拠のニセ札です」
「そしてあちらが攫われた俊也くんのお兄さんです!」
「ど、どうも……」

 先ほどまで嘘だと思っていた子どもたちの証言が現実だったと知り、「本当だったんだ!?」と警官は驚いたように言った。

「「「少年探偵団にまかせれば、この通り! 事件は即解決!」」」

 なんて調子のいいことを言ってのける。こんなことばっかりじゃ流石に命がいくつあっても足りないな……。

「(ま、その分ネタには困らないだろうけど)」

 私は隠れて小さく笑った。

 その20分後、コナンが呼んでいた目暮警部が到着し、奴らは全員逮捕され、俊也くんのお兄さんは解放された。
 連行されていく女に、コナンは得意げに言う。

「こんなしょぼいヤマで足がつくとはドジッたな。ま、警察で洗いざらい吐くんだな。あんたらのバックにある大きな組織のことを……」
「組織?」

 だがその言葉を聞いた女は不思議そうに眉を寄せる。コナンはなおも続けていった。

「とぼけんな。あんたにもついてんだろ? ジンやウォッカみたいなコードネームが……」
「ジン? ウォッカ? ……悪いけどわたくし、随分前からお酒とは縁を切ったのよ」
「え?」

 思わぬ返しにコナンはきょとんとした表情を浮かべる。そんな彼に目暮警部が補足した。彼女らはニセ札づくり常習犯の『銀狐』というグループであり、例の組織とは関係がなかったようだ。
 うろたえているコナンを他所に、拳銃発砲の件を女に話す警部。すると彼女は「撃ったのはわたくしじゃないわよ」と言って哀の方へ視線をやった。

「あの茶髪の女の子よ」
「何ぃ!?」

 それを聞くなり哀の元へ一目散で駆け寄ると、「なんて危ないことをするんだね君は!」と雷を落とした。それに驚いた哀は「だって、だって……」と言いながら泣き出してしまう。まさか泣かれるとは思わなかったのか、「すまんすまん、おじさんが悪かった」なんていいながらなだめる始末だ。
 その様子を呆れた表情で見つめるコナンに近寄り、私はそっと会話を試みる。

「あの子、只者じゃないぞ」
「……ああ。俺も最初はそう思ったが、そんな子があそこであんなに泣くか?」
「馬鹿言え、あれはどう考えても嘘泣きだ」
「!」
「流石にそのくらいはわかるさ。私が何年猫を被ってきたと思ってる」

 私がはっきりと言い切ったのに驚いたようだ。全く、見くびってもらっては困るよ。声を落とし、決して周りに聞こえないようにして話を続ける。

「始めに歩美が名前を呼んだ時になかなか反応しなかったのも、彼女が偽名を使っているためだろう。それに加えて拳銃の扱い、君に固執した態度、的確な観察眼……そこまで言えばわかるだろう?」
「……まさか、そんな」

 私の言葉を聞いてもなお、彼は煮え切らない表情だ。確信を持てずにいるのだろう。そうこうしているうちに目暮警部の部下が家まで送ってくれることになったらしく、早く行こうと歩美らに急かされる。

「一応、伝えたからな」

 私はそれだけ言うと彼から離れ、再び猫を被りなおした。
 さて、どうなることやら……。