
今がずっと続けばいいのに
じりじりと照り付ける太陽。噴き出す汗。雲一つない青空。劈くように鳴いている蝉たち。
まさしく夏真っ盛りという言葉がぴったり当てはまる、そんな街の中を私はひとり急ぎ目に歩いていた。
「今日もいい天気だなあ」
ぽつりとつぶやき、空を仰ぐ。暑いのは苦手だが、やはりこのスカッとするような青空は格別だ。時々虫取り網を持っている子どもとすれ違うのも、まさしく夏の風物詩と言っていいだろう。まあ、傍から見れば私も十分子どもなんだろうけど。おっといけない、そんなことのんびり考えている暇は無いんだった。私は少し歩く速さを上げた。
そうこうしているうちに待ち合わせの場所にたどり着いた。私たち少年探偵団のたまり場と言っても過言ではない、阿笠博士の家だ。個人用の研究所も兼ねているとはいえ、何度見てもひとり暮らしとは思えない広さだよなあ。
背伸びをしてチャイムを鳴らせば、数秒後にぷつりと繋がる音がする。
『はい、どちら様でしょう』
「あおいです!」
『おお、葵くんか。今開けるから少し待っておれ』
応答が切れ、少しして玄関の扉がひらく。丸眼鏡にふくよかな身体、いつもと変わらぬ様子の阿笠博士と対面した私は、門をくぐりつつにっこり笑って挨拶する。
「こんにちは博士!」
「相変わらず礼儀正しいのお。みんなは先に来とるよ」
お邪魔しますと言って私は部屋の中へ。いつものようにリビングに行けば、博士の言葉通り既にみんな来ているようだった。テーブルの周りに集まり、ああだこうだと話しながら手を動かしているようである。
「みんなおはよー」
「あ、葵ちゃん!」
「おせーぞ葵」
「ごめんごめん、ちょっと途中で忘れ物しちゃって」
軽く謝罪をしながら彼らの元に近づいていく。そのテーブルはひと際もので溢れていた。鉛筆や消しゴムに始まり、計算ドリルに漢字ドリル、原稿用紙に絵の具まである。
ここまでくれば、私たちの集まった目的が分かった人もいるかもしれない。そう、今日みんなで博士の家に集まったのはズバリ、夏休みの宿題を終わらせるためなのだ。
背負ってきたリュックサックを下ろしながら皆に尋ねる。
「みんな宿題あとどれくらいなの?」
「俺は絵日記。けどさっき終わった」
「僕はあと計算ドリルが3ページと、漢字ドリルが4ページです」
「歩美はあと感想文だけ!」
「俺は漢字ドリル10ページと計算ドリル14ページと観察日記と……」
「あちゃあ、大変だね」
それを聞いて思わずうわあとつぶやいた。なかなかの量だな。元太に至っては終わらせた奴の方が少ないじゃないか。
「後回しにしてたツケが一気に回ってきた感じだな」
「あはは、そうだね」
呆れたように言うコナンに私は困ったように笑う。確かに、私たちは連日のようにやれキャンプだ、やれ花火だと宿題そっちのけで遊びまわってきた。ならばこういう展開に陥るのはどう考えても当たり前だろう。
すると元太がむすっとした顔で訊ねた。
「そういう葵はどうなんだよ」
「あおい? あおいは7月中に全部終わらせたけど」
「ま、マジかよ?!」
目玉が飛び出るのではないかというほど元太が目を丸くする。他のみんなも驚いていた。
「葵ちゃんすごーい!」
「7月中に全部終わらせる人なんて中々居ませんよ!」
「そうみたいだね」
というか正直、君たちも私と同じようにとっくに終わらせているとてっきり思っていたんだけどね。難易度もそこまで高くは……っていうのは私の中身が子どもでは無いからなのかな。
「だから今日はあおいもみんなの宿題を手伝うよ」
「マジか!」
「本当!?」
「助かります!」
ここぞとばかりに歓声が上がった。まるっきり投げられないといいんだが。すると、そっとコナンが耳打ちしてきた。
「いいのかよ、こんなのに時間使っちまって。確か今忙しい時期だろ」
コナンの言葉に私は思わず目を丸くする。
彼は恐らく10月から始まるドラマの原作に私の小説が抜擢されたことを言っているのだろう。現に、脚本製作に私もしっかり関わるということがかなり話題になっているようだったし。だが、その件に関して心配は無用だ。
「大丈夫だよ。ああいうのは基本タツに任せてるからな」
「オイオイ……それで大丈夫なのかよ?」
「私の書く小説を一番わかっているのは間違いなく、編集である彼だ。事前に私の譲れないこだわりはきちんと伝えているし、彼自身の仕事の調節もしてもらっている。特に問題は無いよ」
「ならいいんだけどよ」
そう言ったコナンの表情はなんだか煮え切らない感じだった。もしかしたらメディアミックス関係で色々大変そうにしている父親の姿を見ていたのかもしれない。まあ出来上がった脚本案は私もちゃんと目を通して意見を言ってるし、本当に問題は無いんだ。今のところは、だがね。
ふたりでそんなやりとりをしていると、テーブルの方から次々に泣き声が聞こえてきた。私たちは互いに困ったように笑い、対応に奔走し始める。
「だから3+4で答えは7だ」
「おおー! オメー頭良いな!」
「これくらいさらさら出来て当然ですよ元太くん」
「う、うるせー!」
「どう? 葵ちゃん」
「うーん……全体的に悪く無いと思うけど、言いたいことが途中でブレちゃうのが気になるな。いきなり書くんじゃなくて、まずメモを作ってから書き始めるといいよ。最初にどういうことを書いてーとか。そうしたほうが筋道立った文章がすっごく書きやすくなるんだ。例えばこの話なら……」
「葵、あんなに作文上手かったっけか?」
「やはりお父さんが編集者ですからね。才能が受け継がれたのかもしれません」
「(オイオイ……。夢中になるのはいいけど、今は小学生ってことを忘れんなよ生天目先生!)」
「やったー! 終わりました!」
「光彦マジかよ!」
「流石光彦くん、あおいたちの手助けがなくても終わらせたなんてすごい!」
「僕は予めちゃんと計画通りに進めてましたからね」
「ほらほら。歩美もさっき終わったし、後は元太くんだけだよー」
「うへえ……」
***
解答の本を片手に、コナンが最後の問題に丸を付けた。その瞬間、ぐだりと元太の身体から力が抜けていく。
「これでおしまいだ。よく頑張ったな元太」
「おめでとう元太くん!」
「はー、やっと終わったぜ……」
疲れ切った顔でジュースを飲み干す。時間はかかったが、これで全員の宿題が無事に片付いたのだ。あとは登校日に忘れさえしなければ大丈夫だろう。
散らかった机の上をみんなで片付けていると、元太がぽつりと言った。
「夏休みは楽しいけどよー、この宿題が面倒だよな」
「うん。宿題がなかったらもっと楽しいのに」
「それには僕も同意見です」
「ま、無いに越したことはねーよな」
私以外の全員が口々に賛同する。まあ、普通はそうなるだろうな。だが私は少し違う。
「あおいは別にあってもいいかなって思うけど」
「ええー!?」
「本当ですか葵ちゃん!?」
「オメー変わってんなあ……」
案の定みんなに驚かれてしまった。どうしてと理由を尋ねられた私は、少し目を細めて理由を述べる。
「だってあおいは……」
するとその時、のんびりとした声がその場に響いた。
「みんな頑張っておるか? ほれ、スイカを切ったから少し休憩したらどうじゃ」
現れたのは言わずもがな阿笠博士だ。その手には人数分に切ったスイカが乗った皿を持っている。一瞬で意識がそちらに行ってしまった探偵団の面々は目を輝かせて一斉に立ちあがった。
「やったあ!」
「うまそうだぜ!」
「博士ありがとう!」
そしてあっという間に博士の元へ駆けていってしまった。
「あいつら、ほんっと目移り激しいな……」
コナンは呆れたようにぼやく。思わず目が点になるが、フッと笑いがこみあげてきた。それを見ていたコナンはなんだか不思議そうだったが、止まらないものは仕方がない。
――だって私は、こうやってみんなで過ごす時間も悪く無いなって思うから。
きっとこの言葉をみんなに伝えることは無いだろう。
だがその分、私が楽しいことがみんなに伝わってくれればいい。
「あおいも食べる!」
私はぱっと小学生の顔を作ると、みんなの元にかけていった。